【Bitter】



いいこと。バレンタインはね、特別な日なの。
女の子に、魔法がかかって、
いつもよりちょっとだけ、強くなって、愛を配るの。
そういって母が、パンとふるいを振るい、
白い粉砂糖で化粧させたガトーショコラは、
いつもどおり美味しいと綺麗さを兼ね揃えた出来だった。
でも、その日だけは、キラキラと光っているように見えて、
ああ、これが魔法なのだと幼心に思った。



空はもう暗くて、街灯の光がやけに明るくて、
息を吐けば、白いモヤが口から出た。
今日はチョコレートを貰うつもりだったから、荷物は持って帰らなかった。
あるのは、チョコレートが一杯入った袋だけ。
この日に、こんなにチョコレートを持っている女の子は珍しくないらしく、
現に、今日何人にあげるのか私と同じくらいの女の子が、
ダンボール二箱を荷台で運んでいた。
人は、何事も無く私の横を通りすぎていく。
車の種類に興味がないけど、
高いことと、手入れがよく行き届いているのだけは分かる黒塗りの車は、
音もたてずに、私の横に止まった。それから、自動に車の扉が開いた。
開いている扉に二三回瞬きをして、ちらりと見えた足に、
目を伏せて、私は袋を握りしめて、扉をしめた。

「やぁ」

奥にいる人物が、優雅に座って飲み物を飲んでいるものだから、イラッとした。
その顔を隠すこともせず、とりあえず、高そうなチョコレートを口にした。
じわりと、中から洋酒が出てくる。ウイスキーボンボン。
甘ったるいのと苦味が広がって、美味しい。
なにやら視線を感じたので、顔をあげると、左目と目があった。
訂正。男の顔には左目以外包帯が巻き付いているので、
男と目があったが正解だ。

「なかなか成果をあげているようじゃないか」

バサバサと落とされる書類。

「次屋 三之助、富松 作兵衛、神崎 左門、
平 滝夜叉丸、綾部 喜八郎、田村 三木ヱ門、齊藤 タカ丸
不破 雷蔵、鉢屋 三郎、善法寺 伊作、食満 留三郎」

名前が書かれている人物らのレポートが地面に落ちた。
ズボラだけれど、乱暴なことをしないこの男・雑渡昆奈門にしては乱雑な
扱い方に、少々怒りを抱かれていることを察知する。
この男、いい年こいてるくせに、自分のものだと思ったものが、
勝手に行動していることが許せないのだ。
なんて器量が小さい男だと思うものの、
報告義務があったのを放置したのは自分だ。
残念なことに、私はまだ彼の部下なのだ。
そして、怒ったこの男のやることは、とても面倒なものなので、
私は、チョコから手を離した。

「高等部2年 鉢屋三郎とは、委員会の関係。
いたずらされていて怒ったところを、不破 雷蔵に助けられた」
「いたずらって・・・性的?」
「そういうふうに考えるのはおじさんすぎますよ。ただ可愛い子供だましです」
「そう。良かった」

良かったに、色々な良かったの意味を考えた。
ともかく、鉢屋先輩はやばかったというのは間違えではなさそうだ。

「・・・・・・高等部1年 平滝夜叉丸。私の幼なじみ。知ってますよね?」
「うん。高等部に接近するために、幼なじみを使ったんでしょう?
そこの説明は知ってるけど、綾部くんのところ、君に執着してるようだけど、
なんで、そんなことしたの?」

左目が私を射ぬき、空気が少し重くなった。
頭の中で、綺麗な顔をしているのに、電波な少年が手を上げてる。
綾部喜八郎のあまりののほほんさに、なんで私はこいつのために
怒られているのだろうと理不尽さを抱く。そもそもだ。

「私だって、立花仙蔵の後輩と仲良くする気はないです。
本来なら高等部3年に近づくはずだったのにしなかったのは、
立花仙蔵がいるからだったんですよ。
鉢屋三郎もたしかに、天才には違いありませんが。
ちょっと得意なところが違いますからね、でも、立花仙蔵とはまるかぶり。
私は自分をそこまで過大評価しません」
「そうだね。君はまだ立花くんを騙しきれない。あの子は、賢いからね」

賢いの評価にちょっとした嫉妬心を抱くが、
それを隠すように、口早に事の内容を話した。

「綾部喜八郎を、落としたのは、嫌われてたからですよ。
任務に支障をきたすと思って、ちょっと気に入る程度に頑張ったんですけどね、
なんでか、こんなことに。あの電波のスイッチは分かりません。
それを私のせいにされるとは心外です」
「へー困ってるの?」
「盛大に」
「じゃぁいいや」

そんなことをいいながら、雑渡さんは、綾部喜八郎の書類を踏んでいる。
私がこの人に、気に入られているのは知っている。
じゃないと、今こうして生きてないことも分かっている。
だけど、こうあからさまに行動されるのは、
鬱陶しい気持ちが60%と呆れる気持ち10%と
・・・ちょっと嬉しいような気持ちもあるのだ。

「高等部3年の善法寺伊作と食満留三郎に関しては、
分かっているようですし、省きます」
「そうだね。そもそもの理由だものね。
で?一人どうしても分からないのが要るのだけれど?」

二人の間に沈黙が落ちた。
これはどういっていいのか。
別に、隠す事ではないのだけれど、
自分の計画にまったくない予見できない出来事が起こっていることが、
未熟だと言っているようで、不愉快。
でも、これ以上長引かせると、次屋がどうなるのか分からないので、
正直に話す。

「・・・次屋は、本当に私にも分からないんですよ。
どうみても、男好きするような性格をしているつもりはないんですが、
なにか彼にしたというわけでもない。一応、拒否はしときましたよ」
「酷いなぁ」

はははと笑うけれど、目が全然そう思っていない。
空気が軽くなったので、私は軽口を叩く。

「雑渡さんに言われたくないですよ。善法寺先輩の叔父さん。
あの事、言ったでしょう。なんで困らせることばっかり言うんですか?」
「1年の猶予をあげたんだから、私は優しいだろう?
で、君はどっちがいいのかい?婚約者殿?」

そう私は善法寺伊作先輩の婚約者を知っていた。
そして、善法寺伊作は、婚約者の名前を知らないだけれど、
人物は知っている。
なぜならば、婚約者は、私だから。
もちろん、家の問題でそうなったわけではない。
目の前で愉快そうに私を見ている包帯男のせいだ。
何を考えているのかさっぱりわからない。

「どう思うます?」

どう答えて欲しいですか?が正しい。
この気持ちは伝わったようで、雑渡さんは話を変えた。

「今日、食満留三郎になにかしただろう?
あの子の恋を助けるだなんて、そういう事にしか見えない。
だけど、なぜ手助けをする?」
「・・・・・・さぁ?」
「似てるからかな?」

誰と似ているのか私はすぐに分かった。
黒い美しい髪、美しい顔、潔癖な精神、
その割には抜けていて、キラキラ光るものとともにいなくなった
最初で最後に、好きであれた人。

「あれと善法寺先輩が同じにみえるなんて、あなた目が腐ってますね。
あー失礼、あなたは最初から、頭が腐ってる」
「ふふ、いってくれるね。まぁ、だからこそ余計に、
君は伊作くんを選ばないだろうと思っていたよ」
「答え出てるじゃないですか。包帯男」
「だって、君、私のことが好きだろう?」

にこりと笑顔を向けられた。
笑顔の仕方を、善法寺先輩に見習って欲しい。

「はいはいそうですね」
「最初は可愛かったのに、この頃の態度酷くない?」
「会うたび会うたび言われれば、慣れるもんですよ」
「えー」

そういって、腰に手を回された。
横に座らずに、前に座ればよかった。
だけれど、そうしても、ポンポンとリズムよく、横を叩き
目で、ここに座れと言われるのだから、意味がない。

「ちょっと抱きつかないでくれます。包帯臭い」
「部下とのスキンシップって大事じゃない?」
「私はあと1年で部下をやめるつもりなので」
「ふふ、全力で邪魔するから」

私の半分本気をあっちも半分本気で言った。
力で敵うわけもないので、されるがままにしていたら、
なんでか雑渡さんの膝の上に座り、後ろから抱きすくめられう形になった。



「なんですか・・・」

後ろを振り向けば、チュとかわいい音を立てて、唇に包帯が当たった。

「サードは貰ったね」
「ナチュラルに、盗聴器つけないでくださいよ」

もう、三回目になると、どうでもいい
それより、三回目だと分かっているほうが問題だ。

「嫌だなぁ。愛だよ愛。ああ私は大人だから、キスぐらいは譲ってあげるけど、
他はだめだからね?もししたら、お仕置きだよ?」
「じゃぁ、なんで今凄い怒ってるんですか」

目が全然笑っていない。
独占欲半端ない子供で大人をみながら、呆れた。

「別に、が、私以外の男にチョコ渡したのとか、
私だと全然普通なのに他の奴には、赤くなって
ワタワタしてたとかにそんなことにイラついてないさ」
「すみませんね。チョコは、ある子から渡されたんですよ。
あんな念がこもりまくってるもの食べれませんからね。
あういうのは本来渡すべき相手に渡すべきなんですよ。
それと、初めては誰でも驚くもんです。
初めてなまこ食べる!!みたいなもんですよ」

そういったら雑渡さんがすごい顔をした。
キスとなまこを一緒にしたのが良くなかったのかも知れない。
いや、この人がロマンチストなのがいけない。


車の窓から見える風景が変わっていく。
光が線のようにみえて、赤白、黄色青綺麗だ。
星が見えなくても、人が創り上げた光の流星が溢れている。

「今頃、伊作くんは、あの胸がやたら大きい女の子と、いちゃついてるかな」

胸が大きい。で自分をみた。
上からみると、胸が平からやや控えめに出ている。
ちょっと切なくなった。
善法寺先輩が好きだという福島先輩は、
Dいや、そろそろEにいくかもなカップで、
何をすればあんな大きくなるのかを考えていたけれど、口は別なことを話す。

「自分しか渡さないから、留三郎も自分のしか受け取らないと
思ったのに、自分の目の前で違う女の子に抱きつかれて、
チョコを受け取っている姿を見て、
あのボイ・・・彼女がなにも考えないとは思えませんけどね」

「自分がかわいがっている後輩のチョコを作っている後輩の女の子が
あまりにぶっきちょでみていれられなくて手伝って、
貰ったものも、手伝ってくださってありがとうの意味しか入ってなくても、
凄い偶然でこけて、それを支えただけだとしても、
そう見えるってすごいよね恋って。怖いよね。君って」

そういって笑う雑渡さん、全然怖いなんて思っていない癖に、
だから私も、笑う。

「何をいまさら、私をこんなにしたのはあなたでしょう」
「そうだね。。もし今誰かを選ぶなら、誰を選ぶ?」

私が答えを言う前に。

「私でしょう?」

雑渡さんは、そのまま私を横に、倒した。







雑渡さんから香る包帯から薬の臭がした。
放課後の保健室の匂いに似て、目をつぶった。


あの日、保健室の中にいた。
外はチョコレートの匂いに包まれていて、
目を覚ました私は、ぐるりと周りを見る。
そこには小さな白い入れ物があって、私はそれを大切に抱きしめた。
昨日、徹夜して作った初めてのチョコレート。
完璧を望む彼だから、形だけは完璧に近い。
味は、まぁ、食べれるからいいだろう。


この日だけは、魔法の日。
女の子が、ちょっとだけ勇気を出して、愛を伝える日。
私がお父さんに愛が伝わった素敵な日なのよ。
と、花を飛ばしながら私に何十回もいって聞かした夢物語。
キラキラの甘甘で、ドロドロで、シンデレラよりも内容が過激だった。
そんな日に、私は抱え込んだ思いを伝えに、家から出たはいいものの、
案の定、眠さが半端無くて、そのまま保健室で仮眠を取ることにした。

「受け取ってくれるかな」

私には綺麗で、努力家で口うるさい幼なじみがいる。
その彼は私の思いに気づかないで、妹としか見ていない。
その状況を打破するための爆弾なのだ。
わくわくした気持ちで、放課後彼がいるだろう教室に足早に向かった。

扉から見えた彼の姿に

「滝」

と声をかけようとして、私は手を下ろした。
滝は顔を赤くして、相手も赤くして、なんだか言い合って、
手には、魔法のものを握り合って、笑い合って、
二人の間にハート模様が見えた。


ああ。

駄目だ。駄目だ。
何かが腹から私を支配して、真っ黒に染めて、
そのまま沈まされそうだから、
走って走って、
私は、蛇口の近くまで来ると、そのまま頭から水を被った。
冷静になれ、私。
考えるな。私。
これは、違う。
滝だって男だってことで、女に興味があったのはいいことだ。
あの子よりも私が一番になればいいだけで、
まだまだ未来は長いから、どうなるか分からない。
驚いただけだよ。
驚いただけなの。

ガチガチと息は白く、水は凍えるほど寒いのに、頬の水だけが温かい。
体から全てなくなって私は、
手に持っていた魔法をその手でぐしゃぐしゃにした。
形だけ綺麗なチョコは、無残にもごみになった。
誰もそれを拾いはしないだろう。

そのまま、家に帰り、パソコンに向かって、
いつもの電子の海に潜り、情報を奪い取った。
一番難しくて、一番面倒な所にハックした。
そのほうが、何も考えれなくてすむから。
それで、全てを忘れようとしたのが馬鹿だった。
前日のチョコレート作りが響いた。
寒い中水を被ったのが響いた。
言い訳を積み立てても、ミスをしたことは消えやしない。








私が中学1年の入ってばっかの時、高校の3年の先輩が私に言った。
先輩が何者だったのか、名前すら知らない。
先輩となぜ、私と一緒にいるのかですらよく覚えていない。
先輩は、口を大きく開けて、人をせせら笑うような笑みをよくして、
私をからかった。先輩に会えばいつも髪はぼさぼさになって、
やめてくださいと唸ったのを覚えている。

その日、妙に饒舌な先輩は私に色々と語った。
あの任務はあんなのでこんなのがあって、
あそこの施設にはあんなのでこんなので、
たわいもない話のように先輩は語ったけど、
のちのち調べればそれらはすべて機密事項だった。
あー喋ったと、一息つくと、先輩は立ち上がった。
帰るらしい。いつもこうだ。勝手に来て勝手に帰る。
気分屋、猫みたい。
あ、そうだ。と先輩が私に近づく。
先輩の瞳は、太陽の光に反射して、黄金色に輝いていた。
それが綺麗で見惚れて、隙だらけになってしまった私に、
先輩が私の心臓の上をトンと押す。

は、それに食い殺されないようにね。君の◯◯にね」

じゃぁ、バイバイと手を振る先輩に、なんでか、もう会えないのだと思った。
そして、私の勘はあたり、先輩は、その後、帰らぬ人となった。
きっと先輩は自分の死期を知っていたんだろう。

先輩と出会いさようならをして1年経った同じ春。
温かい日差しと、ひらりと落ちてくるピンクの花弁に、
先輩を思い起こさせて、感傷的になってしまった。
鼻に落ちてくるそれを、払いのけて、
なぜ、先輩は、最後に、私に会ったのか、
そして先輩は私が何に食い殺されるといったのか、それを考えていた。
だから、目の前の人物に気づかずにぶつかった。
鼻が痛い。
すいませんと言う前に、風がなびいた。

左目以外白い包帯で巻かれて見えない顔と、
黒いスーツを着込んだおじさんが立っていた。
一瞬で、頭が危険だと警笛をならし、私はその人物と距離をとった。

「君がかい?」

その人物は私に用事があったようだ。
周りを見れば、綺麗に私以外いない。
気づかれないうちに、陽動されたようだ。

「こういうミスしちゃうから、幼いとは思ったけれど、
ここまで若いとは思わなかったよ。
ああ、紹介が遅れたね。私は雑渡昆奈門。
君が、ハックして、情報盗られちゃったところのものだよ」

雑渡昆奈門の名前に震える。彼のことは知っている。
この頃メキメキと力がついてきたあるカンパニーの社長。
表向きは、製品電子機械からお菓子までの幅広い経営会社だが、
その裏では私たちのようなものを扱う会社だ。
そこの社長は、やり手で、変わった人物だと聞いたけれど、
たしかに、一回見ただけで忘れれそうにない。

「君は、大川学園の子だね。
学園にバレたらひどいことになると思うけど?」

そういって、一枚のCDROMをちらつかされた。
くるくると回すそれの中身は、膨大だけれど、
滝が持っている戦輪を持っていればすぐ壊れそうだった。
たらりと暑くもないのに、汗が出た。
くるくると頭はフル回転。

「学園は小を切って大を選びます。
私のしたことを消すことくらいあの学園にはお茶の子さいさい。
だから、その脅しは効きませんよ」

ガタガタと手が震える。
ぎゅっと左手で右手を抑えた。
怒られて、私が学園にいれなくなるのは怖くない。
怖いのは、この人が私に真に求めている意味だ。

「そう、じゃ、私は酷く悪役にならなくちゃいけないってわけか。
残念だなぁ。
君がごめんなさいって素直に謝らないと、
君が大切にしているものを壊しちゃうよ?」

そういって、雑渡昆奈門は胸元から、携帯電話を出した。

「そう例えば、ラブラブカップルな君の両親とか?
口うるさいけど、優しい幼なじみとか?」

そういって画面にうつるのは、何かを食べさせ合ってラブラブな私の父と母と、
何かを自慢している滝の姿。
どこかに繋がっているらしくLive中継だ。
優秀だ天才だ完璧だっていっておきながら、盗撮されちゃってるよ滝。
と乾いた笑みが浮かんだけれど、
自分の置かれている立場はとても危ない。
崖の上、端っこ、後ろは波、目の前には、ピストルを構えた雑渡昆奈門。
彼の謝るは子どもが親に言うような、友人同士が言うような
サラリーマンが上司に言うような謝りとは違う。
私は、二度と、この世界に足を踏み入れることが出来なくなるか、
どこかの組織に売られるということだ。


あはははは。乾いた笑みが出る。
ごめんなさい。先輩。

私の口の動きに、男の目がつまらないものを見ているような目をしていた。

「守りたいものを、守れないなら、
見つからないように気をつけなくちゃいけないよ?
なぁに、そんな絶望した顔をしないでくれ。酷いことした気分になる」
「違う」
「?」
「そんなもので私を脅かすことは出来ない。
やってしまえばいい。そしたら私はもっと、自由だ」

ごめんなさい。先輩私はどうやら食べられちゃいました。

何が好きだ。愛してるだ。
血のつながりがなんだ?初めて好きになった人?
はん。ちゃんちゃらおかしい。
こんなものすべて、虚像に過ぎない。
私は、全部、私のために、切り捨てられる。
彼等が死んだらちょっとは泣くけど、私のせいだとしても、私の重しにはならない。
大切なものも、なんて私は。

ガタガタ震えていた手は止まっていた。
汗だってかいていない。
食べられちゃったとは、違う。
私ははじめから本質はこうだった。だから、先輩は私に近づいた。
私たちは同類だったから。
ふぅーと息を吐く。
もう学園にはいれない。だって、これからするのは盛大な鬼ごっこ。
何を見せられたって、驚きはしない。
いままでの全てのコネを使って世界中で逃げまどって、
最後に首に噛みついてやる。

逃げれない状況だけど、この人は面白いものを求めているから、
ゲームと言えば付き合ってくれるという
たかだか会って数分しか喋っていないのに、確信していた。
だけど、男は肩を揺らした。クククと包帯越しの声が聞こえる。

「いいねぇ」

さっきの死んだような目が嘘みたいに、キラキラ輝いていた。

「ちょっと脅せば、泣くだけの子供だと思って、脅して、
おしりペンペンで終わらそうかなって思ってたけど、これは思わぬ拾い物だ」

・・・もしかして、深読みしすぎたか。
雑渡昆奈門は、いつのまにか至近距離まで距離をつめた。

「取引をしよう。君はこのままだと、ある組織に目をつけられる。
そうなると、君は一生涯その施設の犬になるだろう。
君は情報戦は強いけれど、肉体戦は弱いだろう?
それでは私が、面白くない。
だから、君の生きる方法、隠れる方法を教えよう。
そのかわり、君は、私のもとに来い」
「・・・・・・それって、部下になれってことですか?
取引として成立してませんよ。私は、1人で隠れれる」
「へー、じゃぁむざむざ見つかっちゃたのは誰かな?」
「・・・・・・私を部下にして、あなたは何を得するんですか?」
「ふふふ。同等を望むか。いいねぇ、でも裏を読み過ぎだよ」
「・・・」
「ただ単に私が君を気に入ったんだ」

包帯の顔は表情が読めないはずなのに、
どうしてか彼が喜んでいるのが分かった。

私は、彼の伸ばされた手に、
自分の手を伸ばしかけて、やめようとしたのを無理やり握られた。





そして、すぐに任務をいれられた。
彼の溺愛している甥っ子。善法寺伊作の監視兼保護。
遠くにいるものを守るのは困難だから、
彼等の普段の行動データ作法委員のデータを照らし合わせて、
助ける前にいることにした。
それには、中等部の自分がなぜ、
高等部にいるのかその理由をつくらなくてはいけない。
運良くいた幼なじみを利用した。
その頃には、もはや恋なんてものが私にあるわけないと理解していたので、
胸が痛むこともなかった。
そして、任務を遂行している私は
善法寺伊作の巻き込まれる不運の半分は仕組まれた物だと知った。
そして彼は不運ではなく、悪運が強く、素晴らしく体が頑丈だ。
普通死ぬようなものでも、なんでもない。
逆に死なないことが恐ろしくなった。
でも、食べたら死ぬだろうバレンタインにまぎれていた不審物は撤去した。

乙女の日にこんなことするのはよくないよね。
と、ポケットからだして、
上から見下ろされている雑渡さんにそれを渡す。

「なんだい?毒とかいらないなぁ」
「処分しといてくださいよ」

私は包帯の魔法使い・雑渡昆奈門に、魔法をかけられた。
その魔法はちょぴり勇気を貰う魔法じゃなくて、
私にずっとかかっていた魔法を解く魔法だった。
だけど、解かれても、私は普通だ。
泣くことも怒ることも笑うことも喜怒哀楽のすべてを持っている

じゃあなにがいたのか。とんと心臓を押さえる。

私の中には、ずっと脅威が眠っていた。

あの時気づいたのだ。
私は、私のために、あんなに大切な母も父も、
大好きな幼なじみも捨てれるのだと。
いや、本当は気づいていた。
みんなとわいわいしているときでも、
私の中には計算している冷静な自分がいて、ガリガリと爪を噛みながら、
どう動かすかと考えているのを。


滝のだって、泣きはしたけれど、悲しいよりも、
どうやって奪うかの算段を組み立てるほうが楽しかった。
私の黒い考えは私を沈めて、快楽を得る。
滝が泣こうが、誰が泣こうが、その考えが全てだと侵されそうで、
違うことを考えなくてはいけなくなった。
私が滝を好きだったあの擬似的恋愛は、
全てこうであればいいと思っていた憧れていた自分だった。
私は恋に、恋していただけだった。
気付きたくなかった。
全部捨てても、私だけが生きればいいなんて
高慢な生き方しか考えれない自分。
そして、それを割り切ることが出来ない中途半端な自分。

だから、怖くなって、もう裏切りたくなくて、全部遠ざけた。
両親を見れないから、雑渡さんが用意した家にいる。
滝を学園以外でみたくないから、家を教えるつもりはない。
お金の方は、たくさん貰っていたけど、
私が雑渡さん以外のところへ行くために、貯めている。
いらないものを省いた結果、なんでか食費が削られて、
こんなになってしまってけど。お金の使い方がヘタというのは本当だけど。

チリッと腕に痛みを感じたら、雑渡さんが首を噛んでいた。

「なにしてるんですか」
「えー、マーキング?」
「なんで、?つけてるんですか」
「君は私が好きだろう?」

この人は、馬鹿なのだろうか。
質問に答えてないし、同じ台詞を何度も何度も言う。
洗脳かもしれない。だったら洗脳されたい。
あの甘いふわふわとしながら、絶対的な感情をまた嘘でも味わいたい。
その考えが見透かされたのか。

「だって、君は私にこんなことされても逃げないじゃないか」

そういって、今度は左の手のひらを噛んだ。
チリッとした痛みが伴った。
たしかに、他の人ならば、私は逃げるのだろう。
答えず、触れず、逃げるそれが一番だから。
じゃぁ、なんで私は雑渡さんには逃げないのか。
答えは簡単だ。
私を助けれれる人だからだ。私を守れる人だからだ。
そういう計算でしか、肌をあわせれれない。
感情に答えれれない。
あまりにも、打算的すぎる自分。ヘドが出る。
誰か、
甘い甘い水をください。
溺れている振りだけでもさせてください。
目を盲目にすれば得られますか?
耳をあなたの声しか聞けなければ得れますか?
手足が動かなければ、得れれますか?
いいえ。無理でしょう。分かってます。
今だって、冷静に答えを出す自分がいる。

「花みたいだね」

手のひらに咲いた赤い血痕に涙が出そうだ。

「一杯、咲かせてあげようか?」

そうしたら、私はあなたを好きになれるでしょうか?
答えは出ている。
この跡がなくなるころには、あなたを忘れるでしょうと。




バレンタインデーの次の日、なんでかカップル率が高い気がする。
成功失敗すべてを混ぜ合わせたその日に、
前にぎゃぁぎゃあ騒いでいる集団を見つけた。
アイドル学年の理由である彼等はたしかに目立つ。
隠密には向いていないだろう。

「おはよう、滝」

と、肩を叩くと、凄い勢い良く綾ちゃんを投げた。
・・・・・・凄い力持ち。

。喜八郎近づくな。あいつは、破廉恥すぎる」

がしっと掴まれた肩が痛い。
そういえば、そういうこともあったような。とすっかり忘れていた
私が頷けば、受身をとって、気配をけして近づいた綾ちゃんが、滝を殴った。

「高校1年になってチューぐらいで騒ぎすぎだよ。童貞」
「な、な、な、こら、待て!!喜八郎」

童貞は否定しないのか。

あんなの気にするな。あれは挨拶だと思え!!」

そういって、私を置いていく彼等に手を伸ばそうとした。
だけど、私は、もう裏切れないから。
手を引っ込めた。

「よぉ」

後ろを見れば、迷子になっていないレアな次屋がいた。

「追わなくていいのか?」

何を言っているのか、分かっていた。
次屋はあの日の恋したふりをしていた私を知っている。
だから、私は何も聞こえていないふりをする。

「おはよう、次屋」

と。そういえば、それ以上追求しない。
恋って本当に愚かだ。
昇降口で上履きを取って、止まる。
次屋が不思議そうな顔をしてこちらを見ていた。

「次屋。魔法はね、あの日だけなんだ。
甘くてしょっぱくてキラキラなあの日は、もう訪れない。
だって、私が壊しちゃったから」

もうキラキラ光ることのない瞳で、最悪を口にした。
彼は私の計画にないから、どうでもいいから。

「あなたを好きになれたら良かったのにね」
と。





諸泉 尊奈門こと、雑渡 昆奈門の秘書である彼は、
社長室で腕のシャツのボタンを止めようとしている
雑渡 昆奈門に声をかけた。

「本気なんですか?」
「何がだい?」

分かっているくせに、きょっとんという顔をつくる。
なかなかの食わせ物だ。

とのことです。本気で愛人にする気ですか?」

つい力が入りすぎて声が大きくなる。
を部下にするというときだって、反対したのだ。
なのに、今では彼の入れ込みようが凄い。
が色をつかい陥落することを
狙っているのではないかと毎度監視をしている。

「君は彼女をどう思う?」
「有能だとは思いますが、まだ子供だと」

それに、信用が出来ない。
それを前に言えば、私たちの世界に信用なんて言葉が出るなんて
面白いねと笑われたので、その言葉はぐっと我慢する。

「そういうんじゃないよ。魅力的かどうかって話だよ」

話が変な方向にいった。

「まだ中学生ですよ?」

ロリコンが頭の中に浮かんでは消えている。
自分は彼を尊敬しているのに、どうしてだろう。
すっごく頭を叩きたい。
電化製品のように叩けば直る、
という精神を持ちあわせていた尊奈門は、
今、上司を殴るという暴挙を実行しようとしていた。
しかし、雑渡の空気が変わった。

「なんで、彼女が私についているのだと思う?」

視線が鋭い。

「今、自分に一番利益がある人物だからさ。
私以上が現れればすぐに掌返していなくなるだろうね。
いや、あの子たちのように転がらされているかも」
「裏切られる前に、手なずける気ですか?」

そういえば、雑渡は目を見開いて、笑った。

「ふふ、面白いことをいう。
それができたなら、彼女だって幸せだろう。
尊奈門君。君に、の脅威がなにか教えておこう」

脅威。
それは、よく先輩たちからも聞かされる言葉だった。
は脅威を飼っていると。
だから、それを知る雑渡が陥落されることもないと。
それがどういう意味なのか知りたかった尊奈門は、雑渡の言葉を待った。

「彼女は、全てを捨てて生きれる。
くくるものがない自由な生き方ができる。
それのどこが脅威なんだ?って顔をしているね。
そうだね。能力がなく、普通だったなら、
彼女の脅威は彼女だけのものだった。
でも、この世界をかじって、有能ときた。
そして、計画をたてることが一番好きだと。
彼女は、そのために、誰でも裏切れるし、自分ですら裏切れる。
死すら、彼女にとってどうでもいいことなんだよ。
いや、死すら計画に盛り込むだろうね。
今は、まだ出来ないけれど、すぐに出来るようになる」

それは。それは。

「狂ってますね」

口からポロリと出た言葉。
口を押さえたが、雑渡はすでに言葉を拾っていた。

「そう、は、狂っている。
だからこそ、彼女は、真実人を愛せない。
好きだったものの、死を笑ったとき、彼女は愛することをやめた」

それは。それは。

――悲しいですね――

次の言葉はこぼれなかった。


「尊奈門君。君は、私があの子を好きだと思っているだろう?」

違うのか?と頭を傾げると、チチチと指を振った。

「違うね。私が好ましいと思ったのは、あの時、
狂っている自分を自覚しそれに、絶望したあの子だ。
あの子が全部捨てれるようになって、
どうでもよくなったなら興味なんてないさ」

よく分からないことが分かられたようだ。雑渡は言葉を紡ぐ。

「彼女はまだ狂ってない。今だって、彼女は伊作くんを騙しきれない。
それは、彼女はまだ自分自身の本質に抗おうとして必死なんだ。
ふふ、どうなるのか楽しみじゃないか?
彼女は落ちるのか、それともずっと矛盾を抱きながら生き続けるのか」

尊奈門は同情した。
こんなめんどくさい人物に付きまとわれているに。

「でも、どっちにしろ、彼女は魅力的なのは正しいだろうね。
彼女はとても得難いということは変わらないのだから。
だから、無意識に人を落とすのさ。
それと、私が彼女を愛人にするわけないだろう?
するなら、お嫁さんだ」

ああ、頭が痛い。
この雑渡昆奈門、尊敬すべき人物で上司で社長な彼は、
色々と話をつけているが、
つまり、
自分を好きにならないだけが好きだといいながら、
その実、それが嫌でたまらない。
それに、彼女が真実、人に恋できないなんて確定しているのが怪しい。
まだ中学生だ。未来は分からない。
仮に、そうだとしても、それに近しいものぐらい抱けるはずだ。
なのに、そう思わせて、追い詰めている。
が誰かを好きになるのが嫌なんだ。この大人。
そしてそれで首をしめていると
・・・つまり。
もう何を言っても遅くて、ああ、そうすでに捕まっているんだ。
面倒なことに、この人は、それに気づいていない。














2011・2・18