「は、日記を書いていたわ」
そう教えてくれたのは、あの時の彼女で、
伏せられた瞳に、長いまつげが映えた。
私は、彼女に感謝の意をつげて、部屋に戻った。
「あれ?ちゃん?」
あなたは、
私の目は見開いて、純粋に驚るく。
だって、彼女は。
「久しぶりだね。ちゃんは、これからどっか行くの?」
なんてことだ。
「!!」
後ろから叫び声に近い声が、聞こえた。
彼女たちは、私から彼女を離して、睨みつける。
彼女は、驚いた顔をして、それから悲しい顔をして、
じゃぁねと去りぎわに、言った。
「ああ、そうだ。 くんとこの頃一緒にいないけど、どうしたの?心配していたよ?」
彼女は、虫も殺さない顔をして、
くのいちの殺気すら相殺する柔らかな笑顔を見せて、去っていった。
彼女の姿が、豆粒程になり、ようやく声が出た。
「どういうこと。なんで」
「。いいの、もう、忘れましょう。
彼らのことは、あなたに、関係ないの。
あなたは、違う幸せな道をいける」
あんなことに、もう二度とさせやしないと、ぎゅっとくのいちの彼女は、私の体を抱きしめた。
ああ、なんということだ。
彼女は、天女さま。私を殺した張本人。
彼女は、私を殺したことも知らずに、笑っていらっしゃる。
それどころか、彼とのことを聞くなんて、ああ、なんていうことだ。
私は、とても可哀想でミジメで、どうしようもないから、くのいちの彼女たちは、
私のために涙をながすのに、私ときたら、涙一粒落ちやしない。
本当に、私はですか?
部屋をひっくり返して、自分の過去での証の日記を見つけようとしたけれど、
一向に見つかる気配がない。
今日も、白い花が置いてあった。
置くだけじゃなくて、私に一声かけてください。
そうすれば、私は、きっと涙が止まるでしょう。
「ちゃん。終りにしようか」
「いつも思うのだけれど、私にも給料くれてもいいと思う」
「あはは、今度何かおごるから、えーと、あんみつ屋さんでいい?」
「・・・・・・うん」
ゴミ袋の中には、一杯のゴミが入っている。
あーあーと後ろから、悲痛な小松田さんの叫び声が聞こえたが、
無視して、自分の袋の端をしめた。
助けてやれば、自分のゴミに突っ込まれて、最初からやり直しなんて
ザラだ。こういうときには、自分の終わらし、
彼の手の届かない遠くにゴミを置いてから、手を貸した方がいいことを学習した。
全てのゴミの端を縛れば、私のゴミは、何十個あって、
小松田さんのは、最初からやり直しにしたものを加えても数個しかない。
本当に、学園は私に給料を支払うべきだ。
ちゃん〜と間の抜けた声が聞こえたから、私は、はいはいとそっちに向かう。
小松田さんのお決まりのごめんね?を聞けば、
最初は、青空だったのに、今はもう茜色。
上を仰ぎみれば、大きなトマト色した太陽が、地平線に吸い込まれていた。
「ちゃん」
「なに?」
「あんみつ嫌い?」
言われた言葉に驚いて、後ろを振り向く。
苦笑している小松田さんが、少しオレンジ色に染まって立っている。
「ちゃんの好きな所でいいんだよ?」
彼の言葉に、時が止まったかのよう。夕日が沈むのは一瞬なのに、
今日の夕日は、きまぐれに止まってみせる。
「いいよ。それは、昔の私が好きだったんでしょう。だったら、私も好きだよ。
きっと」
「じゃぁ、なんでそんな顔をしてるの?」
小松田さんは、普段は鈍いくせに、時々妙に人の確信をつく。
じっ、とこっちを見る目は、引く気がないのが分かって、ふぅとため息を吐いた。
頭の中には、この間のこと。
きゅうりを、渡されて頭の中は、?。
顔をあげれば、「好きでしょう?あげるよ」だって、
きゅうりを食べれば、シャクリと音をたてて、水の味。
嫌い?好き?と聞かれたら、
目の前のくれた子が、嬉しそうに微笑んでいるから、好きしかない。
だから、今の私が、本当に好きなものは、何か分からない。
夕日は、やっぱりノロノロと、小松田さんの速さに合わせて落ちている。
「例えば」
自分の声がとても単調に響く。
「例えば、桶に水をいれるとするじゃない。いつも満杯であったそれが、ある日突然、
空っぽになったとする。それを毎日見ていた人は、そこに水以外はいれない。
だって、その桶は、水をいれるためのものだと思っているから、だから」
だから、私は、空っぽで、彼女らから、水をいれられて、なるのは、前の私。
今の私は、なんなのだろうか。
小松田さんをみれば、眉毛をハの字にしている。
「ごめん。分からない」
答えに、呆れ、諦め、安心した。
なんで、彼に誰にも話せない話をしたのか、
理解されたくないからに他ならない。
理解されて憐れられるのは、昔の私だけで十分だ。
さぁ、そろそろ風も冷たくなってきたから、帰ろうかといえば、
彼は、ザッザと音を立てて、私に近寄る。
「でも、ちゃんが嫌なら。僕が、花弁を浮かべるよ。
ちゃんが悲しいなら、僕に言ってよ」
「言ってどうなるの?」
「えーと、手伝いとか、慰めるとか・・・・・・うん、それ、僕がいつもされているね」
アハハハと、年上に見えない、子供のような無邪気に笑って、
私との距離を詰めると、彼は、私の手を握った。
想像したよりも固い手に、大きな手に、彼が年上で、男だと思い出す。
「でも、僕は、何も出来ないけど、ちゃんが言ってくれたら、
全速力で走って、いつでもこうやって、ちゃんの手を握るよ。
ごめんね?それしか出来ない僕で、今はこれで許してね。
いつか立派な忍びになって、僕はもっと出来るようになるから」
なんで、この人はここまで私にしてくれるのだろう。
昔の私と関係は何?
私じゃなくて、あなたが助けたいのは、昔のでしょう?
なんて、ひねくれたこと、言えずに、ぐっと腹の底から込み上げてくるものを耐えた。
「いいよ。それで、いい」
ワンワンと子供のように泣きたかったけど、
横でのんきで笑っている小松田さんをみて、泣くのを止めた。
なぜか、彼の前では、泣いていけない気がしたから。
「ちゃん。幸せ?」
そう言って、夕日に照らされた彼の顔は、見えなかった。
ただ、ふわりとかぎなれた匂いがした。
その時は、たいして気も止めずに、彼の答えになんて言っていいのか。
分からなかった。
2010・4・11