ごめんね。1
ごめんね。ごめん。僕を許さなくてもいいよ。
彼は、そんな台詞を吐いた。
「ごめん」
頭を下げた彼は、私より高い身長を私と同じにした。
彼のつむじが見える。
そこを、刺せば死ぬんだろうと、思った自分を笑った。
攻撃をすれば、攻撃される。
そんな世界で生きている。
殺気に体が動き、まだ恋人な私だと気づかず、君は私を殺すのだろうね。
それか、相討ち。
恋で死ぬつもり?
馬鹿らしい。私は笑った。
「いいの。私もちょうど
――――――あなたに飽きたところ―――――――」
私はそういって背中を向ける。
それでおしまい。
なんて薄情な世界なんだろう。
ああ、でもあの綺麗な人には、
この世界が甘い甘い揺らめく夢のような世界なのだろうな。
ある日、忍たまが拾ってきた、綺麗な綺麗な人。あだ名をそのまま天女さまと言う。
彼女について、同じ言葉を二度ものせたのは、私が彼女をそんなによく知らないからだ。
近づかない理由は、色々。
そのなかで一等は、彼女は、この世界の歪みを指摘する人だからだ。
彼女を、嫌いじゃない。
でも、好きでもない。
だって、あの人の声を聞くと、心の底から神聖になって、自分という存在を呪うんだ。
あなたみたいであれば。と。
あなたのような世界で生きれれば。と。
でも、夢物語は所詮夢でしかない。
嘘は日常装備。
武器は日常装備。
裏切りはテンプレート。
涙も笑顔も計算で、武器。
そういうふうにしか生きてこれない私は、夢をみるのを諦めた。
一瞬だけ見せてくれた夢も、
やはり夢で、手から温もりは消えた。
何度も何度も転ぶ君が嫌いだった。
何度も何度もこぼす君が嫌いだった。
何度も何度も同じところで間違える君が嫌いだった。
何度も何度も馬鹿みたいに同じ言葉を言う君が嫌いだった。
何度も何度も立ち上がる君が嫌いだった。
何度も何度も笑う君が嫌いだった。
何度も何度も――――私から離れない君が嫌いだった。
そう、私は、こういうふうにしか生きれない。
だから、甘やかな夢から目覚めるために嘘をついた。
そうしないと、目の前の現実をどうしていいのか忘れてしまう。
ある日。
彼女は私の前に現れた。
彼女の言葉が雑音の癖に、私にまっすぐに突き刺さる。
ああ、神様神様神様神様神様神様、神様!!
私は哀れなんかじゃないですよね。
私は幸せですよね?
それなのに、どうして、あの子は悲しそうな目で私を見て、
手を差し伸べるんですか?
その後ろには、鬼のような顔をしたあの人が
私を威嚇して、何かしようものなら、武器を隠している。
「もう苦しまなくてもいいの。偽らなくてもいいの」
そんなの嘘。
そんなの嘘だ!!
この子は、ただ私に見せつけたいだけ。
おまえのものを奪ったぞって、あはははは。
くだらない。私はそんな人いらないもの。
もういらないもの!!
陰湿な攻撃だね。
だったら、私は偽らないといけない。
産まれた時からこう生きてきた。
神様がそう教えてくれた。
神様だけを私は愛してた。神様だって私を愛した。
人なんてどうでもいい。人は助けてくれない。
誰も誰も誰も助けてくれない。
彼だって、彼女を守って、私を守らない。
「くだらない。あなた私の何を知っているの?
噂に流されただけだよ。私は、お金も、力も、頭も全部持ってるの。
あなたが得られないもの全て。
可哀想なのは、世界から捨てられたあなたじゃないの?」
そういって、私の頬が叩かれた。ペちーん。
殴る男って最悪だよね。
私は睨む。
そうすれば、彼は自分のしたことに動揺して、たじろいだ。
「そういう茶番劇とか、面倒くさい。もっと違う人にしたら?」
そういって、去っていた後ろ姿を消えるまで眺めて、後ろに倒れた。
「いたぁい。神様。助けて」
天に手を伸ばすけど、何も掴めない。
うん。知ってます。神様。
あなたは忙しいからなかなか来てくれない。
そして、あなたも私よりあの子を愛している。
ああ、そうか。
簡単な話だと、私は笑った。
目の前に起きた惨事に、見知った顔が歪んだ。
「なんで」
「なんでって、どれも正しくないから、
一番正しくない行動をし・・・て・・・・・・・み・・・・・・・・・・・・た?」
ぐらりと視界がゆがむ。
誰かの叫び声。保健委員をと言っているけど、
もうこれでいい。
これでいいんだよ。
これは、現実逃避だから。
だって、私は、すでに現実に戻れないほど、甘い夢に浸かってしまっていた。
いくら周りに通用しても、私に私の嘘は、通用しない。
彼が私につむじをみせた日、世界は崩れていって、
私は、もう死んだも当然だった。
でも、あがいてた。
生きたかったから、死にたくなかったから。
だから、彼を忘れることにして、嘲笑った。
でも、頬はずっと痛いし、手は冷たい。
あの時、素直に思いを伝えれば、
差し出された手をとれば、
何かが変わったのかな?
いいや。
私の続く未来は、もうすでに確定していた。
しっちゃかめっちゃかで泥沼な家庭環境に、
くっついてきた人の群れは黒い手。
なんて素晴らしく醜い未来に、なんて生きているよりもきつい未来に、
ちょっとだけ幸せな小枝があったんだけれど、
それはたやすく折れてしまった。
小枝が脆いことに最初から気づいていたのに、近づいたのは自分。
これは誰のせいでもなく、自分のせい。
最初は単純に自分のことが好きなのが分かりやすくて
面白いからからかいの延長上で付き合っただけのに。
なんでかな。失敗しちゃった。
あなたが死んだら、彼は自分を後悔するのかなって、
あなたが死んだら、きっと彼も死ぬのかなとかさ。
後輩のくのいちが起こしたあの子の殺害に、目を瞑れば、
彼は私を、もう一度受けとめてくれるかも知れないとか
それ以上に思ってしまった感情。
彼女への愛情は、幻術と誰かが言う。
彼女が死んだら、みんな目が覚めると。
そうだったら、私はまさしく愛する者たちの、邪魔者以外なにものでもない。
でも、本物だったら?
本当の愛だったら?
死者は、生者以上に愛される。
まぁ、そんなこと一瞬で考えれるわけもなく、後付だったりするけどね。
ただ体が動いていた。
死ぬとかそんなこと忘れて。
馬鹿だなぁ。
恋で死ぬなんて。って私が笑う。
私も、私に笑う。
でも、受けて止めてしまっちゃったんだもん、しょうがない。
しょがないよ。と。
ああ、神様。
どうやら、私は世界に、さようならするようです。
どうか、最初で最後の願いを叶えてください。
馬鹿みたいにあなたを愛した哀れな子供の望みを聞いてください。
「いさく」
誰かが私の手を取った。
体から感覚がなくなっていくのに、手だけは最後まで温かった。
彼は何かを言っている。ごめん。もう聞こえない。
ああ、神様。
やっぱり、神様は、私を愛してくださる。
最後の最後で・・・・・・。
もう、嘘つかなくていいですよね。
未来もなにもないんだから、嘘をつかなくていいんですね。
良かった。最後の最後で私は笑う。
もう、武器ではない笑顔で。
「あ、い、してたよ。うそっぽい・・から・・・・・いえな・・かった・・あ、いしてる」
ごめんなさい。ありがとう。誰かが握っていた手から力が抜ける。
暗くなる、軽くなる、もう最後は何も怖くない。
次はどうする?って聞かれた。
次はもうなくていいって答える。
もし彼とか、彼女とかに会っても、次は関わらないよって。
まったく違うところで、笑っていて欲しいって。
同じなんて、つまらないって。
笑った私の手を神様が引いて、
あなたほど愛しい子はいないって片方の手で頭を撫でた。
2010・11・19