美術室の・・・ 中
みんなでよく行くファースト店には、浮いている男がいる。
私の幼なじみの だ。
は金魚鉢の中の鯉みたいなもので、
の前を通る人達が
ちらりちらりとの存在を確認していた。
当のはというとそういう視線に慣れすぎて、鈍感になっており
勘ちゃんのマシンガントークに相槌を打ったふりして、
ポテトを持って笑顔の似非臭いピエロをずっと見ている。
はどこか常識外れなので、その人物の名前も知らないだろう。
私はたちから目を離し、目の男を睨んだ。
「と、いうわけで連れてきちゃった」
許してと上目遣いで手を合わせ、
祈りのようなポーズをしているハチにイラつく。
その気持ちのまま壁にハチの頭を押し付けた。
「殺すぞ。ハチ」
「い、痛。地味に痛い!!
大切なお姫様を連れてきて悪かったけど、連れてきたのは、雷蔵だぜ?」
横にいる雷蔵を見れば、上目遣いで、だってと口を尖らした。
どうして同じ性別の男なのに、こうもハチと違うのだろうか。
ハチはキモい。雷蔵は可愛い。
イライラしていた気持ちが50%収まった。
「だって元に戻りたいんだろう?
でも僕らも捨てれないなら、くんに変わってもらうしかないじゃない?」
雷蔵の言葉で私のやってきたことを思い出した。
は高校1年生になってから、笑わなくなった。
私がいても何をしても笑わなくなった。
笑っても、心からじゃないのが分かる。
なにがあった?と聞いても、なにも。と答える。
どうかしたか?と聞いても、どうも。と答える。
聞いても聞いても答えは出てこない。
だから私は大きないたずらをして、を笑わそうとした。
が笑えば、私は幸せだ。
なのに、はますます顔を暗くして、私から離れていく。
今では、は食満先輩と一緒にいるほうが楽しそうだ。
は、私よりも。
と考えて、
「痛い痛いってか、てっぺんはげちゃう!!もう離せよ!!
・・・すいません。ごめんなさい。俺が悪かった。だから、離して!!なんか頭熱い」
とうるさいハチの言葉を華麗に無視していると。
「三郎、兵助なにしてると思う?」
雷蔵の言葉が聞こえたので、ようやくハチから手を離しての方を向いた。
「ちょっと、なにしてるんですか?離してください」
は兵助に服をめくられていた。
というか、シャツの中に手を入れられている。
え、本当に、なにしてんのあの子。
「うーん」
「ちょ、ちょっと離れなよ。さすがにそれはやばいから」
「うーん、絹ごし」
勘ちゃんの止める言葉を電波な兵助は無視している。
私は脇目もふらずそのまま兵助のところまで走りヘッドロックをかけ叫んだ。
「本当になにしてんだ!!兵助。離れろ!!もうに近づくな!!」
騒がしかった奴らとの遊びを終わらせ帰り道、とふたりっきりだ。
そういえば、と帰るのはいつぶりだっただろうか。
少し見ないうちに身長が高くなったような気がする。
でも、は相変わらずまっすぐ歩かず、前を見ずに、空を眺めながら歩いている。
危ないから腕を引っ張ろうとしたが、の肌は白く細い。
まったく光の世界に出ることがない人種の色だ。
そのことにある種の罪悪感を感じて手を引っ込めた。
何を言っていいのか分からない。
前までだったら、話したいこと一杯あったのに。
「今、どんな絵描いてるんだ?」
久しぶりに話しかけた父親か。
と自分の言葉に突っ込みたくなった。
突っ込めるほどの間があいて、は答えた。
答えは短い。また会話が途切れる。本当は聞きたいことが一杯あった。
だけど、私は弱虫だから、言葉を抑えて、空に吸い込まれそうなを背中で気にする。
それから、無意味なことを脳内リピート。
は、食満先輩といつも一緒に帰っているのだろうか?
食満先輩のほうが楽しそうじゃないか?
もう、私より食満先輩のほうが大切?
ちりっと何かが胸の内を走った。
胸元を押さえてみる。
一瞬だったので、他に異変はない。
なんだったんだ?あーもう分からない。
ごちゃごちゃ考えるよりも直に聞くほうがいい。
「お前は楽しいのか?」
「え」
「ほら、その・・・食満先輩と仲良くなって」
言われた人を思い出して、は少し笑った。
あ。
あ。
あ。
私がしたかったを笑わせることは成功した。
でも、どうしてだろう。
が笑えば私は幸せになれるのに、
「うん。面白い人だよ」
全然嬉しくない。
だから、
私は絵をあまり見せたがらないが
絵を見てくれといったとき普段なら感じる違和感に
気づきもしなかった。
「三郎、くんと豆腐食べに行きたいんだけど、携帯番号教えて」
兵助がおかしい。いや、前からおかしかったけれど、
ホームルーム前に会うことはほとんどないのに、
兵助は私が来る前から私の席に座っていた。
ちゃんと机に豆腐も置かれている。
前までの私なら少し考えたろうが、
ファースト店にてのに対する兵助の態度があんまりだったので、言葉がきつくなる。
「誰が教えるか。変態。ってかそこどけ」
「?なんで変態なんだ。
俺は純粋にくんと豆腐を食べたら楽しいだろうなって思っただけなのに」
「なんで一回しか会ったこともないと行きたがるんだよ。勘ちゃんと行けばいいじゃないか」
「・・・・・・・それもそうだな。うーん」
頭をかしげている兵助にイライラした。
なんでに休日に変な店に行かせる片棒をかつがなくてはいけないんだ。
ぼすっと兵助の顔に鞄を当てる。
すると、周りがざわついた。
「鉢屋!!久々知くんの唯一の特技をめちゃくちゃにするな」
「なんだ、嫉妬なのか?モテ男のお前に久々知に嫉妬する要素がどこにある!!
久々知は彼女いないぞー」
「きゃー久々知くんの鼻から血が出てる。それでもイケメンってことが恐ろしい!」
「だが、久々知はこんなことじゃめげないもんな。ほら、豆腐だぁぁ」
「顔からいきますか?頭からいきますか?」
2−Bに好かれている兵助がわっしょいわっしょいとみんなに囲まれ、
私が蹴られたり殴られたりしているとき、ハチと雷蔵がその様子を遠巻きに見ていた。
「うちの組。兵助のこと超好きであってる?
嫌われてないよな?てかなんでクラスメイトの三分の一が豆腐持ってんの?」
「兵助って鈍いよね。ねーハチ」
「左右上下のすべての方向から豆腐がァァァ。
兵助が豆腐まみれたぁぁぁ。・・・あ、兵助、幸せそうだ。どうなんだこれ!!」
「三郎はもっと鈍いけどね」
夏休みに入った。
私はバイトをいれて、彼女をかえた。
うるさい女だったけれど、私はいつだって一人は寂しい。
寂しいもの同士で心を埋めていた。
だから長続きしない。本当に求めているものが違うから。
でも、そろそろ変えてもいいかも知れない。
今の彼女は嫉妬しいでよく携帯を見せろというし、
イベントごとはちゃんとしろとうるさいし、結構なものをねだる。
遊びだからこそのマナーができていない。
これなら、仲間と遊んでいたほうがいい。
いつもならそんな失敗はしないのに私は彼女と別れる時期を逸してしまった。
それこれもバイトのせいで忙しかったのと、
今年の夏はとても暑かったからだ。
その日は、朝からにあった。
明日が誕生日だから催促しにきたのかもしれない。
そんなことしなくてもの誕生日プレゼントはもう買って、
いつでも渡せるようにかばんの中に入ってる。
というか、バイトだっての誕生日プレゼントのためだったりする。
ケンカしたわけでもなんでもないけれど、
あの日からなんとなく会いずらくなってバイト理由にあまり話もしていない。
これをきっかけにどうにか前のように戻れないかと思っている。
今年のの誕生日に気合充分の私に、するりと腕に柔らかな感触を感じる。
「ねー三郎これ私に似合わない?ほしー」
はいはいはい自分で買えよ。とオブラートにくるんで、
お前にはこっちのほうがいいんじゃないか?と
安めのネックレスをすすめる。
最初は不貞腐れててもおだておだてれば、
いい気分になっていって
最終的に彼女はそれを私に買わせた。
はぁーとため息を吐いて、彼女のショッピングと
くだらないお喋りに付き合い、最後に簡単な場所で
ディナーでもと思えば、同じような背格好に
同じような顔の人物を見つけた。
「あ、雷蔵」
おーいと声をかければ、雷蔵は変な顔をした。
「三郎なにしてんの?」
「なにって、見ての通り」
デートだよと言う前に、横の彼女は
三郎って双子だっけ?
誰よ。紹介してよーとキャンキャン騒いでいる
彼女に雷蔵を紹介すると、雷蔵はもっと顔をしかめた。
「違ったのかな」
「ん?何が?」
「三郎。私お腹すいた!!早く行こうよ」
ぎゅーと私の腕を握る。
早く早くと急かす姿は小型犬みたいで可愛いが、
雷蔵の含みのある言葉が気になった。
「ちょっと先行ってろって。雷蔵違ったってなにが?」
「いやこっちの話で・・・ううん。やっぱり言うよ。
ようやく大切にしたくなる子見つけたんだと思って、・・・おめでとう」
雷蔵は眉毛をハの字にして悲しそうな目をしていた。
私は言われたことが分からない。
「は?」
「ずっとくんばっかりだったから・・・僕。
なんだ、バイトだってあの子のためだったんだね。
そんな嘘つかなくていいのに」
「ちょ、ちょっと待って、何言ってるんだ雷蔵」
「だって、今日がくんの誕生日でしょう?
その日に女の子とデートってそういうことなんでしょう?」
言われた言葉にすべての器官が止まって、
それから急いで携帯を開いた。
私は時間をすべて携帯を通してみてきた。
慌てる私をいぶかしんだ雷蔵が覗き込んでくる。
「・・・三郎?」
「え、だって」
「今日は8月7日だよな?」
「今日は8月8日だよ」
「私の携帯一日遅くなってる」
私の携帯には8月7日と書かれている。
それから、すべての合点がいった。
今日、が制服を着ずに私のところに来たのは。
なんてことだ。
頭を抑えて、携帯を睨む。
私の携帯にこんな細工ができたのはたった一人しかいない。
「おかえり。三郎の分頼んどいたから。三郎
ネギ抜きだよね。本当に子供舌なんだから」
女は水をのんきに水を飲んでいた。
殴りたくてしょうがない気持ちを押しころして、女に言う。
「っなんでこんなことしたんだよ!!」
「なにが?」
「しばらっくれるな」
「ってか、私、悪いことした?」
開き直った女は私を睨む。
綺麗に塗られた爪がキラリと光った。
「だって彼女と幼なじみどっちが大切って話しだしー。
てか、携帯いじっただけで忘れちゃうくらいだから、
三郎だってどうでもいいって思ってるんじゃないの?
だって、気持ち悪いじゃん。
この年まで、幼なじみの誕生日を祝うとかさ。
ってか美術室の幽霊ならさ、引く手あまただから、コアなファンいるし、三郎が無視っても大丈夫だよ。
その点私は三郎じゃなきゃだめなんだよ」
女は最後に媚びて私の腕をつかもうとした。
私はそれを振り切り、ドンと机を叩いた。
「え、怒ったの?」
「おまえ、最低だ」
それから、私は走った。
空は満天の星空だけど、そんなもの見ている暇はない。
がこの日を大切にしてること知ってた。
がこの日なら笑ってくれること知ってた。
私がどんなにこの日が大切かってこと知ってた。
知ってたのに。
横を一瞬見慣れた人が通った気がした。
この道にいる筈のない人で、ある可能性を考えるよりも私は走った。
家への帰り道、は制服を着ていた。
携帯を開くとまだ今日だ。
はぁっと息を整えて、に声をかける。
「!!あの、そのな・・・お、お誕生日おめでとう!!」
からは何も反応がない。
「そうだ。誕生日プレゼントを・・・、ない。あのクソ女!!」
どうやら別れの報酬はの誕生日プレゼントのようだ。
心のなかで何十回かクソ女を殴っていれば、
がこちらを向いた。
「あ、あの怒ってるか?その携帯弄られて日にち間違ってたんだ。
そう、今からでも誕生日祝おう!!」
「僕、嘘をついた」
は私を見ていた。瞳にはちゃんと私が写っている。
しょうもなく焦って格好悪い男。
それなのに、の視界に私はいない。
脈絡のない言葉をは重ねた。
「僕が大事だったのは昔だったんだ。本当の今に目をつむって、泣いても何も変わらない。
僕はずっとプラネタリウムを見ていたから」
「?」
ようやくが私を認識した。
巨大迷路で迷子になったときと同じ顔をして、私に尋ねた。
「三郎、僕はここにいていいかな?」
「・・・あ、当たり前だろう」
「そう。よかった。もう進んでいいんだね」
が幸せそうで、悲しそうで、嬉しそうで、哀しそうで、
なんとも言えない顔をしていた。
2011・8・8