ごめんね。3
ぱちん。ぱちん。ぱっちん。
頭の中で、シャボン玉がはじけ飛ぶような音がした。
一つ割れてしまえば、連動して、全て割れていって、
いくつもの透明な玉に隠された真実が見えたとき、
僕は声を出すことが出来なかった。
僕は意味のない過去を語る。
「君はいつもそうだ。何を考えているか分からない顔して、僕をからかうんだ」
「僕からの告白じゃなかった。君から付き合ってみる?って言ったんだ。
でも、僕のほうが好きだっていうのは誰かの目にも分かっていたね」
「伊作って名前を呼ばれば幸せで、君の名前を言えることが幸せだった」
「君の誕生日に、君の部屋にいけば、たくさんあった贈り物は全部豪華で、
僕の安い簪あげれないなって、捨てたはずなのに、君は持ってて、
一番の贈り物だってみんなに言ってたね」
「君は学園の休みがあるごとに、やつれて、君は僕をみて、ようやく安心していたね」
「君の止まり木になれたらって思ってたよ」
「花は鑑賞するよりも、味のある方がいいって、桜よりもザクロを愛したね。
風情のないやつだと言われていたけど、僕はそっちのほうがらしいって思ったよ」
「君の体に触れるたびに、泣きそうになる僕を君は叱咤したね。
なら触るなって、僕はね、君の体が傷だらけなのが悲しんじゃないんだ。
君がそれを当然だと思っているのが、悲しかったんだ」
「ああ、喋りたりない。まだまだたくさんある。
君と僕の過去は、どうしてこんなに温かいんだろう」
「君の未来は、僕が幸せにするはずだったんだ。
僕は手を離すつもりはなかった。君は寂しがり屋の嘘つきだから」
「ひどいよね。どうして」
僕の呟く言葉に答える人はいない。
あの日。
僕が行ったときは、もう血の海だった。
その血が彼女なことに、頭は混乱しているのに、
体だけが血に反応して、てきぱきと、動いた。
いつも以上動いた。
彼女を染める赤の色は、彼女の愛したザクロと同じ色。
ぱちんぱちんと何かが弾けていく頭の中に、震える瞼の裏に、
ザクロを食べてほほえむ彼女が、ガタガタと震えているあの人以上に、愛しくて、
僕は、彼女を愛していたことを思い出した。
そして、すべての処理が終わったとき、
目を瞑って動かない彼女を見たとき、自分のしでかしたことも思い出した。
僕が頭を下げたとき、彼女は能面のような顔をして、嘘をつく準備をしていた。
悲しいのを押し殺すのが得意な彼女は、悲しいときほど笑う人だった。
彼女は憐れむことを嫌ったのに、僕はあの人に話してしまった。
なんでそんなことになったのか。そう彼が僕に言ったからだ。
「あいつはどうしたんだ?」って。
そこにはあの人がいて、自然とそういう話になってしまった。
彼女は、どこぞの殿様の腹違いの子供で、
母親は、彼女を売り、違う場所へ逃げて、
子供らは権力を求め、殺しあい、
父親はその子らを眺めて一言、力こそが全てだと笑う。
そんな所に生きてきた彼女は、当然誰も信じないし、
僕のことだって最初からちっとも好きじゃなかったよって言えば、
彼のそうかとそっけなく帰ってきた言葉と、
あの人の涙をためて、会わせてほしいとの言葉。
その時の僕はイカれていて、あの人を、なんて優しい人なのだろうと思った。
彼女に会わせて、万が一なにかあったら僕が守るとも思っていた。
言葉の攻撃の、どちらが酷いものなのかの判定も狂ってた。
あの人は本物で、彼女は嘘だった。
あの人は、夢物語の哀れなヒロインに介入したかっただけ。
本当に、酷いのが分からないなんて、僕はなんて馬鹿だったんだろう。
何度目かのどうしてを呟き、近づいてきた気配に尋ねる。
「どうして、君は僕を愛してるって一度も言ってくれなかったのかな」
「どうして、それを聞いたのが君だったのかな。
・・・・・・・僕だったら、こんなことにはならなかったのに」
その後、彼女は奇跡的に目が覚めた。
だけれど、後遺症は残って、記憶を失った。子供をつくれなくなった。
僕のこと、伊作さんって言う。
僕のことも忘れてしまった。
誰のことも忘れてしまった。
最初は、愕然としたけど、もう一度やり直したかった僕は、
これで良かったと思うことにした。もう一度彼女と恋をしなおそうと。
悪いことばかりじゃなかった。
子供をつくれなくなった彼女は、家は必要はないと、
彼女の家督の権利が、放棄になった。
ずっといらないと喚いてきたものをようやく捨てれたようだ。
僕は彼女の傍にいた。
今度は手を離さないように、一時も離れないように、ずっと傍にいた。
彼女は僕に微笑む。
ありがとう。と。
彼女の怪我が完治して徐々に記憶を思い出せたとき、
彼女に一通の手紙が来た。
それは彼女の母親からの手紙で、彼女は震える声で、僕に言った。
「捨てられていたわけではなかった。
父親に、捨てさされただけだって、一緒に住まないかって」
僕は、泣き崩れる彼女を抱きしめた。
すべて幸せな方向へ行っていて、
後は、僕が彼女に好きだというだけだった。
彼女は僕に少なからず好意をいだいていたし、
周りからは公認の仲だと言われていた。
けれど。
ある日、怪我をしていた文次郎の治療を、
手が離せなかった僕は、彼女に頼んでしまった。
そして、そんなことで僕と彼女の全てが終わってしまった。
「・・・この手」
「なんだ?」
文次郎の手を掴んだ彼女は、目を大きく見開いて言った。
「あなたが、私の愛していた人ね」
と。
前に、彼女は、全ての記憶を忘れても、
忘れられなかったものがあるのだと、僕に言った。
最後の最後に。
「あいしてるって、誰かに言ったの。
たぶんその人を、死んでもいいくらいに、愛していたの」
誰かは思い出せないけど、手の感触だけは覚えていると。
ああ、神様。
あの手を握ったのが、どうして僕ではなく、文次郎だったんでしょうか?
だから、
次の彼女は、僕ではなく、文次郎を愛しました。
2010・11・23