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擬似的箱庭1





【擬似的箱庭】



彼女の話をしよう。
彼女、の話を。
優等生で先生にもくのたまにも人気はあって、
俺ももちろん友人もみんなを、嫌いではなかったはずだ。
ただ、急に上から降ってきた少女が、顔を顰めて言う。
「彼女って、人らしさがないね。気持ち悪い」と。
その言葉での周りにいた奴は声をそろえて、みな気味が悪いと言い始めた。
俺が会計委員が終わった後に、の姿を見かけたことがある。
は、ばらばらに壊された本を拾っていた。
中身には中傷しか書いていなくて、一瞬目が合ったけれど、
はなんでもないように笑っていた。
その姿に、ぞっと一瞬体に走るものがあった。
に関わるのは、止めた方が言いという警報音が頭に鳴りいた。
俺は、つったままで、俺よりも少しだけ小さな背中を見続けてた。

さらさらと零れ落ちていったのは、いつからだろう。
何が悪いのか。何が良いことだったのか分からない。
忍術学園は、その世界に似合わず、その名前に似合わず平和であったはずだ。
だけれど、変わってしまった。
俺達はそれに気づいても見てみぬ振りをして、毎日を過ごしていた。
の背中を見続けないで、何か声をかければ、きしんだ歯車を、直せたはずだった。
俺は、恐れていたのだ。人という集団からはじき出されることを。







天から降ってきた少女の名前を、日神 亜里抄という。
彼女は、感情豊かで、思ったことをすぐに口にしてしまうたちだった。
亜里抄と呼ばれた少女がを嫌いになった理由は、
人らしさがないね。気持ち悪いと言っていたが、本当は違う。

「ちょっとみんなから好かれてるからって、
変なこと言って、私は、可愛そうな子なんかじゃない!!」

柱の陰から聞こえた大声に身を隠せば、日神 亜里抄は大声で叫んでいた。

「なによ。なによ。あなた、私を閉じ込めていた家族にそっくり嫌になる」

「家族が?」

「可愛そうな子っていうつもり?それで、私をずっと見張ってるの?
私敏感だから分かるんだから。私はなにも可愛そうじゃない。
可愛そうになるのは、あなたよ」

が嫌われた内容はこの通り。
私は傍観者。見ているだけ。

「こうなることは当たり前に起こるべきことだったのだ」







天女のおねーさん。遊んでくれて楽しい人。
よく笑って怒って泣いて、だからおねーさん大好き。

おねーさんは、ようやく帰れるらしい。
悲しいけれど、我慢しなくちゃ。
おねーさんは、楽しいっていっていたけれど、その後ろで泣いていること僕知っていたから。
家族の悪口いいながら、本当は大好きなの知ってたから。

空間に穴があいて、おねーさんが帰ろうとしたとき、
その間に、一枚の札が通った。
白いお札は、バチバチと穴の中で音がして、そのまま穴が小さくなり、なくなった。

なんで?

おねーさんは、その場で崩れ落ちて、茫然と消えた穴の場所を見ていて、
食満先輩が叫んだ。誰だ、誰がやったんだ。
おねーさんの震える肩を優しく伊作先輩が抱きしめていた。

誰だ!!

声が、ひびいた。

「私です」

その声は、とても澄み切っていて、心洗われるような声だった。

「あんた、何よ私への復讐のつもり!!帰ったら、全部終わりでおしまい。
それで、いいじゃない」

おねーさんが伊作先輩の手を振り切って先輩へ掴みかかったけれど、
先輩こそ天女ではないだろうかと疑うほどの穏やかな笑顔で、言った。

「復讐?ええ、その通り。復讐です」







目の前に立っている女は綺麗な穏やかな人を殺せそうもない顔をして、
鬼だと思った。希望を示して絶望に落す。それはなんて酷い。
は俺と同じ年で、色々と迷惑をかけたことがあったが、
まさかがこんなことするなんて、

「幻滅したぜ。

は、笑顔だった。俺の声も、亜里抄の声も他の非難の声も、
の笑顔は崩れなかった。

「渡されたものはちゃんとやります。目の前で倒れていれば手を差し伸べます。
だから、あなた方にとって、私はなんら害のない存在だったのです」

口から出てくる声は、鈴を鳴らすような声だったので、皆が口を閉じた。

「ただし、だからと言って、私の存在が善であるわけはないのです。
むしろ、その反対でしょう」

ギシリと音がして、
隣をみれば、苦い顔をして小平太がいた。
そういえば、お前はを。







の存在が悪だと言うならば、それを害するものを善と呼ぶ。
ならば、私もと同じでもかまわない。

始めは小平太だった。
に懐いて、ずっとずっとそばにいたから、同じく小平太の傍にいた
私は彼女をよく知っていた。
彼女は多くを語らない。彼女は人が嫌がる仕事をやる。
彼女は彼女を害した人ですら手を差し伸べる。
そんな、彼女に私は尊敬の念を持っていたのだけれど、
小平太は私と違った。
小平太は、彼女に愛情を抱いた。
だから、ここからは、小平太と彼女の秘密なのだ。

「人に疎まれ、家族を、一族を、他ならない友人に殺された私。
これまで生きているうちに、誰が私に手を差し伸べたでしょう?
もらったものは、蹴りや殴りや中傷だけ。
私が、復讐もせず、生きているわけがないのですよ」

小平太は言った。
駄目だった。無理だった。どうして、どうして。と涙を流していた。

「どうして、私はを助けれなかったのだろう」

運命としか言いようがない。
多くの本を読んできたけれど、経験もしていない思いを口に出すことは難しかった。
だけど、今なら言える。彼女こそ悪であると。







小さい頃の私はなんでも破壊した。
そんな私の力に恐れて、誰もが近づかなくなって、
悲しくてほら穴に隠れていた私を、見つけてくれたのがだった。
だから、がどんな場所に隠れようとも絶対彼女を見つけ出す。
それを、愛情と私は呼んだ。
一人で歩くの背中をいつも追いかけて、
ようやく身長も歩幅も同じになったころ、
私は彼女に告白した。愛してる。一緒になろうと抱き付いた。
彼女は驚いた顔をして、次に泣きそうな顔をした。
誰がそんな顔をさせているのか、殴ろうと思っていたけれど、
自分自身を殴れるはずもなかった。
殴っても、はもっと悲しい顔をするばかりで、
それでも諦めれなくて、とうとうは私に告白した。

小平太。ここに来る人がいるしょう?と。

確かに、の部屋で笠を深くかぶった
山伏の恰好をしている男を見かけたことがあった。
彼女は、その男が婚約者なのだと言った。
彼女を心配して、時々会いに来る心配性な男で、とても優しい男なのだと
彼と一緒になることは自分の望むところであると。

「嘘だ」

「小平太」

「いつも来るときに緊張している姿を見ている。
それに、全然は嬉しそうじゃない!!」

私が嫌いなら私が嫌なら、はっきりそう言ってくれと叫ぶと、
彼女は長いまつ毛を伏せて、

「だったら、言えばいいんですか?
小平太は、私を絶対嫌いになる。それが分かっているのに、
言えというんですか?いいです。それが望みならば」

言いますよ。と

から語られた過去の話。今の話。未来の話。

だから、私は、未来がありません。幸せな未来がありません。
そんな私をまだ愛してくれるというのですか?

「逃げよう」

「・・・・・・・・・」

「逃げて一緒に幸せになろう。
全部、忘れて、も幸せになってもいいはずだ。
私はと一緒に幸せになりたい」

「・・・・・・・まったくあなたは」

そう言って彼女は声もなく泣いた。
震える彼女を抱きしめようとしたけれど、彼女は手を払いのけて、

「ありがとう。小平太。これだけで私は十分」


私は自由じゃなくてもいい。
私が諦めてしまえば、罪もなく死んでいった彼らが浮かばれない。
だから、悲しまないで、小平太。
私を侮蔑してくれても構わないわ。
過去にとらわれた哀れな女でもいいわ。
私の次の子供が幸せであれば、それでいい。それが私の望みと。
私は、復讐をするわ。止めたいのならば、私を殺して。

止めれるはずもなかった。
振り払われた手をぎゅっと掴んだ。







「私たち一族が殺された理由は、あなたが私にした行動そのままです。
まさに、子孫まで変わらずその血が行き届いていることに驚きました」


最初は仲良くなれるかもしれない。
くのいちはみんな私を敵対視しているし、
は穏やかで、優しくてお母さんみたいだったから、
だから、しゃべった。私の境遇。

どこへ出かけても、何をしても家族に言わなくちゃいけないし、
いつもどこかで、誰かに見張られていて、自由に出歩くこともできない。
あーあ。自由になりたい。彼らのいない。自由に。
と言ったら、誰かの声が聞こえた。
それと引き換えに、自由をあげようと。
その声はとても魅力的だったので、私は隠してあるそれを持って、穴に飛び込んだ。

ガタガタと体がふるえる。
目の前にいるは初日と同じような顔をしていて、
優しい笑顔なものだからなお一層怖さが増す。

「わ、私には関係ない。復讐なんて、そいつらにしなさいよ」

どうにか恐怖感に耐えて、声に出した言葉に、の笑みが深くなる。

「関係ない?さっきも言ったでしょう。
同じことをする。とあなたも同じなのですよ。
優しくしている間は、友人親友いい顔して、
あなたの気に入りの誰かが私に懐いていたら、嫉妬で、邪魔者扱い」

誰も知らないはずの自分の感情を見透かされていたことにかぁーと赤くなる。
みんなのざわめきが聞こえて、冷たい視線が投げかけられる。
ああ、帰りたい帰りたい。
そんな私の心を呼んだようには言った。

「ふふふ、早く帰りたいですか?もう帰れませんよ。
あなたが望んだんでしょう?
あの世界以外を知りたいと、閉じ込めらたままの生活なんて
まっぴらごめんだって、私はその願いを叶えたのです」

言っている言葉に、伏せた顔をあげた。もしかして、あの声は。
の後ろには、一人の山伏が立っていた。

「そして、彼らの願いも彼らの愛もなんら意味がなくなったのです。
檻はね、あなたを閉じ込めていたわけじゃなかったんですよ。
あなたを守っていたんですよ。ふふふ。なにに?答えは簡単」

わたしたちにですよ。

形のいい口が動くのを穴があくほど眺めた。


「そして、これはいただきました。
まさか、あなたの代まで後生大事に持っていてくれていたとは、
驚きです。あなたは、家宝だと皆が厳重に守っていると言いましたけれど、
その逆です。これは、あなた方が殿様に言った自分の裏切りを
親友に罪をなすりつけた証拠なのです。
さっきこの時代のとおっしゃりましたね?そうさせていただきます」

「これから私はどうなるの?」

に言ったわけでなく、自然と出てきた言葉に
目の前の綺麗な容姿をしている少女は、口を開いた。

「さぁ、これからあなたはどうなるでしょう?
私は、悪だから、さっぱり計画なんて立てません。
立ててしまえば行動しなくてはいけませんからね。
悪だから、ただ純粋な殺意だけを、持っていなくてはいけないのですよ。
ここで命を授かっても、ここで命をたっても、あなたの勝手です。
ただ、この時代のあなたの祖先である彼らがいなくなったら、どうなるか?
それは想像にお任せします。
憎んでいる?いいえ、憎んでいるのわけではないです。
ただ純粋に苦しんで欲しいんです。
憎むなんてそんな三文字くらいで終わる言葉にまとめないで欲しいものです」

ずらりと忍たまに囲まれた彼女は笑った。今度は神々しい笑みではなく、

「おやおや、あなたたちは、同砲に刃を向けますか?
いままで同じ釜を食べていたものを殺しますか?
たった数週間だけの女をとりますか?
いいでしょう。私を殺す前に、友を殺しなさい」

邪悪な笑みで。







姉さまの話をしよう。
姉さまはとても慈悲深く誰にでも優しく、学園最後の慈愛と呼ばれていた。
私は、そんな姉さまが、大好きなんです。

「私は悪にしかなりえない。だから私を姉と慕うのはお辞めなさい」

姉さまはそうおっしゃられた。
だけど、姉さまは姉さまでしかないのです。と言えば、姉さまは
大きなため息を吐いて、苗字を教えてくれた。
それは、七松先輩ですら知らない私の大切な宝物。
苗字を知れば、いくら忍びの世界に疎くても聞き覚えがあったので、
姉さまの言っている意味が理解できて、もっと姉さまを知れた嬉しいと笑えば、

「あなたも救えないわね。三郎」

と、頭を撫でてくださった。
姉さまは、6年の最上年で、他のくのたまをまとめていらしゃった。
飴と鞭の使い方がめっぽう、うまく。
彼女の穏やかな笑顔に意味もなくよる男たちも少なくなかった。
彼女はふんわりと笑って、それはそれは心洗われるような笑みだった。

そんなある日。それは突然やってきて、そのあと、私たちが留守にしている間に、
学園の全てが塗り替えられていて、
彼女が誰だかは分からないけれど、すべて彼女がやったことだった。
その事実だけ十分。
彼女の一言言ったいわれなき迫害の言葉で姉さまが、
苦しんでいるなら私は助けたい。
しかも、それが私が彼女を好かなかったそれだけのことならば。
そして、姉さまを裏切った者たちへの粛清を。

姉さまが、最後の選択をする日まで、私たちは、ひっそりと闇の中で、張り廻った。







「悪である証明なんて善の一言で十分です。
あれは敵だって言えばいいんですよ。
それだけで、私はあなたの敵なのですから、悪であるでしょう?」

は壊れかける一歩前だったのだろうか。
とても綺麗な顔で、とても心地よさそうに、彼女に言った。
穴はふさがれて、もう帰る道がないことには笑った。
の存在を放置できないとクナイを構えれば、
俺達の前に出てきたのは、友人だった。
操られていると思ったけれど、彼らは至極まともだった。

「何している。小平太、長次、そこをどけ!!」

「文次郎こそ、何を言っている?おかしいよ。
私たちはに助けられていたのに、裏切ったのはそっちだろう?」

どっちがおかしいのか分からない。
なにが狂ってしまったのか分からない。ぐっとクナイに力を込めたところで、
学園長が叫んだ。

「もうやめよ!!」

静かになった中で、一人、は至極愉快そうに笑った。

「やめよ?こうなるまでやめなかったのは、あなたでしょう?
あなたの授業は失敗しましたね。
人の心を審査なんてしようとするからですよ。
どっちが咎められるかあなたはちゃんとした判断を下せるのですか?
あなたはなんなんですか?神ですか?」

が言った言葉に、学園長は、うぬと口ごもった。

「人が人を計ろうと試そうとするから間違えなのですよ。
だから、こんなことになるのです。
授業なんて放って、女も放っておけば、こんなことにはならなかったの。
悲しいですか?学園長先生。
だけど、私がこうであることを知っていて放っていたのはあなたです。
彼女がこうなることを分かっていて放っておいたのはあなたです。
なにが、安全?なにが平和?なにが道徳?
この世界に、そんなもの意味がなんてないことを知っていたでしょうに。
あなたは分かっていたでしょうに、
箱庭で、擬似的な希望を与えることが残酷以外のなにがある?
そうして、箱庭はあなたの判断で崩壊しているのです。
さぁ、選んでください。あなたには選ぶ権利とそうしなければいけない義務がある。
善と悪それを取り除けば、また元通りですよ。
さぁ?」

何が悪か善か。と笑う彼女はとても綺麗だったけれど、
その笑い声が泣いているように思えた。

彼女に言われるまで、はいい人であった。
彼女に言われるまで、はふと思い出して忘れる程度の人だっただろう。
茫然と崩れ落ちている天女。

「待て!!お前は何をしようとしているのか分かっているのか!!」

学園長の叫びに、はやっぱり笑うのだ。


そうして今俺達がしていることは、悪を退治することだ。
半分の者達が、とともに学園を去り、悪と名乗った。
俺には何が悪なのかもう分からない。
そうして、俺達が善である保証もない。
彼らの一つを壊すたびに、誰かが泣いているのに、
俺達に石は投げられるのに、俺達こそが悪ではないだろうか?













2010・3・21


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