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悲しい幸福論者3


こんにちは、今日も良い晴天です。
こんな日は、穴を掘るのに限るな綾部喜八郎です。
今日も今日とて、特定の部分に穴を掘ります。
そして今日も今日とて、特定の人物を落とそうとするのです。

「だから、あなたがかかると迷惑なんです」
「うぅ、僕だって落ちたくて落ちたわけじゃないよ」

僕の掘った穴には善法寺伊作先輩とトイレットペーパ。
僕がすくっと立ち上がると穴の中から情けないことが聞こえました。

「た、助けていってはくれない?」
「・・・」

下には白と茶色と緑。
それと誰かの泣き声と、言葉。
つぅと目を細めると、善法寺先輩はびくりと体を震わせました。

「あなたはずるいから駄目です」

ざっと上から土をかけようとすれば、

「なにをしているんですか?綾部くん」
「あ、その声は!!」
「今は、穴に落ちないでください。埋めるところなんで」
「え、ちょっと埋めるって嫌な単語聞こえたんだけど」
「へー、珍しいですね。穴を埋めるあなたが見れるとは、レアですね。
今日はラッキーな日です」
「いや、僕、殺されかけてるんだけど!!助けて!!」
「今度は落ちてくださいね?」
「落ちてもいいんですけどね、なんでか綾部くんが落ちますね」
「え、ちょっとほんとに上から土が降ってくるんだけど、誰か助けてぇぇ!!」

下から聞こえる叫び声をBGMにサックサックと穴を埋めていると、
もう一人の邪魔者が走ってきました。
このところ彼女と一緒にいる食満留三郎先輩です。
食満先輩は、彼女を見つけると、目の前で止まりました。

「おい、伊作を見なかったか?」
「留三郎くん、昼ぶりですね。伊作くんですか?
また、遭難とは迷子兄弟も真っ青な遭難ぶりですね」
「あれは、兄弟ではありませんよ。3年の名物です」
「あ、そうなんですか?仲が良いから兄弟と思ってました」

と、ボケた発言をする彼女に突っ込んでのんびり和んでいれば、
食満先輩は、彼女に懇願します。

「ともかく、来いって言ってくれ。そうすれば、来るから」
「えー、嫌ですよ」
「なんでだ!!」
「だって、あの人断った後でも、好きだって言ってくるんですけど、
不運と幸運で丁度いいってからかわれるんですけど、どうしてくれるんですか?
落とし前として、私と綾部くんに懐にあるお饅頭を贈呈してください」
「あ、こ、これか?べつにいいけど」

そういって、食満先輩は彼女に饅頭二個渡すと、
彼女は、一個を僕に渡しました。

「綾部くん、こっちのほうが美味しいと思うよ」

開ければ、中から一個まるごとの栗が入ってます。
彼女は、小さな栗でした。
どちらにせよ、美味しい饅頭で、
もぎゅもぎゅ食べていれば、食満先輩は面白くない顔をしてます。

「お前って、綾部には優しんだな」
「ああ、綾部くんはですね。特別なんですよ」

特別?と食満先輩の眉毛が上がったところで、

「助けて〜〜」

小さな声がきました。
ちっ、さすが、しぶとい保健委員の委員長。
と舌打ちをすれば、ばっと食満先輩は、土に耳をつけました。

「・・・・・・なんか伊作の声が下から聞こえるんだが。
そういえば、なんで綾部、穴を埋めているんだ?」
「不快な物体がいたんで、ちょっと駆除しようかなっと」
「い、伊作!!!」

ざぁんねん。失敗しちゃった。と呟く僕の横で、
伊作くんがこの中にいたなんて、と言う彼女に、
本当に気づいていなかったとは、
不運と幸運は相反する存在なんだと知りました。






そんなある日のことです。天地がひっくり返りました。
ドスンとポキンの嫌な音が僕の下できました。


「え、なんで怪我してるの?」

保健室で、驚いている善法寺先輩。
彼女だって人だから怪我をするのは当たり前です。
背負ってきた彼女はへらりと笑顔で。

「綾部くんの穴に落ちまして、いやーまさか、落ちるとは思わなかったですよ」
「いやいや、結構な怪我だよ。足折れてるじゃない。綾部なんてことするの?」

善法寺先輩に裾を掴まれて、僕は呟きました。

「これで、超幸運少女ではなくなりましたね」
「そういうことじゃないよ!!綾部、なに考えてるの?
足を折ったんだよ。君が、わざと!!」

凄い形相で睨む善法寺先輩の手を彼女が触りました。
善法寺先輩の力が弱くなって、彼女が僕の瞳に大きく写り言います。

「綾部くん、私の足が直るまで、助けてくれますよね?
もちろん授業は休んでください」

僕の否定は許されません。当たり前です。
僕が折ったのです。
だけど、僕は嬉しかった。
その事実が嬉しかった。
笑顔がつい浮かびます。
その姿に眉間にシワをよせる食満先輩や善法寺先輩が、
僕らの間にいて邪魔だと思わないほど嬉しかったんです。


保健室で、替えの包帯を取り行くと、善法寺先輩が僕に尋ねました。

「綾部。君は、彼女をどうしたいんだい?
穴を落としたり、わざと怪我をさせたり、君は一体、彼女をどうしたいんだい?」

彼の困惑ぶりが伝わりました。
僕が彼女を大切に思っていることは見ていて分かったようです。
なのに、どうして僕が彼女の足を折ったのか分からないようです。
僕は、笑いました。
無表情なのは、笑えないのではなく、笑わないだけなんです。

「僕は、彼女、超幸運少女を、

――――不運にしたいそれだけのために穴を掘っています」

そういえば、善法寺先輩は、理解できないという顔をしていました。
ええ、理解できなくていいんです。僕だけ知り得ればいい話です。
そもそも、あなたはずるいんです。善法寺先輩。
あなたの不運が、一割でも手に入れば、
彼女は泣かなくても良かったはずです。
そして、僕もあんな約束をしなくてすんだはずです。
それから、噂は早く、彼女は超幸運ではなくなりかけていました。



でも。

保健室では忙しそうに保健委員が動いています。
そこが見える場所・屋根の上に僕と彼女がいました。

「綾部くん、私を恨みますか?」

彼女の髪が揺れます。さらさらと。
僕のはくねくねと。
わぁわぁ聞こえるの誰かの叫び声。
滝は怪我した体で僕の部屋で、眠っています。
三木も怪我して、誰かを思って声を殺して泣いています。
タカ丸さんも泣きながら、誰かの腕に包帯を巻き付けています。
忍術学園くのいちと4年の合同実習は、失敗に終わりました。
最初から最後まで完全なる失敗で、誰が悪いとかはなかったんです。
4年でくのいちで、僕と彼女だけ無傷。
いいえ、彼女の足には直りかかっている足が一本。
彼女は淡々と語りました。

「私は、次の合同実習が危ないものだと分かっていました。
私が怪我をしたからです。それなのに、誰にも言わないで、
あなただけ助けたことを恨みますか?
目の前で助けられたかもしれない人を、
遠くから見ているだけにした私を恨みますか?」

僕は。
死ぬかも知れない場所にいた彼等を思いました。
滝は涙を、三木も涙を、タカ丸さんも涙を。
だけど、生きているのです。
誰か死んでも、僕の知り合いが死んだわけではありません。
だけど、もし、彼等が死んだ時僕は彼女を責めるでしょうか?
僕だけを助けたことを怒るでしょうか?
答えは。

「ありがとう」

彼女は顔をあげました。

「僕は怪我をしなかった。
こういうときは、あなた風に、怪我しなくてラッキーでしょう?」

答えは、簡単です。
彼女が悪くはないのです。まったくちっとも、少しも。
未来が見えているわけでもない彼女に、
自分が怪我したからなんか悪いことがある程度にしか分からない彼女に、
僕は怒りません。
ただ、泣いている彼女に。

「でも、まだあなたは超幸運少女だ」

そういって、残念がるのです。

彼女はまだ泣かなくてはいけないし、僕の約束も破れない。










2010・11・14

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