1・
「だいすき」
「だーいすきは、絶対にかわらないよ」
「うそついたらハリセンボンのーます、ゆびきった。ね、これでやくそく」
やくそくは、守るね。
少女が無邪気に笑った。その姿に涙は止まった。
ぱちりと目が覚めると、その時と変わらない少女の顔が近くにあった。
「おーい、兵助。朝・・・」
俺の部屋の襖は顔の良く似た二人に開けられて、そこから叫び声が響いた。
「だーかーら、ごめんってば」
「ごめんもなにも、なんで一緒の布団で寝てんだよ。
寝ぼけたって、どうみてもくのいちから忍たま5年長屋までどんだけ距離あると思ってんだ」
「ぶー、なんで三郎が怒るの?」
「お前は女としての慎みがない」
「慎み?難しい言葉知ってるのね。三郎」
ぎゃあぎゃあと騒がしいのは、5年は組の鉢屋 三郎と、同じ年のくのたまだ。
「また、あいつら騒いでる。今日は何やったんだは?」
と、俺の横にA定食、目玉焼きとごはんと味噌汁を置いた竹谷 八左ヱ門、
二人ともご飯さめるよと声をかけている不破 雷蔵、
仲がいいよねと笑う尾浜 勘右衛門に、誰がと声をそろえて反発する二人。
それを、見ていて、冷奴に箸をいれる俺、久々知 兵助。
俺たちの関係はずっとこうだった。
あの日までは。
「こんちゃす。私は、早乙女 連よろしく!!」
疑惑と攻撃をしかけた三郎に怪我したのに笑って、
雷蔵の迷い癖をむしろ立派だと褒めて、
八ちゃんのボサボサの髪を撫でて、
しょうーがない、しょうーがないと女らしくなく豪快に笑う少女。
未来から来た、空からきた不思議な少女だった。
俺たちは最初は未来から来たとかそんな戯言に疑わしげだったけれど、
徐々に彼女の人柄に惹かれていった。
たった一人除いて。
「しょうがないんでしょう?だったら、わたしが嫌いでもしょうがないじゃん」
はむくれて、彼女の飼い犬の右京に抱き付いた。
もう一匹の左京は彼女の足にじゃれている。
白くて先端だけが青いのが右京。
先端だけピンクなのが左京。
二人とも毛並みがつやつやで手入れがよくいき届いている。
八ちゃん曰く、触りたい犬ランク一位らしい。
現に、俺の部屋にいる八ちゃんは、抱きしめる用意をして手をわきわきしているが、
この二匹は、以外には懐かないから、
生物委員長代理の彼ですら、ほら、今回も飛びつけば、逃げられた。
に頼めばと一回いいに言ったけれど、は、
右京と左京がだぁめだってって笑った。
彼女は、犬の気持ちがわかると胸が張る。
いいや、犬じゃない。妖かし。
曰く、右京と左京はお稲荷様の化身らしい。
彼女は、子供のような容姿をして、子供のような嘘を言う。
一年の時からまったく変わらない姿、考え方に、周りのくのいちは近づかない。
一線を引かれているのが、遠くからでも分かって、
走って彼女をこっちに連れてきたのは、俺らだった。
その姿に、時々くのいちがひそひそと話し声が聞こえる。
は、くのいちでいじめられていたりするんだろうか。
嫌な考えしか浮かばない。
だって、は、休日になればほとんど俺たちのところにいるから。
「何言ってるお子様が!!」
「うるさい。三郎にはいってませーん」
また、喧嘩している二人に、俺は頭を振る。
それだったら、俺たちが守ればいい。
彼女を守ればいい。
そんなことを考えていた。
2・
一緒にいたはずなのに、いつのまにか、わたしだけになっていた。
かわらないよの約束はいつも胸に抱いてる。
かわらなくちゃいけないって言う三郎なんて嫌い。
一人くらい変わらなくてもいい存在がいてもいいはずよ。
「お前って本当我がままだよな」
と憎々しげに言われた言葉にいつもなら怒るところを笑いましょう。
「それじゃぁ、いけない?」
つまんない。つまんない。つまんない。
みんなでお出かけするって前からの約束したから、
ちゃんと着物新調したのに、
「どうしているかなぁ」
視線の先には、わたしが嫌いな早乙女 連。
彼女は私の視線に気づいて、嬉しそうに手を振ったから、顔をそむけて、
嫌いを意思表示した。雷蔵とか三郎がなんかいってたけど、彼女は言う。
「いいの、いいの。近くに似たような子供いたし、あんぐらいなまいきなほうが、
落しがいがあるわ」
わたしは、落ちないもん。大嫌い。大女が。
むくれて兵助の裾にしがみつく。右京と左京は人混みがあんまり好きじゃないから
今日はお留守番。いい子にしてたら油揚げをあげるんだ。
「ちゃん。どうこれ?」
「おなか一杯。いらなーい」
見せられた飴は透き通った綺麗な茶色をしていたけど、お腹がぐーってなったけど、
持ってるのが大女だから、我慢。
掴んでいる人の進みに合わせて
自分のつま先だけ見て歩いていればいれば急にとまったから、
そのまま兵助にぶつかった。鼻をさすれば、甘味所の旗がはためいている。
甘い匂いに、よだれがでるけど、兵助と、目が合ってそれを隠した。
「い、いらない」
「俺が腹減ったんだ」
そう言ってそのまま座って横に一人分の場所あけて、
団子を二人分頼む兵助に頬が緩む。
「ありがとう。だいすき。兵助」
食べ終わって、厠に行って帰ってみれば、わたしの席にあの大女が座っていた。
「な」
なに座ってるの?勝手にと二人の間に行こうとすれば、
甘味屋のおばちゃんに止められた。
「お姉さんとお兄さんの恋を邪魔しちゃダメだよ」
なんで?兵助とられちゃう。
あの大女がらしくもなく頬染めてる。
それなのに、わたしは邪魔しちゃいけないんだって。
なんで?
おばちゃんの手を振り払って、兵助に抱きついて、そのまま泣いた。
「嫌だぁ、もう嫌。帰ろうよ。兵助。もう帰りたい」
兵助は優しいから困った顔をして、わたしを連れ帰ってくれた。
だけど、わたしはうっかりして油揚げを買うのを忘れてその後二人でまた、町に行った。
3・
「お前って本当我がままだよな」
町でのの発作的なわがままに辟易していた。
だから、つい言いすぎた自覚はある。だが、謝らない。
ことの大本をたどればが悪いから。
「お前さ、兵助だけじゃなくて、俺らだけじゃなくてくのたまに友達作ったらどうだ?」
から始まった。
その日のは、いつも通り、長い茶色の量の多いくるくるの髪を無造作に垂らしている。
14歳ならばはしたない姿なのだが、
見目が一年の時から変わらない少女には、偉く似合っている。
妖かしとか話もできるし、触れるし、というか右京と左京がそうだよ。
とのたまう、容姿がまったく変化しないこいつこそが妖かしなんではないかと思う。
声も思想も一年から変化しない。
だから、兵助が。
と哀れな友達の姿を思い出し、のんきな彼女の姿を見ていれば
イラついた。
「ああ、でもそのバカみたいな考えを捨てた方がいいよな。
妖かしが見えるとか、嘘も言わないほうがいい。
それと、勉強も、実技も、思想も全部、大人になれよ。
そうしないと、兵助はいつまでたっても子供のお守りだ」
「子供でも兵助はいいもん」
いいもんじゃない。
いいわけあるか、馬鹿。
町の時といい、いつもの態度といい、兵助が甘やかすからこいつは
こんなにこんなに。
「お前って本当我がままだよな」
さっきまで少しむくれて怒っていたの顔がぐにゃりと曲がった。
「何をしているの?三郎」
「わ!!・・・・ってなんだ雷蔵か」
「雷蔵か!じゃないよ。明かりもつけずに何してるの?」
外を見れば、真っ暗だ。さっきまで太陽が空に浮いていたはずなのに。
雷蔵に言われた何してるの?に答えることができず、口元を隠した。
4.
俺の秘密を知っているのは、三郎だけだ。
酒に酔って、外に出て風にあたりに行ったときに傍にいたのが三郎だったから。
「おい、何言ってるんだ」
「なんどでもいうよ。さっさと帰れ、バーカ」
涙にぬれて、俺に寄りかかる早乙女さん。
「」
「兵助だってそう思うよね。お父さんとお母さんが恋しいなら帰ればいいんだ」
早乙女さんが、帰れなくて悲しんでいるとき、お父さんお母さんに会いたいと言った時、
は相変わらず空気も読まず、そのまま言いきった。
「帰ればいいじゃん」
と、は幼くて純粋、悪く言えば、裏を読まない、空気読まない。
言った言葉はオウム返しされる。
たとえば、「私実技失敗しちゃった赤点だ。」→「大丈夫だ。頑張ってたじゃないか」
を、「そうだね。赤点だね」とそのまま返す。
怒っている八ちゃんと三郎に、早乙女さんを慰めている雷蔵と勘ちゃんに、
何でそうなるか訳がわからなそうに、怒られたから怒っている彼女に、
俺はそろそろ彼女の態度を直そうと一言言った。
「、早乙女さんは、落ちてきたから、簡単には帰れないんだよ」
「・・・・・・そんなこと聞いてない。帰ってほしいか。帰ってほしくないか聞いてるの!」
いつの間にそんな二択になったんだろう。
俺の言葉に、俺の横にいる早乙女さんがこっちを見ている。
みんな俺を見ていた。ああ。
君が望む言葉を俺は言い続けた。君も俺の望む言葉をちゃんとくれたけど。
「帰ってほしくないよ」
は、怒ったような悲しそうな顔をして「馬鹿!!」
と一言行って背中を向けて走っていった。
「あれは、あいつが悪い。だから気にすんなよ。兵助」
三郎だけが知っている事実。
なぁ、三郎どうしてかな。の顔がよぎって、胸が凄く痛いんだ。
5・
手を挙げて告白しよう。
俺、久々知 兵助は豆腐が好きだ。
それはもう、愛というレベルだ。
そのレベルにいるのは、豆腐ともう一人。
小さな俺を救ってくれた救世主。
最初は、好きだったけど、今は愛しいのレベルだ。
彼女との出会いはどこだったか。明確には覚えてないけれど、小さな村で、
俺は、容姿が女っぽいということでいじめられていた。
いつも一人で、さびしくてだけど誰かからの同情なんてまっぴらごめんだったから、
誰もいない場所で泣いていたら、
「だぁれ?」
くるくると茶色の髪の少女に会った。
少女と気があった俺は、その日から少女と二人で、毎日毎日遊んでいた。
とても楽しかったのを覚えている。少女の語る夢物語はとても不思議で面白かったからだ。
だけど、俺の嬉しそうな顔が、気に食わなかった少年は俺を指さして。
「お前の友達やらも、いつかお前のことを嫌いになるさ」
に嫌われる?は俺のこと嫌いになる?
走って走って、彼女との待ち合わせの草原に行けば、
どうしたの?といつもと変わらないで、笑っているに安心して、
涙をこぼした。
「は、俺のこと、きらいになる?」
「きらいにならないよ。だーいすきは、絶対にかわらないよ」
「嘘だぁ。いつかおとなになったら、は俺のこときらいになるんだぁ」
「うーん、じゃぁこうしよう」
今では彼女のほうが泣き虫だが、昔なら俺の方が泣き虫だった。
俺は、彼女に嫌われるんじゃないかって妄想で泣いて、
それから彼女の言葉にまた泣いた。
「私、変わらない。おとなにならない。私はずっとかわらない。
神様へ誓うよ。絶対。こうして、こゆびとこゆびで、
ゆびきりげんまん、うそついたらハリセンボンのーます、ゆびきった。ね、これでやくそく。
すきだよ、へーちゃん、だいーすき」
その約束通り、彼女は変わらなかった。
容姿もそのときから変わらないないが、中身も変わらなかった。
彼女を嫉妬させたくて、違う女の子と一時期付き合ったけれど、
は嫌がらなかった。
仲良くなったの?良かったね。ぐらいだ。
なのにどうして早乙女さんだけ駄目だったのか。
分かれば良かった。
「好きなの」
早乙女さんが頬を染めて俺に愛の告白をした。
俺は酷い男だ。
早乙女さんなら、あれほど嫌っているから、
があのときの約束を破ってでも、大人になってくれるんじゃないかと、
計算がはじき出された。
俺は、が誰よりも好きだ。告白もした。
しかし、常日頃からだーいすきと言っている少女の好きと俺の好きとは違っていた。
俺の好きと彼女の好きが同じになってほしかった。ただそれだけだったのに。
「ええ、分かりました。俺でよければ」
俺はなにを間違えた?
2010・3・11