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美術室の幽霊 上


すんと鼻をならして、軍手の手で鼻下をこすった。
美術室には絵の具と油壺の中からむせ返るオイルの匂い。
外からはどっかの運動部の声が聞こえ、カーテンが静かに揺れた。
僕の目の前には書きかけのキャンパス。
何色か分からないぐちゃぐちゃ。
何度も何度も描いて潰して描いて潰してを繰り返している。
僕が描きたいものはなんだったのか。
今はもう分からない。



しとしとと雨が降る。
僕は傘をさして、行きたくもない学校へ足を運んでいる。

「お、じゃないか」

僕の横を通った茶色の短髪で猫っ毛の飄々とした雰囲気をもち、
手足のバランスもとれた整った顔立ちの
一つ上を示す紋章の色の服を来た先輩が僕の肩を叩き横についた。
にやにや笑って上機嫌だ。
僕は横目で見て呆れた顔で言う。

「三郎。またなにかしようとしているでしょう?」
「楽しみにしとけよ。絶対お前笑うから」

なにを。と言う前に、三郎が顔を輝かせて名前を呼ぶ。

「雷蔵」

三郎が手をあげた先には、三郎と同じ顔をしながら
優しい雰囲気をもった男が傘をさして手を振る。
三郎は自分の傘を閉じて、

「じゃあまたな

そういってその人の傘の中へ入っていた。




家で宿題をやっていれば、窓にコツコツとした音が感じた。
はぁーとため息を吐きたい気持ちをどうにか飲み込み、窓を開けた。

「おい、なんだよ。さっさと開けろよな」
「・・・ここは僕の部屋で三郎の部屋じゃない」

窓からかってに入ってきた訪問者・朝に出会った先輩
付け加え、幼なじみの鉢屋 三郎だ。
コトンと三郎の横にココアをおく。
サンキュと眼でいい持ってきた雑誌に眼を移している。

「今日も馬鹿なことしてたね」
「ああ、すごい傑作だったろ?ハチと兵助がさー」

それから三郎の独壇場。僕は飲みかけのコーヒーを口に入れた。
すごく苦くしたはずなのに味がしない。

も楽しかったろう?」

僕は笑顔でいる。三郎は肯定にとったようだ。
スキンシップの好きな三郎は顔を輝かせ僕に抱きついた。
三郎の体温を感じ、自分の体の冷たさをしった。



昔々のお話。僕・ が幼稚園児で、
隣の鉢屋 三郎くんも幼稚園児だったとき、
彼はとても人見知りで、僕について離れなかった。
小学生になって人見知りはなくなったけど、
悪ガキで、人の輪から離れていた。
中学生になると三郎くんは顔が広くなったけど、
誰も自分の中にいれることはしなかった。
女の子に大層モテたけど、
一週間でコロコロ変わるような酷い男だった。
でも、僕だけが特別。
僕だけが三郎の隠していた心を知っていた。
本当は寂しやがりで、傷つきしいで、構ってちゃんで、
甘党で、猫舌で、ロマンチストで、ちょい潔癖はいってて
カレーは絶対バーモンドの甘口などなど。
格好つけの彼が絶対知られたくないことを知っていた。
だから、自分は特別だと思いあがってしまうのはしょうがないことだろう。
高校に入って、三郎くんは変わった。
運命の出会いをしたのだ。僕も最初見たときは双子かなにかかと思った。
同じ顔の人。
でも、確実に三郎ではないことが分かった。
ふわふわとした雰囲気だったし、
彼は三郎に出来ない格好悪いこともしていた。
そして彼は僕の高慢な思い上がりの気持ちを木っ端微塵にする。
鉢屋三郎の特別は僕ではなくなり、不破雷蔵になった。
いや、僕は最初から、気心が知れている幼なじみなだけだったのかもしれない。
不破雷蔵と出会い三郎は楽しそうに学校へ行き、
心を許した人らを増やしていく。
兵助、ハチ、勘ちゃん・・・。

僕は笑顔で三郎に尋ねたい。
僕は君の中で何番ですか?と





「君は恋をしているね。しかも苦しい恋だ」
「してません」
「そうか。でも、この絵は素晴らしい」

美術室の一角でエプロン姿のまま椅子に腰掛け、
足を机の上に置く。
こんなことをしていれば怒られそうなのだが、
あいにく美術部は、
部活動に入っていなくてはいけない学園の抜け穴で、
僕以外は幽霊部員だ。だから僕は大概ここにいる。
教室よりも僕はこの場所が好きだった。
古臭いやら暗いやら言われているけど、
僕は、新しくなっていく学校から置いてけぼりにされたのだと思う。
周りを見渡せば、
一つは動かない時計、もう一つは30分先の時計、
誰かが置いていったちょっと違うミケランジェロの像。
相合傘の掘り込み。なんかが見える。
天井に人の手形とかどうやってつけたんだろう。

ふふと微笑み、先生に言われた言葉を思い出して、
眉間に皺を寄せた。

「消さなくちゃ」

ガタリと立ち上がった僕は、絵を塗りつぶすことだけに熱中していたので、
そこに僕以外の誰かがいたのかなんて気づかなった。








2011・6・20
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