「なぁ、知ってるか?松中様の話」
ハチが言った言葉に、みんな、目を向ける。
「うん?ご子息が忍術学園にいるって噂か?」
兵助が、パクリと、杏仁豆腐を口に入れた。
ほんと、兵助って豆腐好きだよね。
まぁ、僕も杏仁豆腐は嫌いじゃないけど。
「それってあり得ない話だよ。だって、俺、会ったことあるけど、普通に城の中で歩いていたし、
なにより、松中様のご子息って、結構な年だよ?」
「なーんだよ。やっぱりガセかよ。松中様のご子息が、俺たちを観察してて、
引き抜いているって話聞いたから、探そうと思ったのに」
勘ちゃんの言葉に、ハチはがっくりと肩を落とした。
「そろそろ就職だからね。そんなガセとか、年々でるよよ。
前は、蓬莱様の所のご子息がって、話しあったし。最終的にはガセだったよね」
そのときも、ハチが最初に見つけてみようぜ。なんてことを言っていた気がする。
ハチって、いい意味でも悪い意味でも流行もの好きだよね。
「ま、考えてみたら、おかしいだろう。
いくら、忍者を多く雇う必要があるからって、
ご子息自ら、忍術学園に数年もいる暇なんてないだろうに」
カランと殻になった杏仁豆腐の容器を置いて、ごちそうさまと、手をあわせている
兵助に、あー、とうなだれているハチ。
あれ、けど、前は三郎が、そんなことない、探せば、いるかも、と乗り気だったはず。
暇で暇でしょうがないときは、ガセにも乗る、面白いことが大好きな三郎が、
何も言わないなんて、とちらりと横を見れば、遠くを見ている。
「三郎?」
声をかければ、一拍空いてから、こちらを見る。
「え、何?雷蔵」
「どうしたの?三郎。この頃、ぼーっとしてるよ?」
じーっとみんなの視線が彼に集まったのを、ちょっとだけ動揺してから、
「なんでも、ないんだ」
そういった。
学園長の部屋から、出てくる は、
「まて、美味しいお菓子があるんじゃ、一緒に食わんか?」
と、裾を引っ張られている。
横から見れば、孫を可愛がるお祖父さんで、学園長と生徒という関係には、見えない。
もしかして、と のことを調べたのだけど、
学園長の血筋はなく、赤の他人だ。
ただ、学園長が、 をいたく気に入っているだけ。
それは、なぜか?
理由は、簡単。
は、肩こりが酷い学園長のために、針をやっているからだ。
その針の効き目は抜群で、学園長は針の治療費のために、
お菓子を一緒に食べているわけだが、
「のぅ、。一局打たんか?」
・・・・・・・いや、やっぱり、学園長は、
という人物をただ単に好きなだけかもしれない。
「いえ、でも授業が」
「授業は、わしがなんとか言っとく。
まさか、前回のまま、勝ち逃げは卑怯じゃよ」
困惑しているの姿なんぞ知ったこちゃないとばかりに、熱心に学園長が詰め寄る。
「しょうがありませんね」
そういって、13歳の年下に見えない雰囲気で、学園長の前に座る。
パチン。パチン。
彼の長い髪は、白い変わった髪飾りの中に収められていて、赤い珠が鈍く光った。
「」
保健室は、暗くて、一人座っているは、
私を見ると、少しばかり、笑顔を固くさせた。
「・・・・・・ツインテールは、勘弁ですよ」
「しないさ」
そういって、彼の髪を結う。
あの日から、私たちの関係性は、近づいて、名前で呼び合う仲になった。
笑顔ばかりのイメージは、壊れて、色々な表情をみれる。
それは、喜ばしいことであるけれど、増えていけばいくほど、
彼の少しばかり影のある笑顔が、気になり始めた。
私は、学園長のわがままが、彼を救っていることを、知っている。
学園長は知っているのだ。
彼が、4年の仲が良かった彼ら全員から、いないものとして扱われていることを。
声をかけようとしても、彼らはしらんぷりで、そのたびに、伸ばしかけた手を
眉をハの字にして、下ろしていることを。
後輩だって、先輩だって、彼らと同じで、
が彼らに会う度に、笑顔が曇るのを、知っているのだ。
だったら、なぜ、彼女を学園から追い出さないのか。
ギリっと奥歯を噛みしめる。
櫛を滑る茶色の髪の毛を、三つに分けて、三つ編みにしていく。
「は、日常を望むか?」
「日常が、人から見れば非日常。
非日常が、人から見れば日常だったりします。
あなたが言っている日常が一体何を、基準に言っているのか。
僕にはわかりません」
「・・・・・・消したくはないのか?」
「誰を、と聞かない方がいいでしょう。運良くここには、僕しかいませんから、
その考えは捨てた方がいいですよ」
「運良く?違う。あいつが来てから、お前は一人だ」
全ての髪を三つ編みにできた。
離せば、手をすりぬけて、下に落ちる。
「一人に見えますか?」
「だって、ここにいるのは、だけだ」
「あなたがいるじゃないですか。それとも、あなたは、人ではないのですか?」
こちらを見る目は、三日月じゃない。
髪と同じような色した瞳の中に、黄金が光る。
「・・・・・・私は、お前の側にいてもいいのか?」
「それは、あなたの自由です」
狐さん。
そう聞こえたのは、きっと空耳だ。
2010・4・30