「ああ、すいません。先輩が入っているとは思わなくて」

二人の間には、もくもくと上がる湯気。
夜と朝の狭間で、任務が終わった自身の疲れと汚れと匂いを、
すべて落とすための儀式の中、私は に出会った。
彼の上に、纏まられている髪は、どのぐらいの分量が入っているのか、
想像したことがなかったけれど、ちょっとでも、後ろに首を傾ければ、
床につくほどの長さだ。
彼は、一寸驚いてから、にこやかな笑顔をつくると、

「すみません」

ともう一度言って、出ていこうとするから、
私は湯船に使っていた体をだして、彼の腕を掴む。

「別に構わない」

その一文は、随分素っ気ないものだったけれど、
これが私にとって精一杯の返しだった。
そして、彼は器の大きい人だから気にもせず、ありがとうございます。と答えた。

バクバクと心臓が痛いほど、鳴っている。

「あのー」

「な、なんだ?」

「はじめまして、でいいんですよね?鉢屋先輩」

バクン。と一際大きく動いた心臓は、彼にのぞき込まれたわけだからじゃない。
そうか。とぽたりと墨汁が染みわたるように、広がる。

そうか。そうだよな。お前と私は、はじめましてで間違いではない。

「先輩?」

と、不安そうな声色に、私は答えた。

「ああ、そのとおり。はじめまして、 


それから、他愛のない話で賑わって、ずっと話をしたいと望んでいたから、
楽しくて、嬉しくて、お湯は苦手な私は、倒れるまで我慢したせいか、
案の定倒れて、のお世話になってしまった。

目を開けば、優しい笑顔。前と変わらない。

「あ、目が覚めましたか?風呂場で倒れたんですよ。水を飲んでください」

ゴクと冷たい水を飲み込めば、まだ体が火照っていることに気づく。
外も、まだ朝ではない。
彼の髪もまだ濡れていて、長い長い髪をパンパンと手で叩くように拭いていて、
乱雑に扱っている。
遠くで見ていることしか出来なかった自分は、
彼の穏やかな容姿にそった内容や、いい部分しか見ていなかったので、
髪を拭くことが、面倒くさそうな顔を出さないようにしているけれど、
後ろにありありと面倒。の二文字が出ている。
雷蔵に、少し似ている様に、ようやく肩の力が抜けて、
「どうかしましたか?」と優しい音色と違って、
手が荒々しくバンバンいっている音が、徐々にツボにはまっていく。

あー、あー、そうだよな。天女も、仏も、何もかも、所詮作り話。
空想、妄想、寓想。

「あー、なんだ。その、助けてくれたお礼に、それやってやろうか?」

そういえば、彼は手を止めて、苦笑した。

「お礼なんて、といいたい所ですけど、お願いします」

それからが、本当の私と彼の始まり。










甘い匂い、柔らかな感触。
キラキラ輝く大きな目に、滑らかな曲線美。
女の子って、大好き。
女の子を綺麗にするのも、大好き。
知っている?女の子って、好きな人のために、綺麗になるの。
好きだって気持ちを全部、全部を、一瞬で微笑、悲しみ、哀愁、色々な顔で表現出来る。
その瞬間が、たまらなく好き。

僕は、女の子の髪をサラサラと、手で遊ばせながら、曖昧な微笑を浮かべて、
ああ、この子は、こんな姿がお似合いって、頭の中で、一番魅力的な姿を思い描く。
それを作り上げれたときに、心は絶頂を迎える。

「さぁ、綺麗になったよ」

女の子は、みんなお姫様。
でも、この頃、僕の中で、一列に並んでいるお姫様の足並みは狂った。
一人飛び抜けて、僕の特別が現れた。
彼女は、綺麗で、可愛くて、優しくて、怪我をしている人であれば、
見返りもなく手を貸す人だった。

名前は、二宮 芙美子ちゃん。
彼女は、白い肌で、微笑む。
綺麗にしなくても彼女は、綺麗。
そばにいたくてたまらなくなるけど、彼女を綺麗にできたら、どんなに嬉しいか。
そして、その綺麗になった顔で、一番、綺麗な笑顔をして僕を、
映し出してくれたら、なんて、思って、つまらない願望を夢見る。
白い肌の人の横に、緑色の服の人が座っている。
僕はその間に入れないことを知っているけど、駄々をこねる。
だって、彼は曖昧だから。
いいや、フルフルと頭を振って、考えを飛ばして、妙に明るい声を出して、独り言を言う。

「芙美子ちゃんは、どんな髪紐が似あうかな?」

彼女は、さっきも言ったように優しくて綺麗で可愛い人で、みんな大好きだから、
僕が髪を結いたいっていっても、邪魔ばかり。
ようやく、彼女が是と言ってくれて、今日が彼女の髪を触れる初めての日。
嬉しくて、嬉しくて、前日から用意した髪紐は、仕事用具から少々溢れている。


「だから、ツインテールは嫌ですって」

「じゃぁ、ポニーテールとかどうだ?」

「ですから、いつもと同じでお願いします」

なんか、騒がしい声が聞こえる。
僕の頭の中には、芙美子ちゃんと髪のことで一杯。
そこにごちゃごちゃした声をいれたくなくて、その道を通る前に、反対側を向いた。


あ、れ?
なんで、この道を通ろうとしたんだろう?
僕、保健室に用事なんてないのに。


変なの。

「だからって、お団子を二つにしないでください」

「えー似合うのに」

「いりません!!」

三郎くんと話しているのは、誰だろう?











2010・4・29