愛されたがりや 上
愛されたがりや 上
私は5年くのたま、と言う。
長い髪をポニーテールにしてくくり、
唇に何を塗ろうかと悩んでいると
横からぬっと出てきた私ではない手。
「動かないで」
と、鉢屋三郎は私の唇に小指を這わす。
「ちょ。ん」
「うーん、いい色」
そういって小指をそのまま口の中に入れた。
「そのまま舐めないでくれる」
「え、なに興奮しちゃった?いいよ。私はいつでも臨戦態勢だから」
「脱がないでってか、脱がせ・・・ん?」
目の前に脱いでいる三郎の手は全部三郎の服にある。
じゃあ私の服にあるこの手は?と辿ると、
まつげばさばさの色白美少年・久々知兵と目があった。
彼は、無表情で私の服を脱がしている。
「俺的には、上の服がダボダボでギリ見えないのが好み。
それにしてもいつ触ってもいい太もも。かるく豆腐3ついける」
「ちょ、ちょっとセクハラすんな。ほんと、お前はやめろ。
てか、三郎は息荒くすんな、怖い!!」
三郎は正面から抱きついて首筋に鼻をすりよせて、
兵助は、いやらしく人の太ももを撫でている。
食われる。このまま言ったら食われる。
初めてが、3人でとかないわと思っていると、
救世主が現れた。
「な、なにしてんだよ。お前ら」
ボサボサの髪のいかにも体育会系な図体をしている
竹谷 八左ヱ門・通称ハチ。だ。
「ハチ!!なんて希望・・・いや、やっぱ撤回」
私はハチに助けを求めたが、彼の姿をみてすぐにやめた。
「なんでだ。今すぐ助けに」
「鼻血ブーで、前かがみ男にほうが嫌だよな?」
とうとう舐め始めた兵助。
「はぁはぁ、の匂いはぁはぁ」
息が荒いとかそういう問題ではなくなってきた三郎。
ぷっつんと何かが切れた私は吠えた。
「全員嫌に決まってんだろうがぁぁあああ!!さっさと出てけ。変態ズ」
これが、私の日常・・・だったはず。
「三郎?兵助?ハチ?」
私の問い掛けに、いつもと違う眼差しに声のトーン。
そのまえに過剰なボディタッチもない。
「ごめん。前の約束なしな。今忙しいから」
約束したのはそっちでしょう?
私は無理やりされたんだよ。それに忙しいのは。
「あ、いた」
あの人のところに行くのがでしょう?
私が泣きそうになったら涙を集めようとするのが三郎で、舐めるのが兵助で、
真っ赤な顔して何か妄想してるのがハチだったのに。
「いい気になってるからよ、いい気味」
私の後ろでくのたまの嘲笑が聞こえた。
てくてくと夜道を歩く。
私はいつものポニーテールじゃなくて髪を下ろした。
歩くたびに長い髪が揺れる。
事の始まりは、天上より降り立った天女さま。
今では忍術学園で事務員をなさっている
そして、男ども全員を魅了した。
私のことが好きだとウザイほど言い続けていた
三郎・兵助・ハチの3人も例外でなく恋に落ちた。
そこで私は面倒だと思ってきた3人の思いがいかにパラダイスだったのか知った。
パチンと指を鳴らせば、欲しい物が出てくるお姫様だったのだ。
私はずっと3人から愛されていたから、
彼らが他の女に、どんな態度をしていたか
知らなかったけど、ようやく分かった。
冷たい目、熱のない目、平坦でどうでもいい目、
口にださないけど、もういらないと言われた。
これは私の被害妄想ではない。
5年間一緒にいたから、3人の考えくらい分かる。
それは今となっては自慢にならず、事実という棘となって私につきささる。
私の性格は、はっきり言ってよくはない。
3人を好きなくのたまたちに、
はやく誰か選べかとか、
3人が可哀想だとか、
なんであんたがとか、
責められていたのを、鼻で笑うタイプの人間だ。
なので、くのたまも私の待遇には冷ややかで因果応報と笑う。
私の悲しみは、誰も救わない。
私は一人だ。
誰からも必要とされない。
急に感じた寒さに肌をさする。
首をあげ、空を見れば月一つ。
綺麗だと言えば、返ってくる言葉があったのに、
それを幸せだと気づかないなんて。
でも、ごめんなさいと謝っても、
もうなにも変らないなら、そんなこと言わない。
私は目的地をみやる。
綺麗な月が上と下に二つ。
私の体が膨張してふやけて醜くなって消えていく場所にしては
静かで、綺麗で、なんだか泣きたくなった。
この池は、3人が同時にここで
私への感情が友情から愛情に変わった告白を聞いた場所だった。
は流されるから、最初に言った奴の告白に頷くだろう。
だから、ずるなしってことで話し合ったなんて告白もされた。
ふふと笑みが溢れる。
3人との最期の楽しい記憶、兵助と豆腐食べにいく約束が
いつもどおりの2人の妨害によって3人になったこと。
兵助セクハラ酷いし、三郎変態だし、ハチむっつりだし、
でも楽しくて、私は3人といつも笑ってた。
ここが偽物、あそこが本物。
池に足をいれた。冷たかった。でも、それ以上に心は冷めていた。
水が半分まで来て、そろそろ息が苦しくなる頃に、
体は水の中ではなく、宙に浮いた。
どうしたことか。と驚く私の腕の下から生える左右違う腕が二本。
「このバッカモンがぁぁあ!!」
耳がきーんとした。
うるさいほどの大きな声に。
「馬鹿だ、馬鹿だと思っていたが、ここまで馬鹿だと笑えんぞ?」
嘲笑してるのに目が全然笑ってなくて背筋が冷たくなる感じ。
「仙蔵先輩に、文次郎先輩」
池から地上へ戻し、死から生へとひきあげた先輩たちは
私と同じようにびしょぬれだった。文次郎先輩は分かるけど、
仙蔵先輩が濡れている姿に驚いていれば、
上から二枚の服をかけられた。
ぽかーんと口を開いて状況が未だに掴めない私に、
仙蔵先輩が私の頬を伸ばす。
「お前は・・・そこまでして、愛されていたかったのか?
奴らを愛してもいないのに?」
仙蔵先輩は頬を離した。
私は、ぱちりぱちりと瞬きを繰り返す。
ようやく質問の意味を理解したけど、今度は口が動かなかった。
しびれを切らした文次郎先輩が動いた。
「恋に溺れるなど三禁を忘れたか」と怒られると身構えたけど
先輩は私を抱きしめて
「良かった。生きていた」
と言った。筋肉の塊な先輩の体温は、普通の人よりも熱くて、
じわりと広がっていく暖かさに、私は口を動かす方法を思い出した。
「私は」
不機嫌そうな顔をして
私から文次郎先輩を引き離している仙蔵先輩と
仙蔵先輩に蹴られまくり私から体を離した文次郎先輩に
答えを出した。
「私はそこまで高慢ではないです。
ちゃんと三人を同じくらい愛してました」
「それは酷なことだ」
仙蔵先輩にふっと笑われる。
その通りだと思う。
3人は、誰よりなにより大切だったけれど、誰が1番かはなかった。
毎日変動していた。
私は雷蔵みたいに悩んで、
いつか時が解決するとのんびり構えていた。
今となってはそんな悩みもないけれど。
でも、私の行動が酷なら、
みんなが愛してるあの女のほうがもっと酷いよね。
とは言えない。
だって、彼らだってあの女を好きかもしれないから。
口にバッテンはって、沈黙。
私は同じ委員会の文次郎先輩が好きだ。
それ経由で知り合った仙蔵先輩も好きだ。
彼らを嫌いになるのも嫌われるのもごめんだ。
だけど、私の沈黙はすぐにやぶれた。
「愛してやろう」
驚いて顔をあげれば、仙蔵先輩の綺麗な顔。
「もちろん、私・俺が」
二人の声が重なった。
仙蔵先輩はにっこりと文次郎先輩を見る。
文次郎先輩も珍しく負けずと眉間に皺を寄せて、仙蔵先輩を見ていた。
その様子がおかしくて。
「二人とも仲がいいですね」
どこがだと声をあわせて否定する彼らの申し出に私は頷いた。
だって私は愛されたがりやで、1人なんて耐えられなかったから。
2011・6・13