びゅぅぅと、強い風が吹いた。
赤茶色の髪が、はらりと落ちて風に舞う。
その持ち主は、ボロボロになった体を、根性一つで支え、目の前の人物を睨んだ。
睨まれた彼は、平然とした顔つきで、怪我一つもなく立っていた。
同じなのは、赤茶色の美しい髪として称されるサラスト二位同率である、
彼の鳥羽色した長い髪が同じように揺れていることだけである。
睨まれている彼は、戦いの途中だというのに、
目の前の対峙した人物を視界にとらえていなかった。
それどころか、手の構えすら解いている。
かぁと頭に血が上り、滝夜叉丸は吠えた。

「構えろ!!

その声に、ようやくこちらを向いたが、彼は構えることなく、天を指さして言った。

「終わりだ」

何を。という前に、ゴロゴロと音が聞こえ、雲はすぐに灰色に覆い尽くし、雨を降らせた。
ざぁーと音ともに、濡れて重くなった体についに足をつけば、
目の前の彼は何も言わず背を向けた。
その姿に、滝夜叉丸は自身の憤りを地面にぶつけた。

バッシャーン!!


目を覚ませば、天井。独特な匂いからして保健室。
私は、あの後、倒れたのだろう。
周りを見渡せば誰もいなくて、ぼぅっと天井を眺める、
浮かぶのは、漆黒の存在。
武道大会優勝をしているものの、私は一度もあの男に勝ったことがなかった。
彼は、4年ろ組、 
大会と名のつくものや、オリエンテーションと言ったもの全てを
欠席するふざけた男で、そのくせ、誰よりも強い。
努力に努力を重ねてきて、天才となった私だが、
何もしていない彼に敵わないことが、天才ではないと言われたようで
彼を目にするといつも黒い感情に押しつぶされる。
だから、戦って実力を証明させてやろうとした。
ようやく、意を決して、に声をかければ、いつもと同じ無表情。
無理やり戦っている間も、無表情。
強さの証明なんて本当は、どうでも良かった。
彼が自分より強いことは、分かりきった事実であったし、
敵うなど、はなから考えてもいなかった。
本当は、本当はただ彼に私を、認識してもらいたかったのに、
彼は、最後まで一度も私を見なかった。
それは当たり前だと分かっているのに、どうしてだろう。
今になって涙が出てきた。
でも、襖の開く音が聞こえたから、乱暴に目を擦った。

「滝」

喜八郎と三木ヱ門にタカ丸さん、みんな勢揃いで、私の布団の横に座る。
彼らは、喜八郎の最初の名前の言葉以外、何も発しない。
みんな私を見ているが、目を合わせれなくて、手のひらを強く握り締め、
誰もいない床の木目を睨んでいた。

「どうすれば良かったと言うのだ」

私の小さな声に、タカ丸さんがぴくりと動いた。

「どうすれば、どうすれば、彼は前のように、私を、見てくれるんだ?」

私の本当の心から叫びに、
喜八郎に縋るようにみた私に、彼らは目を大きくさせた。

「前って」

「私とは、昔なじみだ」

数秒間の沈黙のあと、タカ丸さんが叫んだ。
次に、三木ヱ門が私の胸もとを掴んで、真偽の有無を問い詰め、
何の反応もないと思っていた喜八郎は目を大きくさせ、私に詰め寄った。

「えええええええええええぇぇぇ?」

「本当に本当の本当か?」

「・・・・・・今までなんで黙ってたの?」

「言えるか。昔なじみと言っても、私から縁を切ったようなものなんだ」

私の言葉にまた沈黙がふった。
それから、私は、自慢話の中で出てくることのない、昔の自分の話をした。





【オタクのおたくさん 滝1】





昔、昔。
それは学園にはいる前のこと。
私は、病弱で、その厄害から身を守るために、女の子の格好をしていた。
男のように野をかけ、山をかけ、海をもぐることを禁止され、
毎度、部屋の中で彼らを羨ましく見上げていた。
あの日は、秋だった。木々が紅葉する姿が美しく、好奇心に負け、
部屋から出て、近くの森を散策している時だった。
私は、 に出会った。
彼は、傷を追っており、私を見る目は今と同じ、真っ暗で底が知れないものだった。
彼を見て、逃げようとしたのだけれど、ガサガサという足音に、
口を彼の手によって遮られて、腕の中に隠された。
抱きしめられていることに、真っ赤になり、上を睨んで見れば、
彼はどこか疲れた顔をして、歪に笑みをつくり、しぃーと自分の口に指を当てた。
バクバクと、心臓が強く脈打ったのを覚えている。
彼は、敵に追われていた。
すぐにそこから出て行く彼を、引き止めたのは私だ。
子供心に、彼を介抱したかった。それは、怪我した生き物を介抱する心地よりも
もっと上で、男友達もおらず、友達もほとんどいない私にとって、
彼はそのとき一番の友達であった。
数人の敵に追われるほどの、私と同じ年なのに強い彼に、男として憧れていた。
彼はあまり話をしなかったが、私の言葉に耳を傾けてくれて、
表情が乏しい彼だったが、時には笑ってくれた。


「笑う?彼が?」

「ああ、昔はまだ笑っていた。ここで彼が、笑わない理由は私には分からないけれど」

一年間いたけど、そんな顔みたことないと言った三木ヱ門に、私は答えた。


分からないけれど。
 の噂は常に学園に流れていた。
一流の忍びの一族で、彼の異常なまでの強さに嫉妬した父親が、
修行という名目で、学園に出したとか。
母親は病弱で、腹違いの兄弟がおり、彼らのいじめに耐える母親を
守るために、一族を抜け出したが、彼を当主としたい父親により、
母親と離ればれにされ、彼が当主になれる年齢まで忍術学園に監禁されているだとか。
忍術学園を、乗っ取りに来ただとか。
忍者になる前に、使えるものを忍術学園で探しているんだとか。
くだらない噂。
だけど、あの時、彼を介抱しているときに、
帰らなくて、両親が心配しないかと聞いたとき、
彼は私の問いに答えず、紅葉し落ちていく葉を眺めていた。


彼は、森の中にあった洞窟に暮らしていて、
私は彼に食事や包帯、薬などを渡して、様々な話をしていた。
仲を深めていくのと同じ速度で、の傷も治っていく。
私たちの終りは目にみえていた。
言いたいことまだまだたくさんあった。時間がもっと欲しい。
傷なんて、治らなければいい。ここに一生いればいい。
そんなことを考えていたからだろう、
私が、密かに、食べ物を彼に運ぶ姿を、誰かが見ていて、
そのことが、母親にバレてしまった。
私はいたくしかられた。
私は母が苦手だった。
厳しくて、ホメられたこともない。
抱きしめられてことも、手を握られてことさえない。
きっと母は、病弱で、男として使い物にならない私が嫌いなんだ。

「だから、に会いに行くなって言うんだ」

「滝夜叉丸」

彼を見れば、包帯をぐるりと取っていた。
ふさがっている。もう、動けるだろう。
別れの時が近いことが分かって、それをさり気なく知らせてくれる彼に
涙があふれそうになる。私だけが悲しいのか、彼も悲しんでくれているのか、
分からないけど、私は約束が欲しくって、彼の裾を握って、
彼の深淵のような瞳をのぞき込んだ。そこには、ちゃんと私が映っている。

「傷が治っても、は、滝に会いに来てくれる?」

彼は、私の言葉に答えようとする前に、

「滝夜叉丸!!」

「母上?」

母上が薙刀片手に、私たちの間に入りそのまま距離を開けると、
薙刀をに向けた。

「離れなさい。伊賀のものが、私の子供に触れることなぞ、許しはしません!!」

一度も私のことを抱いたことのない母親が私を強く痛いほどに抱きしめ、
彼を睨んでいる。母親の怖い顔を見たことはあったけど、
必死な顔は初めてだった。そんなことを思ったのもつかの間、
すぐに誤解をとこうと、私は母に言った。

「違う、母上、は違うよ。そのなんとかっていう奴じゃなくて、イイヤツなんだよ」

「滝夜叉丸、騙されてはいけません。
彼は、この地を政略するために派遣された忍者なのです」

そんなと彼を見れば、彼は無表情だった。
一歩一歩ゆっくりと近づく彼に、母は薙刀を振った。
しかし、彼の懐に入っていたクナイによって払われ、
薙刀は吹き飛び、そして彼は私たちにクナイを振ろうとした。
母が私をかばう格好で、ぎゅっと抱きしめた。
私は母の体に閉じ込められていて、何が起こっているのか理解できなかったが。
ドサリという音が鮮明に、聞こえた。
振り返れば、自分の家で雇っている男が倒れていた。
は、真っ暗な深淵の瞳を、もっと濃くして倒した男を見ていた。
その姿に、私は、ぎゅっと母の着物を掴んだ。
恐ろしくてしょうがないのに、瞳は彼に捕われ続ける。
私が握りしめたのと同じときに、母が私を握り締める力が、さらに込められ、
を睨み、叫んだ。

「っ去れ!!伊賀のもの」

は、ゆっくりこっちを振り向くと、さっきの顔は消えていて、
短い間だったけれど、一緒にいたときので、母の腕の中から私も叫んだ。

、全部、嘘なの?騙したの?答えてよ」

後ろから、父親を筆頭に家のものががぞろぞろと出てきて、
私と母、そして、を見つけかけて此処にくる。
は、彼らを見て背中を向けた。

「離して母上、何かの間違いだ。が敵だなんて、間違っている!!」

手を伸ばして、の背中に手を伸ばした。
しかし、母は行かせてなるものかと、私を離さない。
なんで?どうして?が何者とかどうでもいい。
今、と二度と会えない方が、悲しい。
さようならなんて、嫌だ。
伸ばして、伸ばして、届くはずのない背中が、振り向いた。
が、口元を上にあげて、微笑していた。

「いいや、何も間違っちゃいない。怪しいものに母は、近づかせない。
それが、本来の親子の姿というもの。
何も、間違っちゃいない、だから、滝、泣くな」

笑っているのに、胸が苦しくなるほど切なくなった。
泣くなと言われて、さようならも言われていないのに、
一方的な約束は、守ってくれないと思った。
彼が、消えたあと、私は母の胸で泣いた。
泣いて、泣いて、泣き飽きた頃、
母と父が私を呼んで、真実を語った。

彼は、伊賀のものではなかった。
伊賀のものは、彼が倒した男であった。
彼は、長年、情報を流していて、そろそろ、敵側に翻るつもりだったそうだ。
母は、ごめんなさいと謝った。
あの気丈で、私の前で一度も泣くことのない母が、初めて涙を零した。
ああ、そうか。目が覚める思いだった。
私は、愛されていた。嫌われてなどいなかった。
私が部屋に篭って見ない間に、母は痩せた。
私のことで、気を病んでいたんだろう。
自分が死ぬかもしれないのに、私を庇うほど、愛されているんだ。
が、最後に言った。母とはを語った言葉を、思い出して、
私も泣いた。二人で抱き合って、訳もなく泣いた。
それから、父上から、母が不器用な人で、お前を好きで堪らないのに、
どうしていいのか分からず、いつも右往左往していることをヒソっと教えてくださった。
こうして、今では、母の小言が、私のためを思ってくれていることが分かるから、
私たちはようやく家族に、なれたんだ。

私の服が、本来の姿の男物になり、外へ出ても、野を走っても
大丈夫となったころ、ふと思うは、彼のこと。
は、私に家族の温かさを教えてくれた。
だけど、はどうだろう?
今も一人、傷ついて、泣きもせずに、黙って座っているんではないのだろうか。
隣に誰もおらず、ゆっくり、闇に沈んで、いっているんではないだろうか。
でも、彼が私に会いに来ることはない。
偶然でもなければ、会うことはないだろう。
だから、私は、決めたのだ。
会いに来てくれないなら、私が強くなって、彼に会いに行く。
拳を握りしめて、空に手を高らかに上げた。
そうして、同じ空の下。
太陽を隠したのは、拳だった。
次に、太陽を隠したのは、彼だった。

先輩との実習で、数人の先輩に囲まれた三木と私は、
嫌々ながら、二人で共同で戦っている時だった。
真っ黒な強大な存在が、横切った。
私たちを囲んだ先輩たちの手札は、一瞬の風で、すべて奪われて、
地に伏せる。何が起こったのか理解はできなかったが、
実習が終わってようやく、自分たちが助けられたことを知った。
目があったのは、その時。
彼の表情が大きく変わったのをみたのも、その時。
彼が自分を見てくれたのもその時。
それ以来、彼が私を見てくれなくて、視界にも入れてくれなくて、
話すらできない。笑ってくれるなんて夢だったかのようだ。

彼に会うまで、手のひらのなかは、夢で一杯だった。
彼に出会って、手のひらのなかは、砂になってサラサラと地に落ちていく。

彼と再開してからの一年間、何か起こるかと期待していたけれど、
何も起こらないから、私は、彼に仕掛けたんだ。
怒りでもなんでも良かった。私に目を向けてくれれば良かった。
戦いだって、偶然、見つけたいつも持っている彼の本を、破いて、無理やり理由作った。
彼は、ボロボロになった本を、静かに眺めているだけだったけど。

「もう、どうしていいのか、分からない。
それなのに、目を逸らされることすら、許されないのか」

私の瞳からは、堪えきれなくなった涙が、ボトボト布団の上に落ちて
大きなシミを作る。タカ丸さんが、私に声をかけた。

「滝くん」

しんみりとした部屋の中の雰囲気を壊したのは、喜八郎だった。

「一度、みんなでぶつかってみたら?」

「はっ?」

三木ヱ門の眉間にシワがより、私もタカ丸さんも目を見開いて喜八郎を見た。
彼は、私たちの反応など知ったこっちゃないとばかりに、話を進める。

「だって、滝も三木もタカ丸さんも私だって、彼と近しい存在になりたいでしょう。
だから、みんなでぶつかったら、どうにかなる」

「その確証は?」

「ない、ないけどそれしかない」

赤信号、みんなでわたれば怖くない。
と、平然と言い放つ喜八郎を、殴りたくなったが、冷静に考えてみると、
もう、それしか手はないようだ。
保健室を出ると、噂の話し相手が、目に見える範囲にいた。
急いで駆け寄ろとしたが、彼の手の中には、私が破った本を、
綺麗に繕ってあって、一歩、進むことを躊躇する。
だけど、後ろから、皆の手が私の背中を押してくれたから、
そのまま、前へ進むことができた。

言いたいことが一杯、たくさんあるんだ。
だけど、一番言いたいのは、彼の後ろ姿に名前を呼ぶ。



久しぶり。本、ごめんなさい。
それで、あのな。
その・・・・また、一緒にいたい。昔のように、一緒にいたい。
なぁ、、一緒にいてもいいか?
そして、前のように笑いかけてくれ。









2010・4・2

【プラス&修正】