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美術室の居候 中




 は、あの絵の色のような存在だ。
きっと空の色と同じ成分でできている。
そういうと友人の伊作は、机の上で膝を付き頬に手を添えた体制で、
白い目で俺を見た。

「留さんキモイ。なにそのポエム。
というか、留さんの話このごろくん一色だね」
「そうか?」

頭を捻る俺に、伊作は読んでいた「体のすべてマニアック編」を置いて、
横においてあったポッキーを1本取り、指揮棒のように振った。

「そうだよ。今のは5回目だし。
さっきの授業なんて、くんが体育の授業してて
肌白くて折れそうで、手を怪我したら危ないだろうって、
あいつわざと当てやがったしめるとか、独り言うるさいし」
「だってよー。って本当すごいんだぜ。
目の前にあるのをささーって簡単に描いててさ。まじ本物。
の手は魔法の手なんだ!!!」

俺の語源力ではの凄さを伊作に伝わりきれなかったようだ。

「ふーん」
「なんだよ」
くんのこともいいけど、彼女はいいの?」

伊作の持っているポッキーが俺の後ろを指す。
後ろを振り返れば、俺の彼女が俺を睨みつけて、
手でこっちへと手招きしている。

「・・・・・・」
「行ってらっしゃーい」

伊作はパキンとポッキーを折った。



思うに、伊作は女子のようにお菓子を食べ過ぎなのだと思う。
あいつの鞄の中はいつもお菓子の甘い匂いと
薬の独特の匂いで満たされている。
薬は強烈な匂いを放っているはずだが、
最終的に鞄が甘い匂いになっているのは、
甘いものは強いってことだろうか。
目の前の、甘いものと同等な女の子で可愛い彼女が、
俺の裾を握って上目遣いでお願いをした。

「ねぇ、留三郎。今日は一緒に帰ろうよ」

なんて可愛い容易いお願いなのだろう。
昔の俺なら一も二もなくうんと頷いて、むしろ今から帰って、
デートでもするかといっていただろう。

でも。

今は、なんていうか、邪魔だなと思う。
せっかくと仲良くなれたのに、これで次の日になったら
最初と同じになるんじゃないかって、ひやひやしながらも、
帰れないって言ったらちょっとは悲しんでくれるかなという
小さな期待もあって、でも、不安のほうが大きいし、
何よりも今日はの魔法が見れない。
眉間に自然にしわが寄るが、
彼女は俺の彼女なので頷いておいた。

「ちょっとに今日は帰れないって言ってくる」

伊作に言えばあきられた顔をされる。

「約束してるわけではないんでしょう?」
「でも、に会いたいし」
「これで気づいてないんだから本当鈍いよね。留さん」

伊作の言っている意味が分からない。
でもそんなことを考えるより、言い返す時間ももったいなくて、
無言のまま旧校舎の美術室へと向かった。
古い匂いと止まったってしまったかのような空気。
埃臭いと思っていた昔は、馴染み深いものへと変化した。
美術室とかかれたプレートは少し歪んでいる。
あとで直そうと扉を開いた。

?いないのか?」

ひらりとカーテンが動いた。
美術室には誰もいない。の鞄はある。どこにいったのだろう。
ふわりふわりと音もなくカーテンが舞って、
影で黒くなった机にちらほらと光の粒が映る。
いつもだったら楽しい場所も、がいないだけで、
俺を拒否しているようだ。
文だけ置いて帰ろうとノートを破り鞄の下に置く。
いつもよりゆっくり書いた文字、いつもより丁寧な字。
はまだこない。
時計を見ればそろそろ彼女が教室に俺をさがしにくる。
帰ろうとしたが、強い風が吹き、カーテンの音がばさりと響いた。
カーテンの下は、がいつもいる場所で描きかけの絵が置いてあった。
俺はふと、そこから見える景色はどういうのだろうか。
はどんなふうに見えてるのだろうか。と思いその場所へ近づいた。
分かっている。
こんなの建前で、が帰ってくるまでの時間稼ぎにすぎない。
椅子に座る前に、白い腕が見えた。

「・・・・・・?」

はそのまま地面にいることが正しいのだとばかりに、動かない。
俺はさっと血の気を引き、の名前を呼ぶ。
反応はない。
俺はの体を抱いて、そのまま保健室へ走った。
の体は軽かった。ここに存在していないかのようで、
泣きたい気持ちを押し殺して、走ることだけを考え保健室を目指した。
その時のタイムなら俺は学園一をとれた自信がある、
それほど早い速度で走った俺は、乱暴に足で保健室の扉をあけ
そこの主である伊作に叫んだ。

「伊作!!が、が」

俺の要領の得ない言葉に伊作は頭をかしげていたが、
を見て真剣な顔にすると、
いつもの優男で不運の男が嘘のようにキビキビと動いた。

「!!揺らさないで、そのままベットに置いて」

それから伊作はの体を色々と調べていた。
俺は横でおろおろしながら、伊作に尋ねる。

「おい、伊作。は大丈夫なのか?」
「うるさい。黙れ」
「・・・・・・

祈るような気持ちで待っていれば、検診が終わった伊作が言う。

「これは、栄養失調に、睡眠不足だね」
「バカ言え。倒れてたんだぞ。それ以外に悪いところあるんじゃねーか。
救急車呼ぶか?」

パチンと携帯を開けた瞬間、のお腹から音がした。

「ぐるるるる」

伊作の方を向けば笑顔だ。
騙されてはいけない。伊作は笑顔で怒れるし、泣ける。
そういう意味では器用な奴なんだ。

「・・・・・で?僕に言うことは?」
「すいませんでした」

土下座をして許してもらった俺はの横に座る。
の唇の近くに手を当てて、すーと空気の移動を感じてほっと息を吐く。
生きてる。

「ったく、心配かけさせやがって」
「その割には顔がにやけてるよ」

そうだろう。現金なものだと思うのだけれど、
さっきまでの泣きたい気持ちが、大丈夫だと分かれば、
が側にいてレアな寝顔も見れてラッキーだと思いはじめてる。
寝ているはいつもの空気を消して、柔らかで、割増幼くみえる。
白い肌も柔らかそうな髪も触ってみたいけど、
伊作がこっちを見ているので下手なことは出来ない。
寝ているもいいけど、やっぱり、起きているのほうがいい。
栄養失調になるなんてと、怒って先輩面したい。
その理由をかこつけて、お弁当を作ってきてもいい。
そうすれば、昼休みも一緒にいられる。
楽しい未来を考えていた俺に、招かれざる客が保健室にやってきた。

「失礼します」
「鉢屋」

鉢屋三郎。の幼なじみ。
不破にそっくりな顔、しかし内面の意地悪さと飄々さが出て、
同一人物だとは思わない。
いたずら好きで、俺たち先輩すらからかう。
いや、こいつは俺たちを先輩だと思ってもいないだろう。
いつも不敵な笑みを抱いている印象が強い鉢屋は、
の前ではなりを潜めて、眉をゆがめ、を静かに見ている。



鉢屋の柔らかな声に、俺はぐっと拳を握る。

「迷惑かけてすいません。こいつは私が運びます」

鉢屋が俺を見る。
確実に威嚇している。
俺はその威嚇に怒りをいだいていた。

「いや、いい。こいつを見つけたのは俺だから、最後まで責任持つ」

鉢屋。お前はずるいよな。

「幼なじみなんで、隣ですし家」

そう。幼なじみだから、隣だから、簡単に名前呼べて、懐にはいれて。
そして、俺の憶測だとはお前を・・・。

「三郎?」

扉の外から同じ顔が出てきた。
俺は、人の悪い顔をして、鉢屋を見る。


「不破が呼んでるぞ。俺は暇だし、なにもないから俺に任せて、行けよ」

鉢屋。
でも、お前はあいつらを選ぶんだろう?選んだんだろう?
だから、はいつでも寂しそうにお前の帰る後ろ姿を見ているんだろう?
だから、は美術室で一人なんだろう?
それなのに、いいところだけは欲しい?

そんなの俺が許さねーよ。

俺の視線の強さに、鉢屋はぐっと押し黙り、眠るを一回見て、
それから俺を睨みつけた。

「・・・・・・分かりました」

鉢屋が出ていって、ふっと伊作が息を吐く。

「修羅場に巻き込まないでよ。あと留さん、嘘ついていいの?」
「なにがだ?」
「・・・今日は一緒に帰る約束してたんでしょう?彼女」

言われて思い出した。
そんな俺の顔に、伊作は呆れる。

「僕なら本当に暇だし、彼が起きるまで待ってるから、行ってきなよ」
「何言ってるんだ。を置いて帰れるか」

俺の即答に、伊作は呆れた顔を歪ます。
それから、は眼を覚ました。
が生きていたことを完全に頭が認識すると
安心から泣いてしまい、そしてつい抱きしめてしまった。
は見た目よりも細い。
それと、油絵具の匂いがして、
乾ききらなかった油絵具に触ってしまったような気まずさと、
未知との待遇のようなワクワク感とドキドキ感で、
離したくなくなってしまった。
そんな俺の気持ちを察したのか、
伊作は俺にジュースを買いに行くように言った。
ようは頭を冷やせだ。
そうだ、は男だ。
いくら楽しくても癒されても大切でも後輩で、
そのまえに俺は女が好きなノーマルだ。
乳、尻、笑顔、柔らかさ!!
と考えていたはずなのに、俺の頭はどうやってお弁当をに渡すか、
伊作がに変なことしないかを気にし始めている。

「留三郎」

名前を呼ばれてようやく俺は夢から覚めたようだ。
名前を呼んだのは俺の彼女だった。
怒っている。当たり前だ。だけど、俺はもう一緒に帰るきなんてしなくて。

「・・・悪い。今日帰れなくなった」

頭を下げれば、彼女は眼を大きく見開いてから、うるっと瞳を潤わせた。

「なに?美術室の幽霊さん?なんであんな変人気にするの?
彼は自分から一人になりたがってるんだから、留三郎が気にする必要なんてな

いじゃない。・・・私は留三郎の彼女でしょう?あの子はただの後輩でしょう?
私の方を優先してよ」

彼女の声が震えて、俺の胸に飛び込んできた。
彼女の言っていることは全部正しい。
俺は震える彼女の肩を抱こうとして止まる。


青い空。白いカーテンがふわりとうき、
ゆっくりとそこだけ時間が切り取られたかのような時間が流れている。
古臭い匂いと油絵具の匂いが充満して、
一人の少年が、椅子に座ってキャンパスの前に座り、
絵を描く体制で止まって、窓の外に顔を向けている。
俺の存在に気づくと、驚いた顔してから、
ほんの少しだけ口を上にあげる。
それに気づいて、頬を染めてそっぽ向いて、素直じゃないことを言う。

その控えめな笑顔もその後の行為も尋常じゃなく可愛くて、
もっと見せてくれたらいいと・・・・。

俺は手のひらを握って、彼女を俺の胸から離した。

「悪い」
「なんで謝るの?私はただ一緒に帰ろうって言ってるだけなのに」
「俺はを放っておけない」
「なに・・・・・・それ。ねぇ、留三郎。何言ったのかちゃんと分かってるの?」

俺の顔を見て、彼女はボロボロと大粒の涙をこぼした。
それを見て可哀想と思うけど、俺には拭う資格がない。

「悪い」

俺の好きだった人は、俺を理解してくれていて、
この悪いが帰れなくて悪いだけじゃないことを分かっていた。
これが終りなんだと分かっていた。

「謝んないでよ!!」

嫌いじゃないんだ。好きだったんだ。今でも好きなんだ。
でも、どういっていいのか分からないけど、
俺の心は青い洪水にぐちゃぐちゃに塗りつぶされてしまった。
これ以上、ここにいても傷つけるだけだと思った俺は、
彼女の横を通り過ぎようとした、そのとき、彼女は呟いた。

「好きだよ。留三郎」

俺は、本当に酷い男だ。
俺の大好きで無敵な言葉を可愛い彼女が言ったっていうのに、
俺の心は、俺の作った弁当を食べて。

「美味しいです。食満先輩」

なんて単純な感想を言って微笑んでいる未来のに心奪われてしまった。












2011・7・23




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