TOP 01主人公 02伊作 03文次郎

ごめんね。3



ぱちん。ぱちん。ぱっちん。
頭の中で、シャボン玉がはじけ飛ぶような音がした。
一つ割れてしまえば、連動して、全て割れていって、
いくつもの透明な玉に隠された真実が見えたとき、
僕は声を出すことが出来なかった。


僕は意味のない過去を語る。

「君はいつもそうだ。何を考えているか分からない顔して、僕をからかうんだ」
「僕からの告白じゃなかった。君から付き合ってみる?って言ったんだ。
でも、僕のほうが好きだっていうのは誰かの目にも分かっていたね」
「伊作って名前を呼ばれば幸せで、君の名前を言えることが幸せだった」
「君の誕生日に、君の部屋にいけば、たくさんあった贈り物は全部豪華で、
僕の安い簪あげれないなって、捨てたはずなのに、君は持ってて、
一番の贈り物だってみんなに言ってたね」
「君は学園の休みがあるごとに、やつれて、君は僕をみて、ようやく安心していたね」
「君の止まり木になれたらって思ってたよ」
「花は鑑賞するよりも、味のある方がいいって、桜よりもザクロを愛したね。
風情のないやつだと言われていたけど、僕はそっちのほうがらしいって思ったよ」
「君の体に触れるたびに、泣きそうになる僕を君は叱咤したね。
なら触るなって、僕はね、君の体が傷だらけなのが悲しんじゃないんだ。
君がそれを当然だと思っているのが、悲しかったんだ」

「ああ、喋りたりない。まだまだたくさんある。
君と僕の過去は、どうしてこんなに温かいんだろう」

「君の未来は、僕が幸せにするはずだったんだ。
僕は手を離すつもりはなかった。君は寂しがり屋の嘘つきだから」
「ひどいよね。どうして」

僕の呟く言葉に答える人はいない。



あの日。
僕が行ったときは、もう血の海だった。
その血が彼女なことに、頭は混乱しているのに、
体だけが血に反応して、てきぱきと、動いた。
いつも以上動いた。
彼女を染める赤の色は、彼女の愛したザクロと同じ色。
ぱちんぱちんと何かが弾けていく頭の中に、震える瞼の裏に、
ザクロを食べてほほえむ彼女が、ガタガタと震えているあの人以上に、愛しくて、
僕は、彼女を愛していたことを思い出した。
そして、すべての処理が終わったとき、
目を瞑って動かない彼女を見たとき、自分のしでかしたことも思い出した。


僕が頭を下げたとき、彼女は能面のような顔をして、嘘をつく準備をしていた。
悲しいのを押し殺すのが得意な彼女は、悲しいときほど笑う人だった。
彼女は憐れむことを嫌ったのに、僕はあの人に話してしまった。
なんでそんなことになったのか。そう彼が僕に言ったからだ。
「あいつはどうしたんだ?」って。
そこにはあの人がいて、自然とそういう話になってしまった。

彼女は、どこぞの殿様の腹違いの子供で、
母親は、彼女を売り、違う場所へ逃げて、
子供らは権力を求め、殺しあい、
父親はその子らを眺めて一言、力こそが全てだと笑う。
そんな所に生きてきた彼女は、当然誰も信じないし、
僕のことだって最初からちっとも好きじゃなかったよって言えば、
彼のそうかとそっけなく帰ってきた言葉と、
あの人の涙をためて、会わせてほしいとの言葉。
その時の僕はイカれていて、あの人を、なんて優しい人なのだろうと思った。
彼女に会わせて、万が一なにかあったら僕が守るとも思っていた。

言葉の攻撃の、どちらが酷いものなのかの判定も狂ってた。
あの人は本物で、彼女は嘘だった。
あの人は、夢物語の哀れなヒロインに介入したかっただけ。
本当に、酷いのが分からないなんて、僕はなんて馬鹿だったんだろう。

何度目かのどうしてを呟き、近づいてきた気配に尋ねる。

「どうして、君は僕を愛してるって一度も言ってくれなかったのかな」
「どうして、それを聞いたのが君だったのかな。
・・・・・・・僕だったら、こんなことにはならなかったのに」




その後、彼女は奇跡的に目が覚めた。
だけれど、後遺症は残って、記憶を失った。子供をつくれなくなった。
僕のこと、伊作さんって言う。
僕のことも忘れてしまった。
誰のことも忘れてしまった。

最初は、愕然としたけど、もう一度やり直したかった僕は、
これで良かったと思うことにした。もう一度彼女と恋をしなおそうと。
悪いことばかりじゃなかった。
子供をつくれなくなった彼女は、家は必要はないと、
彼女の家督の権利が、放棄になった。
ずっといらないと喚いてきたものをようやく捨てれたようだ。
僕は彼女の傍にいた。
今度は手を離さないように、一時も離れないように、ずっと傍にいた。
彼女は僕に微笑む。

ありがとう。と。

彼女の怪我が完治して徐々に記憶を思い出せたとき、
彼女に一通の手紙が来た。
それは彼女の母親からの手紙で、彼女は震える声で、僕に言った。

「捨てられていたわけではなかった。
父親に、捨てさされただけだって、一緒に住まないかって」

僕は、泣き崩れる彼女を抱きしめた。
すべて幸せな方向へ行っていて、
後は、僕が彼女に好きだというだけだった。
彼女は僕に少なからず好意をいだいていたし、
周りからは公認の仲だと言われていた。

けれど。

ある日、怪我をしていた文次郎の治療を、
手が離せなかった僕は、彼女に頼んでしまった。
そして、そんなことで僕と彼女の全てが終わってしまった。

「・・・この手」
「なんだ?」

文次郎の手を掴んだ彼女は、目を大きく見開いて言った。

「あなたが、私の愛していた人ね」

と。
前に、彼女は、全ての記憶を忘れても、
忘れられなかったものがあるのだと、僕に言った。

最後の最後に。

「あいしてるって、誰かに言ったの。
たぶんその人を、死んでもいいくらいに、愛していたの」

誰かは思い出せないけど、手の感触だけは覚えていると。


ああ、神様。
あの手を握ったのが、どうして僕ではなく、文次郎だったんでしょうか?

だから、
次の彼女は、僕ではなく、文次郎を愛しました。










2010・11・23

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