8・なんて、偶然。絶対、愛されてる。
学園に舞い降りた天女こと、市川 比奈野は、生まれてすぐ美しさとは何かを理解した。
美しさがあれば、どんな我がままでも喜んで聞いてくれること、
特に自分の性と逆である男は少しでもほほ笑めば何でもしてくれることを、
わずか5歳で理解した。
彼女は、そこからの人生、全て自らの美しさを極めることと、男でどう遊ぶかで費やし、
酷い目に会う前に、運も良かった彼女は全て免れてきた。
彼女の狭い視野の中に、世界がどうあったなどと当り前だけれども、
自分のために回転しているそれ以外の言葉を知るよしもなかった。
彼女は、男から求められる存在であったがゆえに、
「ハジメマシテ、お名前なんて言うの?」
「・・・・・・その前に、あんた誰だ?」
男から求められないという事実を信じられないたちであった。
久しぶりに当たりを引いた。
綺麗な金色の髪と高い身長に、優しそうな笑みを持ったシュガーみたいな人。
大きな目に長いまつげを持った女のような容姿を持ちながらも、
九州男児みたいな寡黙さも持ち合わせた人。
なんで、知らなかったのかしら。
薄暗くてカビ臭いこの部屋がなんて素敵な宝物。
こちらを見た彼らに私はいつも見せる笑みよりも特別をあげた。
「ハジメマシテ、お名前なんて言うの?」
気高いバラのように、微笑ましいタンポポのように、見る人が見れば千差万別な笑み。
あなたたちにはどう映るのかしらね。
二人は、顔を見合わせて、怪訝な顔をして、まつ毛の長い男の子が私に聞いた。
「・・・・・・その前に、あんた誰だ?」
あら?私を知らない子がいるなんて、ビックリ。
しょうがないわ。自己紹介してあげる。
「私は」
とあまり良くない風を感じながら、自己紹介をしようとして、あの子を見つけた。
あの子。とても便利な私のお手伝いさん。
「あれ、ちゃん。こんなところにいたの?
急に何も言わないで変わっちゃったから、心配したんだよ?」
無言でこちらを見ている彼女。手には、なにか持っていて、
相変わらず何か仕事をしているのね。
「私、ちゃんの友達の市川 比奈野!」
彼女の肩を抱いて、仲がいいをアピール。凄い。
ちゃんあなたとても便利なだけでなくて、素敵な人も紹介してくれるなんて!!
あなたの価値を、ちょっと上げてあげるわ。
光栄でしょう?ちゃんの肩を抱いた瞬間、
彼らの顔色が変わったのを、私は気づいた。
「よろしくね」
9・久しぶりに見たものは、光ってた。
ちゃんちゃらおかしい話だが、その時の私は、一時の幸せを永遠の幸せだと思ってしまった。
少々浮かれていたのかもしれない。
仕事は減ったし、お金も貰えるし、断れない仕事は、みんなが断ってくれる。
火薬委員は最初は罠かと思ったけれど、彼らは優しくて、大好きだ。
私は5年間学園にいて一番楽で幸せな時をみんなと過ごしていた。
だから、なんで私がここに来たかの原因の人間を忘れていた。
彼女は相変わらず、嫉妬するほどふわふわした美しい黒髪をなびかせて、
女性であって中身を知っている私ですら、ほぅっと見惚れてしまう笑顔を彼らに向けた。
楽園は墜落園であって、とうとうそこすら彼女は奪うつもりらしい。
「えへへ、ごめんね?これってどうなのかな?って思って」
「そこは」
「凄いなぁ。ありがとう」
和気あいあいと笑い合う兵助くんの姿に、焦燥感があったけれど、
私がとやかくいう資格はない。恋人でもなく、仲間と言うほど長くはない。
「へー、綺麗な髪だね。結構手入れしてるでしょう?」
「あ、やっぱりプロだね。分かっちゃうかな。輸入品をね、ちょっと貸してもらってるの」
いやいや、奪ったに近いだろう。
知ってるぞ。それ、あなたの体質に合わないわ。なんて口八丁で丸めこんで、
処分してあげるなんて言ってたのを。
そのあと、いいもの持ってるわよね。あの子にはもったいないなんて囁いたのを。
「先輩先輩!!手、手!!」
三郎次くんが真っ青になっているから、何だと思えば、
人差し指に少々クナイがかすったらしい。
うむ、これは、集中していなかった私が悪いな。
繊細な仕事なのに、雑念を持ってくるなんて、私ったらまだまだ未熟者だなぁ。
「ああ、そうか。もう一度修行しなおさなくちゃなぁ」
「そんな冷静に眺めないでください。誰か保健委員!!」
「三郎次くん。これかすり傷だから、保健委員を呼ばなくても大丈夫だよ」
「大丈夫なわけあるか」
上に影ができたと思えば、焦ってる兵助くん。
さっきまで遠いとこにいなかったけ?
「す、凄い血だよ。ほら、これで押さえて、保健室に行こう?」
あの子としゃべっていたタカ丸さんが、自分の手ぬぐいをよこして、
私の血を止めようと手首を押さえて、
兵助くんが、その上から処置を施す。出来たのは立派なもの。
「あ、床汚してすいません。ちょっと掃除を」
「僕がしますから、早く行ってくださいよ」
「でも」
「行こうか?」
ニッコリ笑ったタカ丸さんはいつものように優しい猫のような笑みだけれど、
有無を言わせないものを感じて、そのまま黙ってついていくことにした。
保健室に行けば、包帯を巻かれてちゃんと処置された指。
「良かったね〜大したことなくて」
と、にこにこして、手を離さない彼に、大げさにまかれた包帯に、ちょっとむくれる。
仕事がしにくくなるから、とりたいけれどここまでしてもらってはできない。
「・・・・・かすり傷だから、大丈夫って言ったのに」
「大丈夫じゃないよ!!ちゃんは、女の子なんだから」
「だけど、ほら」
と、私が差し出した利き手を見て、タカ丸さんは言葉を詰めた。
そうでしょう。私は、女としての性をほとんど捨てている。
綺麗な白魚のような手が、一般的に好まれることを知っているのに。
彼が眉毛を垂れたのを見計らって、手を抜いて一人で歩く。
「私、仕事がありますから」
「ちゃん」
名前を後ろで呼ばれたけれど、私は知らんぷりして歩く。
仕事なんて、終わっているのに。
片付けも残ってるけど、あそこに戻りたくなくて、部屋に行けば、彼女がいた。
腕を組んでこちらをキッと睨んでいる。
「いい気にならないでよ。あんたなんて、女として何もないんだから。
便利だから使い勝手がいいから可愛がられてるだけでしょう?
手を怪我して、気を引いて、馬鹿ね。
あなたの価値はその手しかないのに、それを怪我したら、あなた、必要ないじゃない」
彼女の手は、白くて怪我なんて一つもない。
あの子の手にはもうなれない。少しだけ、嫉妬と羨望を向ける。
「もう、邪魔しないでよね」
私は、生まれてこの方、美しいと思うものが武器であった。
だから、彼らを美しく魅力的に、輝かせるために生きてきた。
何を言われようと私はこれを選んだというのに。
変な話だ。時々女の子に憧れるなんて。
私の手はボロボロで怪我だらけで、火傷も一杯、人よりも硬い手になってる。
「あーあ、やんなるね」
彼女の言うとおりだ。
私は、武器さえなければ、何もない。ゼロ。無。
武器に名前を付けて愛している人たちのように、
人に一切興味がなければ、もう少し苦しまずに生きていけたのに。
火薬委員が、思いの他、温かかったのがいけない。
前だったら、便利屋でも武器屋でも、人が求めてくれれば、良くて、
こんなこと気づかずにすんだのに。
渡したくない場所なんて初めてで、どうしていいのか分からず、一応そこに座りこんでみた。
そうすれば、見えなかったものが見えた。
「ここから月が見えたんだ」
忙しくて、5年間ずっと知らなかった。
10・なんでこんなことに。
はっきり言えば、彼女になんの興味もない。
ただ、ちゃんに危害を加えるかもしれないから、ずっと監視していただけなんだ。
だけど、それがこんなことになるなんて。
ちゃんは、あの流血以来僕らによそよそしくなった。
武器の手入れは完璧、他の仕事もちゃんとしてくれるのだけど、
前以上に壁を感じる。必要以上に話もしないし、
泊りがけで仕事をやるときも、火薬委員の部屋を使わなくなった。
しかも、うざったいことに、あの子。えーと・・・そう天女さまだっけ?
その子は、僕らの周りに来るから、なおさらきちんと話もできない。
「えー、そうかな?そう思う?」
正直、どうでもいい。早く、違うとこでハーレムでも作ってろ。
「ここで、緊急火薬委員会議を開いたいちゃいと思います」
「質問〜きり丸がいますけど」
と勢いよく手を挙げた伊助くん。うん、僕も気になったけど。
「俺も先輩大好きっすもん。てか、今は火薬委員よりも接触多いし、
ってちょっと、睨まないで下さいよ」
「兵助くん、きり丸くんは、一年生なんだから、大人げないよ」
「いや、一番こえーのは、タカ丸さんの笑顔なんっすけど」
一応、火薬委員+きり丸くんで会議は始まった。
「近況報告は?」
で、みんなが、ちゃんのことを報告する。
うん。うん。やっぱり、みんな距離置かれ始めてるんだな。
ていうか、僕が一番で、次に兵助くんってことかな。
冷静に言った言葉で、しょげた兵助くんを助けることはしない。
僕だって、悲しんだから!!
みんなが、お通やみたいな空気を醸し出している中、きり丸くんが手を挙げた。
「はい!」
「どうぞ」
「このごろ、先輩が元気ないんで、聞いてみたんっすけど。
あまりに雑念が多すぎる自分を鍛えるために、ちょっと修行でも行ってこようかなって
言ってましたよ」
「修行?」
「あれ?知りませんでしたか、先輩家。武器屋さんなんですけど、
あの技を父親と祖父に教え込まれたらしくて」
そこからまとめると、彼女の家は、祖母・祖父・父・母・兄・ちゃんの6人家族らしい。
なんでそんな話になったかと言うと、先輩これから先その技術で食べてけますけど、
お金の勘定できないんきついじゃないっすか?と言ったきり丸くんの疑問に、
答えてくれたらしい。正直、悔しい。僕らだって知らないのに!
まぁ、そこは置いておいて、進めると、ちゃんは武器職人の父親や祖父に似て、
そういうことには無頓着だけれど、お金関係に強い母親と、
それに似た兄がいるから大丈夫とのこと。
で、修行って言うのは、そっから発展したらしい。
「要するに、家に帰って、技術を見てもらうらしいっす」
「へー、それって、何日くらい」
と聞こうとして、扉が開いた。
そこには、焦った顔をした土井先生がいて、どうしたんだろうと思えば。
「さっき、学園長に言われたんだが、 が」
11・あなたはずるい。
「そんな人頼りで、しかも雑念を払うために修行って、古すぎっすよ。
そんなんで、生きてけるんですか?」
あははと、きり丸くんに痛い突っ込みいれられて、から笑いをした。
久しぶりに家族のことを話したから、彼らを思い出す。
顔をすすで汚して、竹林の中で一晩中、武器を磨いたりしていた。
パチパチと遠くからそろばんをうつ音が聞こえたりしたりして、
丁度通った場所が会計委員の近くだったからだろう。
本当に聞こえた。
「先輩は、火薬委員のみんなは遠ざけるのに、俺はいいっすか?」
隣にいるきり丸くんの言葉に驚いて、足を止めた。
彼は頭に腕を組んで、私の方を見ないで彼も足を止めた。
「きり丸くん。私はとても打算的な生き方をしている。
初めて失いたくないものを見つけて、あの子のように女の子になれば、
居場所を失わなくていいと思ったけれど、それはどこか違う。
だって、私は私で満足しているし。
だけど、彼らが私を武器屋以外で私に接するのが、堪らない」
「俺だって」
きり丸くんは、手を白くなるほど強く握りしめている。
「きり丸くんは、私に商品的価値を見出してくれて、引きずり出してくれた。
とっても大切な人だよ。きり丸くんは、私をおいては行かない。必ず、私を見つけ出す。
さっきの質問は、手助けしてくれるんでしょう?
私だって、くのたまだから、ちょっと残念そうな顔は分かるの。
父親のと祖父ので彼らは忙しいから、私のはきり丸くんに頼むよ。
いけない?」
「・・・・・・全然構わないっすよ。俺だって儲けれるしバンバンザイっす」
「こっち向いてよ。彼らとの差なんて、ほんの、少しだよ。
きり丸くんは繋ぎ止めれる。
私が私である限り、きり丸くんは私を見捨てないでしょう。
だけど、彼らと、私には何もない。
だから、そんなもろそうな絆を私はどう繋ぎとめればいいか分からないの」
「先輩はずるいっす」
「ようやく向いてくれたね。泣かないでよ。私、泣いている子をあやすのは苦手なんだ」
ぎゅっと私の裾を握りしめた彼は涙をごしごし無理やりふいて。
「泣いてないか、いない。子供じゃないですから」
じゃぁ、商品を渡しに行きましょう。ゼニゼニ〜♪と歌って手を離し、顔の向きを変えて
先に行くきり丸くんの背中に呟いた。
「だから、私を探してね」
12・ありがとうございました。
「そんなまさか」
と扉を開ければ、「キャ」と声がした。
下を向けば、天女さんが開けたことのよって倒れたらしい。
俺たちは、急いでいたから、すいません。と一声かけて出て行こうとすれば、
ぐんと地面のほうへ傾く。
「私、焼き菓子作ってきたの」
「な、なにを」
「久しぶりだから、美味しくないかもしれないけど頑張ったよ。
それに、兵助くんは豆腐が好きって聞いたから、私頑張って買って」
「それは、あんたじゃないだろう」
「え?」
目を見開いた彼女の姿に、ため息が出る。こんな忙しいときに本当に面倒な女がきたものだ。
最初は、への攻撃の監視だったけれど、彼女には感謝している部分があったから
我慢してきたけれど、限界だ。
「知ってるぞ。それは、違うくのいちが作っていた焼き菓子だろう。豆腐だって、
俺の組の奴らがあげるんだって言ってきた奴だろう。知ってる。
あなたが、やってきたことほとんど違うやつがやってて、自分じゃ何一つしてないのを」
「そ、そんな、ちゃんに何か言われたの?」
「はそんなこと言わない」
言わないから、おまえだって使っていたんだろう?と一言言えば、彼女は変貌した。
女の皮をはぎとり鬼のようだ。
「あんたらだって、あの子のこと利用できるくらいにしか思ってない癖に。
何言ってんの?あの子は使われて輝くの。
他の野郎にこき使われくらいなら、私に使われて嬉しいに決まってるでしょう?
私がしなくても、前からあの子はそうじゃない。
利用されるだけ利用されて、いらなくなったらポイ。
前と何も変わらないなら、使って悪い?」
女は高笑いに笑った。その通りだ、だから俺たちは。
「だから、お前が来てくれたおかげで、俺たちは彼女を守れた」
「は?」
「お前に行ってもしょうがない話だ。行くぞみんな」
みんなが去っていく最後に彼女は一言。
「な、なんなのよ。なんで私に構わないで、あんなちんちくりんばっかり」
「ちんちくりんとは、酷いなぁ。化粧が濃いあなたの数千倍可愛いよ。
忘れないでね。ここはただの学園じゃなくて、忍者の学校。
彼女は必要な人。
それなのに、必要な人がないがしろにされて、不必要な人が
ちやほやされているのはおかしいよね」
ニコと笑ったタカ丸の笑顔でとうとう彼女は崩れ落ちた。
俺は最後に、感謝を彼女に贈る。
「あなたのおかげで、彼女が手に入った。
欲しくてしょうがなかったものを、どうもありがとうございました」
2010・3・4
【わぉ、前半、後半に中が入ったよ☆】