君は、誰?
僕の心を支配する。君は、誰なの?
僕の心に一人居座っている人がいた。
それが誰だか分からないけど、なんでか、ずっと芙美子ちゃんだと思っていた。
だけど、彼女の髪に触れた瞬間。脳が僕に送ってくる暗号。
”違う”
違う、違う、違う、違う。
彼女の髪の毛は癖のない直毛で、痛んでもいなければ、枝毛もない
素晴らしい極上の髪の毛なのに、
僕は、涙が溢れそうになった。いいや、こぼれていた。
「タカ丸さん?どうしたの?」
「ううん、嬉しくて。こんな綺麗な髪に僕触れるんだなぁって、思って」
なんて思ってもいるけど、それ以上に違う涙がこみ上げてくる。
僕が、愛した髪は、もっともっと長かった。
ちょっと柔らかなクセ毛だった。
髪を結う度に、くすぐったいとクスクスと笑っていた。
毎日、触っていたはずなんだ。それは、芙美子さんだと思ったのに、
声だって。あんなに高くなくて、もっと低くて、心地よい・・・
「三郎先輩って、抱きつくの好きですよね」
「嫌?」
「いいえ」
声が、聞こえた。それは、僕が思い描いていた声に似ていたからふらりと、
近寄った。
「お、。髪、出てるぞ」
「三郎先輩が、ぐしゃぐしゃにしたんですよ」
「それは、いけないな。お詫びになおそう」
「え、いいですよ。三郎先輩、変な髪型にするって、あー」
さらりと、長い髪が出てくる。
長い長い髪が、僕の心を波打つ。
あ、れは。
「先輩、くすぐったいです」
「んー?」
「って、なんで抱きついてくるんですか?」
「さっき、嫌じゃないって言った」
「なに、駄々こねてるんですか。髪は?」
「あー、こうすると、気持ちいいなぁ。柔らかくて、もこもこで、私、の髪好きだ」
好き・・・・・・大好き。大好きだよ。
”僕、 くんの髪結うの、大好きだから”
白い肌の人の横に、緑色の服の人が座っている。
僕はその間に入れないことを知っているけど、駄々をこねる。
だって、彼は曖昧だから。
彼は、彼女じゃない。
彼は、一体誰だ?
髪の長い長い彼が、抱かれて、少しだけ頬を染めている。
あんな顔、僕、見たことがない。
だって、彼はいつでも微笑んでいて、あの人だけ特別だったから、
割り込めないと思っていた。
でも、諦められなくて、彼らが本当に付き合うまで、
僕らは特別でありたかった。
本当は、髪結うのが大好きじゃなくて、彼が大好きで。
僕は、走った。
走って、走って、4年長屋に来ると。
三人は、丁度部屋にいて、息を切らして、僕は聞く。
目を見開いて、驚いていたけど、そんなことはどうでもいい。
「ねぇ、僕は誰が大好きなの?」
皆は顔を合わせて、なんだそんなことと、答えた。
「芙美子さんでしょう?」
三木くんが答える。
「ノロケですか?望むところです」
喜八郎くんが立ち上がる。
「髪結うこと以外に変なことしてませんよね?」
滝くんが、睨む。
「ねぇ、君たちは、誰が好きなの?」
「「「もちろん、芙美子さんですよ」」」
”違う!!!!!!”
「そうだよね。ごめんね、当たり前なことを聞いて」
僕は、そのまま、ふらり、ふらりと、心もとなく歩いていった。
どこへ、歩いていくのか分からない。ただ、頭が割れるように痛い。
痛い、イタイよぉ。
保健室と書かれた扉を開けると、
長い長い髪が、丸く上のほうにお団子になって、束ねられているところだった。
あ。
『ねぇ、 くん。僕ね。毎日やるから。他の人に、髪を結わせないでね?』
「なんの御用でしょうか?」
そんな他人行儀な顔しないで。
ああ、だけど、彼は他人だ。なのに、どうして?
頭が、割れそうに痛い。腕を掴む。白くて細い腕を。
「痛」
「何をしてるんですか。斎藤さん。離して下さい」
「君は一体、何なの?」
僕の必死な形相を見て、三郎くんが止まる。
「もう、かき乱すのはやめてよ。痛いよ」
頭を片手で掴む僕に、うっ血してきた彼が、聞く。
「大丈夫ですか?」
その言葉は、聞き覚えがあった。
それは、僕が、何もないところで転んだときだ。
一杯の罠に、毎度、毎度、引っ掛かり、しかも、今度は石すらないところに、
周りのみんなはさすがにという顔をされて、僕はとても恥ずかしかったけれど、
「大丈夫ですか?」
彼は、手を差し伸べてくれた。小さなことでも、なんでも、彼は手を差出してくれた。
「もう、いいよぉ。くんだって、怪我してるよ?
僕に構わなくても、もういいよ」
僕に巻き込まれて、怪我した時だって、僕より酷い怪我なのに、
彼は笑って言うんだ。
「大丈夫ですよ。僕は、ちゃんと救える文だけ救うんですから」
そう笑った君のこと、僕は。
「い、痛いよ。助けてよ」
涙が溢れる。ああ、どうすれば、これが収まるんだろう?
彼のお団子はちゃんと固定されていなかったらしく、垂らされている。
そうだ。そうだよね。
きっと、これがあれば。
僕は、胸もとから、鋏を取り出して、微笑んだ。
「ねぇ、その髪、頂戴?そうすれば、僕は大丈夫になれるから」
2010・4・30