【Strawberry】
1回目が終われば、2回目のショックは意外と軽かった。
もう、犬に舐められた程度に考えている私の思考。
あれだ。人を殺して悩むのは、手で数えれるくらいで、
その後は、もうどうでもよくなるって狂った考えに似ている。
つまり、人は強い。
私は、口直しに、飴を口にいれて、家へ帰ろうとしたところだった。
道路に一個のチョコが転がっている。
なんでこんなところに?と拾って横をみれば、
ぎっしりと細い路地に詰まったチョコの塊と一本の手。
何度目かのデジャブ。そしてホラーに、私は飴を口から落とした。
「・・・なにしてるんですか?善法寺先輩」
本当になにしてるんだろう。
どうしてこうなったんだろう。
不運というか、もうミラクルな出来事に、驚きを通りこして、冷静になった。
腕は、ようやくチョコの山から体を抜け出せせれたようだ。
柔らかな茶色の髪が、ボロボロになりながら、
善法寺伊作先輩は、ぜぇぜぇと息を吐き出した。
私は、鞄に入っていた水を渡す。
そのまま勢いよく飲んで、善法寺先輩は、パンと手を合わせて。
「ちゃん。あの悪いんだけど、運ぶの手伝って?」
と顔を傾げた。高校3年の男がしても何も可愛くないと
思うけれど、顔が可愛いので、許される。
私は、チョコの山を上から下まで見た。
「どこに?」
「僕の部屋」
「善法寺先輩ったら連れ込みですか?きゃ、照れちゃう」
「そういうのはいいから。駄目なら留さんを・・・いや、留さんは無理かも」
ちょっと顔を暗くする善法寺先輩に、
そういう空気が嫌いな私は、きゃっと乙女のポーズで心もないことを喋る。
「今日は帰って来ないかもですか?エローい」
「じゃぁ、仙蔵でも文次郎でも、
長次でも小平太でもなんでもいいから連れてきてよ」
「呼ぶにしても、男子寮に入ったら怒られちゃいますよ私。
それか、破廉恥って名前がつきます。だから」
私は、手に持っていたチョコを地面に落とす。
「こんなの捨てちゃえばいいんじゃないですか?
丁度、焼却炉が近くにありますし」
だってあなた、この後、無理やり食べてお腹壊すでしょう。
そんで、グロッキーになって保健室に行く途中で
不運にめぐってなんでか私のところで倒れているでしょう。
面倒なんですよ。
それに、この中に、本当に欲しい人から貰っていないなら、
こんなに貰ってもしょうがないでしょう?
口にはしなかたけど、私の顔から表情がなくなっているのは分かっていた。
そんな私に善法寺先輩は、目を見開いて驚いてから、困ったように笑った。
「出来ないよ。だって、僕のためにわざわざ作ってくれたんだよ?
ちゃんだって、好きな人にそんなことされたら嫌だろう?」
「知りませんよ。私、本命あげたことないですもん」
「え、滝夜叉丸が好きなんじゃないの?」
「・・・安直すぎですよ。善法寺先輩。
いつも一緒にいるとか、幼なじみだからとかで
好きになるほど私は、単純な出来じゃないですよ。
ともかく、私は好きな人はいません」
「単純じゃないのは分かってたんだけどね。あーそうか」
そうかーの後の困ってない笑みに、眉毛が動く。
「なんですか。その顔は、まぁ、いいですよ。
今回は、手伝ってあげますよ。寮の前までですからね?
その後は、知り合いに助けて頂いたらいいと思いますよ」
そういって、台車を借りてきますと、学園に向かう私の背に、
「色々、ありがとうちゃん」
と、微笑えまれた。
その笑みに何も含まれていなくて、泣くたくなった。
あいつと同じであったなら、私はもっと楽でいられたのに。
そんな顔でありがとうなんてしないでほしい。
私のあなたへの行動は、全部利己なものでしかないのだから。
「なにしてるんですか。あんた」
出会った当初の台詞。
呆れた顔で僕を見上げて、
なんだかんだ言って僕を助けてくれた僕の後輩。
「会うたび、会うたび、
なぜ私は善法寺先輩を助けているんでしょうか?」
何度目かの出会いの彼女のため息に、涙が出そうだ。
彼女は、。ちゃんと呼んでいる僕より、
4つ下の彼女に会うたびに僕は助けられている
いや、なんでかいつも君がいるんだよ。と言えば、
なんですか。運命の赤い糸とかメルヘンなのは、
顔だけにしといてくださいよと辛辣な言葉を頂いた。
ベンチの上に腰掛けている中等部の制服を着ているちゃんは、
ブラックコーヒーを飲んでいる。
奢ったのは僕だ。僕のはロイヤルミルクティーで、
ブラックを飲んでいる彼女に違和感を感じる。
「イチゴミルクじゃないの?」
「・・・なんでそう思うんですか」
「だって、いつも飲んでるじゃない」
「いつもって、善法寺先輩の前で飲んでいた覚えないんですけど」
「え、だっていつもいつもあの目立つメンバーと昼ごはん食べてれば、
嫌でも、目立つよ」
といえば、ちゃんは僕をじっと見つめた。
何か変なことを言っただろうか。
そうかと思えばちゃんは急に、くるりと向きを変えた。
「まーそうですね。滝も三木くんも齊藤さんも綾ちゃんも凄いですから。
今日も彼等のファンに、殺されそうになっちゃいましたよ」
「え、大丈夫?どこ、怪我してない?」
腕をとって、服を捲った。
こういうのは、見つからない所に付ける。
お腹は、白くて、なんの傷もなかった。
じゃぁ、足かと触ってみたけれど、どこにも傷がない。
他のところよりもこの学園は特殊だからいじめとかないと思うけど、
恋っていうのは、人を狂わすから、
訓練されていても、それだけはなかなか自制できない。
一応、太もももみようとスカートあげたら、パーで顔を抑えられた。
「・・・・・・ナチュラルにセクハラですよ」
スカートを捲っている自分の姿に、あ。と時が止まった。
顔を赤くして、わたわたと、ごめんを繰り返す。
「でも、怪我してないようだね。良かった」
そう言ったら、ちゃんは猫のように目を細めた。
「善法寺先輩って、本当にここの生徒かって疑うくらい純粋ですよね」
「え、そうかな?」
「褒めてないですよ」
からかわれているなと自覚はしているものの、口のたつ彼女に敵わない。
彼女の幼なじみだという滝夜叉丸といるときとも、
仲がいいと噂されている同学年の次屋といるときよりも、
彼女は僕に辛辣な気がする。
何かしたかな僕と涙ぐめば、彼女は立ち上がった。
缶コーヒーを飲み終わったらしい。
近くにあったゴミ箱に缶をいれたら、丁度、授業開始の鐘が鳴った。
いつもはこちらを振り向くことをせず、帰るから、
今日もそうなのかと思えば、彼女は振り向いていた。
「なに、落ち込んでるんですか?」
ざぁっと木々が鳴った。
彼女の黒い染めたこともない長い髪が宙を舞った。
いつも彼等とみる彼女は笑顔だけれど、
僕といる彼女は笑顔が少なく、無表情が多い。
黙っている彼女は、あの滝夜叉丸の幼なじみだと分かるほど
綺麗な顔をしていると思う。そういったら、
仙蔵は、凄く微妙な顔をして、十人並みにしか見えないと言った。
僕と仙蔵の意見が別れるなんて、めったにないことで驚いたのを覚えている。
じっと黒い瞳で見られている。
吸い込まれそうだ。掴まれれば、離されそうにない。
僕は手をあげて、降参のポーズをした。
「なんで、君にはバレちゃうかな」
「結構分かりやすいと思いますけど」
「でもさ、みんなにはバレなかったんだよ。留さんだって、仙蔵もみんな」
「男と女の勘の差って奴ですよ」
彼女は、僕の横に座りなおした。
人一人分入れるほど開いた僕らの距離。
居心地のいい距離だ。
「僕、婚約者がいるんだ」
この話は、初めて人に言った。
そりゃそうだ。言われたのが、一週間前だ。
僕の保護者である人が、
明日は雨だと天気予報を呟く程度のことのように夕食の時に言った。
「顔も知らないし、名前も知らない子でさ。
あと1年で好きな子と付き合えなければ結婚しろって、変だよね」
「政略結婚は、自由主義な今世では珍しいとは思いますけど、
善法寺先輩の生き方を見ると、そっちのほうが幸せじゃないですか」
ちゃんの台詞にむっとする。
肯定して欲しかった。おかしいと言って欲しかった。
だから、僕は余計な言葉を付け加えてしまった。
「だって、好きな子いるもん」
そういえば、ちゃんはさらりと、僕の想い人の名前を言った。
「ああ、福島先輩ですっけ?」
「・・・あれ?僕、君に言ったけ?」
「その子いるから無理って言えば全部収まりません?それ」
ちゃんは僕の疑問を答えるつもりがないようだ。
「でも僕の好きな人は、僕以外が好きだから」
「・・・留さんでしたっけ」
「君本当どこまで知ってるの?」
彼女の情報に驚く。
留さんが福島さんと付き合っているとか、同学年ですら知らないのに。
ちゃんは、くだらない。と苦虫を噛み潰したような顔をした。
「なに、諦めてるんですか。馬鹿ですか。
友人に、なにのこのこと、好きな人盗られちゃってるんですか。
どっちとも好きだから、なにもしないとか、
それは自分が傷つけられるのが嫌なだけの、臆病ものでしょう」
酷い言われようだ。
何が分かる。君に。と叫びたくなったけれど、
彼女の言葉が、正論過ぎて返す言葉も出ず、拳を握った。
「・・・・・・そうだね」
「何、落胆してるんですか。手伝いますよ。手伝ってあげますよ。
好きな人に好きだっていうことぐらい。
ここまで知っちゃったら、見捨てておけません」
ぎっと人を殺せるんじゃないかって眼差しでちゃんは、僕を射ぬいた。
「それに、恋が破れても、次があります。
もっと好きな人見つけて、くっつけばいいんです。
それで、婚約はおじゃん。それでいきましょう。
1年って結構ありますから、出来ますよ」
そう彼女は立ち上がり、手を差し伸べた。
なんでそこまでしてくれるのっていう僕の疑問はかき消えて、
ごく自然に、僕は彼女の手をとった。
それは、ちゃんが、いつもの無表情じゃなくて、
滝夜叉丸に見せる笑みと同じくらい柔らかな笑みをたたえていたからかも知れない。
それから、ちゃんのおかげか知らないけど、
福島さんに前よりも距離が近づいた。
彼氏の友達から、大切な友人のポジションまであがったけど、
それ以上動くことがない。
間に留さんがいたから。僕から見ても、留さんはカッコイイから。
今日のバレンタインデーだって、本命しかあげないと言った彼女は、
僕じゃなくて留さんに渡した。
それに、落胆するものの、前よりも悲しくはない。
だって、チョコレートの山から顔を出せば、
いつもどおり、呆れた顔をしたちゃんが手を差し伸べているから。
「こんなの捨てちゃえばいいんじゃないですか?
丁度、焼却炉が近くにありますし」
そういって、チョコを地面に捨てる姿に驚いた。
あんなに食に対して、異常な欲を抱いている彼女が
言うとは思わなかったからだ。
まさか、嫉妬とか?と変なことを考えたが、
ちゃんには、滝夜叉丸がいるから、それはないないと頭を振った。
だけど、僕の言った言葉に、彼女が予期しない言葉を返した。
「私、本命あげたことないですもん」
え。と驚く僕に、彼女は呆れている。
たしかに単純な思考はしていなそうにみえるけれども、
あれほど、一緒にいて、ただの幼なじみとか、
そうなると、次屋とのもないということとか。
一時期、噂にあった綾部とかもないとか。
こんがらがった思考を彼女はばっさりと切った。
「好きな人はいません」
そういった時、なんでかな。ふわっと胸あたりが軽くなった。
こういう思いをしたことがない僕は、それがなんていうのか、分からなくて。
「そっか、そっかー」
と、変な笑みを浮かべることしか出来なかった。
ちゃんはそんな僕に変な顔をしていた。
「色々、ありがとうちゃん」
そういえば、台車をとるために学園に向かった彼女は後ろを向きながら
手を、ひらひら振っていた。
僕はそのとき、なんだか温かい気分でいっぱいになっていたので、
そのあと、チョコの匂いに酔いそうになっていたので、
彼女が泣きそうな顔をしていたことに気づかなかった。
2011・2・15