風が吹いた。それは、あまりに強いから目を瞑った。
世界は、私と友達と委員会とその他。
それの何がいけないか。答えてくれる人などいなかったので、
私はそれが正解だと思っていた。それ以外ってなんて言うの?
それにも、誰も答えないので、私はどうすることもできず、
今もその気持ちを抱えて、空を仰ぎ見る。
あの時と同じ風を待ちわびて。



「表情がないよな。お前は」
忍として最高ではないだろうか?
「何を考えているのか分からない」
それを学ぶための授業があるくらいだから、もっと分からなくなりたい。
私の思考など、誰も読むことが迷宮入りで、諦めてしまうほどになりたい。
そうすれば、誰も私の領域を侵さない。
地面にチョークで白い線を書いて、

「入らないで。危ないよ。入ってきたら、ご用心。罠だらけ」

無表情を一変させ、目を細めて笑ったら、
三年のとき、私の中に無用心に入ってきた女の子が消えてしまった。
あら、不思議。
だけど、そっちが悪い。私はちゃんと言ったのに。
私はちゃんと罠の前に印を置いたのに、
どうして彼女は、それでも来ようとしたのかな?
私の問い掛けに、友人らは眉間に一回シワを寄せて、考えてから、
そうか、それならばしょうがないと追求をやめて、自分たちの好きなことを各々し始めた。
私はだから彼らが好きなのだ。
三年のときの大きな出来事は
不思議な女の子の話と、転校生が来た、それくらい。
でも、学園内では、その転校生・の存在はデカイ。
いまや、4年といえば、だと言われるほど。
彼は誰ともつるむことのない『孤高で覇王』
よく滝が言っている、頭脳明晰、眉目秀麗、向かうところ敵なしという奴だ。
彼の噂を聞いて、姿を見かけたことがあるが、興味なんてなかった。
三木が、ほぅっと目を輝かせ憧れを抱き、
滝が素晴らしい顔を歪めて、しかめっ面をして、
彼を見ていることしか知らない。

なんで、彼を見るの?

そんな疑問は、私の中に入ってきた彼女と同じような質問だから、
彼らに投げかけることなんてしなかった。
あの日まで、彼はその他の人物で、これからもその他であるはずだった。
4年のはじめ春一番。びゅー、びゅーと風の音が聞こえた。

「綾部、知っているか。彼女は嫁にいったよ」

日課である穴を掘る行動の前に、私に声をかけたのは、一つ上の先輩だった。
先輩は、彼女の幼馴染と言った。
だけど、なぜ彼が、わざわざ私そんなこと言うのか理解できない。

「そうですか」

話は終わったと、鋤で土を掘ろうとする私の肩に、先輩は手をかけた。

「それだけかよ。あいつは、オマエのこと、好きだったんだぞ。
本当の本気に好きだったんだぞ。それなのに」

「それで?」

「それでって、かわいそうだと思わないのか」

「全然」

先輩の顔が、みるみる歪んでいく。これが、醜い顔という奴だろう。
委員会の仙蔵先輩が、一等嫌いな顔。
こんなときでも、私が思うのは彼女のことじゃなくて、委員会の人のこと。
彼女は、その他だった。

「お前に」

声が震えている。
先輩、忍びはいかなる時でも、感情を出してはいけませんよ。

「お前なんかに、人の気持なんて分からないだろうな。
こんな変な趣味ばっかやっているオタクみたいな奴には。
お前らは所詮、クズみたいな奴らの集団だよ。
周りのことなんて関係ない。自分のことだけよければいいんだろう?
好きなこと、好きなことだけやって、そうやって一生、生きればいい!!
お前に、恋愛も、家族を持つことも一生出来るもんか。
お前は、人として、何か足りない!!」

私は、
結局のところ、彼女を好きではなかった。
だけど、嫌いでもなかった。
だから、どうしていいのかさっぱりで、何もしなかった。
彼の言うことは正しい。
私はきっと、何かが足りない。

「こんなもの!!」

そう言って、先輩が私の鋤を奪った。一学年上だけあって、奪う行動は早く、
私が取り返す前に、鋤は叩きつけられバラバラになるはずだった。
空は、異様に明るくて、雲一つない晴天だけど、風が強かった。
黒い雲が動いた。

「好きなことを、好きなようにして生きることの何がいけない」

彼は、は、底なし沼のような瞳で、ぎしりと彼の手を掴んでいた。
いつの間にそこに彼がいたのか、私も先輩も気付かなかった。

「あ」

先輩は、目の前の存在をまだ頭で理解できていないのに、
体が、反応している。

「答えることが出来ないのに、邪魔などするな。
それでも邪魔をするというなら、どんな目にあっても文句はいうなよ?」

くつりと、不敵な笑みを浮かべたを見た先輩は、鋤から手を離した。
同時に、は先輩から手を離し、ようはないとばかりに、
去っていくとき。振り返ったとき。
彼は、一瞬。ほんの一瞬だけ私を見た。
横から、第三者として見ていたときには、不気味なほどの深い泥のような瞳だと
思っていたのに、彼は、明鏡止水。
本来の意味とは違うけれど、
くもりのない鏡。
綺麗に磨かれすぎて、歪んでしまった。
波の立たない静かな水面。
綺麗すぎる水だから、魚も何もすまない。

正面から彼の威圧感を、受けた先輩は、その場にしゃがみ込んでいる。
そうだろう。彼を敵にまわしてはいけない。理屈じゃなくて、本能が語りかける。

『孤高の覇王』

まさしく、その通りだ。
たった一回、目が合っただけですべてを持っていかれた。
立つことだけで精一杯だった。

それから、自分の長屋まで走って、襖を乱暴に開け、滝に抱きつけば、
書物をしていた滝が驚く。
それから墨がこぼれたと、怒ったけれど私の異常な行動に、
滝は心配そうに私に聞く。

「どうした、喜八郎?」

「滝・・・どうしよう、私、怖い」

「なんだ、どうかしたのか?」

「怖い、怖い」

「何が怖いんだ?」

「あれは、きっと」

カタカタと、震えが、止まらない。
近づけば、きっと闇が私を喰らい尽くす。
だから、近づいてはいけない、嫌わなくてはいけない。
それなのに、
彼が私のために怒ってくれたことが、私を庇ってくれたことが、
心の臓を鷲掴みにされたような心地で、このうえない喜びで、
ぎゅっと、掴んだのは、ただの鋤なのに、もはや、ただの鋤じゃなくて宝物。
 はなんだ?
彼は、暗闇。
暗闇はとても怖いけれど、恐ろしいけれど、
誰もを平等に優しく包み込んで、そのくせ誰にも抱かれない。

一年前、彼女は危ないと、罠だらけと分かっているのに私の元へ来た。
なぜ、彼女は危ないと、知っているのに私の元に来たのか、今なら分かる。
 を、遠くから見るのは三木と滝。
そこに、私が加わった。

怖いけど、近づきたい。近づきたいけど、許されない。
手を伸ばして、たたき落とされることが、死ぬことよりも恐ろしくてならないから、
やっぱり、私はなにも出来ない。
だけど、もう一度、あの風が吹けば、私は一歩、前へ進みたい。






【オタクのおたくさん 喜八郎】







あー、春だね。チラチラ、うすピンク色した桜が、散っていて綺麗だ。
桜って言えば、大体のヤツらが花見だろう?
俺は、違う。春って言えば、春コミだ。そして、新作アニメのチェックに忙しい。
花見なんて、一回もしたことないなぁ。
くっしゅーん。くっしゅーん、うげぇ、グスグス。
まぁ、この通り、花粉が、キツイ。
まさか、転生しても、受け継ぐとは、さすがです。ツンデレ神様。
ていうか、この世界にきて、変わったことって、
親と、環境と、それと体力が前よりもあるかな?というのと、髪が長くなった程度だ。
一番でかいのは、俺の好きなものが全部ないってことだけど。
それだけじゃないよね。もちろん、友達ゼロ!!アハハハ。
・・・花粉のせいで、涙がこぼれそう。
4年になれば、ちょっとは変わるかななんて、甘いこと考えていた俺が悪かった。
こんなことなら、先生から、い組に変わらないか?と言われたときに、
変わりますって言えばよかった。
だけど、ろ組に、二年いれば、ちょっとは、ちょっとは慣れて友達が、できると思ったんだ。
それと、俺、超人見知りだから、違う奴らばっかりって、緊張しちゃう。
まぁ、あと一つ理由があるんだけど。
はぁー、ここに来て、溜息ばかりだ。まだ一週間も経ってないのに、家に、帰りたいぜ。
いや、俺。ここは、心機一転。目標でも立てて、気分をあげよう。

よし!!

「友達が一人できたら・・・・・・いいな・・・なーんて、一人最高!!!」


はー、鼻水がキツイ。
桜咲く満開の中、空は晴天。上から、美女が降ってきて、
俺のこと好きだっていってくれれば、なんて妄想中に、

「オタク」

という声が聞こえた。
その日、鼻水はひどいし、頭はガンガンするし、風も強いから、反応も強かった。
だったら、部屋に帰ってろって話だが、あいにく、今回も一人部屋で、
ずっとこもってたら、寂しくなっての散歩だった。

「好きなこと、好きなことだけやって、そうやって一生、生きればいい!!
恋愛も、家族を持つことも一生出来るもんか」

ま、マジで?オタクってだけで、そこまで言うか?酷過ぎる。
俺、このままずっと一人じゃなくて、いつかカワイイ子と恋愛して、
妻似の子どもたちに囲まれ、アハハ、ウフフと、
幸せな暮らしを夢見ているのに。
娘を嫁にやらんって言うの、密かに楽しみしているのに。
なんだ?オタクはその夢すら、気持ち悪いですか?
じわりとこみ上げてきた涙を我慢して、言っている奴の手を掴む。

「好きなことを、好きなようにして生きることの何がいけない」

俺は、好きなことして、オタクだけど、二次元大好きだけど、
迷惑なんて誰にもかけてない。

「答えることが出来ないのに、邪魔などするな」

と、言ってみたものの、なんと言った人が先輩だと判明。
やべぇ。これは、生意気だなお前、校舎裏に来いよ?
な展開じゃないか?くそぉ。でも、ここで引くのはなんか格好悪いから。

「邪魔するなら、どんな目にあっても文句はいうなよ?」

俺がな!!
お前、イジメてみろよ。完全に、学園を去ってやる。
そんときに、いじめられったて置き手紙、置いてきてやるからな。
俺は執念深いから、絶対、おまえの顔一生忘れないから。
オタクで、根暗をナメんなよ!!と、
すっきりした気分で、後ろを振り返ると、
可愛い子がいた。
一瞬、マジ俺のこと好きな子が、天から降ってきた。ヤッター!!
と思ったけれど、マジマジと見られ続けられるものだから、
違う可能性が、思い浮かんだ。
先輩は、俺に言ってんじゃなかったっぽい。
それを、通りがかりの美少女に、見られた?
・・・やべー、かなり恥ずかしい!!
赤い顔を見られたくなかったから、足早にそこから去る。
もう、俺、桜が全部散るまで、部屋からでない。恥ずかしくて死ねる。

その後、部屋の中で、布団にくるまる俺。
まさか、安全だと思われた部屋でも、こんな罠が待ち伏せているとは。
なにも聞こえないんだからな。
皆でわいわい、楽しく花見なんて、
そんなもん見えてないし、聞こえてもいないし、羨ましくないんだから!!
なんで俺の部屋の近くに、桜なんてあるんだ。切ってやろうか?
くそぉ。春なんて嫌いだ!!友達くれ!!












2010・3・31

【あの時と同じ風は吹かない。なぜなら、彼は春の間、外にでないから】