「かくとだに えやは伊吹の さしも草
さしも知らじな 燃ゆる思ひを」
あの日、あの子が死んだ。もう、なんだか分からなかった。
でも、とても穏やかな顔をしていたから、僕は突っ立ていることしか出来なかった。
僕はそれから、真っ赤に染まった部屋で、
異常に、真っ白な日記を誰かが来る前に奪った。
彼女が、前々から先に死んだら、誰にも見られたくないから
捨ててくれって言ってたけど、僕は、馬鹿だから、
忘れて読んでしまった。
日記を読んで、僕宛の遺書に、涙が溢れてくる。
泣くな、なんて書かないで欲しかった。
僕は、泣き虫だから、君がいないと泣きやめない。
さようなら。って一番嫌いな言葉なんで使うの?
彼女が来なくなって、一ヶ月が経った。
どうしたのかな?って思ったけれど、ようやく絶対安静がとけて、
自由に動けるようになったかららしい。
ちょっと寂しいものの、嬉しさが溢れた。
元気なのはいいことだ。
ザッザと落ち葉をはく。
なんでか、葉っぱは集まらずに、散らかっていく。
なんで?と頭をひねれば、
「小松田さん。あんたなにしてるんですか?」
「あ、利吉さんじゃないですか。入門表に記入をお願いします」
「・・・・・・こういうことだけ、しっかりしていてどうする」
「あはは、それ、他の子にも言われましたよ」
と、苦笑する。サラサラと利吉さんは、入門表にサインを書くと、
忙しいから、失礼しますよ。と足早に行ってしまった。
彼も、僕のことを気にかけてくれる優しい人だけれど、
彼女は、もっと優しい人だった。
そして、とても気が強い人だった。
僕より年下なのに、僕の手を引っ張って、前を歩いていた。
何をやっても、ダメなやつといういじめっ子を、
思いっきりひっぱたいて、
「秀作は、ダメなんかじゃない。ダメなんかじゃないんだからね」
そう言って、泣いて怒る彼女は、僕にとって年下のお姉ちゃんみたいな存在だった。
二人年をとっても、
僕は、忍術学園で事務委員で、彼女は、忍術学園で生徒に、
なっても、関係は変わらなかった。
事務委員が決まったときは、彼女は自分のことのように喜んで、
「なにかあったら、すぐ私に言うんだよ。
秀作は、ちょっとドジだから、心配だな。
でも、手伝いすぎは、秀作のためにならないから、
本当に、必要なときに声をかけてね」
なんて言われて、そんなことしないと思っていたけれど、
悔しいことに、僕は、何回も彼女に声をかけた。
そのたびに、しょうがないなと苦笑する彼女を何回見ただろう。
失敗しても、前よりも進んでいる、こうなるよりは良かったといつも励ましてくれた。
僕は、よく彼女に不安や愚痴をこぼしていたけれど、
彼女は一度もこぼしたことがなかった。
彼女は、感情の起伏が激しい人で、
怒って泣いていることや、悔しくて泣いていることや、
嬉しくて泣いていることは、よく見たことはあった。
だけど、悲しくて泣いている姿は、一度も見たことがなかった。
一度もなかった・・・・・・・実は一回だけあった。
夜に、忘れ物を届けようとしたときに、彼女は静かに泣いていた。
僕は、声をかければ、泣き止んでしまうとか、
僕に助けることが出来る?とか色々考えてしまって、
何もすることが出来なかった。出来なかったんだ。
ごめんなさい。ごめんなさい。
ボロボロと溢れる涙が、彼女の白い日記の上に落ちる。
君は、こんなに苦しんできてたのに。
こんなに助けを求めていたのに。
僕は、へらへら笑って、慰めてもらっているだけ。
彼女が目覚めないで、一週間経った。
僕は、毎日祈った。
強くなるから。もっと、もっと凄い努力して、立派になるから、
だから、神様。ちゃんを、幸せにしてあげてください。
僕が一生、不幸でも構いません。
ちゃんは、僕に、幸せをずっとずっとくれ続けていたんです。
とても、気の強いお姉ちゃんみたいな人だけど、本当は、
誰かに泣き言を言って、声を出して泣きたかったはずなんです。
あんな静かに泣きたい人じゃないんです。
神様。ちゃんは、なにも悪ことなんてしてません。
すっごく、いい子です。こんな僕を、ずっと支え続けてくれました。
両親ですら、ダメな子と言うのを、本気で怒ってくれました。
ちゃんが、死んだら、僕は、僕は。
それから、
祈りがつうじて、彼女は目を覚ました。
祈りがつうじて、彼女はすべてを忘れた。
祈りがつうじて、僕はちょっぴり不幸になった。
だけど、
ここからは、自分の力でどうにかする。
僕は、頑張って、凄い努力をして、
前のように、何もしないなんてしない
今度は、僕が彼女に、幸せを与えたい。
君が君でなくても、君が幸せなら、それが僕の幸せ。
だから、僕はもう逃げなしないよ。
2010・4・19