俺は俺3
9
「なぁ、鉢屋ぁ。なんであの女は、あんなんだと思う?」
「俺からしてみれば、あんたもあの人も変わらないですけど?」
「嫌だね。鉢屋。もっと俺に好意を持てよ。それに、どこが俺に似てんの?
最悪じゃん。好きでもない奴に媚び売って、そばに置いて、どこが俺と似てんの?」
「好きでもない奴をそばに置いて、
その気があるように言ってきたのはどこの誰ですか?」
「はぁ?俺は、正直もんだから。そんなこと知ねぇよ。あんな媚びた真似しねぇ」
天女さまに対してそんなことを、言っていた人だった。
自分が全て、自分が絶対で、自分の言葉に、絶対の信頼を寄せていた人だった。
彼を一言で表すならば、最悪に尽きる。
そんな彼は、彼を嫌いだと豪語する私の傍にいた。
馬鹿みたいに笑って、いつのまにか横にいるそんな存在。
だけど、ある日。
「おい、鉢屋。やる」
「いらないです」
「くれてやるって言ってんだ。ありがたく受けっととけよ」
「なんですか?これ」
「なんかあったら、開いてみれば?」
「はぁ?」
そう言って渡された小さな小袋。
先輩は、いつもならグダグダなにかしら言っているのに、
その日は何も言わずに、背中を向けて、ヒラヒラと手をふっていた。
それから、
「ごめんね。三郎」
目の前で謝っているのは、私の片割れにして、私の相方の不破 雷蔵。
彼は目を伏せて、私を抱きしめた。
「一人にしてごめんね」
これは、どういうことだろうか?
なんで、急に彼が私に謝ってくるのか、分からない。
分からないけれど、一つ現実。
雷蔵は、私の傍にいて、そのうちみんな戻ってきて、
それから、先輩は、一度だって、私のところへ来ない。
ああ、飽きられたんだな程度にしか考えなかった。
だけど、これが本来の姿。
何も変わっていない。そうでしょう。
10
「おい、女。お前好きな奴はいるか?」
「え、だ、誰?」
「お前に言う名前なんかねーよ。さっさと答えろ」
「えーと、みんな格好いいから、私なんて相手してもらえないよ」
「ふーん。それって、誰も好きってことだろう?本命はいねーと。
最悪だなあんた」
はっと笑えば、天女さまは顔を赤くして、俺に叫ぶ。
「だって、この世界は私の世界じゃない。ここに来てから、
私はたった一人で、誰かに頼らないと、死んじゃう。
生きるために、頑張ってる私が、最悪な訳ない!」
「正論だ。俺もその通りだと思う。
でもな、俺たちは、大概、悪みたいだぜ。
本当に好きなもん全部奪って、なんだかなぁ。
俺は、それは負け犬の遠吠えだって思ってたんだ。
だけどよ。俺は、俺が痛かったら、痛い。
それ以外にありえないのに、
なんであいつの泣きそうな顔で俺が痛くなってんだと思う?
まぁ、答えなんて三日考えてでなけりゃ、でないもんだけど、
なぁ、ここから、出ていこうか。大丈夫だ。
お前も俺と一緒で、大概な寂しがり屋だろう?
だから、一緒に行ってやるよ。
さぁ、手をとれよ?」
俺は、一度も手をとられなかったことはないんだ。
そして、光が満ちた。
11
ある日、世界に光が満ちて、そこから天女が現れた。
天女さまは、みなの心に入り込んで、花をくださった。
その花はとてもいい匂いがしたから、みなが集まった。
過去を忘れて、今を楽しんだ。
ある日、世界に、花が消えた。
元に戻った彼らは、なにもかもが元通りだと思ってしまっていた。
誰かが叫んでる。泣きわめいて叫んでいる。
雷蔵と、買い物を行き終わった後、なんでか自分の好みじゃない
まったく甘くない甘味を買っていた。
なんでこんなものを、買ってしまったのだろうか?
食べれないし、もったいないとか、色々な考えがめぐったけど、
考えても仕方がないと、壮絶な嫌味を考えながら、
先輩の長屋に来た。
そこにいけば、6年の先輩たちが騒いでいる。
いつも騒いでいるけれど、天女さまがいなくなったら、
あんなに邪険にしていた先輩の元に戻る彼らにイラついて、
お菓子を隠して、嫌味をいいに行った。
「なーにしてるんですか?
もう、近づかないって言ってませんでしたっけ?」
そういえば、皆がこちらを見る。彼らの顔をみて、
ここに来たことを後悔した。なんて顔をしているんだ。
近くにいた善法寺先輩が、よろよろと、縋るような視線で私に近づく。
「鉢屋、君なら、近くにいた君なら分かるだろう?はどこにいったの?」
言っている意味が分からなくて、ぐるりと見渡せば、
みんなお通屋みたいな顔をしてる。
あの潮江先輩ですら、放心状態だ。
なにがあったのだろうか?なんて分かりたくないほど分かってしまう。
先輩は、もう、ここにはいない。
12
一人いなくなっただけ。それだけで、学園のなかに、沈黙が降り注いだ。
笑い声が、探し声。
あそこはどうだ?に沈黙。
あそこはどうだろう。の言葉に何人か消えて、
上級生、下級生、みんな、みんな、探している。
私といえば、屋根の上で、寝そべって彼らを見ている。
天女さまのときは探しもしなかったのに、
先輩。あんた意外と愛されていましたよ。
天女さまと同列にすんなって怒るだろうけど、あんたも光ですよ。
天女さまが、ほのかに消えていく蛍の光なら、
あんたは、この太陽のようですね。
押し付けがましく、激しく、熱いって!!と、怒っても笑っている。
それでも、そこにいるもんだと思っているから、
つい振り返ってしまう。
・・・いるはずもない。何をしているんだ私は、と部屋に戻れば、
「おう、鉢屋」
ってなんでか寝っ転がっていた。
あの人は、いつも急に現れ、私の後ろで本を読んだり、
課題をしていたり、子供のおもちゃをつくっていたり、絵を描いていたり、
時には外に遊びに行って、遠くも近くも行って、何かしらしている。
思えば多趣味な男だった。陶芸に、細工に、絵に書に、服になんでも作っていた。
今、なにしてますか?と聞けば、
実は隠れていて、6年生や、先輩を慕っていたのに、手のひら返した奴らの、
落ち込んだ姿を見て、ばかー、いいザマァ。
って思っているじゃ?とか思ってる私は、一番重症で、
顔をくしゃりと変えてみた。
先輩の顔だけど、全然違う偽物は、鏡の中で、笑っている。
「ばーか」
分かっている。あの人はそんなことしない。
意外と情深いから、懐に一度でもいれた彼らを悲しませることはしない。
でも、仕返しで隠れている。だから、そのうち見つかるという
楽観的思考を持たないと、やっていけそうにないんだ。
それほど、あの人は。
机の上に転がっている小さな袋。
私は先輩からもらってから、まだ開けることが出来なかった。
もし、この中にあるのが、
『もう二度と返ってこないぜ。学園もやめるぜ。達者でな』
なんて文だったら、この思考すら考えることが出来ない。
つまり、逃げている。
毎日毎日、小さな袋を手に取り、空中に浮かせて、
何もしない時間がある。
その時間に、心の中で話しかける。
知ってますか?先輩。あんた天女さまと共に、天に帰ってしまったらしいですよ。
先輩があまりに素晴らしく、格好イイから、先輩に惚れてしまった天女さまは、
一人で天に帰らずに、あなたを連れていってしまったらしいですよ。
知ってますか?先輩。あんた殺されたらしいですよ。
天女さまは、本当は学園長暗殺のくノ一で、皆を術にかけて、
かからなかった先輩が、刺し違えで学園を救ったらしいですよ。
くだらないでしょう?くだらないって思うでしょう。
そう思うなら、さっさと帰って来い。
【追加】2010・07・13
2010・06・30