13・日常がおかしかった。

走ればまだ間に合う距離の中で、
豆腐好きこと、5年い組久々知 兵助は、過去を振り返っていた。
それは、走馬燈に良く似ていた。
パラパラと本をめくるような感覚で、それがもの凄い勢いよくめくられていく。
記憶は、ついこの間まで戻った。
言ってしまえば、日常だった。
彼女はただ黙々と、武器を直し、直した武器を相手に渡し、ニコニコと笑う。
彼女は、それに不満を言わなかったし、
頼む方も、頼む方で、ありがとうと言えば、
ただで直してくれる彼女の存在はありがたかった。

「よろしくな。

「うん」

俺が初めて、彼女の姿を目に入れた日。
彼女は大きな入れ物をがちゃがちゃ言わしながら、忍たまの長屋から出てきた。
くのいちが忍たまのところにいるのは、稀ではないが、忍たまが警戒心を解き
温かい向かい入れている姿は、稀だった。
そして、興味をもった俺は、こともなしげに、聞いたのだ。

「あの子は」

「ああ、あの子。武器屋だよ」

名前じゃなくて、帰ってきたのは存在そのものを表す言葉で、
そうじゃなくて、名前は?と聞く前にすでに違う話題になっていたから、
その日のうちに、彼女の存在は忘れていた。
しかし、忍術学園で日常でも、外からやってきた彼は、
本当はおかしいことにすぐ気付いた。

「普通さ。女の子だよ。女の子が、大きな荷物を持っていたら助けるのが普通でしょう。
なのに、聞いてよ。おかしいんだよ。兵助くん」

なにがだ?タカ丸さんのおかしいは一杯あった。
あの怖いくのいちに、女扱いする貴重な人だし、おかげでくのいちで人気はある。
怪我したら、自分でなところもおかしいと言って、ここが異常なことに、
言われて気づくことも稀にあった。
だけれど、その日のタカ丸さんは憤っていた。
驚いて報告はあったけれど、怒っている姿は初めてで、手を止めて、話を聞いた。

「すっごい大量に荷物を持っている子がいてね。僕は手伝おうしたら、みんなが止めるんだ。
その理由なんだと思う?」

「なに」

「武器屋だからだって。酷いよね。名前で呼ばないんだ」

ああ。言われた言葉に、あの少女が浮かんだ。
その夜は、タカ丸さんの言っていたことを考えたけれど、
疲れた体は睡眠を欲していたので、眠って朝になれば、また日常が始まった。
その日は委員会で、傍にはタカ丸さんがいて、あ、あの子と声で、
俺は、声の方向を見れば、また彼女がいた。
ニコニコと人にまた何かを押しつけられていて、
彼女はどっか頭のねじが緩いんではないだろうか。
「ありがとう」その一言で、すべて許した顔をして、
裏で何を言われているのか知らないんだろう。
とんだ間抜けなくのたまもいたものだ。こんな乱世の世で、生きていけないだろう。
なんて、思っていたのに。

「おいおい、武器屋いっちまったのかよ」

「ご愁傷さま」

「くそぉ、こうパンって手を鳴らしたら来るとかなんねーかな?もっと、便利なのに」

パンと彼が手を鳴らせば、来るわけねーよと笑っていた彼の友人は笑みを止めた。
そこには、 が立っていたからだ。
普通ならば、激怒するだろう。自分のことを名前で呼ばず、武器屋だなんて、
善意を便利だなんて、恩を仇で返したのも当然だ。
口を押さえて、やばいと顔をした彼らに、
彼女はなんらかわらずに、いつもと同じ笑みを浮かべた。

「それもかな?いいよ」

「あ、ありがとう」

ニコニコと笑って去っていく彼女に、彼らは息を吐き出した。

「良かった〜。聞かれてないみたいだぜ」

「良かったな。もう、本人の前で言うなよ。俺までやってくれなくなったらお前のせいだからな」

聞かれなかった?そんなはずはない。彼らだって気づいているはずだ。
彼女は、聞いていたからこそ、「それも」と言ったのだ。
彼らは、前のことを忘れようと必死に違う話をしていた。
気づいてしまえば自らの罪悪感が増すだけだから、
その姿は滑稽だった。
横を見れば、タカ丸さんは、俺と同じで茫然と立ちつくしていた。
しかし、感情屋な彼は、静かに涙していた。

「こんなの間違ってる」

いつも彼の間違っているは新鮮で、時々浮世の話みたいに感じていることもあった。
しかし、初めて彼の間違っているに俺は、賛同した。
それから、俺たちは彼女を観察し始めた。
そんな俺たちに連れられて後輩が、みんなで話し合って計画した話をすれば、
土井先生はいつも彼女を気にかけている
希少な人だったから、俺たちのしたいことに協力的だった。
しかし、彼女の足から地面に根っこが伸びている。
根強くしっかりと、苦しいだろうに、彼女は笑う。
そして、俺たちの力は、あまりに非力だった。
根本を変えるのが無理ならば、委員会で守ればいいと思ったが、
学園にとって彼女は武器屋としての価値が上で、委員会に入らせることはできない。
とり合いになるからだ。それが、彼女ではなくて、武器屋としての。
「駄目だ」と言われたときに、教師の目がお前らはそこまでして、
いの一番に武器を仕上げてほしいのかと言っていて、
かっと頭に血が上るのを感じた。

俺たちは、毎日毎日彼女を観察して、話しかけて、会話して、
武器屋以外の彼女をちゃんと知ってる。
武器のことには凄いけど、実は料理はてんでだめで、
甘党にだけど、餡子が駄目。だけど、ようかんは好き。
時々、服を後ろ前に来たことがあってそれを言われるまで気づかない。
髪の毛が、赤茶色のこと気にしている。
自分の容姿に無頓着なふりして、流行の口紅を手にとって小一時間悩んで、
最終的に、結い紐を買った。
綾部の穴に落ちて、そのまま寝ていることもあった。
春夏秋冬だと、秋が一番好き。
ひよこの雄雌の判別ができる。
生物委員のふくろうを気に入っていて、イチジクと名前をつけて、
結構の頻度で会いに行っている。
彼女は、彼女だ。武器屋じゃなくて、 だ。

俺たちは、待っていた機会を。
いつか動くはずの機会を。
それは、天女なんて馬鹿馬鹿しいものだったけれど、
彼女が辞めるかもしれないという事実と、彼女の受けている扱いなど事細かに
書いた脅迫めいた文でようやく、ようやく彼女を守れたのに。

!!」


力いっぱい。俺たちは呼び続ける。彼女の名前を。
彼女は阿呆ではなかった。
武器屋なんて、裏では呼ばれて、頼むときだけ、名前を言われる少女。
そんな環境が彼女を狂わせた。
自分を人として扱かわれないことに、安心したのだ。
彼女はそれ以外生き方を知らない。
彼女の取り巻く環境が異常でなかったとは言わせまい。











14・一か零か。

目の前には、コトンと筆を置いて驚いてて僕らを見ているちゃんの姿。
久しぶりにこんな近くで見れた。
彼女は実は部屋の整理整頓がうまくなくて、ほったらかしにした服などが
無造作に置いてあったりしたのだけれど、それが綺麗になっている。
もう、二度とここに帰ってこないことを、如実に伝えていて、会えた嬉しさよりも悲しかった。

「行かないで」

そう言って抱き付いたのは、伊助くんで、そのあとに、無言で三郎次くんが続いた。
実に羨ましい。無駄に年をとってしまった自分は色ごとをなしで、
そんな純粋で、素直な気持ちで、抱きつくなんて、なかなかできない。
ちゃんは、困った顔をしながら、彼らの背中をポンポンとあやした。

「行くのか」

「情報源は、学園長かな?まったくあの爺さんは、お話し好きだよね」

まいちゃうなぁ。と、伏せられた眼に、行くことが覆せないものだと知って、
久々知くんが唇をかんだ。

「あの子は、もういないよ」

そういえば、彼女は僕を見た。
彼女の眼は、赤い茶色の髪と同じく、目が赤茶色。
嫌っているのを知っているけど、僕は赤茶色のちゃんの髪が好きだった。
毛先がちょっとチリチリで、火を近くで使っているからそうなっていて、
忙しいから、手入れなんてあんまりされていないのに
鉄のにおいと、火薬のにおいと、隠れてちゃんの匂い。
僕、髪結い師なのに、失格だ。
手入れをしなくてもいい。なんて言葉が浮かぶんだ。
髪の毛、全てが、ちゃんの生き方を語っていたから。

「あの天女さまは、もう来ない。
だから、ちゃんがどっかいくなんてそんなこと必要ないんだよ」

ちゃんと同じ視線に合わせて中座して、僕は、そっと手を握った。
ちゃんが僕に見せてくれた利き手の手。
ピクリと、動くのが分かったけど、強い力でぎゅっと握る。
火傷もあって、傷だらけで、綺麗とは柔らかいとは言い難い手だけれど、
職人の手だ。
僕だって、職人だから、ちゃんがどんなに必死に技を磨いてきたか分かって、
見惚れてしまった。気づいた時には、自分に幻滅した。
あれほど、ちゃんを武器屋として見ないって思っていたのに、
「どこにも行かないで、ここにいて、傍にいて」
祈るように握っていれば、彼女の声が聞こえた。

「あの子のことも、行くことの要因にないとは、言えないけど。
けど、私はそれだけで行くわけではないんだよ。
タカ丸さん。兵助くん。伊助くん。三郎次くん」

名前を呼ばれて、彼女を見れば、目を細めて口元をあげた。

「気づいたの。私は、どうやっても武器屋なんだって」

「違う」

強い口調で兵助くんが否定を口にすれば、優しく諭すように彼女は言った。

「違わない。私自身それを望んでずっと生きていた。
それを否定されるのは、苦しい」

顔を曇らせて、痛そうな顔をしたから、兵助くんは次の言葉を言えなかった。

「みんなが、私を、ちゃんと武器屋以外の私として受け入れてくれるから、
温かくてどうしようもなくて、暴走しそうになっちゃう」

「しちゃえばいいじゃない」

僕が言った言葉に、少し目を見開いて、数秒の間隔が開いて、彼女は答えた。

「・・・・・・そうだね。しちゃえれば、楽になれるけど、
私は、ここから進みたいなぁと思って。
今のままじゃぁ、駄目なんだ。私もきっと、みんなも。いつかバラバラになるよ。
その時、私は繋ぎとめれない」

「何を」

何を言っても駄目?傍にもういてくれないの?そんなの嫌だよ。
僕は、だってちゃんが。という前に、後ろから大きな声が聞こえた。

「あーもう、あんたら、なんでちゃんと分かんねぇーかな」

きり丸くんが、ぶすっとした顔で腕を組み、入口に立っていた。

「勘違いしてるんっすよ。先輩は、火薬委員が見ている女の人と、
周りが見ている武器屋が混じって、 なんっすよ。
一か零かなんて極端しか見れないから、うまくいかなんっす」

なるほど。目から鱗だ。まさか一年生のきり丸くんに諭されるなんて。
口がふさがらないでいれば、体をずらして、ちゃんがきり丸くんに、
僕の握ってない手で挨拶する。

「あ、きり丸くん」

「あ、きり丸くんじゃないっすよ。あんた前、俺ならいいって言ったじゃないっすか。
それを、黙って、学園からいなくなるなんて、探せって言っても俺はそんときになれば、
超売れっ子で、探してなんかやってやりませんよ!!」

一息で長い言葉を言いきったきり丸くん。凄いと拍手を送る前に、
色々引っかかる言葉が聞こえた気がする。

「えーと、きり丸くん。怒ってるところ悪いけど、話が分からないんだけど。
え、私学園からいなくなるって、
ちょっと数日か長くなれば一カ月程度修行するだけなんだけど」

てか、聞こえてたの探してって。
あれ、一応保険ね。だって、きり丸くんてば、周りは見れるけど、
後ろなんてなかなか見ないでしょう?
きり丸くん、大人になったら私のこと忘れちゃうかもなぁと思ってね。
あはははと、笑う彼女に脱力した。

それから、ことの話を聞けば、毎回修行に出るときは、退学届を出しているらしい。
修行は、場所も時間も彼らの気分しだいらしく、
帰る帰らないも、不明だから、一応形としてなんかあったらの退学届を出すらしい。
それを知らなかった土井先生の勘違いか、それとも学園長にはめられたのか、
それは良く分からないけど、彼女が帰るまでに、頭を少し整理した方がいいみたい。
周りをどうにかしたくて、おかしいをおかしくないに変えたくて、必死だったから、
ちょっと焦っていたみたいだ。

「お土産買ってきますね」

「うん、気を付けて、行ってらしゃい」

「行ってきます」













15・大人な少年の宣戦布告

「あの人は、あの人の生き方を否定してほしくなかったんじゃないっすか」

と、彼は一年ながらに大人びたことを言った。

上を仰ぎみれば、雲があって、空がある、
ここは、忍術学園のなか。
あれから数週間たった。
天女こと、市川 比奈野は相変わらず、
男を(前よりは減ったけど)はべらせ、笑顔で笑う。
時々、目が合えば、ぷいっと目をそらす。そして、タカ丸さんには、青い顔で目を泳がせる。
最後の一言が効いたらしい。確かにあの時の彼は、目がいつもと違った。
すぅーと細くして、口端だけが歪に上がってて、あれを笑顔だと言うならば、
俺は、嬉しくて笑っているのを笑顔だと言えなくなる。
市川 比奈野は思ったより馬鹿ではなかったらしく、
俺たちのことを悪く言うこともしなかった。
そうだな。自分のしたことをばらされるのはたまらないものな。
ただし、俺たちに、火薬倉庫にも一切近づくなった。ありがたいものだ。
日常は変わらない。
武器屋と呼ばれた少女が一人いなくなっただけ。
とりあえず、便利とか武器屋とか呼ぶ奴をしめた。
というか、タカ丸さんのあの氷の微笑で、「ねぇ、その言葉聞きたくないなぁ」と鶴の一声。
いくら力が上でも、人を殺したあるものでも、彼のあの緩急つけて落す攻撃は
苦手のようで、顔を青くして彼女のあだ名を言う人はいなくなった。

「で、久々知先輩とタカ丸さんって、先輩をどういう意味で好きだったんっすか?」

今、俺とタカ丸さんときり丸で、軒下でお茶を飲んでいた。

「いや、俺ってば、先輩認定な、運命共同体ですから、
俺は、最後までみる気です」

と、はっきり俺たちに言い切った彼は、一年生で少年ではなかった。
確実に、俺たちに宣戦布告をした男であった。
確かに、の気持ちを一番わかっていた少年は、
本当に認定で学園を出た後もよろしくな関係なので、俺たちよりも一歩先にいる。

「そんなもの」

決まってるだろう。遠くから、伊助と三郎次の声がする。
どうやら、ようやく帰ってきたらしい。
隣の髪の毛が太陽に光ってキラキラしている男も同じだ。
キラキラしているのは、髪だけじゃなくて目もそうで、
その目は、伊助と三郎次のような、慕っている程度のものではない。

「じゃぁ、敵っすね。これから、どうぞ頑張って」

にっと笑った少年は、俺たちよりも先に立ちあがり、
俺たちと今から行く場所と同じ場所へ行くのだろう。





あだ名じゃなくて、名前で呼ぶ。
そうすれば、彼女はニコニコと張り付けた笑顔じゃなくて、心からの笑顔をくれるから。

「お帰りなさい」

「ただいま」

俺も今度は丸ごと、キミを愛そう。武器屋なキミも、そのままのキミも、全部。
それは確かに存在して俺の前にいるのだから、ゼロなわけはない。


















2010・3・5
【ようやく終結。きり丸の言葉で大大体通じたし、修行の意味は?
あれです、古風な感じの人なんで。頭のリセット=修行な人
それと、武器屋としての力量をあげれば、周りも武器屋の自分も認めてくれるというのを
無意識に分かっていたのかも】