ゆっくりゆっくりと落ちていく。
上か下かは分からない。
体の力が徐々に抜けていって、水の中に、潜っていく。
水の中は、寒いとか、熱いとかそんなもの存在しない。
空気の中にいるようだ。
耳に水が入り、世界が変わる。
ドクン、ドクン、と心音が響いて、私は生きていることを実感した。
パチリと音がした。まぶたが開いた音だ。
上に見えるは、慣れた天井。起きて、すぐに白い花の箱を開ける。
それを、見てから私は私として安心して今日も生きれる。

「小松田さん」

「あ、ちゃん、おはよう」

「うん、おはよう」

私は、あれから、天女さまの観察を止めた。
止めたというには、語弊があるから、中断と言おう。
理由は、飽きたが大部分だけど、どうして私はこんなことをしているのか、
自己嫌悪に陥ったのもある。
私は、私。過去を知ってどうする。
過去の私になりたいわけではなく、私になりたいんだ。
だから、過去なんていらない。と思う気持ちと、過去の私は何をしたのか、
今の私と何が違くて、同じなのか、気になる。所詮、私は、彼女であるからしょうがない。
との気持ちがぶつかっている。
頭を抱えて、こんがらった糸を解いていっても、糸は次から次へと絡んで行く。
砂地獄に落ちた砂のようだ。
そして、小松田さんは、穴に落ちていると。

「大丈夫?」

「ははは」

いや、笑うところではない。
何が楽しいのか、穴に落ちて笑う彼に手を貸す。
天女さまの観察をやめて、始めたことは、小松田さんの手伝い。元に尻拭い。
大変だけど、彼の境遇を見て、かわいそうだという思いのほうが強い。
彼は、天女さまを泣かせた男として、時々忍たまからいじめ前の悪戯を受けているようだ。
もとから、小松田さんは、抜けているのに、狙われてしまえば、パカパカと
罠に引っかかる。一回目は、暇だから。二回目は、見ていれられなくなって、
三回目は、そういう連鎖をするかと感動して。
四回目は、ここまで来てしまえば、見捨てれなくなってしまった。
私は、情が熱いのだろうか?いいや、そんなことはない、一回は見捨てている。

ちゃん。見て見て、今日はちゃんとできたんだ」

と、胸を張って、事務所のノートを見せる彼は、年上の癖に年下のようだ。
ちらりと見れば、犬の耳と、しっぽの幻覚が見える。
しかも、しっぽは、はちきれんばかりに振られている。
そんな彼を褒めないでいれれるほど、母性本能がないわけじゃない。

「すごい。偉い」
と、頭をなでる。最初は、つい犬をなでる気持ちで、やってしまい、
彼は驚いた顔をしたけれど、次からは、彼自ら求めるようになった。
そんなこんな毎日を送っているので、
私に天女さまなど記憶の隅に追いやれているはずだったけど、
くのいちの彼女らが、私に言った小さなヒントを思い出したから、
墨をこばしている小松田さんに、布巾を渡して、聞く。

「忍たまは、学年ごとに忍びの色が違うんでしょう?」

「うん、そうだよ」

「六年生の色は何色なの?」

真実を隠したくのいちから零れてた、小さなヒント。
私の愛した人は、六年生だった。
天女さまに群がる人たちは大体頭に入っているけど、
どの彼らが何年生かまったく分からない。
小松田さんは、いつものように笑って答えた。

「青紫色だよ」

私は、彼の言葉を反芻し、私の愛していた人に当てはめた。
だけど、おかしい。彼女の周りに青紫色はいない。
頭をかしげると、くのいちの教室に、ひらりと鮮やかな蝶が飛んできた。
すっと手を出すと、蝶は私の指元に止まろうとしているところに、

「ま、待て、それは毒蝶だあぁァァァ!!!!」

そういって、髪の毛も体もすべてボロボロの青紫色の人が入ってきた。
くのいちと忍たまの間には、いっぱいの罠が仕掛けられている。
それを、看破してできた怪我だろうか。
毒蝶を、虫かごに入れれば、用はないと、くるりと後ろを向いた彼に声をかけた。

「いきなりきて、一言もなしで帰るのは、どうだろう?」

「・・・・・・すまなかった」

「すまないとは、どういうこと?」

「これは、生物委員会ので、逃亡したんだ。それを追いかけていたら、ここに。
他のくのいちには、言わないでくれ。フルボッコされる」

「生物委員会?逃亡?フーン、忍たまには、委員会なんてあるんだね」

「はっ?何言ってんだ」

「君は、私を知っている?」

「5年くのいちのだろう」

「そう。だけど、私は君を知らない」

「あー、俺は、5年ろ組の竹谷 八左ヱ門。
前に、お前から、しびれ薬入のおまんじゅうをいただいたものだ」

「そんなこともしたんだね」

「なに、知らない振りしているんだ?」

「知らない振りじゃなくて、知らないの。それが、正解。じゃぁ、
竹谷くん、そっちは、罠だらけだから、あっちをお勧めする」

「・・・・・・罠じゃないだろうな」

「いいや?これは、正当なる報酬。竹谷くんは私が欲しかった答えをくれたからね」

ヒラヒラと手を降れば、疑わしそうな顔をして、竹谷くんはいなくなった。
なるほど、なるほど。
ギャァーという声とともに、私は考える。
もちろん、私は、ちゃんと竹谷くんに罠のない道を教えた。
ただし、そっちの道にくのいちが、いないとは言っていない。
どっちを選んでもイバラの道なら、まだ温情がある人のほうがマシかと思ったんだ。
ま、彼のことはさて置いて、答えがでないことに答えが出た。

彼は嘘をついた。
だけど、彼を責めることなんてしない。
嘘か、間違がえか区別がつかないからだ。
結構一緒にいて、彼を知っていくうちに思ったけれど、
彼は、抜けている+どこか馬鹿だ。
だから、彼は嘘をついたかもしれないし、つかなかったかも知れない。
どっちの答えも、酷だから、私は素知らぬふりをして、
また、天女さまの観察を再開した。
さて、大きいのが最上級生だから、6年生は、緑色だろう。

6年生には、髪の綺麗な女みたいな奴と、
ギンギンとなき、隈のひどい奴と、
無口で、いかつくどうみても、15歳には見えない奴と、
バレーボールをぶっぱなしている迷惑極まりない犬みたいな奴と、
小松田さん以上に穴に落ちて、何も無いとこから不幸が降ってくる奴と、
目つきがいかつくて、隈の奴に喧嘩し、不幸の奴を助け、後輩に甘い奴と、
個性豊かな面々がいる。
彼らのうちどれだろうと思い、屋根上にいれば、声をかけられた。



くのいちで私を助けてくれる彼女は、普段見せることのない悲しい目をしていた。
私の近くにくると、そっとと優しく私の手を握る。
手首には、深い深い傷の跡、私が”彼女”だる所以の証が、残っている。

「そんなに、知りたいの?」

私は彼女の質問に答えることが出来ずに、
見つめられた目を見返すことしか出来なかった。
風が、吹いて、私たちの髪が、風に流れる。

「私は、からっぽだ」

何もない。だから、過去に憧れる。そして、過去を恐れる。
私が私だという確固たる証拠が欲しい。
そのくせ、過去に食べられることを恐れている。

彼女は、私の言葉に手を離したから、立ち上がる。
部屋に帰えれば、今日の白い花。
両手で、強く握ると、花が萎れた。しがみつく人がいない私は、
これぐらいしか、握るものがなかった。
私が空虚に食べられないのは、白い花のおかげ。
だから、これを置いた人を知りたい。知りたい。

それなら、どうでしょうか?それなら、許してくれますか?
私を、助けようと、守ろうとしてくれるくのいちたちを、
それなら、裏切ることにならないでしょうか?










2010・4・9