目が覚めると、鳥のさえずりが聞こえ、障子から漏れる強烈な光が見えた。
「おはよう」寝ぼけ眼で、僕よりも先に起きた留さんに声をかける。
そんな僕に、「おはよう」と返してくれる。

そんな当たり前の朝だった。

忍びの卵として、音を殺して、床を歩いて、僕は、保健室へ行く。
入ると、ガランとしていて、薄暗い。
久しぶりに、ここに来たような心地がして、僕は一つの違和感を覚えた。
ごちゃごちゃに、なっている、ビンとか薬草とかが整頓されていて、
ぐちゃぐちゃに、なっている保健室利用者の記帳が、
綺麗にまとまっている。その字もまた綺麗で、上にある記入者の名前を見て、

は、どこにいるんだろう?」

そんな呟きを零した。


木漏れ日の中に、彼の白さが際立って、光が彼を覆い隠してしまうから、
僕は、手を伸ばした。
手のひらを開けば、明るく光っているだけで、何も掴めていない。
開いて閉じてを何回も繰り返して、徐々に飽きてきたその行動に、
あまりの暇さに、保健室を出て行った。
そこから、穴に落ちて、いけいけどんどんと聞こえた声と共に、石が上から降ってくる。
・・・・・・不運だ。

穴の上を見れば、太陽が光っていた。
クナイを使って登ろうとすると、影ができた。

「またか」

「ごめん」

丁度よく通りかかった留さんが、僕に手を貸してくれた。
上にあがって、地上へ出ると、息がしやすくなったから、
なんとなしに、探し人の行方を聞いた。

「留さん。、知らないかなぁ。
あ、別に、急いでいるわけじゃなんだけど。聞きたいことがあってさ」

それ聞いたら、留さんにも話すね。と笑顔で言えば、
カランと鳴った。
何だと思えば、留さんが持っていた、シャベルを落とした。
それから、目を見開いて、僕の顔を凝視している。

「ど、どうしたの?」

「伊作」

それから、留さんは、口をパクパク何回か開いて、頭を抱えこんだ。

もぅ、なんなのさ。

遠くで、4年生の声が聞こえる。
喧嘩の声じゃなくて、焦っている声だ。珍しい。

「真実を知りたいか、伊作?」

ひゅんと一陣の風を感じると、そこには、6年い組が立っていた。

「余計なことを言うな、仙蔵!!」

「おや、余計なこと?いずれ知ることだ。
ずるずると延ばし延ばしすることが、お前の優しさか?留三郎」

仙蔵が冷たい目で、留さんを見ている。
二人の緊迫した様子に、ねぇ、何かあったの?と聞こうとする前に、
僕の前に、文次郎が立っていた。
目の下の隈が前よりも濃くなっている。

「あー、文次郎。何徹したのさ!に、見つかったら、怒られるよ!!」

「もう、あいつは、そんなことしない」

「何言ってるの。の信条を、裏切らないよ」

「そうだな。は、信条を守った。お前から」

「はっ?」

「伊作。は」

そんな、はずない。
何を言っているの?嘘言わないで、ねぇ、そんな冗談笑えやしない。
そうでしょう?嘘だって言ってよ。留さんも、グルなんて、ひどいよ。
と、掴みかかる前に、理解する前に、ガァンと脳みそが揺れた。
じわりと熱を持った頬に感じる痛みに、涙が出てくる。
グイと、胸もとを引かれ、顔を近づけられると、
文次郎の瞳が、グラグラ炎に揺れている。
6年間一緒にいたけど、そんなに静かに怒る姿初めて見た。

は、お前のせいで、学園を去った。
お前に、もう二度会わないだろう」

離された後の、頬の痛み、穴に落ちたときに捻挫した足、
友人の冷たい視線、無言の圧力。
それよりも、突きつけられた現実が、酷く痛い。

立ち膝の状態で、呆けていると、留さんが声をかけた。

「文次郎の言ったことは、本当?」

留さんの瞳を見ずに聞いた。
だけど、留さんの顔が分かる。今、すごく困っているでしょう?
学園全てを、くまなく探そうと思いたいけど、

!!どこにいるの。

と、綾部の必死な声を聞いて。辞めた。


留さん。僕。言おうと思ったことがあるんだ。
だけど、願担ぎして、言わないでおいたんだ。


「僕、君が好きなんだ。を愛してる」

と呟けば、糸が繋がったように、思い出す。
僕が、天女だなんて女に心奪われる前に、最後に君へ贈った言葉。
そして、君の最後の言葉は、「さようなら」。
振られちゃったよ。アハハハ。
いいや、僕のせいか?
僕が、全部自分の手でめちゃくちゃにしたんだ。
ぐっと、上からこみ上げ続ける。大きな空気の玉。
名前をつければ、空虚感。

愛してる。好きだよ。ずっと二人で一緒にいよう。
あの子に、一度贈った言葉は、嫌?
だったら、辞典を何回でも読んでみせるよ。

ああ、でも。
名前を呼んで、思いを言っても、もう声は、届かない。

、今、何してる?
僕は、これから、何すればいい?
どうしてかな。真っ暗なんだ。
光が見えない。おかしい。穴の中よりも暗いよ。
ねぇ、
もしも、あの女がいなければ、僕の横に、君はいてくれた?
「さようなら」以外の言葉を、僕にくれた?
そうだったら、嬉しいなぁ。
ああ、なら、もう一度、時間を戻して。
そして、「愛してる」の答えを、僕に頂戴。


こんな、終りに誰がした?
言うまでもなく僕。この嘆きこの悲しみを、どうしようもできない。







2010・5・6