俺は俺1
1
俺は生まれてこの方、「愛してる」「好きだ」なんて言ったことはない。
その分、周りが「愛してる」「好きだ」と言ってくれた。
俺は、何をしても、何を言っても、愛されることが当然な男だった。
顔も良ければ、体もいい、声もいい、
頭もいい、技も素晴らしい、話も面白い、すべていい。
俺が、唯一で、太陽で、月で、何もかも。
「お腹すいた」と一言呟けば、お菓子屋ご飯が無料で提供されてきた。
「構って?」と一言呟けば、みんな喧嘩してでも、俺の傍にいたがった。
手を差し出せば、絶対、その手を受け入れることは当然。
ある日、突然、変な奴がきた。
そいつは、俺から見れば妖怪みたいな奴なのに、
奴に狂った奴らが「天女」だと言った。本当に馬鹿な奴らだ。
「天女」なんているわけねーじゃん?神ならいるけど。もちろん、俺だ。
ピーヒョロ、ピーヒョロと口笛吹きながら、ごそりと集まったのは、
獣達で、奴らにいって聞かせる。
「おぅおぅ。お前らの飼い主は、大概飽き性だなぁ。
見てみろよ。あの間抜けな面。クククク。笑える」
クゥーンと鳴いたのは、灰色の狼で、俺の顔を舐め回す。
「ヤメろ。獣臭くなるだろう?」
顔をいくら、拭いても、奴らはこぞって、俺のところに来て、顔を舐め回す。
あー、もう。
ベトベトになった顔に服にしょうがなく風呂には入れば、
「きゃぁぁっぁぁああああっつぁああああああああああ」
変な女が赤くなって穴に、落ちた。
なんだ?変な奴。俺は、布巾で、髪の毛をワシャワシャ拭きながら、
上半身裸の体で、ペタペタと足を鳴らして、部屋に戻った。
2
黙々とご飯を食べていると、仙蔵が怖い顔をして、バンと机を叩く前に、
盆を上にあげた。キッ睨まれた。怖いねぇ。美人を怒らすと。
「なんで、あんなことをした?」
あんなこと?どんなことか、心当たりが多すぎて、分からない。
盆を戻して、上を見て、ガジガジと箸をかじりながら、思い返したけど、
?が頭を巡っていく。その様でさえ、仙蔵を怒らすのは十分だったみたいで。
「思い出せもせんか!!」
「あー、耳元で、大声とかありえねぇー」
「ありえんのは、お前だ。
お前がしたいこととは、武器も何も持たない女性を怪我させることか」
ようやく、内容が分かって、眉間にシワがよる。
たったそれだけのことで、お前、俺の夕食を邪魔したと?
許せねよな。
「はー?それって、そっちが勝手になっただけ」
全部いう前に、俺の頬を叩こうとする、仙蔵の手を握りしめて、
自分側に引く。
「なぁ」
耳元で囁く。
俺の顔見て、真っ青な顔をして何が見えるんだ?お前。
手の力を抜けば、すぐ俺の手から離れて、距離をとると、仙蔵は、叫んだ。
「っもう二度と私たちに近づくな」
ガジガジと箸をかんで俺は答える。
周りの6年も5年も4年も全部全員。白い目で俺を見る。
それは敵対するときのそれに似ていて、俺は笑った。
「そりゃ、こっちの台詞だ」
その全てが、大体俺の周りにいた奴だったとしても、
俺に、「愛してる」「好きだ」と言っていた奴だとしても、
俺は、去るものは追わない主義だ。
奴らに依存はしねぇ。いなくても、俺のことをそう思う奴らはたくさんいる。
3
「そうでしょうか?」
「あん?」
俺が目を開ければ、たった一人だけが俺の前にいた。
「あんたは、全員失った。「天女さま」は、男も女も関係なしに、
あんたを愛していた奴らを根こそぎ連れていった。あんたは、一人だ」
そいつは、俺に懐いていた一人の不破雷蔵の格好をしていたけど、
不破じゃないことは、分かる。
だって、あの時凍てつくような視線に不破もいた。
目の前の奴から感じるのは、好意的ではないが、尖っていても、冷たくはない。
顔がそっくりと言う小さな情報で、俺は目の前の奴の名前を言った。
「鉢屋三郎か?」
「御名答」
「なんだ。哀れみとか、いらねーんだけど」
ボリボリと頭をかけば、鉢屋三郎は、顔を変えずに言った。
「哀れみ?むしろ、いい気味です」
「あー?」
「私の気持ちがわかりましたか?」
微かに見える。執着の色。
俺はその色を知っている。それは、好いた奴を取られた男、女の顔だ。
必死なその顔を、嘲笑した。
「負け犬の遠吠えなんて知るかい」
俺は、犬じゃないんでね。と言ったら、殴られた。
足元に、酒瓶なんておくんじゃなかった。
避けれなかったじゃねーか。
ちっ、酒が染みる。
4
「と、いうわけだ。落とし前つけてもらおうじゃねーか」
「その根性に敬服します。って何食ってんだ。あんた!」
「これ、甘くねぇ?俺、もうちょっとおしとやかな方が好みだ」
「あんたの好みなんてしらない。あー、最後の一つだったのに」
その次の日、鉢屋の部屋を訪れ、戸棚にあった饅頭を食えば、外れだった。
指についた餡子を舐めとる。うぅ。やっぱり甘ぇ。
表情豊かな、鉢屋の仮面を見ながら、
落とし前のつもりの行動が、自分に大打撃を味わっている。
口にまで、甘さが残っているって凄いなこの饅頭。
と、鉢屋が飲んでいた茶を飲み干した。
「あー、なるほど、苦味と加えると調和して旨ぇかもな」
「・・・あんた、何しに来たんだ」
頭に手を置いてる鉢屋に、俺は、にまりと笑った。
「暇つぶし」
後ろに、ハートをつけて言ったのに、全然反応なし。
それどころか、冷たい目で見られている。
「暇つぶしで、私のところへ来るなんて、アホでしょう。
・・・言っときますが、私は、あんたのことが嫌いです。絶対、好きにならない」
「あー、いいんじゃね?最初はその方がおとしがいがある」
と、適当にあった本をめくる。
・・・変装術の極意とか、どんだけだよ。
「・・・・・・大概、人の話聞きかないな。あんた」
ふいっと、背中をこちらみ見せたから、俺はそこにより掛かると、
背中をずらした。それに合わせて、俺もずらす。
そんなこと、何回か続けていたら、「ヤメろ!!」と怒鳴った。
それから、何日も続けて、ようやく、罵倒も言われなくなったが、
時々、グチグチ文句言っている。
背中に、言葉を発する度に揺れて、気持ち悪いんだけど。
「おい、鉢」
お前、喋るなという前に、奴は黙った。
なんだ?テレパシーできるようになったか?俺。すごくね?
とか、思っていれば、不破の声が聞こえた。
ちょっと動いたのが分かったから、
背中から離れて、鉢屋の顔を見てみる。
あー、なるほど、なるほど。
「鉢屋って、何?不破が好きな訳?」
「はっ?!」
「いいねぇ、青い春で、青春。顔を見るだけで、幸せですかぁ?
もしかして、俺にあんなこと言ったのも、不破くんのせいですかぁ?」
「あ、あんたに分かるか」
顔を真赤にさせて、俺に反論する。どうやら、図星だったらしい。
睨んだって顔が赤いから、どうってことない。
俺は鉢屋からの質問に答える。
「うん。分かんない。だって、俺、人好きになったことないし」
俺の興味は、本に移った。
その間、不気味に静かな鉢屋とか、何か言いたげな鉢屋とか
どうでもいい。
「愛してる」「好きだ」だとかもどうでもいい。
それでも、俺は俺。何も変わらねぇ。
2010・5・20