目の前で起きている惨事に、頭が真っ白になった。
私は平和な世界に暮らしてきたけれど、暴力の世界も見てきた。
だけど、私はいつでも笑う側で、守られている側だった。
彼らの暴力は集団、どんなに強くても大勢でかかれば絶対勝てた。
だから、集団を平然と倒す一人の男に、体が勝手にガタガタ震える。
木をなぎ倒し、振り回し追いかけてきたときはちゃんと目で見ていなかったから、
ようやく冷静になって見れた時には、拒否反応。
あれは、なんなの?怖い。恐ろしい。私の理解を超えている。
こんなはずじゃなかった。こんなはずじゃ。
私の聞いた は平凡で、お菓子作りが得意で、争いごとを嫌い、
一番能力の低いは組のはずだ。
私を守っていた彼らは全員地に伏している。
他の子たちは、彼に近づこうともしない。

「あ」

私の声で、彼がこちらを向いた。
無表情な彼は、一歩一歩ゆっくり近づいてくる。
だけど、私は腰が抜けて這いつくばっているから、彼の動きのほうが早い。
私は殺される。みんなの前で殺される。
私をここまで悩ませた なんて、
一生嫌われ者で、地獄のような苦しみを得れば、いいと思っていた。
だけれど、それの対価が自分の死なんて冗談じゃない。
私は、死にたいと思っていたわけじゃない。むしろ、生きたい。
ちょっとぐらいの暴力に、泣いて、彼が追いつめられる。
そんな私の計画は、絶対的な力の前に、打ちのめされた。
しかも、眼の端に映った作兵衛くんを見れば、彼の眼に映っているのは、
私の望んだものじゃなくて、むしろ逆。
どうやら、私には彼を を嫌わせるほどの魅力なんてちっともなかったようだ。
打ちのめされて、プライドも何もかもバラバラのボロボロ。
嫌、嫌、嫌よ!!
最後に、こんな気持ちで死ぬなんて、私の死がまったくの無意味なんて。
そんなの嫌。
だけど、彼は私に拳を振り上げた。風の音が聞こえ、風圧で髪が乱れる。
ああ、死んだ。と、目を瞑れば浮遊感。

「おやおや、くん。私との約束、破っちゃいけませんよ?」

私は、空を飛んでいる。文字通り飛んでいる。
そのまま木の上に何の音もせずに、着地する。
人のぬくもりで、私は抱きかかえられているようだ。
私を抱きかかえている近い顔の人が誰か分からない。
けれど、彼は私にニコっと笑いかけた。
それから、ここにいてくださいね。安全ですから。
とまた地上に降り立ち、余裕な雰囲気で、化け物に対峙している。
その姿を木の上から私は、見ていたけれど、胸の高まりが抑えられない。
こんなの生まれて初めてだ。ドキドキドキドキ、頬が赤く染まる。
きっと生きていたことに対する安堵からだろう、そうに違いない。
と気持ちを引き締めて、下を見れば、
 の私には目が追いつかない一撃を彼は、ひわりとかわして、

「悪い子にはお尻ペンペンです」

そういって彼はどこからともなく、ハリセンを振り上げた。
な、なんてハイセンスで素敵なの!!






【彼と天女の勝手な戦争7】







スパーン


「あ、あれ?俺何して」

「気づかれましたか。お寝坊さん」

最初目に入ったのは、ハリセンを手に持ってにこにこ笑っている
篠神だった。それから、周りを見れば、みんなボロボロで。
どうしたのだろう。と目をパチクリさせていると、

、おまえはなぜこんなことをした。香苗さんに手を出した件についても、
攻撃をしたことも、説明しろ。
場合によっては、俺はお前を裁かなければいけない」

潮江先輩が言っていることが、理解できなかった。
だけど、痛ましい傷を負って、ふらりとこちらを見てくる5年イケメンズに、
6年の先輩、俺に懐いていた後輩。みんなの視線で、ああ、やっちまったんだ。
とぽろりと、涙がこぼれた。
自分がしでかしたことに、泣くなんて男じゃない
男が泣くときは、財布をなくしたときと、好きな人が死んだときだけだ
と昔言われたことを思い出して、泣くのを我慢したけれど駄目だ。
感情の起伏が我慢できない。
だから、嫌だったんだ。怒ることは。また、頭が真っ白だ。






木の上で木籐が頭を押さえて、叫んだ。

「な、なんてことをしてくれるし!!あぁぁ、あのギンギン野郎。そっと気づかせずに、
眠らせとくのが一番だったのに」

「き、来ます。アレが来ます!!!!」

ぽろり。

と、大粒の涙が、の目からこぼれた。
ああ、もう、遅いようですね。と、ふーと峰がため息を吐いた。
俺は、さっと目隠しを付けた。他の二人も目隠しを付けている。
動きずらいが、気配を察知するくらいはできる。
俺はもう、二度目のアレは経験したくない。
アレは凄い。
俺も木籐も、峰もちゃんと彼女いて、愛し合ってるのに、
にそういう感情を抱いていないのに、体が勝手に反応するんだぜ?
一週間、を見るたびに顔を赤くして、勝手に優しくなるし、
頭の中でで一杯になる。好きでもないのにだ。超恐ろしくない?
あの時は、笑えずに、三人とも沈黙したものだ。
今でもその時の記憶は、暗黒時代として封印してある。
はもともと怪力で、スピードというか逃げ足が速い奴だ。
怒ると、いつもの手加減がなくなり、手が付けれないほど凶暴化する。
それだけでも、大変なのだが、そのあとで、自分のしたことに後悔する。
いつものならば泣かないけど、感情のコントロールが
うまくいっていない状態のは、たやすく涙を流す。
そして、ここからが、重要だ。
フェロモンか視覚的にくるのか何だか分からないけれど、
が泣くとの特技である同性落しがレベルアップする。
汗をかいてもそうだが、涙はその倍の効果があると言ってもいい。
俺らですら、さっき言った通りになるのだ。
最強最凶なの最終兵器「涙」
これが、陥落者。にメロメロなものたちならばどうなるか、
興味はあるが、それ以前に、あの暗黒時代を思い出すので、
さっさとを撤退するのが一番だ。
あの時の思い出を思い出すのも、二度とごめんだ。
彼女にあわせる顔がない。
俺たちの決めごと。
二度と怒らせないこと、そして泣かせないこと。
なんてくだらない決めごとだと思われるかもしれないけれど、
これが一番重要な項目である。
それにしても、本当に という男はめちゃくちゃだ。
涙が一番の武器とか、ありえない。














2010・2・20