曇り空だった。とても淀んだ曇り空だった。
彼の部屋へ行くと、彼は若草色した風呂敷を結んでいた。
忍服じゃなくて、薄紫色の私服で、彼を主張していた赤い珠がついた
長い緑の結紐はなくなっていた。
私の顔を、みて彼は、微笑を浮かべた。
苦笑のようなそれに、自分の顔がどうなっているか分かる。
どこへ、行くんだ?と声をかけようとして、止めた。
そのかわりに。
「行くのか?」
「ええ」
彼は、よいしょと年下とは思えない掛け声を、言うと立ち上がった。
視線は私よりも少し低い。
彼の、茶色の黄金色が私を射抜く。
これ以上、言うこともないのだと訴えていることは、分かっている。
私の激情が体の細部に行き渡っていて、言葉になる前に止めていたのだけれど、
もう限界だった。
「どうして、保健委員をやめるだけだろう。委員会を変えればいい。
保健委員じゃなくても、治療行為は出来るだろう?
他の奴らだって、不抜けた保健委員よりもの方がいいっていっている。
それに、一年経てば、善法寺先輩はいなくなるから、もう一度戻れる。
っなんで、学園を辞める必要があるんだよ!!」
「それだけではないんですよ」
は、笑わなかった。
いつも、笑う彼が目を閉じていた。
彼は、今、何を思っているんだろう。善法寺先輩のことだろう。
4年間。は、善法寺先輩と共にあった。
仲睦まじい二人で、二人とも好き合っているのが、分かったから、
周りが邪魔していた。
は、友人から愛され、後輩から愛され、先輩から愛されていた。
それを、私は上から見ているだけで、彼らが付きあわないことを祈っていた。
だけど、こんな終りを望んだわけではない。
が、この場所にいれないほどに、
好きだっただろう善法寺先輩に、傷つかされて一人になるなんて。
「そんな、顔しないでくださいよ」
彼が、私の頬を優しく撫でた。
嗚呼。
恨みます。私は、善法寺先輩、あなたを。
あなたの一言で、なんで彼をこんなに出来るんですか。
羨ましい。妬ましい。
善法寺先輩。私、苦しくて、しょうがないんです。
でも、私よりものほうが、もっと、もっと、そうなんです。
だから、彼が笑いません。
きっと、あなたがいないと心の底から笑いません。
嗚呼。
なんで、私は、善法寺先輩じゃないんだろう。
なんで、私じゃ駄目なんだろう。
愛してる。なんてそんな綺麗な言葉じゃ、纏まらないほどの愛を持っているのに。
私は、のためなら、天女を殺して、天から罰を受けたって構わないのに。
が、天女を殺しても、その相棒を担いだっていいのに。
だけど、は、だから。
怪我している人を、治す人は、自ら、怪我を作らない。
体にも、心にも。
空は、曇り空。
雨が降れば、の足を引き止めることができるのに、降りやしない。
「ではまた」
彼が、忍服を脱いで、部屋から出たときに、雨が振った。
一部だけの集中豪雨。ポタポタと床に跡を残す。
彼は、いなくなった。
でも、短い言葉に、別れの言葉が入っていなかったから、安心した。
今度の休日。彼のところへ行こう。
どんなに遠くても、行こう。必ず。
だって、私は自由。
あの時、が傍にいてもいいと言った日から、
今度は、見ているだけじゃなくて、祈っているだけじゃなくて、恨んでいるだけじゃなくて、
今度は、ちゃんと傍で、手をとって、本当の笑顔を私がつくりだしたい。
2010・5・4