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俺は俺2




「そういえば、知ってるか、鉢屋。
川のほとりに美味しい団子屋が新しく開店したらしいんだけど。一緒に行かね?」

「お断りします」

「うーん、手強い。いいねぇ。楽しい」

と、言っていたのに、どうして私は、
この最悪な男と一緒に、お団子屋さんに来ているのだろう?
男は、膝を組んで、頼んだ団子が来ると、子供のように喜んで、
口に含んだ。

「美味い」

と頬を緩ませて、全身でおいしさをアピールする。
わざとらしいまでのアピールに、嫌な気分にならないのは、
一重に彼が、顔が整っているからである。
むしろ、無邪気で、可愛らしいと好感触する抱く。
案の定、横の知らない男が、ニコニコしながら、先輩に話しかけた。

「兄ちゃん、食いっぷりいいねぇ」

「ああ、初めて食ったが、なんとも美味いねぇ」

それから、他愛もない会話が始まり、私も一口食べた。
ほのかに甘いそれは、美味しくあったけれど、むしろこの味は、
私よりも、雷蔵が好きだった。

「行くぞ。鉢屋」

ぼーっとしていたのだろう。いつの間にか、横の男が、またな。兄ちゃん。と言っていて、
先輩の皿の上には、大量にあった団子が全部消えている。
私は、ふらりと立ち上がり、彼の後をつけた。
思えば、ここで勝手に帰ってしまえば良かったんだ。
だけど、帰って、一人の部屋なんて耐えれそうになかった。
がらんとした広い部屋。雷蔵がいればいるだけ、汚くなった部屋は、
いつも文句を言いながら、片していた。
脱いだら、脱ぎっぱにしない。物を上から重ねない。
と言えば、みんなが、お母さんみたいだって笑っていた。
雷蔵は、はいはいと答えだけは立派で、時に怒って、
それ、後でやろうと思ってたんだなんて嘘吹く。
悲しいこと、悔しいこと、喧嘩したこと一杯。
笑いあったこと、もっと一杯。
私の大切な小さい箱庭。


「おい、お前、卑怯なことすんなよ!!」

先輩の声が聞こえて、

「なに、子供に真剣になってんだよ」

「何いってんだ。真剣に子供も、大人もあるかよ。
お前だって、卑怯なことしてでも、勝ちてぇように、俺だって勝ちてぇ」

クスクスと笑う子供と呆れる子供。
たくさんの子供の声が聞こえて、はっと顔を上げれば、
先輩の周りにはいつのまにか多くの子供達。場所だって、川辺になっていて、
先輩は、釣りをしていた。

「おい、鉢屋。こっちこい。こいつを、地の底辺に這い蹲す!!」

先輩は、すごい顔をして、一年よりも小さな子相手に、
魚を何匹取れるか勝負をしていた。
どうやら、人が多けりゃいっぱい釣れる戦法で、負けているようだ。

「何ムキになってんだよ」「クールダウン、クールダウン」
と子供に諭されているその様が、なんだかマヌケすぎて、

「あは、はははは」

腹を抱えて笑った。
先輩は、そんな私を不思議そうな顔で見ていた。






その後、私も加わり、魚をどれだけとれたか勝負は、
途中で、大人気なく先輩が、忍術を使ったことにより、私たちが勝利した。
魚は、大勢の子供達に全部わけた。

オレンジ色に染まる空の下、私は不思議な気分だった。
大嫌いな先輩と、一緒に出かけてるのに、不快な気分よりも、
むしろ、ごちゃごちゃ詰まっていたものがすっきりして、爽快だ。
自分よりも、少し背幅が広い、灰色の服、黒の髪が、右左と動いている様を、
何回か見て、先輩と声をかける前に、

「おい、ノボル」

後ろから、ボロボロの服をまとった50〜60才の白髪頭の老人が、
先輩に声をかけた。
先輩は、面倒くさそうに、後ろを振り返る。

「ジジィ。いい加減覚えろ。俺はだ」

「そうか、ノボル。見ろ、綺麗に焼けとったぞ」

そういって、老人は、紙にくるまれた陶器を、先輩に見せる。

「ふーん。なかなかだな。俺」

「こことか、こことか、こんなところまで、甘いが、上達したな。
ノボル。よし、この調子で、弟子になれ」

「なんねぇっつただろう?おま、その約束で、作らせたんだろうが」

「こんなことだろうと察しないお前は忍びむいていない。
もはや、陶芸家になれという、神の導きだ。無宗教だけど。
ここまで、作り続けるたんだ、もう立派な弟子だな。ノボル」

「名前すら満足言えない、もうろくジジィの弟子なんかなるか!!」

「なんでだよ」

老人は、鋭い目を先輩に向けた。
ボロボロの物乞いと変わらない格好をしているけれど、
彼の匂いは、腐臭ではなく、どちらかと土の匂いがして、
服もよく見れば、土で汚れているだけだった。
鋭い目の中には、静かな闘志の目。死んでしまったものの目と歴然な差があって、
もはや、か弱かな老人とはかけ離れていた。
先輩は、はぁー、とため息を吐き終えると、老人に言った。

「俺よりも、お前の弟子になりたがる奴なんて、ここから出ていけば、
ごまんといるだろうよ。欲しいなら、そこへ行け」

「俺は、一人がいいんだ」

そういうと、先輩は、

「阿呆に付き合いきれん」

そういって、背中を向けた。

「俺は、諦めないぞ。ノボル!!」

っつってんだろうが、あのクソジジィ。悪いな鉢屋。あいつ、しつこすぎるんだ」

「先輩ってここによく来てるんですか」

「まぁな。ここは、一人であることを選びながら、一人であることを、
どこか嫌がってる奴らの集団だからよぉ」

「変ですね」

そういえば、先輩は、くっと笑った。

「そうかい?俺は分かるね。格好つけてる寂しがり屋。
後が引けなくなっちまった奴ら。
一人が大丈夫なんて、そんなことあるわけないだろうに」

一人が大丈夫なんて、そんなわけない。その言葉が、鮮烈に私の中に残った。






「次は、餡蜜!」

そう言って、先輩は、また、私を連れ出した。
無理やりつれだされるのは、何度目か分からない。
そして、また何度目か分からない回数を、
先輩は、女の人、時には男の人から声をかけられる。
そのたびに、私の肩を抱いて

「ごめーん。俺、今こいつ、攻略中。次が会ったら、よろしく」

と、かなりチャライ感じに言う。
しかし、女の人は、嫌な顔せず、じゃぁ、またねと言うのだから、
女心が理解できない。
いや。私は、ちらりと先輩をみた。
二重で、意志の強そうな切れ長な目に、高すぎず低すぎない高さの鼻、
薄くて大きな口、がっしりとした手足の長い体に、容姿だけ見れば抜群だし、
声もいい、それに、どこか、魅力的な雰囲気を持っている人だ。
だけど、それとこれとは違う。

「離して下さい」

私の肩に置かれた手を払う。
そのたび、先輩は、年上の癖に、年下のような顔をして、
何が楽しいのか、私の生意気な行動に笑う。
近くに目的の餡蜜屋があったから、注文し終えても、
私の顔をみて、にまにま笑っているから、

先輩は、モテますね」

「おう。モテるぞ、俺」

やめさせようと、話を振れば、先輩は、サラリと、最大の嫌味を言った。
イラッと来たものの、どうにか我慢して、言葉を続ける。

「学園だけに固執しないで、外に恋人でも作ったらどうです?」

先輩は、目をパチパチと二回瞬きした時、
「ご注文の、白玉餡蜜と、柏餅です」
と来た注文が来た。先輩は、柏餅を私に渡し、
白玉餡蜜を受け取り、白玉を救い上げて、

「だって、学園内だけならどうにかなるから」

私は、柏餅の柏をのけている時だった。
は?っと先輩の方へ顔を向けると、先輩は、すでに白玉を食べていた。
モゴモゴ口を動かして、飲み込むと、私の顔を見て、

「まぁ、いいじゃん。そんなことより、今が楽しけりゃ。
食べ終わったら、あそこに行こう」






先輩は、よく笑う人だった。よく怒る人だった。よく楽しんでいる人だった。
彼は外に居場所があるから、きっと学園にいても大丈夫なのだろう。
周りからの、冷たい視線に、彼は不敵に笑った。
それは、それは美しく官能的で、やけに挑戦的な笑みだった。


久しぶりに、彼らに出会った。
いや、雷蔵とは同じ部屋だし、見ない日がない日の方が稀なのだが、
こう、真正面から目を合わせたのは、久しぶりな気がする。
彼らは変わらず彼らだった。
オリエンテーションで、6年対5年で、
私たち5人はチームになり、6年の旗を奪う計画を立てる。
久しぶりに楽しかった。
天女さまなんて話一つもしないで、計画のことだけ、くだらない話だけ、
それはまさに私が望んだ姿で、もしかして、天女さまが天に昇ったなんて
勘違いをしていた。


サラサラと川の流れる音の近くで、一つの緑色。
それは、大きな岩の上で、膝をつけ、手で頭を押さえて、寝っ転がっていた。
攻撃してくださいとばかりのその姿に、罠か、馬鹿か考えたが、
誰か分かって、罠を消した。

先輩」

「あーん、なんだぁ。俺は今、すっごく、眠いので、
寝ているだけであって、生理現象をどうにかできるなら、お前は神だ」

「なに変なことを」

と言って近づことする私を、誰かが引っ張った。
引っ張ったのは、八左ヱ門だった。
八左ヱ門は、眉間にシワをよせて、難しい顔をしていた。
兵助が、行くぞ、と促す。
ちらり、と最後に見れば、先輩は手をひらひらさせていた。
ある程度まで離れると、私は八左ヱ門の手を払い除けて、

「なんだよ。八左ヱ門」

「なんだよ。じゃねーよ。三郎。あの人には近づかない方がいい」

と、言った。
周りを見れば、その意見に全員賛成なようで、
雷蔵ですら、強く頷いていた。

あ、あははは、あはははは。
傑作だ。ほら、良い気味だ。私、笑え。

笑えよ!!

私は、好きだと言われても、何も答えない先輩が大嫌いだった。
私だったら、同じ言葉を返すのに。同じように、思いの丈をぶつけるのに。
何をされても、何をいっても許される存在なんて、ずるいじゃないか。
本当にそうか?本当に。
いいや、違う。

私は、雷蔵が先輩を語る姿が、大嫌いだった。
雷蔵は、先輩を見つけると、私を放って行ってしまう。
それなのに、先輩は、誰構わずで、
違う誰かが傍に入れば、雷蔵は悲しい顔をしていた。
私は、雷蔵が好きだから、大好きだから、
そんなことする存在を、消しさりたいくらい憎んでいたはずだ。
そんな時に、天女なんてバケモンが来て、もっと苛立った。
何を言ってもみんな、天女、天女で、彼女を巡って、喧嘩までし始めた。
蚊帳の外の私は彼に、八つ当たりした。
先輩だから、傷心しているわけないなんて、勝手な理論を唱えて、
嫌っている相手だから好き勝手なことが言えた。

ほら、鉢屋三郎。喜べ。
彼は、同じ委員会の後輩で、いい先輩だと言っていた八左ヱ門に嫌われた。
狼に噛まれそうになったときに、庇ってもらったことすら忘れて、嫌悪している。
はら、喜べ、鉢屋三郎。
彼は、乙女のように初恋だと言った雷蔵に、嫌われた。
もはや、雷蔵は、幸せそうな顔もしなければ、溶けるような笑みも浮かべない。
悲しい顔だってしないさ。
あは、はははははは。

彼に居場所があるのは、外だから、ここには一つもない。
それは、誰と一緒だろう?
先に行ってくれ。と言えば、心配されたが、
ちょっと小細工したくなったんだ。と言えば、彼らは前へ走り出した。
私はその姿をみて、笑いの代わりに、涙がつたった。

ああ、勘違い。天女さまは帰ってはいない。
そして、勘違い。彼はそんな私を、上から見ていた。

誰に悲しんでいるんだろう。もちろん、
同じようにここに、居場所なんてない私にだ。
そうでなければ、いけない。
私は、彼を悲しんではいけない。だって、私は彼が大嫌いなんだから。











2010・5・24


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