シンシンと雪が降っている。
丸窓に、木の筒でできた質素な花瓶には、赤椿一本刺さっている。
誰がいけたのだろうか。とふと疑問に思って筆を止めた。


この戦乱の世で、生きるために必要なこと。
それは、なにを特化するかで変わる。
それは、どこに位置するかで変わる。
下のものであれば、ご飯を得る力。生活を維持する力。逃げる力。
真中であれば、下をいかに操るか、上にいかに媚へつらうか。
上のものであれば、武力か、知力か、鳥かごの中で何も知らないでいることか。
私は食べることも、寝ることも、
生きていくなかで必要最低限なことを労することはない。
世間一般でいえば、私は、恵まれた人種であろう。
代々貴族に仕える名だたる武将の子であった。
本来ならば、女たる私は、鳥かごの中で争うごとも、
口にするものがいかに苦労して作られているかも知らず、
父が何をしているか本当の意味を知らず、笑って、男を癒す存在であった。
しかし、我が一家には、男は、とても軟弱であった。
体がではない。心がだ。
彼は戦いを嫌い。平和を愛し、日常を愛した。
彼は、武将の一家でなければ、周りから愛されたはずだ。
私の存在がなければ、幸福を手に入れられたはずだ。
私は、彼の分を受け取っていて、心は鋼で、兵法を愛した。
いかにすれば、降伏するか。人の把握、支配。
周りの子が、裁縫、生け花、お茶におままごとをやっている中で、
私はおじい様と囲碁を打っているような子供だった。
そうして、その異様さは、天才と呼ばれ、
貴族の余興として、遊びで任された策士としての仕事は、
見事な出来栄えを見せつけた。
その才を認められた日から、私は、女ではなくなった。
家族ですら、私に女としての教養ではなく、策士を呼び教え、
買い与えてくれる本は、すべて兵法の本ばかり。
私が手柄をとるたびに、私の名前が、響き渡るたびに、
私の瞳に映る人が、駒になる。私の心は死んでいく。
もはや、私は人ではなく、一種の指南書である。
そのときおりで、変化する便利な指南書である。
誰が死んでも、数字でしかあらわされない。
戦略上で、哀れな末路をたどったもののことは省略され、
ただ打ち取った素晴らしい功績だけが書かれている。
それは、最大級の賛辞の言葉であろう。
しかし、彼はそれを良しとしなかった。
私が、人であり、自らと同じ存在だと言い張ったのだ。
彼がそういったとき、私の父母周りの者が、
私の心の呵責を訴えているのだと、兄の親愛を感動した中で、
私だけが、違和感に気づいた。
彼は、優しい人であった。心が貧弱で、争いが嫌いな人であった。
平和を愛し、歌を愛し、子供を愛し、美しいものを愛した人だった。
しかし、長年、女であり、妹である私という存在が彼の心を、さいなんんだ。
そうであろう。使えないと言われ、妹におぶって生きていると言われるのは、
どのような生き恥か、私には到底理解し難い。
だから、彼は私を打ちとろうとしている策略を聞いた時には、
慌てることなく、むしろようやくか思ったくらいだった。
むろん、私は圧勝した。知っていたのだ。当り前だろう。
部下にひれ伏せられて、地面を床につけている彼の私を睨む目は、武家のもの。
自身の目がつぅーと細くなるのを感じた。
彼が以前の彼ならば、私は軟禁で終わっただろう。
しかし、武器をとり、なおかつ威嚇してくる彼は、消さなくてはいけない。

悲しい?なにを言っている。
私は悲しくもなんともない。
彼は、この世界に不釣り合いだと常々、思っていたから、丁度いい。

それから、私は、ある場所へと連れられた。
戦を愛しているその城で、策士として呼ばれた。
体のいい厄介ばらいかもしれない。
兄を殺した私に対し反対するものの、ほとぼりが収まるまで、と言われたけれど、
心の底はどうだか分からない。
私の存在が邪魔になるときがいつか来ると思っていたから、覚悟も策もとうにできている。
たとえ、父でも負ける気はしない。

ただ、その城、タソガレドキ城には変な人物がいた。
おべっかや媚びるもの以外は、不用意に私に近づかない中
彼は簡単に人の部屋に入ってきた。
最初は、忍び頭として、自身をはかっているのかと思っていたが、
暇つぶしかもしれないと思い始めた。
彼・雑渡 昆奈門は、右目以外をすべて包帯で巻いていて、
感情も読み取りにくくよく理解し難い人物である。
一か月、人の髪を細かい三つ編みに全部したり、
だらだらみかんを剥いて食べていたり、人の本を読んでいたり色々なことをしてきた。
そのたびにくだらない、意味のない質問を投げかけられた。
そうして、今日も手にせんべいを大量に持って人の部屋に寛いでいる。

あ。そうだ。

彼は、ふっと思いつきのように私のほうを向いて聞いた。

「きみは、自分のことを天才だと思っているのかい?」

いきなりの質問で虚を突かれた心地だったが、すぐにその質問に返す。

「馬鹿な事を」

「ふーん、謙虚なんだね」

「天才だなんて、私以下しかいないだけの話じゃない」

彼は目を見開いて、きっとこれが彼の感情を読み取れた最後だろう。
私はしてやったりと思ったのだ。
そうして、もう来ないだろうと思った彼は、その質問の答えをえらく気に入ったようで、
私の部屋に訪れることをやめはしなかった。
私も彼といれば少しだけほんの少しだけ、童心の心が戻ったかのようだった。
せんべいにからしを塗ったり、見た目は美味しいだけど、すごくまずいお菓子を用意したり、
座布団の上に乗ると落とし穴とか、色々なくだらないカラクリを仕掛けたりして、
フフフと、彼が何か小さなことに引っかかると、
前の城では笑うことがなかった私が笑みを作るようになったのだ。
少しづつだが、周りのものとたわいもない話ができて、前よりも柔和になったと
言われたときだった。

一本の任務が来たのだ。

彼は、私の部屋を訪れる際も潜んでくる。
男女の噂話を立てようと思うほどの馬鹿ではなかったが、火のないところに煙は立たぬ。

書かれた任務をじっと動かず見続けた。
事実あるのは、文字だけだけれど、私には、戦況が映像になって写りこんでくる。
ポタポタと、落ちたのは、私が手に取った筆から落ちた墨汁ではなくて、
もっと透明な、兄の時ですら落ちなかったもの。
悲しい?なにを馬鹿なことを。
私は、悲しくもなんともない。
彼は、ともにいても、不快に思わなく、
かつ、穏やかな気持ちにさせてくれる初めての人物だった。
その相手に、討ち死にしてこいなんて、命令をさせるために作られた任務に、
父が私をどうしたいか分かったから、作戦を立てなくてはいけない。
親子が戦うなんて、この時代じゃあ、希なことじゃぁないでしょう?
だから、急がなくてはならないのに。手が震えた。
彼に充てた、ほとんど死にに行くような任務を書いた手紙を書くことができないでいた。

ああ、でも、私は、本であった。人ではないのだった。


この赤椿は、誰がいけたのだろう。いつからいけてあったのだろう。
彼の訪問は、あの日を境に途絶えた。当り前だ。
二度と訪れることはない。
だから、誰がいけたのかそんな些細なことを聞けずにいた。
雪に、赤椿。その中で私。
なんて、なんて気の遠くなるほどの孤独感であろう。






あーあ、やられたね、これは。
と目の前の自分より一回り小さい少女に思った。

連れられてこの城に来た時は、私は、うかつにもその可愛らしいおっとりとした顔つきに、
小さな体に、守らなくてはいけない類の姫さまだと思ったのだ。
正直、子供の相手は疲れるなぁと思っていたのだが、とことがどっこい、
彼女は自身の容姿も、年齢も性別も全てを超越していた。
気づくべきだったのだ。連れられてきた城の名前を聞けば分かったはずなのに。
彼女は、【無垢な凶劇】の二つ名を持っている少女。
無垢なは、その容姿を。
凶劇というのは、策士としての極上の腕もさながら、
有名なここに連れてこられた原因の兄殺し。
内容を聞けば聞くほど、彼女の噂が恐ろしいものだけで、
当り前に彼女の周りには、人がいなかった。
彼女は、恐れられた視線の中で、しゃんと背を伸ばしている姿に、
ふっと、悪戯心が沸いて彼女が、急に現れた不審者にどうするのか気になった。

結果、何の変化なし。

それから、のろのろと一カ月。
彼女のところに暇ができれば、行っていたけれど、彼女に何ら変化はなかった。
私に対して、最初と変わらず内に踏み込ませないガードの硬さも、
他に対しての警戒心の強さも、人らしい感情のなさも。

「天才ですって、彼女は凄い人ですね」

諸泉くんが、横でべらべらと彼女のことを言っていたので、
ほんの軽い気持ちで、
朝、朝顔が咲いたんだ。色は紫色でなレベルの話で彼女に聞いた。

「きみは、自分のことを天才だと思っているのかい?」

振り返った見た彼女の顔を、なんで今、思い出したのか。


「危ない、忍び組頭!!」


私を襲うクナイがはっきりと、体を突き刺す感覚が体をめぐった。
胃の中からこみ上げた赤い血を、ゴポリと吐く。
しかも、運が悪いことに下は崖。
上から誰かの私の名前を呼ぶ声が聞こえた。忍びなのに、まったく、いけないねぇ。
落ちゆく中で、私は、空に手を伸ばした。
空は闇色。彼女の髪の色、彼女の眼の色。
彼女が初めて見せてくれた人らしい感情が浮かぶ。
綺麗な顔の上に醜く浮かぶ歪んだ笑み。
言っていることは、なんて勘違いしいな、しかし彼女はそういっても相違ない能力を持っていた。
表情もなんて小憎らしい、しかし年相応な幼い笑みだった。
矛盾な感情のなか、見つけ出した私の答えは、”どうやら私は彼女が欲しいようだ”。





私は、彼が行く前に一つ約束したことがあった。
だけど、彼は生きてはいないだから、約束は叶えられない。
そうだろう。そのようにしたのは私の作戦だ。
策士たる私は、その結果を喜ぶべきなのに、彼の遺留品である、包帯に
彼らの部下が涙を流している姿に嫉妬を、抱いている。
裏で手を引いていた人物に対しての報復は、もうすぐ完成する。
私と取引したい人物は引く手あまたで、ここでなくても、私は穏便に暮らせる。
ここでのことを忘れて、ここでの思いも、全て忘れて、次に進まなくては。
ああ、でも、どこか知らない場所で、一人のんびり隠居生活も、いいかもしれない。
今の私は策士として使い物にならないこと。
前までは、文字と策ばかりを私を占めていたのに、、
胸の中を占めるがらんとした空間と、取り残されたような気持ちが支配している。
なんで、こんな気持ちになるのか。
パタンと襖を閉めて、自室に戻れば、きちんと整理整頓され余計なものを全て省いた部屋。
前はここに来れば、少しは気が楽になった、なのに今は。

奥から鼻にじぃんと響くものをぐっと拳を握りしめ、堪えた。
私がさせた。私が策をたて、私が行かせた。そして全て、成功した。
なのに。
私が殺した。私が策をたて、殺した。私が彼を行かせた。そして全て、終わった。
全て私のせいなのに、私が彼を思って泣くことは許されない。
私の下につくものすべて駒でなくてはならない。
私は、高見で、その動きを見て、動かす。
私は策士。
たとえ、私も人であると兄が言ってくれたのが本当は死ぬほど嬉しかったとしても、
裏を見なければいけない。真実は残酷だ。
たとえ、私が彼を好きになってしまったとしても、弱みになるならば切り捨てなければいけない。
私が私である限り。
後悔なんてしていないといった口で、私はとうとう涙を止めることは出来なかった。

ああ、もう。私は女だ。人だ。一冊の本ではない。
全てをかけて、兄まで殺して、私は策士であったのに。
人を愛してしまったから、もう元には戻れない。
策士でない私を、私は必要であろうか?いや、いいや。答えは否だ。
こんなことなら、兄に討たれれば良かった。

いつも胸にしまってあった短刀の切っ先を、喉にヒタリと当てた。
初めての刀の感触はとても冷たくて無機質だ。
これが、彼を引き裂いたものと同じであるならば、いいような気がして、
私は笑顔で、向こう側の死を受け入れた。

「あれ?君は約束を破るかい?」

誰かに握られて動かない両手と刀。
抑揚もなく、感情もなく、くぐもった声。
その姿が信じられなくて、なんでいるのと聞けば、

「「帰ってきたら、好きなものをあげる」って言ったから、わざわざ帰ってきたのに、酷いなぁ」

相変わらず飄々としている。こちらは、こいつのせいで、命を捨てようとしていたのに、
なんだか脱力して、そのまま刀を地面に落した。

「いやーでもよかった。よかった。私の欲しいものは、どうやらいらないようだから、
貰っても大丈夫みたいだ」

はははは。と本当に嬉しいのか分からない笑い声だ。
ひとしきり笑い終わると、彼はこちらを振り向き。

「私は、あなたが欲しい。叶えてくれますよね?」

「・・・・・・最初のはなんだったの?」

「おやおや人の渾身のプロポーズを流したね。
これも諸泉くんが言っていた、ツンデレという奴かい?・・・おっと睨みつけないでくれ。
そうだね」


言われた言葉に、目を見開いた私に、口を隠した布の上からでも笑っているのが分かる。

それって、質問じゃぁない。って言えば、本当に貰えるか分からないし、ただくれじゃ
インパクトがねと言う雑渡 昆奈門に、答えた。


どうしたら、あなたの一番になれますか?

最初から、一番は、あなただわ。














2010・2・14
【一文反転あり】