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百日紅2




「合格」と書かれた薄い紙を両手で握る。
仲の良い友人は良かったなと言うから僕はうんと一言だけ言って、
唯一事の成り行きを知っている食満留三郎が、
僕の肩に手をかけたけれど、僕は気にせず前に進んだ。
僕の部屋のなかで、合格の紙にぽつぽつと雨が降った。
声を押し殺ろすとふっという声が出る。
ちょっと力を込めたら紙は簡単に丸くなった。
僕はこんなもののために、あんなに優しい人を傷つけた。
手を伸ばせばよかった。
あなたが好きなんだといえばよかった。
でも、騙したのは嘘じゃなかったし、なによりも僕は恐れていた。
あの人を止めて、言われるだろう”拒絶”に恐れてしまっていた。
僕は僕を好きだから、あの人を捨ててしまった。
紙はもう僕の手にはない。

ごめんなさい、ごめんなさい。

心のなかで謝りながら、僕は今日も忍術学園の外へ足を運ぶ。
僕は酷い男です。高慢なんです。自分が可愛いんです。
でも、あなたが好きなんです。
それは嘘ではありません。

その気持ちだけで、僕のぽっかり開いた穴にぽつり、ぽつりと彼の言った花が咲く。
小さな赤い群衆の花・百日紅。
僕がここに来る日数分だけ咲いた花。
でも、現実の花は咲かない。






俺はね。
と僕の馬鹿がつくほどのお人好しが言った。
そいつの名前をという。
小さい頃からの幼なじみは、
今まで見たことのない憔悴しきった顔で僕の横を歩いていた。
木の影からの光が彼の体をまだら色に染める。
明るいのに暗い場所にいるようだ。
書道家らしくまっすぐな姿勢で、
目だけが迷子の顔をしたは、この度失恋した。
酷い失恋だった。
僕がしつこく粘って聞き出した話は、
忍術学園のテストの一環で、男をたぶらかすものだったのだと、
それに自分は選ばれたと。
その話を聞いてすぐにでも忍術学園に乗りこもうとした。
僕を止めたのはの言葉だった。

「優作だけには優しくありたくない」と。

「なんで」

「俺、今回のことでよくよく自分が分かったんだ。
みんな俺のこと優しい奴だ。人がいいっていうじゃないか」
「事実だ」
「違うんだ優作。俺は優しい奴をつくっていただけなんだ」

はそれから昔話を語った。

「俺の母さんが最期だって時に俺の髪を優しく撫でていったんだ。
カサカサの水気のない、白く細く青い血管が見える腕で、
贔屓目でみても美しいものじゃないのに、
頬がこけ、骨と皮になってしまった母さんの姿は、
以前の春の日差しのシロツメグサのような姿と
うって変わってしまったのに、微笑だけは自分が見た中で一番
穏やかで優しく美しいものだった。
だから、母さんの最後の言葉も鮮明に思い出せる。
「人を助ける人になりなさい。優しい人になりなさい」ってね。
優作。俺はその言葉の表面をなぞってしかいない」
「言われたって出来ることじゃない」
「俺は優しい人であるけれど、俺自身は人に頼りたくないんだ。
人が裏切るものだって、騙すものだと思っているからなんだ。
いい人っていうのは、一方的な関係を求めるものだと思うか?
両方向だろう?俺は今回のでよくよく思い知った。
騙されたときに、ああやっぱりと思ってしまった。
おかしいだろう?好きなのにな。俺は最初から疑っていたんだ。
ボロボロと出てくる歪さに、ああやっぱりな。って。
騙すならもっと上手くやれって思ってもいた。
そんな俺の目指す優しいから、かけ離れた俺を否定したいから、
彼に恋した振りをしたんじゃないかって。
好きの思いですら、俺には本当かどうか分からない。
俺は騙されたんじゃない。試されたんだ。
だからこそ、俺はお前に優しくしない。
裏切られたくないんだ。酷い願いだと分かってる。
だけど、優作だけは俺を裏切らないで」

は、迷子で母親を捜している少年のようだった。
僕は、そっとに近づく。
頬から腰へ、の痩せてしまった体を抱きしめる。

ごめんね。

僕は、もうを裏切っている。
だって知っているんだ。
秀作から聞いての失恋相手の善法寺伊作が、
凄く落ち込んでいて、お前の言ったたわいもない悪戯な言葉を
百日紅の花が咲いたときを、信じていることを。
きっと彼も君と同じ気持だったことを。
そういえば、君は今すぐ走っていってしまうだろう?
だから、僕は黙っている。

だってね。

「ねぇ、
「なんだ?」
「僕はの傍にいる。ずっとだ。
もう、お母さんの言葉がきついなら、縛られなくてもいい。
らしく生きればいい。
それでずるい人になっても、の傍に僕はいる。
それでも怖いなら、僕にだけの本当を見せ続けてよ」

そういって僕の胸で肩を震わせ沈黙する君を僕は裏切りつづける。
だってね。

僕はずっと君を・・・・・・・。


僕の百日紅の花は咲き続ける。
誰の目に触れられないところで。

ぽつり、ぽつりと。









2011・6・6




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