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bad week3







「Hello!
You are very lucky Cinderella.
I will present you time for one week by me. 」

それは、それは、幸せの招待状。

「It is time of the selection.
Do it become Cinderella?
Yes.?No.? 」

彼女は嬉々として、YESのボタンを押した。
だって、この物語は、シンデレラストーリー。
夢から覚めれば全ておしまい。永遠なんて続かない。
一週間だけの、あなたの恋人。
もちろん、相手がいようがいまいが関係ない。
あなたは、ただ幸せを得る。


そんなお話。

今回も例外なく終えた。
誰も死ぬことなく、誰も泣くことがなく、二週間経っても、
一ヶ月経っても、誰かの嘆き声は聞こえなかった。
しかし、問題は時であり、そして彼自身であった。

シンデレラガールが来ても、王子様の恋人は嘆かなかった。
それどころか、恋人を見ずに、遊郭へ遊びに行っていた。
それが、男にとって当たり前であり、日常だったので、
周りも彼の態度の呆れはするものの、
男の恋人・次屋 三之助とシンデレラガールの仲睦まじい姿に、
あれの性質に救われた。と思い、みな口に出さず、日々を過ごしていた。
たった一人除いて。

「気に食わない」

そう吐き捨てるように言ったのは、鉢屋 三郎。
男と同期の5年で、組が違うものの、事あるごとに男と、激突してきた。
因縁は、2年前からだけれど、三郎にとっては、それ以上前から男が気に食わなかった。

今回、男の恋人で、委員の後輩である三之助が選ばれたときには、
シンデレラガールが来たものの末路を知っているだけに、
いい気味だと思っていた。とんだ計算違いだ。
食堂で、さんまにかじりつけば、ずるずるとうどんをすする音に腹がたつ。
この音を立てているのが、男でなければ、こんなに苛立たなかったろうに。
三郎を、次の行動に起こさせたのは、この日、うどんが出て、
男がうどんが好物だったことに他ならない。




「挑戦状って、口で言えよ。みるのが面倒だろう?鉢屋」

「ふふん。しっぽを巻いて逃げたかと思ったぞ」

「しっぽ?ああ、鉢屋は狐だからしっぽあるんだ?
残念。俺ってば、人なので、しっぽはない」

二人の間に、火花がバチバチと散った。
口で言い合い、次に武力行使といく前に、
二人と違う声が聞こえた。
その声は、まさに女の甘い声で、男は眉をしかめ、
三郎は、笑みを深めた。
鉢屋 三郎は、人の顔を盗むがゆえに、人の表情や、性格をみる。
それらをあわせて、人の行動を先読むことが出来た。
上出来だ。と三郎は笑い。

「あ、あれはお前の恋人ではないか?」

と、わざとらしく仰々しく、建物を指さした。
にやにやと、嫌らしい笑みを浮かべている自覚はある。
しかし、顔を直すよりも、目の前の男が苦痛にゆがむ顔を楽しみにしていた。
恋人とシンデレラガールの最後の愛の行動。
男と女のそれに、男は、ピクリと一回だけ眉毛を動かしてから、

「・・・・・・これ見せるために、わざわざここに連れてきたのか?
大概、暇だなお前。はぁー阿呆らしい、帰るわ。俺」

そういって男は、三郎に背中を向けた。
三郎は、その姿に、かつてないほどの脱力感を覚え、

「三之助は、愛されてないのか?」

と、頭を捻った。だから、人の洞察力が鋭い三郎は、
二人が嫌い、憎みあっていて、背中を向けたら負けだと知っているから、
常に背中を向けない男が、自分に背中を向けた異常さに気づいていなかった。




カチカチカチカチ、ボーン。ボーン。
シンデレラは、時間が経って、戻りました。
王子様は、魔法が解けて、元に戻りました。
本物へと走って行きましたが、王子様は、類まれな方向音痴だったので、
なかなかたどり着けず、あと一歩と言うところで、同級生の作兵衛に
捕まってしまいました。

「離せよ」

「おまえ、今日が野外実習だってあれほど、言っただろう!
迷子になってる場合か。早く行くぞ」

作兵衛は優しい男で、友達思いだった。
最初から、三之助と男とが付き合うのは、賛成ではなかった。
なぜなら、男が女ったらしで、酷い浮気性だからだ。
そんな男に惚れて、どうすると諭したけれど、三之助は、
それでも好きだと男に告白して、二人は恋仲になった。
作兵衛は、三之助がいかに、男を好きか知っている、
だからこそ、恋人である三之助が違う女に、現をうかしている姿に、
嫉妬もしない男の態度が、許せなかった。
それどころか、遊郭へ違う女を抱きに行っている男の行動は、なお許せなかった。
もし、彼が、男の行動を、違う方向で捉えたならば、
二人の仲が壊れなくて良かったと脳天気な考えを持てたなら、話は変わった。
一週間と数日ぶりに、彼に会う時間を許しただろう。
なんせ今回の野外実習は、一週間かかるのだから。
恋人として、半月も一緒にいれないのは、悲しいものだし、
いってきますくらいは、良かったかも知れないけれど、
運のいいことに、男は近くにいたのだけれど、
作兵衛は、男が許せなかった。




男の友人にて級友の尾浜 勘右衛門は、男の変化を見抜いていた。
男と一番の友人であることを自負し、男もそれを許している相手だったので、
気づくのは当然だった。

「どうしたの?このごろ、ご飯あんまり食べてないじゃない」

もともと食が細い男の食事は、なお細くなっている。
お残しは許しませんで!!と叫ばれるおばちゃんからご飯を隠して、
近くにいた久々知 兵助の口に突っ込んでいる。
兵助は、見た目にそぐわず、結構食べるので、いつもこの手を使っているのだけれど、
それでも男の食事の量は減り、兵助の食事の量が増えていた。

「そうか?」

と、頭をかしげるのは、兵助で

「兵助は、鈍いよね」

勘右衛門は呆れた顔をして、男に卵焼きを渡した。
男は玉子焼きが好物であったので、パクリと口にふくむ。
その姿に勘右衛門は、ニコリと笑い。

「次はろ組と実習だからね、三郎といつもバトルんだから、力つけときなよ」

「あー、鉢屋か」

そう男が呟いた時の剣呑な瞳に、勘右衛門はドキリとし

「とうとう、嫌いになった?」

「・・・・・・行こうか」

そういって、立ち上がる男の姿に、兵助が続き、勘右衛門が続いた。
そして、勘右衛門は男の背中を見ながら、

「・・・・・・三郎、なにかしたのか?」

「兵助って変なとこ鋭いよね」

兵助の言葉に苦笑した。
いつだって、男は、三郎と憎み合い、嫌い合っているけれど、
三郎は、嫌いと口にするけれど、男は、一回も口にしたことはなく、
勘右衛門に、それを肯定するような態度をしたこともなかった。
ああ、三郎は、何をしたのか。
それが男の今の体調不良につながっているのではないか。
聞きただそうと、ぐっと手のひらを握りしめて、実習に挑んだ。





そのころには、3年の実習も済んでいて、三之助はうろうろと
5年である男を探していた。

「またか。また長屋が迷子か」

彼自身に迷子だと自覚はなく、そのたびに男が手を引いて、
何回も迷子になる長屋に怒らず、こっちだと行ってくれたことを思い出す。
昨兵衛などは、2回に1回は怒るのに、男が、三之助に怒ったことはなかった。
それどころか、3日間、左門と迷子になったときなどは、
大泣きして歓迎を喜ぶ昨兵衛の後ろで、
汚れた手と、やつれた頬で、黙って抱きしめられた。
周りからは、愛されていない。あんな奴やめとけと言われるが、
三之助にとって、男は、愛すべきなにものでもない人で、
なにがあっても自分は愛されていると胸を張って言えた。
男の自分しか知らない面を、たくさん知っていることの賜物だというか、
好きあいたくて会話を連ねた賜物というか、
三之助は、男の秘密を知っていた。
それは、自分だけでいいと思っているからこそ、
男が、優しく、自分を壊れ物のように扱い、
時々自分に縋るような様をみせることに嘘だと言われても、怒りは沸かなかった。

ああ、早く会いたいな。
きっとあの人の事だから、なんでもない顔して、寂しがっているのだろう。
あの人は、俺の何倍も寂しやがりだから。
男を知っているものならば、即座に否定する考えを持ちながら、
三之助は歩みをは早めた。
その時、近くで、大声が聞こえた。
しかし、忍術学園では大声や破壊音などが日常的なので、
主に、自分の委員会の先輩の仕業だが、
面倒なことに関わりたくなかった三之助は、方向を変えた。




「おい、大丈夫か?」

動かない男に、勝者にして、拳を放った竹谷 八左ヱ門が駆け寄る。
そんなに強く打ったつもりも、当たると思わなかった竹谷は、慌てた。
はっきり言って、男のほうが八左ヱ門よりも、能力が上で、
三郎にぶっ殺せ!!と野次を飛ばされたものの、勝てるなんて思っていなかったのだ。
男の体は、軽く飛んでいき、木に激突し、そのまま意識を失った。
八左ヱ門の行動は、実習で対戦としては正しく、男は負けただけなので、
三郎は歓喜し、ろ組のみなも喜んだ。
目が覚めない男を、保健室に、勘右衛門が運んでいった。
その後で、三郎が八左ヱ門に近づき。

「すげーよくやった。ハチ。だけど、なんかむかつくので、一回殴らせろ」

「いてー!!なんで殴るんよ、三郎」

「なんか、むかつくから」

「ははは、きっと三郎は自分が倒したかったのに、
ハチに先奪われて、不貞腐れているだけだよ」

「雷蔵!!」

「何か僕、間違ったこと言った?」

ニコニコと笑顔を向ける三郎と同じ顔をした、いいや三郎が顔を借りている
主の不破 雷蔵が、笑顔で三郎の言葉を止めた。
そして、

「それにしても、彼、おかしくなかった?」

と、意味深な言葉は、そのまま現実になった。
たかが、実習で、木にぶつかっただけなのに、男は何時間経っても目を覚まさなかった。
三之助は事情を知り、久しぶりにみた自分の恋人が少々やつれている姿を、
拳を握り締め、早く起きるように祈り、
男が寝ている布団の横で、じっと座っていた。
その姿に、保健委員の善法寺 伊作が心配して、

「昼ごはんも食べていないんでしょう?」

と、握り飯を横においた。
三之助は、それに手をつけず、ただただ男を見ていた。
男の肌の色は死者の色のようで、打ちどころが悪かっただけで、
外傷はそんなに酷くないから、すぐに目を覚ますよ。と言われても、
不安だった。





外は、もう夜になっていた。
目を覚まさないことに罪悪感を覚えた八左ヱ門は、見舞いに、
三郎は、冷やかしに、雷蔵はそれを止めに、保健室に行っていた。
その途中であった勘右衛門と兵助と共に。
勘右衛門は、男の事件のせいで忘れていたけれど、男の見舞いに行くことで、
思い出したことを三郎に、尋ねた。

「そういえば、三郎。あいつに、前、挑戦状とか送ってなかった?」

「・・・・・・ああ、そういえばそういうこともしたな」

「戦ったの?」

「・・・いや」

その時の三郎は、うどんを食べていた。
実は、三郎もうどんが大好物なのだ。しかし、男がいつも食べているために、
嫌いになっていたのだが、男はごはん時にいなかったので、
久しぶりにうどんを食した。
それは、三郎の気分を高揚させ、また男が、起きてこない事実も
三郎をいい気分にさせていた。
だから、いつもならば言うことのない余計なことを、口にしたのだ。

「一週間だけの彼女とやらと、恋人が愛し合っている姿をみせてやっただけさ。
まぁ、全然効果はなかったんだけどな。
やっぱり、あいつは、三之助のことを好きでもないんじゃないか?なぁ」

と、男の一番の友人である勘右衛門に聞いた。
勘右衛門は、顔を真っ青にして、丸い目をもっと丸くして目を見開いて
三郎を見ていた。
勘右衛門の見たこともない姿に、みなが驚いたが、

「なんてことを」

と唇を震わせてから、目をきっと吊り上げて、三郎を殴った。
おもいっきり全ての力をこめた勘右衛門の拳は、
予測もしなかった攻撃だったので、三郎は避けきれずそのまま吹き飛び、
近くだった保健室の障子に、体を突っ込んだ。
受身をとったものの痛い。
何をするんだと、三郎が、勘右衛門に言おうとしたが、
勘右衛門は、三郎のほうを見向きもせずに、眠っている男の胸元を掴んで、
叫んだ。

「おい、起きろ。早く、起きろ、起きろよ!!」

常識外れの行動に、三之助は、勘右衛門を静止しようとし、
また、急に青くなり、三郎を殴り、男の胸ぐらを掴んでいる勘右衛門の行動が
おかしいことがようやく理解した5年生のみなは、勘右衛門を取り押さえた。
しかし、勘右衛門は、彼らが取り押さえる前に、頬を叩き、
取り押さえられたあとも、叫び続けた。

「起きろ。早く起きろよ!!」

「どうしたんだ。勘ちゃん。おかしいぞ」

兵助の声に、叫び声のような鳴き声のような声で勘右衛門は叫んだ。
その思いが届いたのか、男は、むくりと起き。

「・・・なんだ。うっせーな」

「先輩!」

嬉しそうに男に抱きつく姿に、男は目尻を下げて、

「なんだー。俺ってば後輩に愛されてる」

「・・・・・・覚えているの?」

男が起きたことで、叫ぶことをやめた勘右衛門に、みなが止める手をどかした。
男に近づく勘右衛門の問いに、男は頭をかしげて。

「覚えてるって、人を記憶喪失のように言うなよ。勘」

「!」

男の呼び名に、勘右衛門はまた目を大きくした。

「あれが、久々知 兵助で、同じ学年のあれとあれとあれが、不破に、竹谷に、
鉢屋だろう?そんで、先輩の善法寺先輩に、同じ委員会で後輩の三之助。
どうだ?俺の記憶は正しいだろう」

そういって、笑う姿に、みなが違和感を抱いた。
男はいつだって、あまり笑わなかった。
抱きついた三之助は、男の言った言葉を訂正した。

「先輩、俺は同じ委員会の後輩じゃなくて、恋人っすよ」

「ん?ああ、そういう冗談は、あんまのれないなぁ」

その瞬間、みなの時が止まり、男の様子がおかしいことに気づいた。

「冗談じゃないっす。本当っす」

「俺が?それって本当?勘」

「・・・・・・思い出したの?」

「ああ、しっかり、思い出した。お前は、俺の幼なじみだろう?」

その事実は、5年も一緒にいる兵助すら知らなくて、どういうことだと
勘右衛門に説明を求めた。

「こいつは、俺の幼なじみで、記憶を消したんだ。
耐えれないことがあると、記憶が消えるように暗示がかかってて、
まさか、前の分を思い出すなんて思わなかった」

「耐えれなかった?」

三之助が聞き返すと、勘右衛門は、三之助の言葉に頷いてから、
険しい顔で三郎を見た。

「三郎。お前は、こいつが嫌いで憎かっただろう?
仕返しがしたいって言ってたよな。どうやらそれは叶った」

「あ?」

「三郎が思っている以上に、こいつは繊細なんだ。いくら忘れても、
それは変わらなかったから、まさかトラウマと同じところを見せるなんて」

「どういう」

意味が分からないと、倒れていた体を起こし、喧嘩腰の勘右衛門に
掴みかかろうとすると、すっかり起き上がった男が、二人の間に入った。




「勘。俺が言うよ」

にっこりと笑みを向けられた三郎は狼狽した。
二人は憎み合っているので、嫌い合っているので、笑顔なんて互いに
見せ合うことはなかった。見せても嫌味な笑顔だった。
しかし、男の笑顔は、自然な笑みで、それに虚をつかれた三郎は、
勘右衛門に伸ばした手を、そのまま引っ込める。
それを確認してから、男は語った。

「俺のね、父と母は、超スペクタル大恋愛をして、結ばれたんだ。
そこには、何人もの犠牲のうえの激しい恋愛。
まさに、小説のような愛物語。
そんな二人はずっと永遠に愛し続けるってお互いに約束した。
来世でも恋人に。だって、まだ今世なのに、次のことさえ誓い合った。
だけど、熱が、熱ければ熱いほど、冷めやすい。あの女はそうだった。
そして、父は、女を信じながらも、その現場を俺と一緒に見たんだ。
あの女は、まさに雌で、食べる捕食者だった。
父は、女を責めた。女は、泣いて泣いて縋ったけれど、父は潔癖だった。
浮気を許さないで、女を捨てて、俺と共に出て行った。
父は、それから狂ったように女という種別を軽蔑し、俺に言い聞かせた。
『女が言う言葉はみな嘘だ。恋なんぞ、所詮まやかしに過ぎない。
お前は、そうなるな。恋なんぞ信じるな。女なんぞ信じるな』
そう毎日言われた俺は、夜な夜な、優しく、美しく、清く、素晴らしい母親が、
嫌らしく、穢らわしい雌になる姿を夢見て、食事も寝ることすら出来ずに、
徐々に狂っていった。父はとうに狂っていた。
だけども、俺のほうが重症で、父は俺に、記憶を忘れさせた。
どうやったのか、その方法は覚えてねぇけどな。
それで、今まで、幼なじみだった勘右衛門、勘のことを忘れてたわけ。
なにか質問がある?」

「・・・・・・待て」

「はい。なんだ鉢屋」

「お前は、だって、その話でいけば、女がダメとかそういう」

答えは、男じゃなくて三之助が答えた。

「先輩は、女が抱けないっすよ。下手すれば、触っただけで、もどしますし」

「へー、俺ってば、それを言ったの?」

三之助の言葉に、男は驚く。

「え、だって、遊郭に」

「遊郭で仕事してるんだ。用心棒。この体質だから、安心して任せれるってさ」

ケケケ。この体質も悪いもんじゃないと笑う男に、三郎は、呆然として、
もう一度聞いた。

「本当に、本当か?」

「さすがに、男として、女が抱けないなんて、
凄いカミングアウトに、嘘なんてつかねーよ」

「だって、そうしたら、お前」

何かを焦っている三郎の姿に、三之助が止めに入る。

「もう、いいでしょう。離れろ」

三之助は、三郎と男の間に入り、三郎に向けていた鋭い眼光を、
柔らかなものに変え、男を見つめる。

「先輩、俺は、あんたの恋人っすよ。
ちゃんとあんたが、女を抱けないことも知ってるし、遊郭でアルバイトしていることも、
俺以外抱いたこともないことも、知ってるっす。思い出してください」

三之助の必死な声と、自分の胸元の襟を掴む震えている手を男は、
見ていた。男は、三之助の言葉が真実と分かった。けれど。

「悪い。俺は、恋人だと言われても、三之助のことは、
後輩しか感じない。それにな、俺は、恋なんて絶対しない。絶対だ。
忍びが終わったら、僧になって、一人で死ぬ予定」

「そ、そんな」

三之助の縋った手を離して、泣きそうな顔に、男は背を向ける。

「あー、腹へった。勘。まだ、ご飯ってある?」

いきなり、ふられた勘右衛門は驚いた。

「あ、ああ。あるよ」

「じゃ、付き合えよ。久しぶりな幼なじみさまの俺の話を聞け」

「なんだそれ」

久しぶりの幼なじみとしての扱いに、懐かしい呼び名に、笑顔に、
勘右衛門は、彼らの不幸を、見て見ぬふりをして、
これからの自分の幸せに笑みを浮かべた。
勘右衛門の肩に腕を組み、そのまま食堂へ行こうとする男に、
三之助は後ろから、声をかける。

「俺、諦めないっす。絶対にまた俺に、恋させてみせる」

「はは、諦めたほうがいいぜ。なんせ、俺が、恋したら奇跡だ」

男は、三之助の方を向くこともなく、手をひらひらと振って、
そのまま食堂へ向かう。
三之助は男の後ろ姿を睨むように、じっと見つめていた。




さわさわと風が鳴る。
この場所は、男にとって気に入りの場所。
サクっと地面のちょっとした音で、瞑っていた目を開けて、上半身を起き上がらせた。

「鉢屋か。なんのようだ?」

「聞きたいことがある」

「言ってみ」

「お前は女が駄目なんだよな」

「まぁ、そうだな。女はあれを思い出すから、嫌悪感しかない」

「じゃぁ、襲うとかそんなこと「したら、死んでる」・・・・・・だよな」

「なんだよ」

三郎は、言葉をつめた。疑わしそうにみる男に、もはや前のような態度はない。
それがどういうことか三郎は分かっていた。
男は三郎を憎まないし、嫌わない。
話しかければ、喧嘩なんてしない。
男にとって自分が、同学年で知り合い程度になっていることは分かっていた。
前までだったら、そんなこと関係なしに、喧嘩をふっかけていただろう。
しかし、三郎にはそれが出来なかった。
出来るはずもなかった。

「もし、好きな女に嘘をつかれて、なにもしていない男を恨んだとする。
なんで、なにもしていない男は、それが、嘘だって、言わなかったんだと思う?」

この話は、事実で、恨んだのは自分。なにもしなかったのは男だ。
2年前、三郎が当時付き合っていたくノ一の女が、ボロボロの服と、
うっ血した肌を見せて、男に襲われたと言ったのだ。
昨日、男の事実を知り、久しぶりに、そのくノ一のところに言って事実を問えば、
昔のことだから怒らないでね?と最初に言われた。
つまるところ、くノ一の女は最初から男が好きだったのだ。
しかし、まったく脈はない。でも、処女を奪われるならば、好いた男がいいと
迫った結果。完全なる拒否。それは女のプライドが崩され、
好きが憎いに変わった。だから、三郎をけしかけたのだ。
それが、二人の確執の原因。
最初から最後まで、自分の道化具合に、嘲笑が溢れる。
そんな三郎の顔に気づかず、男は、三郎の疑問に答えた。

「んー、そうだな。2種類かな。
1個目は、そいつが話を聞かなかったから、言っても意味がなかった。それと」

「それと?」

一拍の間に、男はちらりと三郎をみた。
三郎は、どくりと心臓が動く音がした。
男が、優しく、それまでの自分に見せることない笑みをみせたから、
驚いたんだと、自分を誤魔化したけれど、男の視線から目が離せない。

「なにもしていない男は、そいつが好きだったからじゃね?」

「・・・好・・き?」

「だってさ、そいつの好きな女なんだろう?傷つけたくないって思ったんじゃね。
まぁ、俺の憶測だけどな。・・・これってお前の話だろう。鉢屋。
だったら、さっさと謝っとくことをお勧めするぜ」

謝る。そんなこともう、出来ない。
だって、謝る男は、もはや忘れてしまったのだから。
三郎は、揺れる目をそのままに、男を見続けた。

「最後に教えてくれ、お前は本当に生涯、人を愛さないのか?」

三郎は、なぜ自分がそんなことを聞いたのか分からなかった。
男は、三之助の愛のアピールに逃げているし、
叫び続けている三之助には悪いが、その思いが第三者として見ても届きそうもない。
男の恋したら奇跡は嘘ではない。
それを知っているのに、なぜ聞いのか。三郎は分からなかった。
男は、ははっと一回笑ってから。

「愛さないなんて、出来るわけないだろう。
だって俺ってば、勘のこと大好きだし?だけど、それって友情でさ。
三之助の言っている愛とは違うんだ。
間違えるなよ。愛さないんじゃなくて、恋しないんだ。
恋することは、奇跡だと俺は思う。
こんなに一杯の人がいるのにさ、
一人選ぶなんて、奇跡じゃね?一人に執着するなんて、夢みたいじゃね?
俺は、その奇跡を生涯信じられないし、信じることが恐ろしい。
俺ってば、繊細すぎるんだ。きっと、父と同じ末路をたどるさ。
それが嫌だから、俺は、一人で生きたいんだ」

「・・・そうか」

三郎の中に、空虚感が漂った。

「質問は終わりか?じゃ、鉢屋。俺行くわ」

そういって、背中を向ける姿を、三之助と同じ視線で三郎は眺める。
そうして、なぜ聞いたのか、胸にぽっかり空いたような空白で、理由を知った。

「馬鹿だな私は」

胸を押さえても、しょうがない。
空白が増えて、体中が熱くなって、苦しいが、痛いが込み上げてくる。
きっと彼は、言った通りの生き方をするのだろう。
誰にも恋せず一人で、時々、勘右衛門とお茶をしながら。
それがとても、悲しいと気づいたのは、ついさっき。
いや、本当は、昔から、気に食わなかったときから。

「嫌い憎いの裏返しは」

三郎は、最後の言葉は言わず飲み込んだ。
言ってしまえば、我慢しているものが全部出てきそうだから。
ああ、酷い。
酷すぎる。
でも、やったのは自分だ。
でも、こんなこと、気づきたくなかった。
真実に気づいたとには、あなたは、もう誰も受け入れない。





Happyend?




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