1
その日、別に宇宙生命体が降って来たわけでも、
学園の誰かが死んだわけでも、嵐が来たわけでも、
学園長の思いつきとか、会計委員VS委員長があったわけでもなかった。
ちょっと雲の多い日で、それでもぽかぽかと太陽の光が、
俺の体を温めていたし、風はそよそよと頬を撫でていた。
へいわだ。と書ける文字をひらがなになるほど、
日向ぼっこを楽しんでいただけだった。
聞き覚えのある声の断末魔を聞いたのは、
俺はすぐに起き上がり、頭の上にのっていたスズメが
逃げていった姿を見るより先に、彼の場所へ走った。
「どうした?滝!!」
キキッと煙をあげ4年長屋の平滝夜叉丸と綾部喜八郎と書かれた
長屋の前まで止まると、
飛び出てきた滝が俺の袴を握りしめて半泣きで縋りつてきた。
「。大変だ。き、き、喜八郎が」
「喜八郎がどうした?なんだ、本当は女だったか?」
「馬鹿それだったら、驚かない」
「・・・二人とも僕のことそう思ってたの?」
「き、喜八郎。いたのか」
「うん。滝。から離れて」
「離れて?」
あれ?喜八郎ってこんなこと言うっけと頭をひねっていれば、
喜八郎が俺から滝を離すと、そのまま、俺の腰にぎゅっとしがみついた。
俺は、一瞬思考。いや、心臓が止まった。
「はぼくのだから」
「い、いつからそんな関係に?」
滝の言葉にはっと目を覚まして、次からぶわっと一斉に冷や汗が出てきた。
脳みそが現実を逃避しかけているけど、
滝に勘違いされるのはいやだから、逃避する脳みそを捕まえて、
手を大げさにふる。
「いやいやいや、初めて聞きましたが?
というか、滝。酷い。
俺超嫌われてるの横で、見てたじゃん。
毎日毎日後ろから押されて、穴に落とそうと何度もされて、
食事だって横に座ったら席立たれて、
目が会うたびに凄い顔されてたじゃん。俺。
無表情?いいえ、表情あります喜八郎くん。だったじゃん。
名前も、家の名前呼ばないでくれる?不快。とか言われて、
よく分からないまま名前呼びですよ。
そんなに嫌いなら無視とか逃げてたら、
俺首に鋤つきつけられたんだけど、
俺から触ると叩かれるのに、なんでか抱きついてはくる。
電波ですね喜八郎くん。だったじゃん。
どうにかならないか毎日相談してたのに、そんな関係って」
そう。綾部喜八郎は俺のことを嫌っていた。
そりゃもう誰の目から見ても嫌っていたのだ。
それのに、急に抱きついてくるなんて、こ れ は ゆ★めだ。
と、なんでか頬につぅーと涙が伝った。
混乱しすぎて意味もなくなく泣いた俺に滝が慌てた。
「わ、悪かった。泣くな。たしかに、これは偽物だ。だって」
滝がなにか言う前に、首に殺気を感じて右へずれる。
ひゅんと音がして、俺の髪が一部切れて、地面に落ちた。
横を通過したものを視界で確認して、また冷や汗が出てきた。
俺の水はそろそろ干からびそうだ。
「ちっ、あと少しだったのに」
攻撃してきた奴は、鋤という穴を掘るはずの用具を武器にしている奴だった。
それは見覚えのある奴で。
俺は腰にいる奴をみた。
大きい目と目があえば、少し口元を上げた。
・・・・・笑ってる。それから、仁王立ちして俺を睨んでいる奴を見た。
「・・・・・・なるほど、俺の腰にいるのは鉢屋先輩だな。
なんですかもー5年と4年の因果とか俺ないんで、離してくださいよ」
「いや、離れたくない」
腰にいる喜八郎に変装した鉢屋先輩が強い力で抱きしめる。
いや、抱きしめる違う。これは、絞め殺すだ。
「なに、勝手に抱きつかれてんの?不快」
絞め殺されかけているのに、喜八郎が鋤で的確に急所を狙う。
「だったら、鉢屋先輩を狙えや。俺を狙うな!!」
「鉢屋先輩。これ以上、喜八郎の機嫌を損ねる止めてください」
ぎゃぁぎゃぁ言ってどうにか喜八郎の攻撃を避けている俺に、
滝が困った顔して鉢屋先輩に呼びかける。
滝は本当にいいやつだ。俺の唯一の味方!!
そんな俺達は大声で叫んでいたから、
喜八郎と滝の長屋には野次馬が集まっていた。
その群衆のなかで、誰かが手をあげる。
「・・・・・・あの、私ここにいるけど」
「・・・・・・不破先輩こんなときにぼけないでください」
と俺が言うと、その横で同じ顔が困った顔して手をあげた。
「いや、本当。僕ここにいるし、これ三郎だよ」
俺と滝は、ぴたりと誰に打合せしたわけでないのにとまり
二人の喜八郎を見た。
「じゃぁ・・・」
「ぼくは、綾部喜八郎だよ」
「・・・・・」
「私も綾部喜八郎だ」
「「善法寺先輩!!!!!!!!!!」」
俺達は、二人の喜八郎を連れて、保健室へ走った。
2
「それで僕のところに殴りこみにくるなんて、酷くない?
僕君らにどう思われているのかよく分かった」
薬の臭いが立ち込む保健室で、善法寺先輩は、
にこにこ笑っていた。優しい顔つきだが、騙されてはいけない。
俺はこの人に、お菓子をあげようねと、
虫も殺しそうのない笑顔で貰ったものは、
猫耳がはえるという摩訶不思議なものだった。
1週間治らなくて、歩くたびに笑いものにされ、
一部コアなところの人には襲われ・・・・・・色々と思い出したくない思い出だ。
何か事件が起こるのが1年は組が大半だけれど、
その裏に隠れて、この人の仕業も多い。
最初は、不運を直す薬をつくる実験なんだ。ごめん。失敗だったね。
と、涙を誘うもので許してきたのだけれど、この頃気づいた。
だったら自分で試せばいいといことに。
つまり、この人は愉快犯なんだ。
「で、何もしていないと?」
じろりとにらめば、胸元からふきんを取り出し、泣きまねをする。
「失礼な、僕は、親切に綾部の相談にのって、
ちょっと気分を落ちつける薬を渡しただけだよ」
と善法寺先輩が言った瞬間、空気が冷たくなった。
この空気は。
「ほぉ。それは、これのことか?」
「・・・・・仙蔵」
善法寺先輩の後ろで、仁王立ちして小瓶を持って微笑んでいる美男子の
立花先輩は、サラスト1位という髪を揺らめかして、善法寺先輩の頭を掴んだ。
「伊作、貴様、私の可愛い後輩を実験台にしたな?」
「ぎゃぁぁぁぁ」
・・・・・・立花先輩の握力は半端ないということ、
敵にはまわしたくないことを追記しておく。
3
保健室での修羅場から解放され、
長屋に戻った俺達はぐったりと疲れていた。
「結局、一週間経てばもどるらしいな」
滝の言葉に頷く。理屈は分からないけれど、
戻るならばよしと、考えることしか出来ないほど疲れていたが、
俺は小さく手をあげた。
「そうだね。・・・・滝、あのさ」
「なんだ」
「俺、腰、なでられてる気がする。それも、性的な方向に。
というわけで、俺の腰から離れない喜八郎ぽくない喜八郎を離してくれない?」
現状を報告すると、うぶな滝は顔を真赤にして、
それから俺から離れない喜八郎を襟を掴んだ。
「喜八郎離れろ」
「いや、滝に言われたら特に」
・・・・・俺は、大きなかぶか。
でも、俺は地面に根を張り巡らせているわけではないので、
力を抜けば、そのまま外へ放りだされる。
だって、引っ張ってるのがあの体力バカの体育委員の滝に、
毎日の日課が穴掘りですの喜八郎だ。
力比べでは負ける。でも、俺にも男としての意地があったので、
俺の腰を離すまいと抱きついている喜八郎の腕をとんとんと叩く。
「ほら、喜八郎。お前、今日の穴掘りtimeの時間もうすぐだろう?
いかなくていいのか?」
「じゃぁ、、一緒にいこう?」
上目遣いで言われた。
こうして見ると喜八郎は本当に可愛いなと思ったのもつかの間、
俺のすぐ横を鋤が飛んだ。
「何みあってるの?一緒に行くとか、私の顔でふざけたこと言わないで」
凄い形相で俺を睨んでいる喜八郎。
その顔に、びくっと体を震わせると、
喜八郎は、一回下を向いてから、俺の腰にいる喜八郎を、睨んだ。
「私のくせに、うんこみたいな奴にくっついてるなんて最悪」
「はうんこじゃない。うんこだとしてもぼくには必要だから」
俺の近くでそっくりの奴らが喧嘩している。
感動して当たり前なことを口走った。
「喜八郎と喜八郎が喧嘩してる」
言葉にすると凄くおかしい。
なんだか笑えたが、滝が、二人の喜八郎を殴って。
「うんこうんこ連呼するな!!」
と、吠えた。
4
「呼び方が面倒だから、俺の腰のが喜八郎で、
あそこで俺がうんこで、超睨みつけてくるのが綾部ということで」
はい決定と言うと、綾部が鋤を俺の首に当てた。
鋤がクナイより威力があるかどうかは分からないが、
これで何時間何日も穴を掘って折れないのだから、
俺の首も簡単に胴体から離れるような気がする。
「待って、なんで私が綾部なの?」
「名前もっと呼んで」
喜八郎の声が被った。よく分からない。
とりあえず、私に抱きついてくる喜八郎を撫でた。
「喜八郎ちょっと黙って」
そうしていると、綾部は信じられない顔をして、俺の手を凄い凝視している。
撫でるなということかもしれないが、
喜八郎が黙っているので、許して欲しい。
綾部?と話しかけると、視線を俺に戻して、綾部は目に力を入れる。
綺麗な奴が眼力を強くすると怖い。
だから幽霊は相場綺麗なのだろうかと違うことを考えていた。
そうでもしないと綾部から逃げ出しそうだ。
「私は綾部喜八郎っていうの、綾部は家の名前だから、
喜八郎が私なの、それなのに、なに綾部とか言ってるの?
そんなに偉いと思ってるの?」
同じ台詞を聞いたような気がする。
でも、刺はもうちょっと柔らかかったような、なんにせよ、
俺は横にいる滝にヘルプを出す。
「・・・うわーなにこの理不尽さ。滝助けて」
「いや、ぼくをみて。滝なんてみないで」
撫でるのをやめていたようで、喜八郎は、俺に近づいて、
縋るような目をした。
「えー」
本当に同一人物なのかおかしなくらいの差に、
意識が飛びそうだけど、許さないとばかりに、
綾部が、俺の体をゆする。
「ちょっと聞いてる?。綾部なんていうのは許さないから」
「助けてくれ。滝」
泣きそうな声を+した俺に、先ほどから何か考えていた
滝が顔をあげた。
「・・・・・よし、喜八郎1と喜八郎2でどうだ?」
どうだって。
「「「ネーミングセンスな」」」
三人の声が重なった。
「いやいや、そんな人に、1号2号とか、さすがにな?」
と俺が言えば。
腰にいる喜八郎と、俺を揺すっている綾部がジト目滝を見る。
「滝ってセンス死んでるよね」
「てか、死ねばいいのに」
酷い酷いなぁ酷すぎると滝で遊んでいれば、
遊びすぎたらしい、滝が半泣きになって、逆ギレした。
「お、おまえら、私がここまで考えたというのに・・・もう知らん!!!」
そういって、滝の部屋だというのに出ていこうとする滝の腕を取る。
「待てよ。滝。いやー滝いいセンスしてるぜ。
さすが天才秀才美麗なだけあるな。
俺にもそのセンス分けてもらいたいもんだぜ」
「・・・・・・ま、まあな」
滝は機嫌をよくしたが、喜八郎の気分は低下したようだ。
「ぼくは?」
「えーと、そうだな可愛いよな」
納得いっていない顔をしている喜八郎に、
俺の顔を見ることですら嫌なようで
そっぽを向いた綾部が、尋ねた。
「・・・・・・滝は?」
「滝は、美しいよ」
その言葉に、綾部喜八郎が黙ったのだけれど、
「美しく天才な私も12という番号では、ちょっと美しくないと思ったからな。
心優しすぎる私は、考えなおして、
べったりな喜八郎が白で、険悪な喜八郎がが黒でどうだ?」
滝のまだマシな案に喜んだ俺は気づかなかった。
5
「お、喜八郎黒」
「なに?」
「一緒に飯くおうぜ」
そういえば喜八郎黒は俺の言葉を無視して、前に進む。
「おいおい、いっしょにするのもいやなのかよ」
「ぼくは一緒にいるよ」
というか、喜八郎白は、俺から離れないけどな。
と、いつもの喜八郎よりも手厳しい喜八郎黒に、
傷ついた俺には喜八郎白の言葉は、
救いでありがとよと言う前に、
いつ来たのか喜八郎黒が俺の近くにいた。
「やっぱ私もいく。その私が変なことしないように」
喜八郎黒に睨まれ、俺なら萎縮するが、
同じ顔の白にとってはなんのそのらしい。
むしろ馬鹿にした顔で、睨み返す。
「しないよ変なことなんてきみじゃないし」
同じ顔で、俺を挟んで喧嘩しないで欲しい。
と、食堂に座れば、先に席取りしてくれた
滝が眉毛をさげて、呆れた視線で言う。
「喜八郎黒と喜八郎白は仲が悪いな」
「「滝は爆発すればいいと思う」」
滝の言葉に、二人は声をあわせた。
「な、なんでだ」
うろたえる滝に、喜八郎白は、滝を威嚇する。
「なに軽やかに、の横に座っているの?」
「いや、いつもこうだろう?なぁ、喜八郎黒」
「・・・・・・・・知らない」
おい。と喜八郎黒に救いを求めるが、
白がいい笑顔で滝の肩に手を当てた。
俺、この顔知ってる。立花先輩の怒った顔にそっくり。
滝が俺に目で助けてくれと言ったけれど、
俺は、青い顔で手をあわせて冥福を祈ることしかできなかった。
いくら俺に懐いていると言っても喜八郎は喜八郎でしかないことを
知った。ちなみに
「食事するところで、騒ぐのはゆるしまへんで!!」
で、ようやく喜八郎白の攻撃は止まった。
6
「馬鹿八郎。何、仕事増やしてるんだ!!
私とが先輩たちに叱られるではないか!!」
滝の叫び声をBGMに俺は後ろでぐったりしている。
喜八郎が喜八郎がと先輩後輩同級生全てにどうにかしろと言われて、
今まで謝りと、喜八郎を探していた。
二人はどちらもどろんこになってどちらか分からなかったが、
すぐに俺に抱きついてきたのが白で、
俺を睨んできたのが黒だろう。
「知らない」
「掘りたいものはしょうがない」
俺に対しての行動の差はあるものの、二人とも同一人物なので、
好きな行動も、考え方も一緒らしい。
つまり俺以外は、喜八郎二倍ドーンということらしい。
「保健委員の被害報告が酷過ぎるし、
学園を、穴だらけにする気か?今すぐ埋めてこい」
と滝がいう傍から、喜八郎!!と叫んで、
俺の前えりを掴み目が血走っている田村が長屋に入ってきた。
「、滝夜叉丸。喜八郎をどうにかしろ!!
作法委員が、戦力があがったことをいいことに、
潮江先輩に壮絶な嫌がらせを!!このままでは死んでしまう」
「ぐぇぇ、田村、お、落ち着け」
揺らすな。そして、本人そこにいるから、本人に言えと
言う前に、田村の動きがとまりそのまま地面に崩れ落ちた。
「「何触ってんの?」」
田村を落とした彼らは、声が被ったことが不快らしい。
言ってからお互いを睨みつけている。
「言葉かぶらせないでよ」
「そっちが真似したんでしょう?」
「「・・・・・・・」」
すっと、鋤を取り出した喜八郎に
「無言で鋤を取り出さない!!」
滝は待ったをかける。
俺は、遠くで聞こえた断末魔に、
「またなんか聞こえたな」
その声がことの主犯である善法寺先輩であれと祈った。
7
「ほら、今日しちまえば早く終わるからな?」
一緒に穴を埋めるからということで一件落着したのだけれど。
「私に穴を埋めさせるとかいい度胸だね。あとで覚えといて」
「。今度穴掘らない?楽しいよ」
うん。なんで二人とも俺と一緒に来た?
俺そんなにツッコミ属性じゃないし、
喜八郎の扱いのプロの滝は、一人で違う場所とか、泣きたい。
そんな俺に、喜八郎黒は、離れていく。
「不快。あっちやる。来ないでよ」
本当にどっか遠くにいく黒に、はーとため息を吐いて、
俺の行動をじーと見つめている同じ顔した白に、俺は未だになれずに、
照れくさくなって、やろうぜ!と無駄に元気な声を出して、埋める作業を始めた。
ザクザクと単調な作業は、徐々に集中力を落としていく。
このままではペースが落ちると思った俺は、横で黙々と作業をしている
喜八郎白に気になっていたことを尋ねた。
「なー、善法寺先輩に相談することってなんだったんだ?」
「知りたい?」
喜八郎白は作業の手を止めて、
やけに真剣な表情で俺を見るから俺も手を止めていた。
喜八郎白の言葉の間にごくりと喉がなった。
それから一拍開けて喜八郎白が口を開いた。
「それはね、ぼくはに「ずぎゃぁぁぁん!!ドシーン」」
・・・・・・すごい音がした。
「何の音だ?」
「穴に落ちたんじゃないぼく」
と、喜八郎白は、自分の分身なのにさめた声でいう。
穴に落ちた音はあんな音をするのかということにいささか疑問がつきるが、
ともかく、俺は音がした方向へ足を進める。
「行くぞ喜八郎白」
「えー、あいついなくてもいい。ぼくでいいよ」
「なにいってんだ。あれもお前だろうが」
「は、あんないやみな奴でも嫌いじゃないの?」
いやみなは、俺が嫌いなが入る。
ちょっと悲しいけれど、それはこの4年間の事実だ。
「ね、ぼくでいいじゃない」
そういう喜八郎白はたしかに俺を慕ってくれている。
関係改善を求めた俺はその言葉はとても魅力的だ。
でも、俺は。
「・・・そうだな。最初は嫌いなら嫌えばいいって思ってたけどな、
あいつが、優しいとこもあることも知ってるんだ。
嫌われてても、俺は綾部喜八郎が嫌いし、嫌えない」
お前だけじゃない、黒も喜八郎だからと言えば、
喜八郎白は泣きそうな顔をした。
その顔の意味を聞く前に、白は走りだした。
「あいつは暗いの嫌いだから、急ごう」
と。
8
「どうした黒。お前が穴に落ちるなんて」
深く広い穴だ。こんなばかでっかい穴を掘る人を一人だけ知っている。
某体力馬鹿な体育委員の先輩だ。
地面から下を見ると、喜八郎黒は俺を見て騒ぐ。
「来ないで!!あっちいって」
「あっちいってて、気になるじゃんか」
よっと降りると、黒は、怒った顔して俺を見た。
「来るなって言ったのに」
喜八郎黒の足は挫いていた。
動かすだけで痛そうだ。俺が黒を運ぶこともできるが、
黒は頑なに拒否するだろう。
「保健委員つれてくるわ」
「嫌だ」
「でもよ」
保健委員すら嫌だという黒にしょうがない俺が運ぶと言う前だった。
「は、私といるよりも滝と一緒にいたんでしょう?
私を保健室にやって、滝と一緒に穴埋めればいいじゃない。
だったら早く行って。私一人でも、行ける。
私だって、と一緒になんていたくない」
9
言い過ぎたとは分かっていた。
だけど、止まらなかった。
ずっとためこんできた汚い気持ちが溢れて、は私に背を向けた。
「そーかよ。じゃぁーな」
待って、いかないで。その言葉は出ずに、私は穴の中。
誰かの気配がした。
目の前には毎日見ている顔。
「馬鹿だね。が滝より、ぼくのところに来て一緒に穴掘ってくれたのに。
本当は嬉しかったくせに」
私の顔で呆れている私に苛立ちを抱く。
「君みたいに抱きついて離れないでって言って、行かないと思ってるの?
は滝が好き。私を好きにはならない。
分かってるでしょう?なのに、なんで、そんなことするの」
なんで苛立ってるかは分かってる。単なる嫉妬だ。
に、抱きついて好きって言える同じ顔が憎くてしょうがなかった。
私は4年間動けなかったのに、
こいつは3日で、簡単にしたかったことをしに気に入られた。
同じ考え、同じ思考、同じ顔、
全部同じなのに、に関することだけ違う。
私をいらないって思われたくなくて、二人に離れて、
でも、盗られるのがいやで、二人から離れられない。
顔を俯ける私に、私は言葉の刃を押し付ける。
「ぼくは、君が思ってること素直に行動しているだけだもの。
滝を見てほしくないし、ぼくだけ見て欲しいし、名前一杯呼ばれたいし、
傍にいたいし、好きだって言われたい、ちゅーだってしたい。
でも、きみのままじゃ、好きになってもらうのなんて無理。
はぼくがかわいいって思ってるから、希望はある。
ぼくはのそばにいる。きみは、一生穴の中で暮らせばいいよ」
10
昔のお話をしよう。
私・綾部喜八郎は自分の顔が大嫌いだった。
大嫌いだったから見えないように、穴の中に入っていた。
「綾部って女じゃね?」
「あの顔で男なわけない」
「確かめてみるか?」
穴の中から聞こえる囁きに目を伏せる。
分かってる。分かってた。
自分の顔がこうだから、村でも、変な男に捕まって
そのたびに怖い思いをしてきた。
この学園なら変わるとなく私に、兄が言ったけれど、
やっぱりどこも変らない。
ぎゅっと握りしめた袴に、暗い穴の中が私にはお似合い。
光がなければ、顔なんて分からない。
そう思っていたとき、穴の中に一枚の葉っぱが落ちてきた。
「だってそう思うだろう?」
。同じ組の少し背の高い
笑い顔がよく似合うお日様みたいな人。
周りにたくさんの人達を連れて、模範生のい組には珍しい
馬鹿みたいなことをしている問題児で、
組からは一目置かれている人物だった。
「ああ」
私は、聞きたくなくて耳を塞ごうとしたけど、の答えのほうが先だった。
「じゃぁ、お前の顔はおかしい顔してんじゃね?」
その答えに私はぱちくりと、目を見開いた。
「はぁ?なにいってんの?」
「いやー、みんな顔のことばっかり言ってるから、
みんなの顔の特徴を、いうのかと思ってな。
それと、綾部はどうみても男だろう?」
「あの顔で?」
「綾部の格好は、忍たまのもんだぞ?」
その言葉に険悪さが消えて、笑いが起こった。
「それだけでいうなんて馬鹿だな。は」
「いやいや、お前、この学校の先生方ってプロだろう?
それなのに、1年の綾部の変装を見破れないとかないわー。
だから、綾部喜八郎は、可愛い男だろう?それで、おしまい。
それより、俺は、3年の先輩ですっごい特徴的な叫び声を
あげている人達のほうが気になるわ。前目あっただけで、
よし、バレーしようっていう名のいじめにあったし」
「なにそれ怖い」
話は、それて、次から私の組で私の顔に触れるものはいなくなった。
女男ということもなくなった。
それが誰のおかげか私には分かっていて、
私の話になるたびに、が、話をずらしてきたからと、
3年の先輩に、立花仙蔵先輩がいて、
「いくら綺麗でも、男。綺麗=怖い」
という認識がみなのうちに入り込んだようで、
それと私が立花先輩に気に入られたというのもあったけれど。
ともあれ、私の顔のことをいうものがいなくなって、
この学園で、幼い頃からのコンプレックスはいつのまにか武器になっていた。
堂々と人前に出れるようになった私は、穴から出たせた男を見た。
と目が合うだけで、一言挨拶されただけで、
むずりと虫が体中をうごめくような気持ちになった。
私は鈍感でもなかったので、すぐにその気持ちの名前に気づいた。
同時に、私は、が私と同じ思いを抱くことがありえないこと気づいた。
は、くのいちも茶店の女の子も、立花先輩にですら、
美しいと言わなかった。
言っていたのは、たった一人。
その一人が、私の友達だった。
平滝夜叉丸は、サラスト2位という綺麗な黒髪をなびかせて、
ナルシストで口やかましく、自信家であるが、
後輩の面倒見のいい、放っておけばいい奴を拾い上げ、
天才の裏に努力があることが当たり前な馬鹿だった。
そんな滝は私から見ても美しかったので、何も言えなかった。
でも、ずっと見ているのは嫌で、私を見て欲しくて、
滝のおまけじゃなくて、私だけをよんで欲しくて、とった行動は、
本当の気持ちとかけ離れたものだった。
なんでこんなことになってしまったのだろう。
朝、目が覚めて、起きてすぐに今日こそは、
好かれるようにと思うのに、目が合えば何を言っていいのか動けなくなって、
滝を見ているその瞳を抉りたくて、私を見る目を抉りたくなくて、
矛盾と矛盾がぶつかり、月に祈る。明日こそはと。
だから、暗い穴の中に、私はいる。
に、触りたいけど、
触っても、間違った方法だから
伝わらない気持ちを穴の中に落としていく。
は私を穴のなかから救った。
そしては私を穴の中に落とした。
そして。
11
「おい、喜八郎黒」
ありえない幻聴に顔をあげた。
あげて目を見開いた。
「なにその格好」
の声をした用具委員のあひるの顔をつけた人物が私の前にいる。
「しょーがねーだろう。お前俺といると嫌なんだから、
食満先輩に借りてきた」
「被り物したからってはじゃない。なんで帰ってきたの」
違う。本当は嬉しいでごめんなさいだ。
でも、ひねくれた口は今日も私を裏切る。
沈黙が穴の中を支配した。
あーと、は声を発した。
「そんな顔して言われたら帰ってくるしかないっての、
どうかしたのか?滝と喧嘩でもしたか。
俺が嫌なら、田村か斉藤さん辺りを呼んでもいいし」
の言葉に、優しさに私は何も言えない。
沈黙だけが重かった。
私は、泣きたいのをこらえることしかできなかった。
はそんな弱い私に言葉をかける。
「あー、あとさ、気持ち悪いと思われるの覚悟で言うから。
俺、喜八郎が笑ったらすごい美しいってこと気づいたんだ。
そのだからな、ここの中じゃさ、そんなことも分からないし、
俺に見せるとかじゃなくてさ、喜八郎が好きな人に見てもらえたら
・・・うんいいと」
徐々に言葉が小さくなっていく。
難関にも笑っているようなが、
同じ歳の同じ人間だということを理解して、
そしてなによりも、私を美しいといってくれたことが死ぬほど嬉しくて、
私は歪んだ口を無理やり前に持ってきた。
「・・・で・・・い」
「ん?」
「でいいって言ってるの!!二回言わせないで」
「・・・悪いな。俺耳遠いんだ」
そういって、がほっと安心しているのが声で分かる。
でも、アヒルの顔だからなんか格好がつかない。
今なら、・・・顔が見えない今なら、
素直に私の気持ちを言えるはずと顔をあげれば。
「。ぼくのこと好きだよ」
「そーかい」
「・・・・・・なんでいるの?」
私がいた。しかも私の言葉をとった。
「ぼくはと一緒がいいもの」
「離れてよ」
「嫌だ」
「おーお、喧嘩すんな」
私と私の喧嘩を喧嘩の原因は微笑ましそうに見ていた。
ともかく、今は、こいつをヤって、もうちょっと素直になって、
滝より美しくなってそれから、それから。
穴を出て、美しい顔をに見せよう。
おまけ。
騒がしい外をみながら善法寺伊作と立花仙蔵は
お茶とお茶菓子を食べていた。
仙蔵は、横でニコニコ笑いながら、
その腹は優しい笑みと違う伊作を見ながら
今回の騒動の意味を尋ねた。
「伊作。喜八郎の分裂した理由は?」
「好きな人になかなか素直になれなくて
つい険悪な態度しちゃうから、素直になりたいってことだけど?」
ほぉと、仙蔵はさらりと前に流れてきた美しい髪を後ろに流した。
「それで素直な部分の喜八郎と、素直になれない喜八郎とで別れたと」
「そこはびっくり、いやー僕って天才じゃない?」
嬉しそうに言う伊作に、ニコッと男でも惚れ惚れするような笑みで、
怒気をのせて、伊作の眉間をぐりぐりと仙蔵は押した。
「一つ間違えれば大惨事だったことを忘れるなよ」
「・・・・・ごめんなさい」
素直に謝った伊作に、怒気をしまい、二人はまた外で騒いでいる
4年を見る。
「でもさ、ほら、うまくいってよかったじゃない」
喜八郎がちょっと素直になったようで、
滝夜叉丸といるの間に体を潜り込ませている。
二人で同じことをしているが、一人は、滝夜叉丸を押してこけさせている。
そのさまをみながら、仙蔵は色気をのせて口元をあげた。
「まだまだこれからだ。私の後輩だぞ?
一人や二人手玉にとってみせる。
滝夜叉丸なんかに負けるか!!」
そう拳をあげた。
2011・4・25
(かなり遅くなってすいません。リク通りいったのか不安いっぱいですが、
喜んでいただければ嬉しいです。)