木の下から触ることができた狐が驚き、
水面をただようあひるは、がぁと一鳴き、熊は踊り、
眠たい羊は、いつも通り、動いていた。
木の上から見ていることしか出来なかった狐が笑った。
ああ、これで、自由だ。
立花仙蔵からみて、善法寺 伊作は、 を愛していた。
後輩への慈愛、医学の腕への尊敬、性格への恩恵。
それらは、他の保健委員も、 に抱いていたけれど、
伊作はある一線を逸脱した感情を、に抱いていた。
欲、愛情、最愛とでも言おうか。
二人の間は、蟻が通れないほどで、
まだ恋仲でなくても、入り込む隙などなかったのだから。
の気持ちはよくよくは分からないが、伊作の過度な接触や、
心配を受け入れていたのだから、脈がないわけではない。
いつかは、結ばれるのだろうと、誰もが思っていた。
鈍いとされる文次郎ですら、そう思っていた。
それなのに、これはどうしたことだろうか。
は、大きな保健室で、一人薬を煎じていた。
「どうかしました。怪我などは見受けられませんが」
「いや、頭痛がするものでな」
「火薬の匂いを吸いすぎじゃありませんか?火薬を調合するのはいいですが、
換気をこまめにすることをおすすめしますよ」
はいっと、いつもの笑顔で、これが日常だといわれてしまえば信じてしまいそうな
自然さで、は、薬箱から、薬を取り私に渡した。
だから、それ以上聞くことが出来なかった。
おもしろ半分で人をからかうことはあるものの、
人を容易に傷つけることをよしとしない私は空気を読んだ。
パタンと保健室の扉を閉めると、外から声が聞こえた。
とても楽しげで陽気な声に、保健室の暗さと相まって、頭痛が鳴り止まない。
「イタイな」
それは、私ではない。
変わってしまったのは、数日間。
その数日前になにかあったというと、突然何の変哲もない少女が、
忍術学園に舞い降りた。
言葉の通り、何もない空から舞い降りたのだ。
そこに居合わせたのが、保健委員。
さすが、不運の名をものにしているだけはある。
彼らは、その少女を天女と謡い、そして魅了されたというわけだ。
確かに、遠目から見ても、近くから見ても
その少女は、可愛らしく美しく、汚れなくあったけれど、
容姿だけは天女だったけれど、
中身は言ってはいけないが、妖怪だと思う。
最初は、面白しろそうだから、
文次郎の曲者だから不用意に近づくなという
言葉を無視して、近づこうとした。
だけど。
保健委員は、なにがあっても がいるときは彼に駆け寄っていたはずなのに、
彼ではなく彼女へ向かって走っていく姿をみたとき、
彼を一人にさせている姿をみたときに、目を丸くして驚いた。
「伊作、どうかしたのか?」
「?なにが、僕はいつもどおりだけれど、そういえば、芙美子ちゃんがね」
伊作に問えば、チンプンカンプンな答え。
お前は、いつもその天女の名前・芙美子ちゃんとやらではなくて、
がと嬉しそうに言っていたのに。
そのかわり具合をみて、私は、彼女に接触することも、
彼女にかかわり合いがあるものにも手をだすことを止めた。
私は、6年生。最高学年。
何が起こっても、対処しなければいけない。そのために、冷静に第三者でいるべき。
そうしなければならない使命がある。
その時対処していたならば、なんて今更すぎる後悔をする私を叱咤した。
木の下から、見える姿は残酷だ。
あれから、天女さまは、次から次へと彼の大切なもの達を狙ったように、
取っていった。
喜八郎。
私の後輩。
彼も、伊作と同じだけれど、母親への愛情にもよく似ていた情を抱いていた。
「彼は、とても面白い。できれば、作法委員にいれたいものだ」
と私の呟きに、
「ダメです」
と一刀両断した。
「なぜだ?お前だって、一緒にいれる時間が増えるじゃないか」
「の医療活動は、私の穴を掘る行動だし、それに」
「それに?」
「仙蔵先輩、には、遊びでも本気でもダメですから」
大きな目が私が分かったというまで、捉えて離さない。
その瞳はギラギラ光っていて、ああ、お前もか。と思ったものだ。
は愛される後輩だった。
容姿は、人並み、身長も人並み、体はいやに細く、白く、
髪は、伊作の茶色よりも薄い色で、
なによりも、笑顔を絶やさない少年だった。
誰よりも、人の怪我とか、病気とか、心配して、
医療に対して熱心で、力を抜くことのない、勉強熱心な少年だった。
彼は、弱者に優しく、つらいとき、助けてもらったものも多い。
性格が、十人並みではない彼だからこそ、愛されることにも納得できた。
いや、愛されるべき少年だった。
それなのに、彼の周りには今は、誰もいない。
彼女・天女が、芙美子さんとやらが、
彼を大切に思って思われていた保健委員と4年生、全員を取っていってしまった。
たかだが、数日間、4年間に勝るものがあったのだろうか?
その疑問は、私に分かることはないだろう。
なぜならば、私は、傍観者。
学園を守るために、少年を捨てた。
だけど、もう一人の私が、彼に聞きたくなるのだ。
「いつもお前は笑顔だな」
私は、お前の笑顔を壊してやりたいと思っていたのだよ。
だから。と私が傍観者を破って、
胸を広げても、きっと は笑うのだろう。
いつも通り、なにも変りないと言わんばかりに。
それは、泣いているのとなにが違うのだろうか?
彼の笑顔は嘘つきだ。
2010・4・22