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黒百合1



『神様、どうして僕はあの人を愛せないんだろう。』


ひらひらと散る桜が綺麗だと言った君。それ以上に君のほうが綺麗でした。
ほのかに光る月が好きだと言った君。それ以上に君のほうが好きでした。
雪の儚さが悲しいといった君。それ以上に君のほうが儚そうでした。

君は僕のにごった目を見て言いました。
「好きだ。女に恋を抱く以上に、季節を愛するよりも、両親の血の濃さよりも好きだ」

彼の綺麗なキラキラした太陽に光る水面の中の石の輝きである瞳に、
僕は嘘をつきました。
嘘は植物の芯のように透明で美しく綺麗なものでした。
彼は傷つきました。けれど、目に見えない時間は彼の心を優しく癒し、
そして僕じゃない誰かが彼を愛してくれるでしょう。
彼は孤高であったけれど、美しく強く優しい人なのです。
誰かが放っておくとは思えません。
胸がツキリと痛みましたが、僕は忍びであったので痛みに耐えることは十八番です。
僕は忍びとして最高ですが、人として欠陥です。
彼が、手が赤いと言って静かに泣いていた時。僕は泣きませんでした。
心地よいと感じていました。
彼が、忍びになることを本当は恐れていましたが、僕はもはや忍びでした。
生まれたときから、いいえ、学園長が言うには
僕は、忍びではなく・・・快楽者なのです。
僕が四年になったときに言われました、すまないと謝まれました。
人として生きて欲しいと願ったのに、わしはおぬしを変えれなんだと泣きました。
しわくちゃ老人の濃く深く刻まれたしわに流れる涙は、とても美しいと思うのに、
僕は彼を血まみれにする方法を考えてしまうのです。
ですから、僕は人であって人でないのです。
僕が綺麗で好きで儚いと思った彼をも
殺す方法を考えてしまうのです。
唯一違うのは、彼の綺麗な絹のような黒髪を散らし、
白い肌をなお一層白くさせ、赤い口から出たもので唇を引くことぐらいでしょうか。

僕は異常で欠陥です。

学園長に、言いました。
もう、人として扱わないで欲しいと。道具として扱って欲しいと。
それは、僕が人である最後の望みでした。
人であるから、こんなにも葛藤するのです。
狂ってしまいたいけれど、生来の快楽者以外の精神は強くてなかなか狂えません。
学園長はすまないと頭をたれ、僕に任務を渡しました。
戦地です。僕が僕らしく生きていける最たる場所です。
血が沸きあがるのを、すべてが歓喜しているのが分かります。
僕が血で血を洗い流し、学園に帰ってくるたびに
僕を歓迎するのが学園長だけになっても
僕が傷ついて悲しむのが学園長だけであっても、
僕が死んで泣くのが学園長だけであっても、
これから、餓死しても戦死しても孤独死しても
僕は彼が言ってくれたその言葉だけでもう十分幸せでした。

それなのに僕が言うんです。

『神様、どうして僕は仙蔵を愛しちゃいけなかったんだろう。』

僕が学園に戻ると、久しぶりに見た彼は誰かに微笑みかけていました。
僕の心のうちにはどす黒い何かが渦巻きましたが、
それ以上に嬉しくて初めて頬に水が伝いました。


違うよ。愛していたから、自分より何よりも愛していたから、幸せになってほしかった。
僕の我が侭な幸せを押し付けてごめんなさい。
でも、仙蔵が幸せであることを祈ってる。





2009・10・7




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