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黒百合2



『神様、どうして私はこんなにもアイツを愛しているのでしょうか』


最上学年6年生には一人、その名前は誰も言ってはいけないと禁じられていないのに、
誰も言うことのない人物がいる。
ある日のこと。
「おい、仙蔵。コイツ誰だか分かるか?」と名簿を持って文次郎が歩いてきた。
指差してある名前に、私は文次郎の急所にクナイを投げた。
投げられた本人は避けたものの、「なにをする!!」と喚いた。

煩わしい。

「好奇心は猫をも殺す。そうだろう。鉢屋」

「あ、ばれてたんですか?」

「文次郎ならその名前を絶対私に言わん」

「へー」

鉢屋は、私の殺気に当てられ冷や汗を出していて、それを免れようとしたのか


「先輩、知ってますか?今この人が学園長室にいるんですよ」

嘘だ。嘘だ。いるはずがない。
いや、いたとしても人に見られるほどの長い時間ここにいるはずがない。
鉢屋のまた悪戯だ。
そう、思っているのに自然と足は学園室へ向かっていた。


嘘は嘘ではなかった。


久しぶりに見たあいつは、随分変わっていた。
灰色の長いざんばらな髪を上にくくり、灰色の底の見えない目、一回り大きくなった身長に背中、
血の匂いも濃く、怪我も多い。
しかし、彼を取り巻く空気だけは一つも変わっておらず、
何もない殺伐とした白い空間を思いだ出たせる。
ほぅっと自分がえて知れず、ため息が出るのが分かる。
きっと頬も赤いだろう。
もう、終わってしまった幼い恋は、
他の誰かに愛され愛したよりも凌駕して私の中に存在していた。
とてつもなく大きくもやもやとした操縦不可能な思いが私の体を廻っていくのだ。
一目、目が合えば、私は今愛し合っている人物を捨ててこいつのもとへ行くだろう。
一緒に来て欲しいと言えば、学園を辞めてでもついていくだろう。
殺したいと言えば、クナイを自らの喉に刺すことも刺されることも構わない。

そう、私は彼の真実を知った今でも、彼を好きなのだ。
彼が欠陥であり、化け物であり、異常であったとしても、
たとえ彼が桜を狂わせ、月を真っ赤にし、雪を赤く染めても、
学園の私の大切な人を殺したとしても私はアイツを誰よりも何よりも愛しているのだ。


「そうなんです。学園長。僕どうやら、もうすぐ死ねるらしんですよ」

朗らかな顔にあわない台詞を言った。

「次、次のはどうやっても無理なんです。そうです。お別れにきました。
僕が死んで後悔なさるのはきっと学園長だけですから、フフフ。
ありがとうございます。泣いてくださって、僕は、果報者です」



そういって学園長室から出て行く彼を追いかければ、誰もいない場所で彼は止まった。


「久しぶりだね」

「死ぬのか?」

「そうだよ。僕は死ぬのかもしれないね。いいや、彼が殺してくれるそうだから」

「彼?」

「そう、彼。見える?見えないよね」

「仙蔵」

「だから、僕は彼に殺されるんだ」

憎い憎い憎い憎い。一気に駆け巡る字の羅列。
私じゃなくて彼を見る彼に、私じゃなくて彼を語る彼に、私じゃなくて彼をうっとりと語る彼に。
だから、私は、彼にクナイを向けた。
私と彼の実力差は、林檎と蟻のようなもので、
せめて、彼の手で死んでしまいたいと思ったのだ。
そうすれば、彼は私のことで一杯になるそう信じていたのだ。
彼が死ぬならば私の命など、どうでもよかった。
それなのに。
赤い鮮血を出して倒れたのは灰色。
雪をみんなで踏んで汚くなった灰色の色だった。


「フフフフ。やっぱり、僕は君に殺されたね、仙蔵」

彼は満足げに笑っていた。僕はね、予言者っていう人に逢ったんだよと、
死にゆく人とは思えないような笑みで、私の髪を撫でた。
本当ならば、彼に応急処置をしなければいけないのに、ずっと、それこそ
これから生きている限り見続けるであろう夢のような幸せがそこにあったので、
流れる涙を止めず彼の傷だらけな手に唇を落とし、私も笑った。

「ようやくだよ仙蔵。ようやく言える。仙蔵。ずっと愛してるよ」

ようやく、僕ら愛しあえた。そう笑って沈黙した。
私はまだ温かい体にうずくまり、いたるところに口付けをして、そして気付いたのだ。
彼は私よりも私を愛してくれた。私は彼よりも私を愛していた。
彼の幸せよりも自分の幸せを望んだのだ。ああ、だから。
私はこの気持ちのまま、一緒にともに生きたいのだ。
私は彼にクナイを握らせそのまま自らの喉につきたてた。



『神様、どうして僕らは、愛し合ってしまったのでしょうか?』




鉢屋 三郎は、その後。
幸せそうに抱き合い死んでいる二人を発見した。
もう一人は、知らない人だったが、もう一人は先ほどまで話している相手だった。
悲しいと思ったものの、同時に鉢屋は、羨ましいとも感じた。
なぜならば、生前彼が見せたことのないような蕩ける笑みで
相手を離さまいとしっかりと手を繋いでいたからだ。
彼と彼が一生に一度逢えるかどうかの魂の恋人だと鉢屋 三郎は悟った。
そして彼らこそが真に幸せなものではないか。と
この戦乱の地で心の底から愛し合えた彼らを埋め、鉢屋は一本の花を手向けた。
そして、自分の名前を呼ぶ声が聞こえ。
彼らのようでありたいと思う相手のもとへ彼は駆けて行った。









2009・10・7



『神様願わくば、次も彼と愛し合えるように』その願いは呪いにも似ていた。






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