人生において私は勝ち組だった。
生まれてから今まで負けたと思ったことは、何一つなかった。
勉強も、顔も、スタイルも、運動も、何もかもだ。
天性のものもあったけれど、私は根が負けず嫌いなので、努力だってした。
天才+努力=負けなしの方程式は、知らない土地でも適応する。
知らない異国の地だって私は、求められる人だった。
どこへ行っても私は必要な人だった。
だから、異世界でも、これまでと、かわらないと自分に自信があったのに、なんだ、ここは。
いつもの数倍努力した。
好かれてもいい人、好かれなくてもいい人、それ以外の人をわける私が、
その境目がなかなか分からないくらい頑張った。
君のそばにいると安心する。って何人からも言われた。
好きです。結婚してください。って何人からも告白された。
けど、けどね。
私の、ちょっといいなって思う人たちは、みんな に夢中なの。
私より上がいるなんて、って挫折していたところに、作兵衛くんが来て、
「なんだか、辛そうですよ。どうかしましたか?」
なんて聞く。この子は、あの迷子二人組の保護者と言われているだけあって、
とても面倒見がいい。
だけど、さ。
初めて本当に弱っている私を、心配してくれるなんて、
しかも、それが結構いいと思っている子になんて、どうなるか知ってる?
そして、あなたは、私のことよりも、 のほうが好きだと分からせてくれているのに、
それって、なんだか残酷じゃない?
私は、「なんでもないわ」っていうことしかできないじゃない。
だって、私がここで、 の悪口なり、なんなり言ったら、
あなた、私のこと嫌いになっちゃうでしょう?
知ってるのよ、人の心なんて簡単に崩れちゃうの。
本当、ここにきて、初めて。
挫折するのも、負けたのも、こんな気の使い方するのも、こんな気持ちになるのも。
そうですかと、簡単に去っていってしまう背中に、胸の辺りで手をぎゅっと握りしめた。
【彼と天女の勝手な戦争5】
いつもにぎやかな食堂に静寂が訪れている。
食堂のおばちゃんに頼まれて、これを渡さなくてはいけない。
この時間帯に来る人は、一人しかいないからと、
言われて名前も特徴も聞いていなかったのだけれど、
確かに、今はどの組も授業中のはずだ。
この時間帯に来る人は誰だろう。業者の人かな、とぼーと雲の動きを見ていれば、
カタンと音がして振り向く。
後ろにいたのは、青紫色の服を着た、ひょろと背の高い普通顔の青年。
色からして、5年。まさか、忍たまだとは思わなかったので、一瞬驚いたが、
彼の人のよさそうな顔で、悪く言えば、地味そうな顔を見て、
授業をさぼり、堂々と食堂にくる不良には見えない。
第一に、5年生で彼に会ったことはない。
もしかして、噂の「完全別世界の住人」の5年は組かもしれない。
レアな人物に心がわくわくして、そして、 の組と同じことで、
彼の情報を聞き出せると思ったのだ。しかし、彼はそれ以上になかなか好物件。
お菓子作りが得意だと渡された桃まんじゅうは、見た目完璧で、匂いからして美味しそうだ。
彼は取っておいてもいいだろう。と気に入られようとしたときだった。
私は、彼が誰だか知ったのだ。
その時の衝撃をなんといっていいのか分からない。
かなづちで、頭をたたかれたような、いなづまで体を貫かれたような、感覚。
そうして、言い知れない黒い濁った気持ちをせき止めることが出来ずに、決壊した。
どうして、自分が彼に負けたのか。
どうして、自分が彼に負けなければならないのか。
性格も顔も普通。いいところは料理の腕ぐらい。みんな何がいいのかさっぱり分からない。
作兵衛くんもなんでこいつがいいのか分からない。
分からない。分からない。分からない。
分からないのは”嫌い”。
ぐしゃぐしゃにしたら、少しはすっきりすると思った。
それはもう一人の私で、
ぐしゃぐしゃにしたら、きっと彼は私に何かすると思った。
それはもう一人の私。
忍びの学園だもの。最悪、殺されるかもしれない。でもそれでもいい。
彼がみんなから、嫌われるならそれでもいいと思っていた。
けど、現実は甘くない。
桃まんじゅうをぐしゃぐしゃにしたら、目を大きくして、彼から怒気を感じた。
殴ればいい。殴ったら、すぐ叫んでやると思ったけれど、
まず、彼は床を叩いた。
すると、まるで床が紙で出来ていたかのように大きな穴が開いた。
風圧で、湯呑みが吹き飛んだ。
何が起こったのか、脳みそは理解していないのに、足が勝手に後ずさる。
彼は立ち上がり、机をがしっと掴む。指が、机を貫通している。
私は、本能的に逃げ出した。声をあげることも忘れて。
「逃がさない」
後ろで聞こえた声に、元陸上部で記録保持者でもある私のスピードは上がった。
きっとこのとき、自己最高記録を出していただろう。
食堂から出て、数秒後。扉が見事に、机によって壊されている。
後ろを一回見て、私は草履を捨てて走った。森を目指して。
しかし、彼は力だけでなく、早さも早いらしい。
忍びの世界だから仕方がないとはいえ、
机を軽々とまるで木刀のように振り回す男は、初めてだ。
小平太くんよりも力もちだろう。今、机を投げられ私のほほに机がかすった。
そして、私の代わりにあたった後ろの木が倒れた。
「きゃぁっぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
ようやく出た声は、女の絶叫というよりも、獣の叫び声に近かった。
そして私は、逃げた。後ろから土煙と何かが倒れる音がする。
後ろを見たら、死ぬとばかりに私は足を進めたが、とうとう行き止まり。
そして、目の前には、一本の大きな木が握っている怒れる 。
変な世界にきて、訳分からない感情を抱いて、そうして死ぬのか私は、
ぶぉんと木を降る音が聞こえて、あっけない人生だったと、目をつぶれば、
いつまでたっても私を襲う感覚がなかった。あれ?と目を開くと。
「なにしてるんだ?。危ないなぁ」
と、の木を受け止める小平太くん。
私を守っている上級生組に、ぞろぞろと人が集まってくる。
そのなかに、作兵衛くんもいて、信じられない顔をしてを見ている。
他の人たちも同じ。
ああ、私ったらやっぱり、天に愛されているんだわ。これであなたも終わりよ。
2010・2・17