置いていかれるのは寂しいから、
誰かを待っているのは、とても疲れるから、一人でいることを選んだんだよ。
君はそれは、間違っていると言ったけれど、
待つ方がどれだけ悲しいか知らないからそんなこと言うんだ。
11
「好きです」
と、空き部屋の中、私たちだけしかいない空間で、
目の前の知らない男に言われた感想を、正直に答えた。
「興味がない」
「お前は、どうしてそういう受け答えをするんだ!!
微妙な男心を傷つけるな」
いついたのか知らないが、立花仙蔵は、スパーンと小窓を開けて、
怒っている。
「なんだ。人のことにいちいちケチをつけるな」
「お前には、本当に繊細さが足りない」
そうか?今、男が、涙を流して出て行ったが、私はお前のほうが、
繊細が足りないと思う。それに、段々口癖になっていないか。
私の部屋に戻り、立花仙蔵が横でグチグチ言っている言葉を聞き流していると、
じっと立花仙蔵が私を睨んだ。
「もしや、一生、一人でいる気か?」
「一人じゃない。右京と左京がいる」
「恋人は?」
「いらないな」
「それは、間違っている」
「間違っている?」
「そうだ」
「・・・・・・・」
それは、お前が、と言いかけて、やめた。
「なんだ?」
言ったってどうせ理解できない。
議論が長引くだけだから、適当に相槌を打った。
「そういうものか」
「そういうものだ」
そうか、ならばと、私の行動は早かった。
12
そういうものか、と昼間言っていたあいつは、何を理解したのか、
私と乙音が逢引をして、和やかに会話をしていれば、
少し遠くであいつの声が聞こえた。
「なぁ、お前は私が好きか?」
「へ?」
「一応聞いておこうと思って」
一応ってなんだ?男の動揺が手にとるようにわかる。
「えーっと、その好きですが」
声から、その人物が、4年の転入生である斉藤タカ丸であることが分かった。
そういうば、くノ一たちが、さまの髪を切らせることを、
認めたとかなんだか言っていた気がするが、
どうやら今日が髪を切る日だったようだ。
「それは、男女間で?」
「・・・・・・・・」
長い沈黙が続く。そうだろう。いきなり、好きか?と聞かれているんだ。
なんて酷い女だ。私は、繊細が足りないと立ち上がろうとすれば、
「そ、そうです」
と、斉藤は答えた。なんて引きの強い女なんだ。
そして、なんて趣味が悪いんだ。斉藤と思ったが、
「よし、付き合おう」
私は、そのまま走って、叫んだ。
「待て!!お前、そんな簡単に決めるな」
「なんだ。付き合えと言ったり、やめろと行ったり、うるさい奴だ」
「お前が行っているのは、全部、間違えだ。
恋というのは、そんなよし、丁度いいからこいつ!
みたいなそんなサラッと決めるものじゃない」
「一応、選んだ」
ムッとしながら私を見るこいつに嫌な気しかしない。
「なにでだ?」
「こいつは知っているし、いて悪くもない・・・気がする?」
「その理由でいったら、5年全員大丈夫だろうが」
と言えば、こいつは、ポンと手のひらを叩いて、神妙な顔をした。
「なるほど!」
「いや、違う。それは恋でも何でもない。
・・・お前には、一から全部教えないといけないようだな」
と、騒いでいる私たちの横で、取り残された二人がこちらを見ていることなど、
気にも知なかった。
13
急に、気になっている人から好きか?と聞かれたと思ったら、
付き合おうと言われ、その後、立花くんに邪魔されて、
今に至る。
なんだそれ。と、ポツンと取り残された僕の横に、くノ一の子が話しかけてきた。
「あの二人ってお似合いでしょう?」
ふふと二人を見る彼女の温かい眼差しに、僕は困惑する。
「いいの?君って立花くんの彼女だろう?」
「ふふ、私ね、仙蔵のことちゃんと好きよ。
だけど、あの日の夜に、気づいちゃったのよ。
もう、仙蔵が私じゃダメだってこと。
抱きしめることすら出来ないし、極めつけは、
私が彼女に戻るって言ったときに、彼、さまの所へ行ったのよ?
信じられないでしょう?仙蔵は、まだ気づいていないようだけど。
だけど、どこか嬉しいの。
さまは、いつでも一人で寂しそうだから。
あの男がいても、どこか違う場所にいたのに、
ようやく、一緒に場所にいて、馬鹿みたいに騒いでる。
同じ女の子で、年下なんだってちらりと見え始めてる。
私ね、さまのことは、仙蔵以上に好きなんだ。
だから、仙蔵ならいいと思う。
私は残念ながら男じゃないし、あそこまでのこと恐れ多くてできないもの」
「僕は」
僕は、なんだろう。
急に、好きか?って聞かれて、自分の気持ちに明確に気づいたのも、
実は、ついさっきだったりする。
さんが子供みたく立花くんといがみあっている姿をみて、
蕾が急速に色づくのが感じる。
うん、そうだ。きっと僕は。
「僕は、さ。今はまだ、立花くんみたく出来ないけど、
君は立花くんと付き合っていて、僕は、彼女に認められた。
それって、チャンスじゃないかなって思ってる」
「無謀ね」
「そうだよ。だけど、恋ってそういうものじゃないの?」
にっと笑えば、彼女は、ふふと視線を僕から彼女らに変える。
「残り物同士、一緒に入れば、楽しそうだと思ったけど、残念。
私は邪魔するわよ。あなたより、仙蔵のほうがいいから」
「上等だよ」
二人が気づく前に掻っ攫えばいい。
なんとなしで選ばれたのって、僕ってツイてるってことでしょう?
「さん!!」
とりあえず、
「付き合いましょう」
と、言って手を握ってみた。
すると、立花くんが、すごい形相で手を払われ、焙烙火矢が飛んできた。
本当、よくこれで、気づいてない方が驚きだ。
くノ一の彼女は微笑んだ。
「いい当て馬ね」
そうだね。前の宣言撤回してもいいかな?
僕、殺されそう。いや、現時点でも殺されかけてるけど、
何にって。もちろん、嫉妬に。
だから、無謀って言ったでしょう?
仙蔵って、わざわざさまの告白の現場に、絶対いるって有名なんだから。
って、遠くで聞こえた。
14
カナカナとひぐらしが鳴いて、ぽたりと汗が床に落ちる。
夕暮れが落ちていくなか、子どもたちが、カラスの歌を歌って、
夕餉の準備だろう、匂いが立ち込める。
ふふ、聴覚・嗅覚・視覚・味覚・触覚、全てやられてしまったよ。
カラカラに乾いた土の上に動かず、口も乾いて、目も乾いて、
ぎゅっと自分の体を守るように抱きしめて、
赤から青に黒へと変化する夜を、幾度超えて、とうとう、私は走った。
どこへ行くのかすら分からずに、走って、走って思ったことといえば、
わたしは、いい子ではなかったの・・・かな?
大人は、いい子なの・・・かな?
だったら、わたし、いい子じゃなくても、もういいや。
全部、いらないや。
わたしのそんな歪んだ思いを、この世界からいなくなっちゃいたい気持ちを、
今に繋ぎとめていたのは、きっとあの子だった。
首を上げて、海の底から、あの子を見る。
泣いて泣いてしょうがない泣き虫は、君だったね。
キラキラ光っていて、綺麗だ。
だけど、私は、一緒にいるのに、輝くことが出来ない。
それは、なんで?って自問自答を繰り返すけど、
簡単な話、私がとても臆病で、弱虫なだけ。
もう、置いてかれるのは、ごめんなの。
もう、いい子でいるのは、飽きたの。
私の本当の気持ちに気づいちゃえば、さようなら、バイバイ?
なら、こっちから、さようなら、バイバイ。
幸せを祈る?違うよ。
そんな綺麗な気持ち持ち合わせていないよ。
最初はそんな綺麗な自分を思い描いていたけれど、
時間は私を冷静にさせて、気持ちが丸見えになっていく。
幸せを本当に祈るなら、わたしは彼女がいても、
離れる必要なんてないじゃない。
本当は、後ろから叫んでいる声が聞こえたのに、無視したんだ。
最初から、タイミングを図っていただけ。君と離れる時間を。
それの付け加えで、幸せになってくれれば、
わたしもちょっとだけ幸せになれる気がしたんだよ。
全部、わたしのため。
ああ、首が痛くなったから、元の場所に戻ろう。
目が覚めたら、また一人だ。
だって、私を待っている人なんて、最初からいないから、
最初から置いていかれる子だから。
あいつだって、ようやく、好きな子とよりを戻す望みを手に入れて、
今はまだ五月蝿いけど、きっといつか一人ぼっちだ。
だって、私に用なんてもうないでしょう?
期待なんてしないよ。
シーンとした部屋が私の待ち望んでいた平穏で、いつもで、きっと、ずっと。
「おい」
「なんでいる?」
「いて悪いか!」
なぜか、私の部屋にいる立花仙蔵。
もはや、私の部屋に、彼の私物が数点ある。
本当に、彼はどういうつもりだろうか。
「立花仙蔵の最初のイメージ像とかなり違う。わがままとか言わずに帰れ」
「悪いが最初から私はこの通り私だ。お前が勝手に決めたんじゃないか」
「・・・解せない」
「何がだ」
「お前は望みを果たした。なんで私の傍にいるんだ」
真意を訪ねて、その望みを叶えれば、きっといなくなると
立花の目を見れば、奴は人を、小馬鹿にしたように笑った。
「ふん。そんなもの決まっているだろう?
そのヒネクレた考えがムカツクからだ」
「・・・傍にいなければいいじゃないか」
「お前はなんでか私の視界に入る。おまえが生き続ける限り、それは続くとみた」
「はぁ?」
なんて言い草だ。
しかも、みたとか勝手な自分の意見だろううが。
彼の願いは私の力ではどうにも出来ないものだ。
「だから、直るまで傍にいてやる」
思想が直るって、無理だろう。と思ったが、
大人になればいなくなるだろうと楽観的に思った私は適当に
「・・・・・・はぁ、そうか。私は明日、実習だから遅いぞ」
と言った。
そして次の朝に近い夜。
実習で、くたくたで部屋に帰ってくれば、
「遅い!!肌が荒れるだろうが」
仁王立ちで怒る立花が部屋にいた。
「・・・遅いっていった。もう帰って」
疲れているんだ。というか、なんでいるんだ。肌荒れるなら、
部屋でゆっくり寝ていてくれ。
「帰るに決まっているだろう」
本当に、なんでいた?と疑問を口にするのは疲れすぎて、
私はそのまま布団に行こうとすると、襖に手をかけていた
立花がこちらを振り返った。
「ああ、そうだ」
立花の肌は青白かった。まだ月が登っているのか。
そしていつになったらこいつは私から離れるのか。
いつになったらこいつはいなくなるのか。
長ければ長いほど、きついのにと考えていれば、
「おかえり」
と言った。
いつもの立花仙蔵でない違う人物ような、とても優しい眼差しで。
うかつにも、それは、ずっとずっと欲しかった言葉で、
ずっとずっと待ち望んでいて、
一生得るのは難しい言葉だと思っていた。
さようなら、しかないものだと思っていた。
あ。と一拍の空白の時が、私の心を満たして、
体から、溢れてくる。
立花は、目を見開いているけど、私は気にしないで、頬に伝う熱を放って、
「・・・・・・ただいま」
と、ようやく私は、言いたかった言葉を言えた。
本当は、私を待っていてくれる彼の存在に救われていた。
嬉しかった。幸せだった。
だって、待ってくれる人なんて初めてだったから。
部屋を開ければいつもいる。
いなくなったら、前のときよりも恐怖感が残るだろう。
だけど、どうしたことだろうか。
なんでか、彼とはさようならをしない気がした。
彼は、そのまま襖を閉めず、私に近づく気配がした。
2010・06・20
【難産だった。かなり。途中で諦め、
書けるようになったときは、二ヶ月ぐらいかかったけど
だけど、絶対友情以上で、恋愛になる前にしたかった。
月さんが気にってくだされば幸いです。】