6・



やくそくはね、糸の塊。
小指と小指をからめて、言葉で縛って、つなげるの。

わたしは、言葉をちゃーんと守ったの。
わたしは偉い子。褒めて褒めて。
それなのに、なんでぇ嫌だよ。一人にしないでよ。
二人がわたしの枠からはみ出して、出ていって、
海の底。ぶくぶく息が玉になって上へあがる。
あーあ、また、一人になっちゃった。
おかしいなぁ、なんでかなぁ。こんどはちゃーんと気を付けたのに。
わたしは海の底で、体を小さく丸めて、上をじっと眺めていると、
二匹の綺麗な狐が現れた。

「だから、人は嫌いだわさ」

「さっちゃん」

少し先端がピンクな、目立つから犬に擬態化している左京は、
心底嫌そうに睨みつける。

。泣きなさんな。ほれ、私も右京もみんないるから」

「でもでも」

「もう、いいではないですか。あなたがこれ以上傷つく姿など誰も見とうございませぬ。
言霊の威力を知りもしないで、勝手なことばかり言う人など」

先端が青色をした右京は、睨む彼女をたしなめ、私の膝に尻尾を置いて、左右に揺れて、
涙を拭いてくれた。

「ごめんね。うっちゃん」

にいったわけじゃないだわさ。以外の人よ」

「約束という名の糸に縛られるのはもういいでしょう」

「ごっくんするのはいやー」

針千本飲むのは痛いし、用意するのは面倒。

「いいだわさ。神様の言うとおりでしょうに。私らが許すだわさ。
針を飲まなくてもいいし、糸を切ったげるさ」

「でも」

「私達と共にいなされば良い。私たちはあなたを一人にはさせませんよ」

「「こいこい」」

目がぱっちり開ければ、わたしは変わりない天井を睨んだ。
海の底から二人を見ていた時と同じように。
ああ、もうすぐ終わるんだな。









7・




「おい、どーすんだよ。。このままだと、愛しの兵助くんはとられちゃうぜ」

遠くから、兵助と早乙女さんの姿が見える。
それをじーっと睨むように座っているに、私は話しかけた。
早乙女さんは、いつもの男らしい性格を隠して、乙女さながら目を輝かし、
頬を赤く染め、まさしく恋してますな顔をしていた。
その微笑ましさに涙が出る。
真実を知っている私は、兵助が非道な行為をしていることも知っている。
あっちは、ちゃんと兵助が好き。
だけど、兵助は、この馬鹿のせいで、全部狂っちまった。
兵助には悪いが、兵助はを忘れて早乙女さんとちゃんと付き合って、
その間に荒波にのまれて、くのいちのところ行って、性格改善をと思っている。
にやにやした私の顔は、なんの反応もない彼女にあほくさくなってやめた。
兵助と早乙女さんが見えなくなって、ようやくは口を動かした。

「三郎」

「なんだよ」

「早乙女さんのことどう思う」

「お前より千倍まし」

「雷蔵も、勘ちゃんも八ちゃんも?」

「そうだな。みんなそう思っているよ」

「そーだよね。彼女は愛されているもんね」

彼女は、そうかとどこか遠くの方をみてほほ笑んでいた。
その姿はいつもの無邪気な笑顔じゃなくてどきりとして、

「・・・おい、どうかしたか?」

声をかければ、いつも通りの顔に戻った。

「心配だなんて、三郎らしくない」

「お前が変なことを聞くから」

は立ち上がり、そのままそこから姿を消した。
風がやけに強かくて、ぎしりと何かが歪んだ。







8・




「なんでもないの」

そう言って隠されたずたずたに彼女と未来を結ぶ唯一のもの、彼女の涙。
見つけたのは、俺と三郎で、雷蔵は図書委員い組はテストで、その現場に遭遇した。
疑われたのは、嫌いと公言するで、
かくいう俺も疑わしいと思っていたのだが、丁度運悪く訪れた彼女の姿に、三郎が吠えた。
仲が悪い二人は、罵詈雑言を言い尽くすが、ああ見えても、三郎はと仲がいい。
兵助を除けば、俺たちの中で次に仲がいい。きっと気質が似ているのだろう。
三郎には悪いが、を子供子供言っている三郎も
雷蔵に構ってほしいとか、雷蔵がいなくて他の奴らにへばりついたり、
をからかって遊んだり、どうみても子供だ。
実は、好きなんじゃねーとからかった時は、二人に言葉攻めにされ、
ネチネチと嫌味を言い続けられた。
あの連携プレーは、兵助が落ち込んで、俺は食欲が減るというなかなかのもので、
その言葉を二度と使うことはない。
今回に火を注いだのは、意外にも。

「いいの、ちゃんは、ただ兵助くんが好きなだけだもんね。
それで、とられちゃって拗ねているんだ。
でもね、ちゃんが大きくなったら分かるけど、それは違う好きだよ」

早乙女さんだった。部屋の空気が凍っている。誰もが沈黙。あの三郎ですらだ。

「・・・・・・馬鹿?」

の言葉で、固まる呪縛からとけた俺たちは、なんか変なこと言った?
とこちらを見てくる早乙女さんに俺が代表して言った。

「早乙女さん、は俺たちと同じ年ですよ」

「えぇぇぇぇえええええええええええええ!!!」

えぇぇの大声と、数で分かりやすいほどのリアクションをしてくれた早乙女さんを放って
は呆れた顔で続けた。

「悪戯なんてわたしがするわけがないじゃん。
わたしは彼女が好きじゃないけど、そんなことしなくても、兵助は戻るもん。
帰るんでしょう?元の世界に。戻って待ってる人がいるんでしょう?」

ねぇ、ねぇ。と早乙女さんに詰め寄っている。
俺は、当然のようなお門違いな質問に、止めようとすると、
一番を止めれる人物が到着した。



兵助の目には、早乙女さんが大事に持っていた未来のばっくとやらが、
ボロボロになっている姿と、に詰め寄られている早乙女さんの図。
じっと、兵助の大きな目が、それを縁取る長いまつげが彼女を咎めた。

「兵助、わたしはしてない」

しかし、視線は変わらない。

「兵助はわたしがしたとおもっているの?」

震えるの声が部屋に響き。

「いいよ。もう」

そう言って、彼女は部屋から飛び出した。
いつもならば俺たちが止めても追いかけるのに、追いかけずに、
早乙女さんのほうに来る兵助に、本当に早乙女さんのこと好きになったんだなと
三郎に耳元にささやけば、三郎は変な顔をしていた。なんだ、その顔。
と言う前に、

「あれ、どうしたの?」

図書委員が終わった雷蔵と同じく試験が終わった勘ちゃんが立っていた。
このあらましを聞いてまず勘ちゃんが笑った。

「それを、が?空前絶後な出来事が起こってもないよなぁ」

「そうだね。彼女がそんなことをするはずないよ」

雷蔵もそう言って笑う。
いーや、絶対だ!!と叫ぶ三郎に二人は声を合わせて言った。

「「本当にするなら、もっと酷い」」







9・




その夜は綺麗な満月だった。
今日のことを考えてみると、証拠もないのに疑って悪かったな、
でも、よくあることで、ささいな喧嘩をしても次の日には来るから、
明日来た時、その時に謝らろう。そう思って俺は布団にもぐった。

”ねぇ。”

うっすらと見える人影が俺に尋ねる。

「兵助は、わたしのこと嫌いになった?約束はもういい?」

俺はその言葉に。








10・




わたしは、気づいた時には一人だった。
わたしの世界は、海の底にもぐりこんで、音もなく光もなく何もなかった。
急に夜。そのままであることが恐ろしくなり、誰もいない部屋を飛び出した。
外に出れば何の考えがない子供だから、社の下、永遠の眠りにつくはずだったのに、
運が悪いことに、目が覚めた。
そうして、わたしの世界には、人ではないものが現れた。
彼らの人の姿ではない形に怖がる以上に一人がさびしくて、悲しくて、
優しく撫でてくれた手なんていつされたかなんて覚えてなかったから、
わたしからあふれたのは、涙涙涙涙。
喜びの涙。
一人じゃない。
もう、深い深い海の中じゃない。
わたしは目をなくした耳をなくしたお魚さんじゃなくてようやく、
息して世界を見て聞けてしゃべれる人になった。
彼らはわたしを人にした。
わたしには彼らしかいなかった。
もっと小さなわたしが小さなわたしになるまでそうして育った。
そして、あなたに会えた。
だけど・・・・・・もうだめみたい。
私はわたし以上にあなたを好きじゃないから、
ごめんなさい。
わがまま言って構ってくれるから、やりすぎちゃった。
子供だって分かってる。子供のままいたいのが駄目なのも分かってる。
それでも、わたしは大人になるのはいや。
大人は汚い。大人はずるい。
いい子にしていたら、いい子にしていたら、いい子にしていたら、

嘘つき、嘘つき。

”いい子にしていたら、迎えに来るよ。”

嘘つき。わたしいい子だったもん。
うるさいって言ったから、声も涙も出さないし流さなかったのに、
ご飯だってちゃんとおなかいっぱいだって嘘ついて、
いつも誰にも分からないように一人でかくれんぼしてたもん。
いい子だったもん。
だけど、誰も。

ぎゅっとして、手をつないで、いい子って頭撫でて?
一緒にいよう迎えに来たよって言って愛して。
それがいいや。それが欲しいや。
でも、もう。
本当はわかってたの、わたしはいらない子。
待っていたって迎えは来ないから、わたしには足があるから歩けば良かったのに。
だけど、わたしがそこから離れたら、迎えに来てくれたら、どうしよう。
なんて、おばかさん。迎えなんて最初から来ないのに。


わがままで、呆れちゃえばいいんだ。
約束を切ってくれればいいんだ。
わたしは悪い子だから、手を離してくれれば、でも。
怖かった。怖いよ。兵助。
兵助も大人になればわたしを置いてくよ。
だから、必死だった。
だけど、諦めていた。

わがままでごめんね。幸せになってほしいなぁ。
兵助がいてくれた毎日は私のかけがいのない宝物。
海の中でも大丈夫。涙が濡れても壊れない。
わたしみたいなわがままじゃなくてね、馬鹿じゃなくてね、綺麗で可愛くておきっくて、
大人っぽい子。それと、愛されている子がいい。
そうしたら、わたしを愛してくれた兵助をね、ちゃんと愛してくれるよ。
私は一人じゃないから、大丈夫。
私は海の底から、あなたの幸せを祈ってる。


チョッキン。
わたしを留めていた糸が切れて、わたしとあなたをつなぐ糸が切れたから、
さようならだ。ありがとう。







11・




「来ないなぁ。こんなに来ないことなんてなかったのに」

俺の呟きに火薬委員で働いていたタカ丸さんが尋ねた。

「誰のこと?」

だ」

知っているわけがないと思いながら名前を言えば、考えは外れた。

「え、さんのこと?」

「さんって、タカ丸さん、に会ったことが?」

手を止めて彼を見ればふにゃふにゃした笑顔で照れくさそうに話す。

「あははは、ようやく許されてねぇ、
くるくる癖っ毛で茶色の子だけど、凛としてて大人っぽくて綺麗で恰好のいい人だよね」

「違います」

完全に、違う同性同名の人物だ。

「え、違うの?くのたまのさんでしょう?」

は、可愛くて、子供で、子供で、一年生みたいな」

これ以上言うときりがないから、一番の特徴を言えば、
タカ丸さんは、言った。

「んー。違うなぁ」

ごめんねぇ、違うさんは知らないやと、しょげるタカ丸さんに、構わないと
言って作業を再開する。
それにしても。
くのたまに、と同じ名前で、モテルであろうタカ丸さんが
凛として大人っぽくて綺麗で恰好のいいべた褒めな人物がいるとは、
うん?もしかして、タカ丸さんはそのさんとやらに好意があるのでは?

「タカ丸さんは」

「ん?」

「そのさんが好きなんですか?」

そういえば、タカ丸さんはそのまま壺を落して足にぶつけて叫んでいる。

「ち、違うよ。それに恐れ多いし!!」

と、ブンブン手を振って否定しているが、顔を真っ赤では説得力がない。
ともあれ、タカ丸さんにも春が来たのか。ふっと笑うと、本当に違うからと後ろで叫んでいる
タカ丸さんをたしなめ、さんを思い浮かべて、
もう一人の小さなを思い出し、
なんで会えないのかの疑問に戻った。
ああ、そういえば、はこっちに来たことはあったけれど、行ったことはなかった。
だから、くのたまと共同実習があると聞いて、に会えることを楽しみ、
そのときに謝ろうと思っていたのだ。

だけど。

「おい、アレ誰だ?」

三郎が、指を震わせて、彼女を指さした。
くるくるの長い茶色の髪が結われることなく風になびいているのに、
彼女にはよく似あっていた。
身長は、俺と同じくらい、ペッタンコだった体は、綺麗な曲線を描き、
でるとこでて、しまるところしまるという理想の体。
大きかった髪と同じ瞳は、少しだけ細くなり、
丸かった輪郭がすっとシャープになっている。
背筋がぴしりと伸びている彼女は凛という言葉が似合っていて、
ほとんどの忍たまが彼女を見て、うっとりとしていた。

「誰って、でしょう?」

なんでもないように答えた勘ちゃんは偉大だ。

「え、勘ちゃんの勘違いじゃない?」

「でも、傍にいるのって、右京と左京だよね」

「本当だ」

以外には懐かない彼らが彼女には、ついていて、
あれがだという証拠だった。

「おい、姿が全く違うぞ」

頭がこんがらがっている三郎に、同じくこんがらがった頭で、
俺は彼女が成長した理由を口にした。

「約束を破ったから」

「約束?」

「大人にならないって約束、があの日俺の部屋に来て、
チョッキンって約束を切ったんだ」

「何言ってるんだよ。兵助。そんなことあるわけないだろう。他人の空似だって」

三郎は、右京をみても左京をみても信じておらず、どこかの親族だろうと、
話せばわかると笑っていた。
実習が終わり、俺たちは、一人で歩いている彼女に近づいた。

「あ、あの」

「・・・・・・何?」

振り返ったと良く似通った彼女は、空気が違かった。じゃない。
約束を破って大人になってくれることを期待していたのに、
そうならなかったことに俺はどこか安心した。
だけど三郎の質問で、その思いも砕け散った。

「お前は、か?」

「うん、だよ。意地悪三郎」

にっと口の端だけあげて笑う意地悪な笑みは、が三郎相手にするもので、
ようやく見なれた顔をみた三郎は、目の前の人物をと認めた。

「なんだ、なんだ、いきなりでかくなったな?」

「うん」

和気あいあいとみんなが話している中、俺だけ一人違和感。
誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ
これは誰だ?

「兵助くん」

疑問の渦の中で、俺の名前を呼ぶ声に、浮上した。

「連さん」

名前に名前で返せば、彼女は笑顔だった。
ほっと自分がここにいていいと言われたような安堵感が胸の中に広がった。
連さんは、を見て信じられない顔をして、もしかしてと恐る恐る聞いてきた。

「え、その人」

「おっと連さん、隠れた方がいいですよ。こいつにまた攻撃される」

「三郎!!」

雷蔵の咎める声に、なんだよとふてくされた顔を見るよりも先に、
が近づいてきて、少しだけ身構えてしまった。
彼女は、そんな俺をくすりと笑うと。

「おめでとう」

想像もつかない言葉を吐いて、つい声が出た。

「はっ?」

「二人、幸せになればいい。私はそれを海の中から祈ってるから」

彼女の茶色の目には俺たちが映っているようで何も映っていなかった。
そうして俺たちに背を向けるの肩を三郎が掴んだ。

「待て、なんだよ、それ。本当にお前はか?」

「言葉が足りない?だったら、言うよ。
愛されて幸せな人と愛し合えばいい。きっとそれが幸せな愛とやらだよ。
私はそんな大層なものいらない。手はあいてるのに、握ってくれる人がいないなら、
手から先もいらない。それだけ。三郎、言ったじゃない。私は、大層なわがままなんだ」

そう言ってまた帰ろうとする彼女を、

「・・・・・・離してくれない?」

今度は俺が、彼女の腕を捕まえていた。
ああ、ああ、なんてことを。俺はなんてことをしてしまったんだろう。
来るからいかなかった、なんて詭弁だ。俺は行けなかったんだ。
何も言わず掴んでいる俺に彼女は何も映さない顔で、しゃべった。

「海の底ってどんなとこか知ってる?
待っても待っても誰も来ない。そこが海の底だよ。
あなたのように、どこにいても待ってくれる人がいる場所じゃないよ、お嬢さん」

「あ、あなたを愛してくれる人がいる。絶対に!!」

連さんが叫んで、俺の裾を握った。
その姿に、すーっとの目が細くなるのが分かって、
これ以上しゃべらせたくないのに、俺は止めることができない。
あのとき、あの満月の綺麗な晩に気づいていた。
あの日から今まで彼女はずっと、待っていてくれたのに、
決定打を言わせているのは俺だ。

「愛?愛ってどんなもの?示してくれなくちゃわからない。
ねぇ、ねぇ、教えてくれるの?子供は知りたがりやだよ。
けど、面白くね。真実なんてものはいらない。面白ければ世界はすべてそれでいいの。
そうであれば一緒に入れるかなと思ったけれど、
目をつむって、耳をふさいで、そしたら手があかないから、一緒にいても楽しくないね」

何を言っているのか分からない言葉をつなぎ合わせると、なんとも悲しい結果。
彼女は俺の手を振り払って前に進んで、5歩目で、こっちを振りかえった。

「ああ、そうだ。
”すきだよ。兵助。だーいすき。”
だから、さようなら。」


糸を切った。それは、何色の糸?

茫然との背中を見ている俺に、大きな声が聞こえた。

「兵助くんこっち見て!!」

見れば、彼女は泣いていた。なんで泣いているんだろう。
彼女には泣いてほしくないなぁ。
早乙女 連さんとは最初は邪な考えのもと付き合ったのだけれど、
このごろ本当に愛してもいいと思った人だった。

愛しい人だった。

だった。

だった?

きゅるきゅると全ての時間が巻き戻る。
始めは、俺の救世主。
悲しくて家に帰りたいと言った俺に、一緒にいると言ってくれた。
強くて弱くてアンバランスな姿に、泣いてる場合じゃない、
守らなくちゃと勉強も訓練も頑張った。
何かするたびに、彼女は俺を褒めて、一緒に喜んだ。
春も夏も秋も冬もずっとそばにいてくれた。
好きになっていくのは当たり前で、でも好きが違うことに気づいて、悲しかった。
彼女の体も心もずっと子供で・・・・・・
本当に?本当に?

糸が切れて、まっすぐになって、ほころびが分かる。

俺の救世主は、小さな社にいた少女。彼女は右京と左京といた。
帰りたいと言えば、案の定、帰ればと言った。
彼女は、オウム返しじゃない。帰りたいという言葉にいつも強く反応していた。
彼女には、帰る場所がなかった。いいや、帰る場所があっても、待っている人がいなかった。
強くて弱くて、いいや、彼女は弱かった。ずっと弱かったのに、無理して、
とうとうこじれてしまった。
春も夏も秋も冬もずっとそばにいてくれたけれど、
ずっと迎えに来てくれて、俺が迎えにいったことはなかった。
好きが違う?いいや、彼女の好きは、俺以上に、最初から、そう。

そう。彼女はちゃんと俺を愛してくれていた。

心が子供?子供だったのは、俺だ。
誰よりもなによりも大人になってしまった彼女は、俺の望んだ子供を演じていたにすぎない。
糸が切れた。それはなぜ?
俺の手を離してもいいと思える人物ができたから、
もう、演じる必要がないから。
彼女はとうとう自由になった。
自由になって、タカ丸さんとか他の男のもとに俺じゃなくて、手をちゃんと握って、
迎えに来てくれる男と共に歩く姿を考えて。


誰かが後ろから俺の名前を呼ぶ声がした。
それはそれは悲痛な声だった。














2010・3・12