「そうですか」

彼は、淡々と言った。

「あなたは、髪を愛したのですね」

それは、笑顔であったのだけれど、悲しそうな顔をしていた。
僕は、鋏を落とした。
違うと叫びたくても、声にならない。
だって、何が違うか僕は分からないから。

「ですが、これは僕のものではないのですよ。
それに、三郎先輩の好きなものを盗られてしまえば、とても怒ってしまいます」

「失礼な。私は、のだから好きなんだ。髪フェチと一緒にするな」

僕の握っていた手は、簡単に外されて、
三郎くんは、僕を威嚇しながら、ぎゅっと彼を抱きしめている。
抱きしめられている彼は、少しばかり口を上げて、目を弓なりにする。

「果報者ですね。僕も。
と言うわけで、すみませんが、あなたの望みは叶えられません。
もっと、いい髪が傍にあるはずです。
昔など忘れてしまえば、きっと楽になれますよ」

そういって、彼は最後に、三郎くんに見せる笑顔と違う笑顔で、
僕に微笑んだ。

頭痛がやんで、波が襲ってくる。
感情の波が、僕ははははと笑って、その場を後にした。

嘘つきだね。君は。
誰にも結わせないでねって言ったのに。約束したのに。
でも、最初にそれを破ったのは、僕だけどね。
毎日は、僕にはできなかったね。
きっと、僕は、僕らは、君を傷つけたね。
それを、助けたのが、三郎くんなんだろうね。


僕は、大好きな人を誰か、忘れてしまった。

「タカ丸さん、どこ行ってたんですか?」

「芙美子さんが、お礼に、南蛮菓子焼いてきてくれましたよ」

「さぁ、食べましょう」

芙美子さんが作った南蛮菓子を口に入れてから、僕は涙を流す。

「どうしたんですか。あ、これ、塩と砂糖を間違えてる」

「しょっぱー」

みんな、涙を流す。
みんなも、彼を忘れてしまったから。
僕の大好きな人は、芙美子さんではない。
僕の大好きな人は、きっと、きっと、彼なんだろう。
分かれば、芙美子さんへの思いがなんと薄っぺらいものか。
でも、思い出しても、思い出さなくても、


僕は、もう、終わってる。


君の大切な人になりたかったよ。
だけど、なれないと諦めていたよ。
そんなこと、決めつけないで、進めばよかったのに。
そうしたら、僕も三郎くんみたくなれたかな?

でも、もう遅いよね。君はもう、僕を助けにこないでしょう?
僕は、君の真実を一つだけ知っている。

君の信条は、

気に入った人やものだけにしか、発動しない。
そして、君が助けた人は総じて、君を守っている。









2010・5・4