「やぁ、久しぶりだね」

「ええ、本当にお久しぶりですね。学園以来ですか?」

「そうなるね」

「ああ、お茶菓子用意しましたよ。あなたが好きそうなの」

「へー、どうもありがとう?」

「いえいえ」

座布団を引かれている場所に座り、お菓子を、忍頭巾をつけたままいれて、
御丁寧にお茶にストローまでついている。
目の前の、白い肌に、全身白い服を身に包んだ少年は、微笑んでいる。
コトンと湯のみを置き、探るように彼を見た。

「さてと、本題に入ろうか」

「なんのですか」

「わざわざ菓子まで用意して、来ることが分かってるんだから、隠さなくてもいいだろう?
くん。いや、殿?」

「あなたにかしこまられると、くすぐったい気持ちですね」

「私は、一忍頭。君の地位からは、えらく下だろう」

「僕は、しがいない医師のひよっこです。大差はないでしょうに」

「医師は医師でも、城つきのしかも、殿のお気にいりで、若様専用な人で、
監査役まで務めちゃうほどの有能がよく言うね」

「医者がこの国に少ないだけです。僕が貴重なのではなくて、
医者が貴重なのです」

「ふーん。だったら、あの子は、とても貴重だったんじゃないの?」

「誰の話をおっしゃってるんでしょうか?」

彼は、始終笑顔で、初めて見た時から、やりづらそうな人物だと思っていたけれど、
レベルアップしているみたいだ。彼
の顔からは、なんの感情も浮かんでいない。
探るように見ていても、拉致があかない。

「まぁ、いいや、まず、二宮 芙美子とは誰だい?」

「知りません」

「なんで、殺した?」

直接的な言葉だけど、彼には小細工なんて通じない。
まっすぐ、言った方がいいのだ。
彼は、少しだけ、考えこんだ振りをして、答えた。

「殺してなんていませんよ。
ただ、僕のことを大事にしてくださっている方は、学園だけではないので、
危ないから、お守りを渡したんですが」

全身白な彼に、うす緑色がちらりと揺れた。
彼の髪には、前と変わらずに、朱色の玉がついた長い髪飾りがある。

「僕に届いてしまいまして、どうやら、落としてしまったようで、
あなたのお願いは、彼女はどうやら、聞いてくれなかったようですね」

最後の言葉に、ピクリと自分の眉が動くのが分かる。
「忠告するよ。お嬢さん。最後は逆らってはいけないよ」
そういったとき、確かにあそこには、私と、天女と呼ばれた少女だけだったはずだ。
どこから漏れたのか。

「・・・・・・君、13だっけ?」

「ええ、そうですよ」

「末恐ろしいね」

その年で、全てを見通してみせる視野の広さも、
どこから入ってきているのか情報量も、
そして、一切変わらないその笑顔も、全部末恐ろしい。
大人になったなら、驚異だと、胸もとにあるクナイの確認をした。

「僕を簡単に殺せるあなたが、一回りの下の小僧を恐れますか?」

簡単?よく言う。
ここに来るのだって一苦労だったんだ。
何もないとは思えないし、殺しても、私の最後は死しかない。

「忍術学園は、実質、君の支配下だったろう。
監査役ということを、辞めたといっても一流の忍び達に、悟らせず、
あの学園長ですら、君のことを疑いもしなかった。
学園裏では、城付になった忍術学園のOBが張り巡り、
君に何かあれば、すぐさま城に伝わる。
君が一言、忍術学園が、必要ないといえば、
就職元が、全部引く。支配されているのに、支配を知らないとね。
本当に、うまくやっているよ。君は。
おかげで、私は彼らに手出しもできなかった」

「手出ししなかったなんて、手を出さなかった癖によくいいますね」

「君が、お客様を、全部撤退させるなんて、何が起こるか気になるでしょう?」

お客様。ここで言うのは、彼の仕えている殿の仕えている奴らの話だ。
彼は本当に、殿に愛されているらしい。
意見をわざわざ彼を通して聞くぐらいなのだから。
そして、彼らを撤退させ、忍術学園のOBすら撤退させた。
そこまでして、彼は、何が目的だったのだろうか?
彼は、天女なんて簡単に、それこそすぐにでも消せたはずだ。

「ふふふ、買いかぶりすぎです。何度もいいますが、僕はしがいない医師の卵。
それに、ちょっとした殿のお使いを頼まれいるだけです」

「へー、そのお礼に、松中様に身分偽造を?蓬莱様に蘭学の医学書を?」

「彼らのお願いは、殿のお使いのついでですから。
それよりも、本題は、いつ入るのでしょうか?
僕は、これからちょっと外へ行かなければいけないんですよ」

なぜ、彼が彼女をすぐ消さなかったかも、気になるが、
ここからの事の方が気になる。
いや、こんな厳しい場所に侵入して、食えない奴としゃべっているのも、
全部このためだ。

「私が来た理由は簡単だよ。君が正直に答えてくれればいいだけさ」

「伊作先輩のことですか?」

彼に言われて、情けないことに、返答に、一拍、間があいた。

「ふふふ。なんだ。芙美子さんにでも懸念がお有りかと思って、
そうですね。あなたは、僕よりも前に彼に入れ込んでいますからね」

「じゃぁ、答えてくれるかい」

「ええ、答えましょう。僕がどう思っているか。
じゃないと、あなたは帰らないでしょう?」

「よく、分かっているじゃないか」

彼は、笑顔を少しだけ崩して、茶色の瞳に金色を帯びた瞳を私に見せた。

「僕、これから諸国を旅しようと思うんですよね。
簡潔に言えば、忍術学園には、いられなくなったんですよ。
だから、彼女が来てくれて、僕的には、万々歳ですよ。
彼らは僕を止めようとするでしょう?グダグダするよりもサッパリしたお別れは、
とても気分のいいものでしたよ」

いけないと思うのに、体が先に動いていた。
私は、武器を携帯しないで、包帯を携帯する、
血の匂いじゃなくて、薬の匂いをさせている、
伊作くんに似ているけど、まったく別物に、
その白く細い喉に、クナイを突き立てようとした。
が。

私の攻撃は、狐の面をつけた忍びにクナイで止められる。

「君は」

私の一撃は、面の紐を切ったようで、カランと面が地面に落ちた。

「そうそう、僕は、天女さまが降ってきて、人物選択が簡単になったことも、
気分がいいです。彼も、引き抜きました。狐さん」

「鉢屋 三郎・・・・・・・他には?」

「ふふふ。機密事項です」

彼は、おちゃめな顔をした。
警戒している鉢屋 三郎を手で制して、
彼がクナイをしぶしぶ下ろしたから、私も下ろした。

「彼女のしていたことを、止めさせなかったのも分かった。
だけど、君の行為で、泣いている。
君を愛して人たちが、みんな泣いている。みんな悔いている。
そして、伊作くんは。
伊作くんは、君のことを、ずっと本当に愛しているんだよ。
彼は、壊れる寸前で、君を待ってる」

彼は、微笑んでいた。
月光菩薩のような、柔らかな笑みで。

「・・・・・・愛しているから、愛せと?
そんなこと、勝手に決めないで欲しいですね。
返そうが、返さないが、僕の勝手です。
彼が壊れる寸前でなら、あなたが守ればいい。
ここで、くっちゃべってないで、それがあなたのすべきことでしょう?」

彼の笑顔を、よく見れば、三日月のような弓なりな目は、
その間に、黄金色の瞳が、のぞかせている。

「ふふふ、それにしても、彼ってばおかしいですよね。
僕が好きですって、愛してるですって笑わせる。
愛なんて、しょせん、服従欲。
ずっと一緒なんて、
こんなにも簡単に崩れてしまうのに、大層な言葉を贈られたものです」

もしかして。と一縷の考えが頭をかすった。

「矛盾している。だったら、あの女を助けなればよかった。
君くらいの策士なら分かっただろう」

「僕は保健委員だから、怪我している彼女を、治療をした。それだけです」

「じゃぁ、なんで最後に、あの女をあそこから消した?」

「包帯の減りがはやくなりましてね。しかも、ちょっとの怪我で使うなんて、
医者の卵として、悲しいものですよ」

「それが、理由かい?」

「それ以外に、なにか理由が必要ですか?」

彼は、首をかしげている。
本当に、それが理由のようだ。

「君は、酷い」

「酷い?そうですか?僕は、無下に、生き物を殺しているわけでもなし、
人を殺しているわけでもなし、むしろ、生かしているのです。
僕を悪だと言うなら、あなたはどうです?
あなたの一声で、何百人は簡単に死ぬのですよ」

・・・酷い。 は壊滅的に、酷い。
人の情なんてありやしない。
だけど、それ以上に。
大人数の気配を感じて、彼に背を向けると、

「ああ、お帰りですか。それは、良かった」

と言って、最後の別れの言葉の代わりに、

「そうですね。きっと次も会うかも知れませんから、
最後に、あなたの聞きたかった本当のことを教えてあげますよ。
雑渡さん。僕はね。
善法寺 伊作という男が、心の底から大嫌いだったんですよ」

真実を教えてくれた。
これが、物語の最初にして根本。
彼を睨んでも、彼はやっぱり、微笑を浮かべていた。
だから、彼の大嫌いの真実を、私は隠した。
彼は、酷い。 は、壊滅的に酷い。
だけど、それ以上に、可哀想な子供だ。

 は、愛を、服従としか知らない哀れな子供だった。










2010・5・8