悲しい幸福論者4
雨が振っておりました。
ざぁざぁと、どしゃぶりの雨でした。
風も強くて、台風が近しいのかもと、長屋を補強するのが今日の授業でした。
天災には人は敵わないと、
カンと打ち付けたトンカチが私の指に当たりました。
からんと落ちたトンカチの音で
近くで補強作業していたくのたまがこちらを振り返ります。
「どうしたの?」
その答えにどういっていいのか分からなかったので、
怪我した指を隠して、
なんでもない。ちょっと手が滑ってと答えたのです。
なんでもないわけがないのです。
幸運のおかげで怪我をしないはずの私が怪我をしたのです。
でも、なんでもないようであれと祈っていたのです。
私の予感を私は裏切って欲しかった。
雨の日だけに、食堂は混んでいました。
今日も今日とて、留三郎さんに昼食を奢ってもらっていた私は、
同じものを頼んだ私と彼の膳を見比べました。
「・・・・・・小鉢が少ない」
「珍しいな」
お前にもそんな日があるだなと素直に驚いている留三郎さんを
批難することも馬鹿らしくなって、席混んでますねぇと呟いた瞬間だった。
「ここあいてるよ、二人とも一緒に食べよう」
伊作さんがブンブンと手を降っている。
「会わないように祈っていたのに、そこしか空いてないとか、すこぶるついてない」
輝かしい笑顔をくれる彼に、苦い顔をしていれば、
留三郎さんは私をたしなめます。
「こら、伊作にそれを言うなよ」
「言っても、へこたれないですから、いいんじゃないですか?」
「それでも、傷ついているんだ。お前だって傷つけられたら嫌だろう?」
留三郎さんはお母さんみたいだと思いながら、
留三郎さんの予期しない答えを私は口にしました。
「いいえ、私は私を傷つけられるなら、幸せなことだと思ってますよ」
「・・・・・Mか?」
一歩引いた彼を睨みます。
「違いますよ。痛いのは嫌です。悲しいのも嫌です。そういうじゃないんですよ」
なにか言いたそうにしていた留三郎さんでしたが、
「早く二人とも」
と伊作さんが急かしたので、それ以上追求されませんでした。
おうと、私に背中を見せた留三郎さんに、息をほっと吐き出しました。
危ない。
余計なことをいいそうになってた。
私は、留三郎さんに、自分が思っている以上に情が移っているようです。
もうそろそろ離れなくてはいけない。
でも、そしたら昼ごはんを誰に奢ってもらえばいいのでしょうか?
なんてくだらないことと天秤にかけて、揺らいでいました。
そんな日常を私は愛していたのです。
お金が一杯あるよりも、欲しい物がないほど一杯のものを手に入れても、
怪我しない体を持っていても、褒められる成績を持っていても、
道端に500円落ちてた今日は凄くついてる!!
と、思える程度が幸せであると思うのです。
急にそんなことを思ったのは、やはり私の勘が外れていなかったようで。
食事終りに、くのたまの子が、
「はい、手紙来てたよ」と、一通の手紙を渡されました。
ひらがなで書かれた私の名前。
私の名前を知っている数少ない人物と、
見覚えのある文字を見て、
誰だか分かったので、それを開けました。
そこで開けなくても良かったのです。
でも、私の第六感が告げるのです。急げと。
一枚だけの短い文章。
私は、超幸運少女。
その名の通り、幸運であります。
なにかすれば、得るものが多く、
歩けば、物を拾い、
歩けば、戦地を生き延び、
歩けば、目的を達成し、
歩けば、宝をあて。
得るものが多い人生を歩んでおります。
時にその幸運をあやかろうと、拝んだり、物がなくなったりしますが、
何度も言っておりますが、それは無駄というものなのです。
なぜなら、幸運なのは私だけなのです。
周りは幸運ではないのです。
そんな私には、母さんと姉が一人います。
母さんと姉は、とても賢い人達だったので、
私の能力について、私に言って聞かせました。
奢ってはいけない。むやみにその能力を教えてはいけない。
人には、注意しなさい。幸せの本当の意味を理解しなさいと。
――――幸運であることが、幸せとは限らない。――――と。
ある事件が起こるまでは完全には理解していなかったのですが、
彼女らの言葉は正しかったのです。
私は超幸運少女。
私だけが、幸運であるのです。
だけど。
今度ばかしは、その運命をねじ曲げたいと、
膳を片付けることもなく、私は、そのまま走り出しました。
後ろから、待てという留三郎さんの声が、伊作さんの声が、
誰かの声が、聞こえましたが、そんなことどうでもいいのです。
廊下に出ると、かちりという音がして、上からタライやら、
蛇やら蜘蛛やらが降ってきました。
私はあまり昆虫爬虫類が好きではないのですが、
そんなことどうでもいいのです。
頭にタライを受けてくわんくわんする頭のまま走りました。
外に出ようとすれば、そのまま穴に落ちました。
着地に失敗したようで、どうやら足首を捻りました。
そんなこともどうでもいいのです。
這い上ががると、痛みをそのままに走り出しました。
嵐だから、横から、木が降ってきました。
ドスドスと音を立てて、私の足元に刺さりました。
後ろから危なねぇという声が聞こえました。
どうやら、留三郎さんに助けられたようです。
そして、伊作さんに足を掴まれて、こんな怪我しているのに、
走るとか無謀だよという声が聞こえました。
そんなこともどうでもいいのです。
私は、彼らを振りきって、走りました。
どぉぉんと音と共に、急に視界が暗くなって、行く手を阻まれました。
叩くとかんかんと音がします。
どうやら、上から鐘が降ってきたようです。
「あ、あはははは」
私は、しゃがみ込んで、笑いました。
こんなこと起こるはずないのです。
鐘が落ちてくるなんて、そんなはずあるはずないのです。
ですが、現実では起きてます。
外で誰かが、何か叫んでいます。
大丈夫です。私は絶対、死にはしません。
私は超幸運少女。
私が、幸運じゃないときは、私がしようとすることが、
それ以上の不幸なときだけなんです。
握りしめた手紙は雨にぬれて少々文字が落ちてしまいました。
私はそれを開いて、
「ごめんなさい」
あなたといれて幸せだったと、書かれた文字に泣くのです。
2011・3・1