自分がこの世界に向いていないことなんて分かっていた。

「好きだ。恋人になってほしい」

こんなまっすぐに気持ちをぶつけるくのいちなんていない。
分かっているけど、これが私だし変えるのは嫌。
いないなら、私が新しいタイプのくのいちになろうと思っていた。
その日までは。


「よろしくお願いします」
「うん。よろしくね。ちゃん」
「・・・・・・・」

そういって私の告白した人は、一人の女性を紹介した。
その人の名前は、笹川桃華という。
数カ月前に、天から降りてきた天女様らしい。
詳しいことはよく分からないけれど、時空の歪とやらに落ちて、
ここの未来かどこかの未来か、
もしかして過去かもしれない私の世界に迷いこんでしまったらしい。
彼女の言う話は信じ難しいものだったけれど、
二本足で立っている全身緑で、きゅうりが好きな生物がいるなら、
外見、人で可愛らしく綺麗でもある彼女の存在がいてもいいと思っている。
目から光線を出すわけでもなく、手から炎を出すわけでもなく、
むしろ、この世界で生きていけないほどのか弱さだなのだから、
恐れることはないだろう。
学園長もそう思ったのか、彼女を事務員として雇い忍術学園に住まわせた。
そして、彼女は優しい性格で、物事によく気づき、空気もよめ、
会話も固いだけでなく冗談も通ずる。
でも、完璧なようで、何もないところで転んだり、鉢屋の変装とかに
何十回しかけられても何十回も引っかかりそのたびいいリアクションをしたりと、
ちょっと抜けている。そこがまた人らしく、好ましいのだと。
くのいちにもファンクラブを持っている桃華さんは、
忍たまどものマドンナなわけで。
なんでその人が私の前でニコニコしているか。
事の話は、私が善法寺伊作に愛の告白をしたところから始まる。
伊作と呼び捨てにするのは、6年の彼は先輩であるけれど、
年齢的には同じ年だったからだ。
今、私は忍たま4年で、くのたま長屋に暮らしてはいるけれど、
忍たまと同じ授業を受けている。
どうしてそうなったかは、・・・二年ほど留年したからだったり。
先生は私に退学か忍たまかの選択肢をつきつけた。
私は忍者になりたかったので、もちろん忍たまをとったというわけだ。
友人には、馬鹿だ馬鹿だと言われ続けた。
どうして留年になったのか、色の授業が万年赤点だからだ。
ちょっとにっこり笑って男の愛想をとるだけでいいのに、
なんで出来ないのか?くのいちなめてんのか?と言われたけれど、
感情が顔に出まくっているのだ。
結局、私は赤紫色の服を着ている。
私の話はここまででいいだろうか。
なぜ、そんな女として致命傷な私の前に、桃華さんがいるかというと、
私が告白した伊作が、「だったら、もう少し女らしくなってよ」と言ったからだ。
だから、私は女らしいと評判の桃華さんの下で女らしさを教わっている。
その旨を告げると、食堂で、うるさく食事をしていた仲の良い4年の連中が
みな言葉をなくした。そのなかの綾部は私をじっと見る。

「そんなことしても無駄だよ。が桃華さんには絶対なれない」
「なんで?」
「野蛮、下品、粗雑、優しくないし、食い意地はってるし」
「はってない!!」
「じゃぁ、のプリン頂戴」

綾部の巧妙な言葉の綾に捕まり、
ここであげないのは食い意地がはっているのを認めたみたいに思えたから、

「くそぉ!」

と吐きてプリンを投げた。
綾部は綺麗にキャッチして、すぐさまプリンを開け三口で食べた。
絶対、食い意地がはっているのはこいつだ。

「言葉が悪い、減点だな」

言った三木の方を見れば手で、3の文字をつくっている。
−3という意味らしい。
一体なにから点を引いているのか、持ち点がいくつか、
そして0になったときどうなるのか、
ルールもなにも分からないが、不快に思った私は三木にかみつく。

「待て、プリンをやったんだから、加点だろう!!+しとけ」
「口が悪い!!」

ぱぁんと私の頭から音がした。じんじんと頭が痛み、
視界が涙で滲む。きっと顔をあげれば、
滝がどこからだしたのか白い大きなハリセンを持って、
ふんと鼻息を出して仁王立ちしていた。

「ハリセンで叩くな。バカ滝」

胸元掴んで、ぎゃぁぎゃぁ言い始めた私たちに、
横でのほほんとお茶を飲みながら、タカ丸くんは毒を吐いた。

「恋の力って偉大だね〜。
ちゃんが、女らしくなろうとするなんて、
竹谷くんの髪がサラスト3位にはいろうとするものだよね」
「それは、不可能ってことかな?タカ丸くん」

ひくひく動く口の端に、私は食べ終わったお盆を勢いよく持って、
片目を指で引っ張り、下をだして、アッカンベーをしてから、

「おまえら、見てろよ。今に立派な淑女になって泡ふかせてやる!!」

と吠えた。


「・・・ー5」
「っまけろ三木!!」









「はい、じゃぁ今言われたことで、ちゃんは、どうするのかな?」
「はいはい。ざけんなと言って頭に熱湯かけます」
「あははは、ちゃんってば、面白い。
でも、違うよね?そこは、私にそういうことするほど寂しんですか?
って悲しい顔で言うんだよ」
「セクハラは、全人類の敵だと思うんですが」
「道の真ん中で泣いている子がいたらどうする?」
「そこで泣いてる暇があれば、あがく方法を考えろ。ですね?」
「・・・・・・・」

額を押さえている桃華さんどうしたのだろう?
不思議に思っていると後ろから来た伊作がげんなりした顔をしている。

「すいません。桃華さん」
「伊作さん」

桃華さんの前に置かれるおまんじゅうを見て、
私は伊作に手を出す。

「私にもおまんじゅう」
「君は教わってるんだからないよ」
「うー」
ちゃん私のあげるわよ」
「わーありがとう。桃華さん」
「桃華さん、を甘やかすと、つけあがりますよ」
「だって、ちゃん頑張ってたもの。
色々詰め込みすぎて疲れちゃったから、甘いもの食べたいでしょう?」
「僕のと半分しましょうか」
「しまった、半分このほうが良かった。でも胃の中に入ってしまってるし、
どうしようか。・・・桃華さん、半分もくださ・・・っていたー」

伊作がこめかみをぴくぴくさせながら私の頭を殴った。
それもグーで。乙女になんて奴と言う前に、
絶対零度の伊作の視線に黙るしかなかった。

「そろそろ本能に忠実なのどうにかしたほうがいいよ」
「じゃぁ伊作の頂戴よ」
「・・・・・・それは本末転倒じゃないかしら」

そんなこんなで、私は桃華さんと時々伊作を交えながら、
女らしさを学んでいた。
桃華さんに伊作は優しいから、ちょっとムッとして
ぽわぽわしている空気にかち割って入っていった。
そんな日々。









こんにちは、私は笹川桃華といいます。
あっちの世界・平成の世界で私は高校生でした。
やくざな世界でも、魔法のある世界でも、
科学力が異常に発展した未来でもありません、
SFにあるトリップをしてしまったの私がいうのはおかしいのですが、
そこらへんにありそうで、誰もが求めてやまない世界でした。
学生は学び、恋をし、友人が死ぬことは稀有な世界でした。
ここから見ればあの世界は平穏でしょう。
戦争もなく飢えることもない。
だけれど、私はあそこが平和だということが出来ないのです。
その証拠に私です。
私には裏と表の私がいます。二重人格というレベルまでいきませんが、
この人がどうすれば私を好むのかと演じて生きています。
その演技は、主演女優賞そうなめものだと自分で自負しております。
だって、長年一緒にいる両親ですら気づかないのですから。
私ほどでないにせよ、女はみな女優なのです。
表では友達、裏では陰口。
好きだよと言ってる同じ口から、あいつ面倒と出るわけなんです。
私の生まれに原因があったわけではありません。
父は普通のサラリーマン。母は最近英会話の先生のパートを始めました。
兄は大学生で、弟はサッカー大好き少年。
犬は、太郎。猫は、シロ。
絵に書いたような一軒家に、私は生まれました。
少し違うのは、顔は普通よりも上だったので、
ちやほやされることが多かったことでしょうか。
なんにせよ。私は普通の高校生で、空を飛べるわけでもなく、
地面とこんにちはなときにこの忍術学園に助けていただいたのです。
驚きの連続。急に変わった環境。
頭がついていきませんが、舐めないでください。
私は、順応性が高い平成の子です。
泣きたいけど、笑顔。
笑って、笑って、笑って!!
私はまたあの世界のように演じて、
ここに私の生きていい場所をつくりあげました。
ですが、この学園にはくのたまという女の子がいるのです。
男の子に好かれすぎると女はけんけんやかましいものです。
だから、わざと駄目なところをつくって、おべっかおべっか。
その顔に、可愛いという、その手を、美しいという、お菓子料理
地道に餌付け。
ようやく私がここにいても誰も咎めなくなった頃、
彼女が現れました。

一目見て、私は彼女・ちゃんが嫌いでした。
なんとなくの第六感。
でもこれで私は生きてきたので、たいがいは当たります。
ですが、そんなこと顔にだせば、
医療系で助けてもらっている伊作くんに印象が悪くなってしまうので、
ぐっと我慢しました。この世界での医療は重要です。
それから、私と伊作くんと彼女との教育が始まりました。
彼女は、ありえない人でした。
青い狸が、ポケットから素敵なものをだすほど、
頭を与えて食べなよというほどありえない人でした。
じっと胸を見ましたが、立派なものがついているのですが、
女であり女ではなかったのです。
私の根本。女はみんな女優を覆す人でした。
いや、そんな人などいないはずです。
私はにっこり微笑み、伊作くんに寄り添います。
彼女は目に見えて嫉妬します。
完璧な私と駄目なあの子を比較させます。
彼女は悔しそうに地面を蹴りました。

ほら、彼女の一人の友人。
私はこそりと隠れてほくそ笑みました。
ほら、劣等感に苛まれて、彼女はきっと私を貶すでしょう。
そしたら、なんとも言いがたい私の気持ちも晴れるはず。

「もうやめたら?桃華さんと一緒にいると惨めなだけだよ。
てか、桃華さんってそれ分かっててやってんじゃないの?」

友人さんはなかなか鋭いですね。
その通りです。
落としてぐしゃぐしゃにして、中身を知りたいのです。

「私」

彼女は、私が唯一心から綺麗だと思った黒髪を風に流して
空のほうを向いていいました。

「悔しいよ。悲しいよ。だって伊作、桃華さんばっかりで、
私のことちっとも構ってくれない。
だけど、だから、私もっと頑張れるの。
妬ましくて、羨ましくて、そこにいきたいから、嫉妬って悪いことじゃなくて、
向上心の現れだと思うんだよね。だから、私桃華さんに教わってよかったよ」
「呆れた」

・・・・・本当に呆れた。

私は、裏も表もなく、あんなに馬鹿正直に生きている人を知りません。
もやりとした気持ちは私を支配し続けるのです。
だって。
彼女の仲の良い4年生は、ある日私に謝りに来ました。
が迷惑をかけていると。
そんな私ちゃんに逆に教わっているものと言えば、
学ばなくていいですと力強く言われました。
4人は、各々のちゃんの悪口を言います。
悪口なはずなのに、彼らの雰囲気は穏やかで柔らかで、
それが悪意なんてないのは分かって。
笑いながら、どうしてを繰り返しました。

「でも、僕あの時一番嬉しかったなぁ」

タカ丸くんがニコニコと、微笑みます。
みんなの視線を独り占めして、
ちょっと照れた顔をしながら、過去に思いを馳せていました。

「先輩たちに敵わなくてボロボロな僕らをさ、
みんなが慰める中、ちゃんは、
当たり前だよ。負けて当然じゃん。
君らがいくら頑張っても、前も頑張ってたら追いつかないよ。
なに、そんなことでくよくよしてんの?
ってね、空気よめないこと言ってさ」

最悪です。傷に塩を練りこんでます。

「ボロボロで、ズタボロで、全然身だしなみできてないし、
滝は綺麗じゃないし、三木はアイドルじゃないし、
綾部だって可愛くないし、タカ丸さんだってかっこ可愛くない」

これがどこのいい話なんでしょうか。
頭をひねっていましたが

「でも、今日はみんな最高に格好良かったよ」

って。
私はみんなの顔をみました。
それは強力な記憶なのでしょう。思い出に笑みを浮かべて、
私は、ちゃんへの評価がゼロから−になりました。
−な子にはどうするのか。
そんなの決まっています。そこから出ていってもらうのです。
もちろん、私からではなく自分で。

演技をして努力して好かれているのです。
それなのに、何もしていない子が好かれるなんて間違っているのです。









いつもの4人で食堂でご飯を食べる。

「ほら、が好きな奴」
「ガツガツ食べるのははしたないから」
「・・・・・・あのが静かに食べてる」
「ゆっくり食べていると、消化にもいいからね」

微笑んでいると、すざっと引かれた。失礼な奴らだ。
恒例の滝VS三木の戦いに、私は手をいれる。

「ほら、目玉焼きに醤油でもソースでも、砂糖でも、
各々の好みなんだから、それを押し付けない」
「喧嘩してたら割り込んで喧嘩してたのに」
「本当に女らしくなって・・・というか、空気読めるようになって」

涙しているやつら全員殴りたかったけど、我慢した。
保健室では伊作が喜んで桃華さんにお礼を言っている。

があそこまでなってくれたのは全部桃華さんのおかげです」
「私はそこまでしてないよ。全部ちゃんの努力だから、
私に言うんじゃなくて、ちゃんにいってあげて。ね?」
「桃華さんに感謝しなとね、
「うん。桃華さんは凄いね」

桃華さんがある日言った。
くのいちは、演技をするのでしょうと。
私は頷いた。
桃華さんはにっこり笑って、じゃぁ。と続けた。
――じゃぁ、あなたは女優になるの。女らしく演じるのどう?――
私は頷いて、みんな凄く驚いて、凄く褒めてくれた。
女らしくなったねと言ってくれた。
嬉しかった。

これで、伊作は私のこと恋人にしてくれるって思ってた。
嘘でもなんでもいいから、手を繋いで頭を撫でて欲しかった。

私はいつもより気合の入ったメイクして、髪も綺麗にして保健室に入った。
目的の人物は私服で、
もしかして私を誘おうと思ってくれたんだ!!と喜んだ。

「伊作。今日一緒にあそぼう」

それもつかの間。

「今日は、桃華さんと約束しているから」

ハの字にしている伊作に、私は、怒って一緒についてく!!
と言いたかったのを奥まで飲み込んだ。

「そう。それじゃあしょうがない・・・・・・ね。じゃぁ私はくのたまの子と遊んでくる」

微笑んで、くるりと背をむけた。
私は長屋にくると、髪をほどき、服を乱雑にほどき、
そのまま横になった。

髪は毎日念入りに手入れしているだけあって綺麗で、横に流れている。
あはははと外の誰かの笑い声。
それから景色が変わって、すくりと私は立ち上がり外へ出た。
オレンジと黒の狭間。逢魔刻。
誰かの声が響いてる。
いいや、私は、この声は知ってる。

「今日付き合ってくれてありがとうございました。」
「ううん。こちらこそだよ。私のほうが楽しんじゃった」
「・・・あの、その、これほんの気持ちなんですけど」
「え、いいのよ。そういうのはちゃんに」
「これは、桃華さんのために買ったんです」









「伊作」
「ん?」
「・・・・・・・・今日、綾部が裏々山ですごい量の穴掘ってたから、
いかないほうがいいよ」
「え、本当?良かった。今日行こうと思ってたんだよね。
ありがとう。は本当に変わったね」
「・・・・・今のほうがいい?」
「うん」
「そう」

背中をつけている体温は温かいのに、私は凍りつくような気分になった。
近いのに遠い。

私は、みんなに聞いて回る。
今のほうがいいって。頷いて、頑張ったね、良かったねって言う。
前まではそれが嬉しかった。
でも。
私すっごくきついよ。苦しいよ。
なんで、分かってくれないの。
これがいいことなら、本当の私なんて必要ないってことでしょう。

ねぇ、伊作。本当は怒りたかったの。悲しかったの。悔しかったの。
なんで、私、殴る手を下ろして、泣くの耐えて、
悲しいのなかった振りして、笑わなくちゃいけないの?
桃華さんにあげて、私にはなにもないの?
私、伊作のこと好きだよ。伊作だって知ってるのに、どうして。
私より桃華さんの一緒の時のほうが楽しそうだね。
ねぇ、どうしてよ。
殴ればいいの?泣けばいいの?怒ればいいの?
それ全部いけない本当の私で、
笑っていることが正解なら、
私は。
私はもういらないじゃない。


誰からもいらないじゃない。









目を覚ますと知らない場所だった。
嗅ぎ慣れた匂いがする。
伊作?と思って体をあげたけれど、
そこにいたのは、片目だけしか見えない包帯男。

「目が覚めたかい?」
「・・・・・なんでいるの」

体を元に戻して、ふてくされる。
そんな私に何の文句を言わず、その男は話を続けた。

「君のピンチな時にはすぐに来れるって言っただろう?
まぁ、こんなにしちゃって」

すっと傷をなでられた。ぴりりと痛い。涙が出て、記憶を思い出した。
私は、今の自分が嫌で、でも死ぬ勇気もなくて、
ぴっとクナイで腕に縦に一本切れこみを入れたんだ。
そしたら、案外痛くて血の量も多くて貧血を起こして倒れて・・・

「いや、ここ学園内でしょう?なんでいるの?そしてタイミングよすぎない?」
「私のだからこういうことしないでよね」
「私は私のだから、あなたのではないから」
「うん。いつものだ」

そういって片目した見えない男・雑渡昆奈門は笑う。
なんで私がこの男にストーカまがいなことを受けているかというと、
雑渡昆奈門が恩を忘れないタイプの人間だったからだ。
戦火で、死にかけているこいつと部下を助けてから、付け回されている。
最初は勧誘で、そのうち嫁になっていた。
理屈はよく分からない。
なかなかうんと頷かない私に冗談をいっているのだろう。
目の前で髪を撫でる男からは
わずかだけれど薬草の匂いがして、涙が出そうになる。

「私今、すごく女らしいよ。前よりもいいらしいよ。あなたもそう思う?」

何人にも聞いた質問を問いた。
雑渡昆奈門は、なんだそんなことという態度で私に逆に質問する。

「君は私にどういってもらいたいんだい?」
「前のほうがいいって言ってよ」
「それが君の答えだ」

そして、私の答えでもある。
もう、おやすみ。

そういって私の瞼を閉じさせる。私はまだ言いたいことがあったのだけれど、
薬でも盛られたのか、瞼が重い。

「ざ・・・と・・さん・・・ありがと」








「伊作」

名前を呼んだ。横には桃華さんもいて、二人とも驚いていた。

髪を根元から切った。
ばさりと音を立てて地面に落ちた。
落ちたのは、芍薬も牡丹も百合の花みたいな
綺麗なものじゃなくて、真っ黒な私の愛した月日たち。
地面に落ちたそれを一回見て、
目を丸くして驚いている人を真っ直ぐみつめる。

「伊作の言うような女は私には無理だ」

そういえば、伊作は震える声で言う。

「だからって、髪を切らなくても」

そうだ。こんな短い髪の女は女じゃない。

「私、髪の毛は長いの好きじゃないんだ」

さっぱりしたと、笑って、
心のなかで何度か念じる。
もうちょっともうちょっとと。

一回深い深呼吸をする。
伊作が驚くほど小さく見えた。
いつも大きかったのに、こんなに距離が開いてたんだね。
もうちょっと。
下を向き、奥歯を噛み締めてから、顔をあげる。

「伊作好きだよ。だけど、嫌い。
私と付き合えないなら、無理だって言って欲しかった。
友達でありたいなら、そういってくれれば良かった。
私は伊作と友達になれるんだから。
こういう回りくどいのは好きじゃない。
伊作、私とは恋人になれないんでしょう?」

伊作は私を凝視しているだけで何も言わなかった。
私はそれを肯と取った。

「分かった。じゃぁ、もとに戻ろう。友達に戻ろうか」

もうちょっともうちょっとと私は私に言い聞かす。
口は上がっている?大丈夫だろうか?
伊作の手を無理やりとって、握手してからの、

「ああ、それと乙女の心をふみにじりやがって、一回殴らせろ」

鳩尾にパンチ一回いれといた。

「じゃぁ私はおとなしかった私にいいことにめちゃくちゃなこと言ってきた
野郎どもにお返ししてくるから。
手始めに、綾部の穴を全部埋めて、滝の鏡を全部割って、
三木の愛しいものたちに名前書いて、タカ丸さんにこの姿を見せる!!」

あははと高笑いをしながら、動けない伊作に背を向ける。
私の後を、誰かが追いかけてきているのは分かった。
走っても遅い足音もする彼女に、私は振り向かずに尋ねる。

「ねぇ、桃華さん。上手くいった?どうだった?
声震えてたのバレなかった?嫌いだって嘘バレなかったかな。
友達なんて戻れるないの、分からなかったよね。大丈夫だよね」

桃華さんのはぁはぁという息を整える音に自己完結する。

「そっか良かった。うん。良かった」
「・・・なんでそんなこと私に言うの?」

苛立ったような声だった。桃華さんらしくないと思うものの、
そういえば私は桃華さんとこんなに一緒にいたのに、
ちっとも桃華さんのことを知らない。
なんでそんなことをいうのか、
桃華さんの質問をリピートして、ふっと口元があがった。

「だって、桃華さん教えてくれたじゃない。
女はみんな女優だって、あの時は分からなかったけど、
ようやく理解したよ。
私だって女優だってね。それを教えてくれた桃華さんは凄いと思うんだ。
だってね、6年間授業で色々な先生が教えてくれたんだけど、
私にはちぃっとも分からなかったんだ。
それを数日足らずで教えてくれたんだから。
それと、桃華さんはいつもこんな気分だったんだね。
桃華さんは女は嘘ばっかりだっていってたけど、そうだよ。
嘘って自分を守ってるけど、相手も守ってる。
だから、嘘はつかなくちゃいけないんだ。
裏とか表とかは、まだよく分かんないけど、演じ続けるのは無理だけど、
私、ちょっとだけ強くなれた。ようやく人をちゃんと見れた。ありがとう」

ぐっと桃華さんが黙ったのを、いいことに、
私は走って走って、我慢し続けてた気持ちを溢れさせた。
涙は宙に飛んで、私の人の泣き声と分からない声は響く。


「うあぁぁんあああ、ひっぐうっぐ、好きだったんだ。
本当にすきだったんだ。不器用な優しさが好きだったんだ。
髪が綺麗だねって誰も言わないこと言ってくれたんだ。
だから私、私の髪好きだったんだ。長い髪好きだった。
傷ついた人を誰構わず助ける姿も好きだったんだ。
うぅぅう、撫でてくれれば幸せだったんだ。手をつないでいたかったんだ。
私は私でしかなれないから、私じゃないのは私には無理だ。
友達なんてなれない。なれないよ。
好きだよ。伊作。嫌いなんて嘘だ。
傍にいたいよ。恋人じゃなくても、一緒にいたい。うぁぁあああん」







「馬鹿じゃないの。あの子、強いとか優しいとか、
私がそんなわけないじゃない。
私は優しいふりして、愛される顔して、
みんなを下にみてきたの、けなしてきたの。
やりたくないことをしているっていうのは、
やりたくないことを誰かに押し付けているから、それをバレないようにしていたから。
私の場所がないっていうなら、
そこにいたものを蹴飛ばして、ここにこないようにするくらいのこと
たくさんしてきた。たくさんの子が泣いてきた。
それを気分良くみてきた。あなたのほうが貴重なんだよ。
あんたみたく真っ直ぐ裏も表もなく生きたかったよ」


もう私の負けだ。彼女は例外。認めなくちゃ。
顔をあげて、種明かしをしよう。
あの日、私と伊作くんが一緒に行ったのは、頑張ったちゃんへの
プレゼントだったんだ。伊作くんがヘタレでなかなかあげないし、
答えを言わないからこんなことになった。
いいや、違う言わないのではなくて、言えないんだろう。
だって、伊作くんは、気づいていない。
ねぇ、ちゃん聞いて。
伊作くんは本当は、ちゃんのこと好きなんだよ。
諦めるとか、そんなことしなくてももうちょっと一緒にいれば振り向く。
あの人、喋ることほとんどちゃんのことだから。
そして、ちゃんはとても綺麗だから。


追いかけようとした私にぞくりと冷たいものを感じた。
振り向こうとしたけれど体が動かない。

「しー、だめだよ。言っちゃ・・・ね?」
「だ・・れ?」
「私?私は、あの子のもので、あの子は私のもの」

ふふと狂気のみちた声が聞こえる。

ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい。
こいつはヤバい。
つぅと、冷や汗が出る。

「今回のことは、どうもありがとうね。
は自分を守るようなこともせず、むやみやたらにぶつかって、
危ないからね、精神を強くしなくちゃいけなかった。
ちょっと強くなったし、あと分かったのは、
見てるだけなんて無理。やっぱり私のそばにおこうってね。
素直が一番だよね」

うんうんと頷いている。
あなたはもう少し素直にならないほうがいいと思う。
そんな感想が頭に浮かんで、まだ自分は冷静だ落ち着けと念じる。

「だから、君はに関わるのはここで終わりだ。
これ以上のことはしないほうがいいよ。賢いから分かるだろう?」

重いものがもっと重くなった。
これが殺気。
がくがく体が震えたが、すぐに軽くなって後ろを振り向いたが、
もうだれもいない。

「さて、じゃぁ私は、行くところがあるから失礼」

その言葉を最期に、私とちゃんとの物語は終わった。












2011・05・04