「なんで、この中で一番貰えないじゃん。
俺、三個貰ったって言えるんだよ。多い方になるよ」
「いや、だからな。お前だって、女だろう?その、そういうイベントごとで、
俺にしかやらないって発言はどうかと」
「なに、全員にあげろっていうの?恐ろしい子。
あ、でも三倍返ししてくれるなら、いいよ。全員にあげても」
「それって、大きさか?それとも金額か?」
はーいと手をあげて元気の良い左門くんの質問に、答える。
「左門くんの場合は、五倍の大きさで日持ちする、米あたりが好ましいかな?」
左門くん家が金持ちなのは知ってるぞ?と意味を込めて微笑めば
富松がげんなりした顔をしている。
「もう、乙女じゃないそれ」
「女に夢見過ぎだよ。富松」
「で、俺にも、くれるんだろ?」
後ろを振り返れば、次屋がにやりと笑って、
その後ろに、友達がすごい形相で睨んでいた。
・・・・・・あちゃー、馬鹿した。
大川学園の寮室にて、
平滝夜叉丸と綾部喜八郎と書かれている部屋で、
課題をしている滝の後ろで、
やけに質のいい大きな丸いクッションの上で体をあずけ、口を開ける。
綾ちゃんがいないのはどうやら委員会らしい。
ちなみに、ここは男子寮。
女禁止だけれど、隠し扉を知っている私にとっては侵入はたやすい。
最初は、滝もなんだかんだ言っていたが、今となっては何も言わない。
今日の出来事を言えば、滝はようやく課題の手を止めた。
「たしかにそれは馬鹿だな」
「そうなんだよ。その後、その子に、もう友達じゃないとか、言われちゃって、
友情がボロボロで、一個チョコ減ったとか、最悪」
「おまえ、どこまで食い意地がはってるんだ。
というか、あげれないと言えばよかったんじゃないか?」
「それはそれでおかしくない?」
クッションから顔をあげれば、滝はいつのまにか近くにいる。
「まぁ、そうだな。だが、「やっぱり全部食べちゃうからごめーん」で、
お前の場合大丈夫だと思う」
「私の真似ウマ。さすが幼なじみ殿、私、愛されてる」
「というか、お前は何か三之助について引っかかるところはないのか?」
じっと目があった。黙っている滝は純粋に綺麗だと思う。
黒いつややかな髪が、さらりと揺れて、自分の髪を比べるのも
自分の顔と比べるのも、もはや次元が違くてしない。
滝はまだ何も喋らず私を見ている。
ようやく私は滝の言葉を思い出し、ふっと笑いがでた。
「えーだってさ、体育委員で一番チョコ数が少なかった奴は、
一週間グラウンド整備って。(一年省く)
七松先輩は、ワイルドで、馬鹿・・おっと失礼
素直だから、6年でもモテるほうに入るし、
滝とか、顔いいし、白ちゃんとか、まじ癒しだし、あれは、年上からが多いよ。
それで、一個でも多くって情報しっちゃてるから、比較的
言いやすい女にくれって言ってることぐらいは知っちゃってますよ?」
ねぇ、体育委員さん?とにっこり微笑めば、滝は、苦虫を潰したような顔をした。
「それを友人に言えばいいんじゃないか?」
「魔法の日だからね。
そんな夢から覚めるようなことしてるって教えたら可哀想じゃん」
そう。バレンタインデーってとっても大事な日なんだよ。
夢みたいな日なんだよ。あの子達にとって。
だから、そこに水差しちゃ野暮ってもんだよ。
まぁ、私は違うから、どうでもいいけど。
体をあずけていたクッションを、今度は尻の下に引く。
「さすが、情報収集の首席と言ったところだな。
だけど、お前は根本のところが抜けているぞ」
「そう?・・・まぁ、しょうがないよ。こういうのがトップって奴は、
みんなどこか抜けてるしー私しかり、立花先輩しかりで」
「・・・そういうもんか」
「そうです。あ、滝チョコ頂戴よ?
私本当にかけてるんだから私の食生活に」
「もう一人暮らししないで、家に帰れ。
それか、寮に入れと言っているだろう」
「嫌だよ。家とか、バカップルののろけを見続けるのって拷問だし、
情報収集とかしてると、寮の規則時間にひっかかるし、
でも、お金は消えるし。あ〜、はやくプロになりたい!!
億ションで、今日も働いている人が蟻のようだ。って言って笑うの」
「だったら、情報売ればいいだろうが」
滝のもっともな意見に、誰かが笑う。
その誰かに憎い思いがあるものの、
ぐっとこらえて、感情を隠して笑うのだ。
「あははは、馬鹿だな滝。
私、まだ自分を隠す術を知らないのに、そんなあからさまに、
狙ってくださいっていうのをぶら下げながら歩くなんて、無謀だよ。
私がそういうのが得意のを知っているのは、
いきついてしまったやつらと、駒と、裏切られてもいいって思ってる人だけだよ」
「そうか」
「そうです。愛してるよ。滝」
「また、そういうことを無防備に言うな」
あはははと笑う。滝をからかい終わった私は、
これからどうするかの作戦を考えながら、部屋を出た。
「というわけで、はい」
に渡されたものを見る。
簡素なラッピングで、左門も作兵衛ともほとんど変わらないそれ。
「・・・・・・これは」
「甘食だな」
「売っていたのか。懐かしい」
「一応あげたから、あ、そこの奴。三倍にして返しなさいよ。はい」
は、がらがらと台車を押しながら、
ダンボール箱の中いっぱいの甘食を、知らない男子に渡していた。
「あ、ありがとう。。俺の女神。一個もないと思ってた」
「ふふふ、寂しい奴は、こっちに来なさい!!あげてやんよ。
そのかわり、三倍にして返しなさいよ!!」
「おぉぉぉぉ。女神・が来たぞ」
「くれ」
「俺にもくれ」
あげてやんよぉぉぉお。が反響しながら、いなくなったに、
しょっぱい気持ちで歩いていれば、
ぽんと背中を叩かれた。見れば、滝夜叉丸がいた。
片手に一杯チョコレートが入っている袋を持っている。
女って不思議だ。こいつの何がいいのか分からない。
そして、左門と作兵衛がいない。なんだ、迷子か?
「三之助、なんで高等部にいるんだ?」
「え、ああ、また道が迷子に」
「お前が、迷子だ。
ってそれ、家庭科室と科学室から材料を盗んで、
そして、鉢屋先輩の隠しだなにあったココアを盗んで作ったという
のバレンタインか」
「元でただでいくつも作れたらしいよ。ぼく、から、初めて貰った」
滝夜叉丸の横では、綾部先輩。なにか大きな白い箱を持っている。
「綾部先輩。それは?」
「に、あとであげようと思ったんだけど、
作法委員の昨日の活動は、
チョコ作りだったから、委員会室から取ってきた」
ああ、だからさっき会った藤内が、なんだか、ぐったりしていたのか。
でも、なんで男がチョコを作っているんだ?と疑問に思っていれば、
滝夜叉丸も同じことを思っていたようで。
「なんで作ったんだ?」
「女装してからかうって言ってた」
なるほど。ただたんに、潮江先輩へのいたずらか。
手のこんだことをするな立花先輩。
馬鹿と天才は紙一重っていうのはほんとだなと思っていれば、
紙袋二個を両手に持った齊藤先輩が手を振ってこちらにやってきた。
「あれーすごいね。喜八郎くん。そのでっかい箱。愛されてるね」
「タカ丸さんこそスゴイ量ですね」
「そういう滝くんだってぇ、凄いじゃない。
というか意外だね。喜八郎くんがそれ一個って。
本命しかもらわないタイプ?」
たしかに、この人は電波だけど、
美少年な顔だから、かなりモテたはずだ。
全部断ったのかと思っていたが。
「違います。こいつは、貰ってすぐに食べてるんです」
「お腹一杯」
どうやら、想像を域していたようだ。
というかどんな神経してるんだ。
やはり滝夜叉丸の友達も変な奴。
「・・・・・・えーと、で、でもそれは食べないんだね?」
「これは、の分だから」
「え?」
「くれって、いつもいうし、でも他の人から貰った物あげたくないし、
だから、毎年、手作りをあげてます」
「気づかれてないがな」
「喜八郎くんのそのアピールに気づかないんだから、ちゃん鈍いよね」
鈍いの言葉に、心臓が動いた。
そうだ。あいつは鈍い。
普通、男がバレンタインにチョコくれって催促している
意味くらい気づくだろうに、あいつは、賭け事とか、チョコくれとか、本当に女か!!
ちらりと、綾部先輩を見れば、綾部先輩も俺を見ていた。
綾部先輩の大きな目が俺を射ぬく。
・・・負けるかっての。
「もう直球に言った方がいいんっすかね?」
俺は、綾部先輩に宣告布告したつもりだったが、
逆に、滝夜叉丸に、釘を刺された。
「何度も言ったがな、次屋。あれは、私の幼なじみだぞ。
一筋縄でいくわけがない。言ったところで、
うん、私も好きだよととても悲しい答えが帰ってくるだけだ」
「滝もそうだもんね」
「うるさい。ばかはちろー」
どうやら俺の作戦は、とっくの昔にやられているらしい。
はっ、なんだ出遅れてんのか俺。
と、鐘が鳴ったから、教室へ戻ろうとする俺に、
誰かの声がかかった。
「あ、あの、次屋くん、今いいかなぁ。あの、これ」
だれだっけこいつ。
そういえば、の横にいたような気がする。
でも、今の俺は。
「俺、今腹いっぱいだから、ごめん」
どうすれば、あいつが意識してくれるのかそれだけで、頭がいっぱいなんだ。
中等部だけでなく、高等部まで配り終わった私は、
下駄箱を開けてチョコの波に飲まれるという、
滅多に見れない光景に感動している。
たとえ、もう上履きがないなとか、
どうみても質量の法則を無視しているとか、そんなことはどうでもいい。
一応、一本出ている手の主に、声をかける。
「善法寺先輩なにしてるんですか?
チョコに埋まってませんか?食べていいですか?」
「うん、もう食べてるよね。助けてくれるなら、いくらでもあげるから、
お願い助けて」
見れてはいないのだけれど、がさがさともぐもぐという音は聞こえたらしい。
さすが、不運でも、高校3年。経験値が違うね。
と手をぐいとひっぱれば、ようやく善法寺先輩が出てきた。
「すっごい漫画的、ひゅー、モテモテなのも考えものですね」
「いや、これ、半分が偽物だから」
と、渡されたものを見れば、チョコと同じぐらいの重さと形でできた模型。
こんな手間のかかるイタズラをする人を私は一人しか知らない。
立花先輩の高笑いが見えた。
「・・・愛されてますねぇ」
「君、今、とても殴りたい顔してるよ」
そりゃ、どうもっと言う前に、友達が私のもとへダイブしてきた。
とっさに抱きしめ、善法寺先輩の手を離す。
「ふ、ふへ。あ、あげたけど、一杯あげたから、だから不可抗力」
「ごめんね。これ、あげる」
「へ」
「私、魔法とけちゃったみたい。
ごめんね。はなにも悪くないし、貧乏なのに、
たくさんの人に配って、ごめんね」
「ちょ、ちょっと泣かないで、えーどうしよう?って、なんで、善法寺先輩、
助けたのに、窒息してんの?」
「君が手を離したからだよ、というか、なんか、ここになにかが」
ぽちっと音と「あ、あぁああああああああああ」
と落ちていく善法寺先輩の声が聞こえた。
とりあえず、私は
「さすが、作法委員。助けだされることを見越して、えげつい罠かけるな」
と感心しといた。
夕方。なんだかカップルが増えた気がする。
そして、落ち込んでいる人も増えた気がする。
私はかばんを持ち、寮へ侵入して、綾ちゃんのケーキでも食べるかと
伸びをしていれば、グランドに人影が見えた。
知り合いの姿によく似ているなと近づけば。
「およ、次屋くん。何グランド整理してるのカナ?」
「。ちょうどいいお前手伝え」
「え、なんで?」
「おまえのせいだから」
そう言われて渡されたレーキに戸惑いが隠せない。
「はぁ?訳分かんない。でも、何かくれるならいいよ」
「じゃぁ、俺やるよ。大事に使え」
一瞬、次屋が、何言ったのか脳みそが理解できなかった。
「・・・・・・あらまぁ、すっごいもの貰った私。
あははは、とくした。でも、それって、同等じゃないね。
私、自分のものの扱い悪いよ。
毎度、食べ物を要求するし、すぐ怒るし、話だって聞かないよ?
そんなんでいいのかな?」
「いい」
「・・・・・・まったく、どうした、次屋、自暴自棄?
自分をもっと大事にしなさい」
そういえば、次屋は、ざざっと地面をレーキでするのを止めた。
こちらを見る次屋は、夕日の赤い光に染めあげられていた。
「俺が、お前が好きだって、言ったらどうする?」
今度は、理解できた。
あははと笑って、私は答えを返す。
「好きって返す」
私の答えに、はーと嫌味ったらしくため息をはかれた。
「やっぱりな、性悪め。分かっててやってるところが特に酷いな」
「あははは、ごめんね。私まだ誰にも捕まる気ないんだ。
魔法なんて非現実的なものにも、かかるつもりもないんだよ。
そんな奴より、魔法を信じてる可愛らしいこのほうがいいと思うけど?」
そう、私は分かってる。彼の好意を知って、そう返す。
彼と意味が違う好きを。
簡単に言えば、彼が望んでいる言葉にして、望まない言葉を言うのだ。
そんな酷い女は、魔法なんてかからない。
だから、この日の意味は、チョコを食べるだけの日なんだ。
ふふと笑う私に、次屋は目を細めて、私の額にデコピンをかました。
地味に痛い。だけど、痛いと口で言うほど痛くない。
微妙な力加減をされているのだろう。
おでこをおさえていれば、ずいっと近くなる次屋の顔に思わずのけぞった。
「阿呆。魔法はかかるもんじゃない。かけるもんだ」
ふんと鼻をならした次屋に、私は
次屋のひょうひょうとしている性格に、一つの性格を付け加えた。
「・・・凄い、ロマンチックだね。次屋くん」
「そんだけ好きだってことだ、見てろよ。魔法かけてやるよ」
「へー、楽しみにしとく。あ、そうだ。じゃぁ、これ、あげるよ」
鞄からとりだした薄い箱を渡す。
「・・・・・・・これ」
「間違えてつくちゃったからね、こんなことさせたわび賃だよ。
じゃー私は、
綾ちゃんの愛がこもりまくってもはや呪いのウエディングケーキと、
滝の貰ったっていって、自分が作った奴が入っていて、
それに対する称賛と、三木くんの恋人へのホワイトデーの試作品と、
タカ丸さんのいらないチョコ。
そして、鉢屋先輩の嫌がらせの激辛チョコと、
それのお詫びの不破先輩のチョコと、
善法寺先輩を助けたチョコと、
友達から好きってかかれたチョコを食べるからね」
そういって、レーキを渡して、帰ろうとする私に、次屋が呟いた。
「お前、全部知って」
「知ってるってことを開かさないだけで、知らないとは言ってないよ。
私は次屋が思っている以上に性質悪いからね。
こういう女は諦めるのが得策だよ。
だって、私ね、
魔法も、バレンタインも、恋も、ぜーんぶ裏があるって思って生きてる」
そう。恋も魔法も何もかも、この世のなかには裏がある。
その裏を疑いながら私は、生きている。いや、生きていかなくちゃいけない。
だから、私は、彼等の真っ直ぐな恋に答えることなく、
かつ、そのままの状態でいれれるのだ。
そうしないと、私は。
ふと自分から何もかもが消えていく感覚が芽生えた。
いけないと、いつもの私に戻らなくちゃ。
戻そうとする前に、腕を掴まれた。
「なにいってんだ。裏があるに決まってんじゃねーか。
魔法だって、マジシャンで、
バレンタインだって、お菓子会社の陰謀で、
恋だって、錯覚と、性欲とか色々なもんがぐちゃぐちゃに混じってる。
でも、真実なのは、今日チョコを貰うっていることは、
愛の告白だってことと、俺が幸せになったってこと。
だから、俺はお前が好きで、お前は俺のことが好きなんだ」
凄い愛の告白だ。
「こりゃ、また電波に来たね」
「そうじゃねーと、逃げるだろう。お前」
「逃げるって、逃げないよ」
「いーや、逃げる。逃げるね。道みたく逃げる」
「あれは、次屋が迷子になってるだけ」
君はそういうのそろそろ自覚したほうがいいよ。
だって将来富松がいないと生きていけなくなちゃうじゃない。
誰かに頼って生きなくちゃいけないのって、嫌じゃない?
と、唇に、柔らかな感触と熱と、
意外とまつげが長い次屋の顔を見ていて、思った。
「と、いうわけで、これは甘食のぶんの返しだから、ホワイトデー楽しみにしとけ」
ぺろりと唇を舐める次屋は、今度は私に背を向けた。
私は唇の近くを指で押さえて、状況を処理しようとしたけれど。
「・・・・・・うわーナチュラルに、ファースト奪っていったよ」
あははといつもみたく笑えることもなく。
「?どうしたんだそんなところで突っ立て、顔赤いぞ」
「滝、私、魔法なんて信じてないし、絶対かからないから!!」
と、大声で叫ぶことしか出来なかった。
だから、この日は嫌なんだ。
だって、この日は魔法の日だから。
昨日と明日が大きく変わっちゃう日だから。
2011・2・13