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百日紅1





6月の雨がしとしと降る中。
ざざっと、大きな木の下に穴を掘った。
いくらか掘ったのか分からない。
穴の中から見えた世界はまん丸で、
汗か雨か分からない水滴が額からこぼれた。
これくらいでいいだろうと地面に出て、
俺は横においてあった俺の手のひらに収まるぐらいの2つの小さな茶瓶を
その穴の中にいれた。
それから上に土をかぶせていると、すっと雨が止まった。
やんだわけではない。
傘を差し出した人物が手伝おうかとアイコンタクトで言われて首を振る。
赤紫色の小さな花の塊のあじさいが、色鮮やかに咲き乱れている。
葉に花に水滴が溢れるさまを見て、ようやく自分にかからないように
してくれている傘の色を知る。
埋めた場所に手をあわせている俺の横には、同じように手をあわせている友人。
はっと息を吐き出すと、友人・小松田優作は
形の良い眉毛を八の形にして俺に言った。

は、本当呆れるほどお人好しだ」
「優作にそう言われるとは、嬉しいな」

自分の服は泥だらけで家に帰ったら、
小間使いに嫌な顔と小言を言われるなと覚悟していると、
優作は話を続けた。

「僕?僕はとは違うよ。
利益があるか利益がないかで計算してるからね。
でも、はそういうの一切無くて、このおじいさんだって、
扇子屋にきそうもない部類の人だし、いい噂を流すことだってしないだろう?
お金も人徳も何もない自らを破綻させた人の最期の頼みでも
僕はここまでしないね」

俺は、樹の下に埋めた骨になってしまった人を思った。
たしかに碌でも無い人と周りからは言われていた。
昼間から酒を飲み暴力を振るい、女房の稼ぎで生きていた。
会えばいつでも金と酒の要求ばかりされていた。
でも、俺は知っている。
彼は女房を病でなくしてから、後悔していたこと。自分を憎んでいたこと。
女房を本当は愛していたこと。
だから、彼の最期の望みは、金でも酒でもなく、
死んだら女房が愛した樹の下で、一緒に埋めてほしいというものだった。
男はあっけなく死んだ。酔って川の中で溺れ死んだというものだった。
誰も同情しなかった。誰も彼の死を覚えておこうと思うものはいなかった。
彼の骨は、身内でもない俺が簡単に手に入れれた。
雨は止まる気配を見せない。

「でも、優作はこうして、一緒に手を合わせてくれているじゃないか」

本当に優しいのは優作だ。そういう意味を込めたら、
長年の俺の友人殿には通じたらしく、長く深い溜息を吐かれた。

てそういうところはずるいよね」
「そう?」
。もし恋人ができたなら僕にいいなね。
君って騙されそうで怖いよ」
「優作に紹介したら盗られそうで怖いな」

そんなことを言い合ったばかりに、俺は運命という出会いをした。
あの人に会ったのは、偶然だった。
好きになったのも偶然だった。
奇跡なんていう言葉は、
少しロマンチックすぎて19歳で書道家「流」
若主人のは口にすることが出来なかった。





【百日紅】





「イサコさん」
「はい、なんで、あーあああ」

そういってイサコさんは、ネギを踏んで転けた。
近くで夫婦げんかをしている所から投げられたらしい。
出処が分かったものの、ネギを踏んで転ぶという凄い高確率を感心していた。

「えーええ!!なんでこんな所にネギがァァ?」

本当その通りだ。こういう現象は、彼女曰く不運でよくあるとのこと。
それは、一月ぐらい一緒にいれば分かる。
でも、俺は彼女の不運は嫌いじゃない。
だって、彼女の横は毎日面白いことだらけだ。
ほら、今だって、可愛くて保護欲を誘う顔から、

「あの人怪我してる。行かなくちゃ」

と、怪我を見つけて現場に行こうとするイサコさん。
俺は彼女の肩を持って止める。

「はい。その前にイサコさんの怪我を確認しましょうか?」
「え、ぼ、僕は大丈夫。こういうの慣れてるし、それに頑丈で」

イサコさんの言葉をそのままに、俺は腰を落として彼女の足を見る。
少し赤くなって、動かすとイサコさんは眉毛をしかめた。

「女の子が頑丈とか言っちゃだめですよ。
ああ、ちょっとくじいてるじゃないですか」

そういうと、イサコさんは頬を赤くしてボソリとつぶやく。

「うぅぅ。落とすというよりも落とされてる」
「?何かいいました?」

小さくて聞こえなかった言葉を聞き返せば、
イサコさんは手を大きく振り上げ焦って、喧嘩の方を指さす。

「い、いやー凄い喧嘩だなって」

見れば、あんたがいやお前がと言い合う男女。
野次馬が集まって、昼下がりのちょっとした余興になっている。

「中里さん家の喧嘩ですね。・・・・・・イサコさん、ちょっとここに」

そういって、イサコさんの手を引いて、茶店の席に座らせる。

「え」

目をぱちくりとさせて、俺を見上げる。
ドキンと心臓が高鳴ったが、それをごまかすために、店の店主に手をあげる。

「心さん。この人に心さんのとびっきり美味いものご馳走しといてくれ」
「おぉ、じゃねーか。また止めさせに行くのかい?
やめときなって、どうせろくなことにならねーぜ」

そうだろう。かれこれ仲裁が10の数をこえた。
でも。と俺は足を動かす。

「でも、困っている人がいるし、
彼らも心底嫌いだからいがみ合っているわけではないから」

俺は彼らのもとへ走っていった。


イサコさんと出会ったのは、
木の上に登ったものの降りれなくなった白猫を助けたことから始まった。
格好の悪いことに、暴れた猫にバランスを崩し、
そのまま落ちて、木下を通っていたイサコさんにぶつかりそうになったというわけだ。
そこで終りな話は、イサコさんが俺の言葉を遮り、
テキパキと怪我を治療することで変わった。
優しくてホワホワして危なっかしいいつもの姿と一変して、
真剣で凛としている彼女に俺が一目惚れしてしまったのだ。
茶色の柔らかな髪に、薄紅の着物はイサコさんによく似合っている。
そんなこと簡単なこと一つ褒めることが出来ない恋だった。






行ってしまったさんの後ろを見ていれば横から呟きが聞こえた。

「ホント、底知らずのお人好しなんだから」

やれやれと呆れた顔をしながら店主の目が柔らかい。
さんが好かれているということが分かって、
なぜか誇りたい気分になった。
いや、別に恋人でもないし、第一に僕はこんなことを思ってはいけない。
だって、僕はさんを騙しているのだから。




店主が店の中に入ってから、
僕はぼーっと喧嘩に仲裁しているさんを見る。
好青年の顔をしたさんは誰よりなにより格好がいい。
大人の色気もあって、
さっき足を取られ、さんが僕を上目遣いでみたときには
ぞくりと体に電流が走ったような心地がした。
さんとの出会いは、忍術学園での女装のテストで
「一月の間、一般人一人誑かしてこい」という課題でのことだった。
6年で仲の良いみんなは、順調にエロ親父などを
引っ掛けて無事合格を貰っていたんだけど、
最後の最後というときにお決まりの不運によって僕は連続して失敗。
僕、才能なにのかなと落ち込んでいた中、木の上から天使が降臨したのだ。
それが、さん。
僕が彼を治療したことで、お茶に誘われた。
その頃の僕は、さんのお人好しさ加減に、
これ幸いとターゲットを彼にしたわけだけれども。

「あんたのコレかい」

店主がことりと僕の横にわらび餅をおいた。

「え、えーと」

僕は言葉を探すが、それよりも顔が赤い。
これは真っ赤になってるだろう。自分でも分かる。
そんな僕に店主は豪快に笑う。

「照れんな照れんな。そんな熱視線送っといて、無関係ってのがおかしいぜ。
それに、俺の店にあいつがどうでもいい子なんて連れてこねぇ」

店主の言葉に、胸の中から温かいものがあふれる。
僕、好かれてるんだな。と思うと涙が出そうなくらい嬉しい。

「まぁ、俺が言うのもなんだが、今日日、あんないい奴、珍しい。
あいつに好かれるなんてお嬢さんラッキーだな。絶対幸せになれるぜ」

僕は言葉を飲み込んで、置いてあったわらび餅を食べた。

「これ美味しいですね」
「だろう?俺の誇りだ。やっぱが選んだお嬢さんはいい女だ」

いい女じゃないです。男です。
僕は幸せじゃないです。不運です。
さんを本当に好きになってしまった大馬鹿ものです。
それなのに進級のために騙し続けている救いようのない阿呆です。
百日紅のピンク色した蕾が、その店の横にはえていた。








「なにそれおかしい」

優作の家でイサコさんとのことを話したら、
優作はすごい呆れ顔で俺を見た。ムッとした俺は言い返す。

「優作でも、怒るよ俺」
「ま、のぼせあがちゃって。でも、僕は意見を言っただけだよ。
その人・・・イサコさんと結婚したいとか、
まだ恋人にもなってないのに早計すぎだし、
名前しか知らないって、それって本当に脈アリなの?」

そう言われると自信がない。
だって俺はイサコさんに告白してないし、
イサコさんだって俺のこと好きだって一回も言ったことがない。
でも。

「・・・・・・・でも、俺と会うと頬を染めてるし、
好きじゃなかったら一月こんなに会わないだろう」

俺のグダグダしている男らしくない姿に、優作は不貞腐れた顔をした。

「ふーん、それよりも僕への報告が一月くらい経ってからって、
あーあ友情って、悲しいって思うけどね」
「わ、悪い」
「・・・僕、秀作に届けものがあるんだけど、付き合ってくれるよね?」

俺に拒否権はなかった。



「秀作!!立派に仕事してるか」
「兄さん。それに兄さんも」

忍術学園の事務員に勤務している優作の弟・秀作が門のところで
犬だったら尻尾をはちきれんばかり振っているだろう姿で
俺たちを見る。
可愛い弟分の働く姿にほんわかした俺は秀作の頭を撫でる。

「秀作は見ない間に、忍びっぽくなったな」
「えへへへ」

可愛い。素晴らしく可愛い。
保護欲半端ないと撫でている手の摩擦力が素晴らしいことになっていたら、
優作に殴られた。
優作にも秀作の10分の1くらい可愛らしさがあってほしい。
昔は、後ろをついてきて可愛かったのに、どうしてこんなことになったんだろうと
じーと見ていたら、

は僕には優しくないよね」

と呟いた。俺はその言葉に笑って、言葉を言う前に絶叫に遮られた。

「ぎゃぁぁあああ。なんでこんな所に穴が」
「なんだ、騒がしいな」

優作が門を超える。俺もその後ろを付いていった。
聞き覚えのある声だった。
ドキドキと心臓が冷たく高鳴る。

「保健委員の毎度のことだよ」
「・・・・・・・」

そういって声の方をみると、
穴から這いずりあがってる緑の服の子が見えた。
ああ。嗚呼。あゝ。唖々。アア。
目を覆い隠して、耳をふさいで、口を縫い付けなければ、
世界が正常に見えない。
歪な感情が俺を支配する。

?顔が怖いぞ」
「なぁ、秀作。あの子は」

俺が指差すその子に秀作はゆっくりと動く。
いつもなら可愛らしいその動作が、今は酷くイライラさせる。
嗚呼、ちくしょう。
違ってくれ。違うであれ。違う。違うはずだ。
そう祈って数秒。秀作は俺に審判を下す。

「ん?ああ。
あの子はねさっきも言ったけど保健委員の委員長で、
善法寺伊作くんって言うんだ」
「男?」
「やだなーいくら伊作くんが顔が可愛いからって、
ピンクじゃないでしょう?緑。忍術学園の最上級生だよ」

嗚呼。アア。唖々。ああ。
色々と当てはまらないパズルのピースが埋まっていく感覚。
それに泣きそうになった。
ああ。しょうがない。しょうがないさ。人はみな嘘をつくんだ。
俺は、それを見なかったことにしなければいけない。
気付かなかった振りをしなければいけない。
そうだろう?


?」
「ごめん。ちょっと俺一人にしてくれないか?」

今ちょっとという男が壊れそうなんだ。






愛すなら最後まで、ってそんなの無理だ。
だったら、騙すなら最後まで、そう思うんだ。


イサコさんとの逢引は続いていた。
俺がただ気付かなかった振りをすればいいだけで、
イサコさん・・・いいや伊作くんが好きだとそれだけをもって接していればよかった。
女だと思っていた子が男でも、どうやら俺は好きらしい。
そういえば俺はもともとそういう所は適当で、好きなら女男関係なかったなと、
今日も今日とて不運に困っている伊作くんに手を差し出していた。

関係は終わらすつもりなんてなかった。
俺が目を瞑れば終わりだから。
そして、俺はそういうことに関してプロだと思っていたから。

不運だと言う君。
いや、きっと不運なのは俺だ。
伊作くんの横にいるキツメ美人が伊作くんに言う。

「ま、どっちみちだ。男一人誑かすのがテストなんだから調度良いだろ。
そのまま垂らしこめ」
「そりゃあ、今更ターゲット変えるとか無理だけどさ!垂らしこむのって大変だよ!」

ああ。・・・ああもう一回きりのああで十分だ。
俺は、大変疲れてしまった。
こんなにきついなんて、きっと俺は夢を見ていた。
裏切られているのに、裏切られていないと本気で思おうとしたこと。
裏切ってもいいから、ずっと永遠に騙し続けて傍にいて欲しいって思ったこと。


「たぶらかして、たらしこむ…テスト、だったんだ……」

伊作くんの前に出れば、伊作くんの顔が真っ青になってる。
あれ、俺は笑ってない?おかしいな。

「あは、はは…。いやー参った!気がつかなかったよ!
俺って勘が悪いから…。忍者って、すごいんだね…
ああ、そんな顔しないでも大丈夫だよ。
心配しないで、俺は君が忍術学園の子って知ってたんだ。
だから、酷いことなんてしないよ」

酷いことすれば、君の記憶に残るかもしれない。と、ここで俺は思っていた。
もうその時点で俺、は崩壊していた。

「ち、ちが…っ」

なんでそんな顔するの?

「俺、馬鹿だから。騙しやすかったでしょう」

俺は優しいお人好しですよ。それは分かっているんです。
そうなるように生きてきたからね。
人を助けます。裏切られても助け続けます。
何があっても人に手を差し伸べる。
それが
でも、俺は思う。そういうタイプの人って2種類いるってね。
一人は、途方も無いお人好し。
もう一人は、人を信じれない人。
みんなが、俺のことお人好しって言うたびに自分を嘲笑っていたわけで。
はい、俺は後者です。
裏切られると分かっているから、裏切られても全然構わないんです。

「テスト、きっと合格だよ。おめでとう」

だから、そんな泣きそうな顔しないでください。
騙されるのは慣れているんです。
裏切れられるのも慣れているんです。
でも、ちょっとだけ俺は馬鹿で、夢を見てしまったんです。
君は現実を教えてくれただけ。
だから、そんな顔しないで、
じゃないと馬鹿な俺は、あなたに馬鹿な事を言うんだ。

「次に」
「次に、もし逢えたら、あの百日紅が花を咲かせた頃に」


俺は、その花がさくことがないことを知りながら。











2011・5・16

【カア子さんとこのコネタから。
ちゃんと本人に許可いただいたぜ。これぞ三次創作!!】


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