任務と殺意を持って向かってきた人物以外私は人を殺めたことはなかった。
殺した相手をどのような容姿でどのような人物か一つも覚えてはいなかった。
それほど多くの命を消してきたのだ。
何人も何人も性別年関係なく切っていった。
私の一番の得意なものはクナイで、投げたり刺したり、
一番的確に素早く目的人物に死を訪れさせる。
そして、一番人を殺したということをじかに感じる方法だった。
お前はなぜそれをもてると言われれば、
殺してきたことになんの感情も抱くことがないからだ。と答えた。
そうでなければ忍びなど出来やしない。
欠陥だと言われればその通りだろう。
能面の顔に映る世界は色を食べつくして、真っ黒と真っ白だけにした。
それは、美しい女を抱いて、美味しいものを食べ、ゆっくり寝れたとしても同じであった。
私は、任務外で一人も殺していないと言ったが、
殺した相手を一人も覚えていないと言ったが、
一人だけ、任務外で、顔も見えない女を殺したことがあった。
それは、夢の中に現れる。
燃える城に、何人もの屍の中で、
もう事切れた肉の塊でしかないものを抱いた女が現れる。
「可哀想な人」
女はつぅーと透明な涙を真っ赤になった男の顔に落とす。
「あなたは、愛を知らないのね」
だから、そんなに簡単に人を殺めれるんだわ。
彼女が何を言っているのか理解は出来なかったが、
頭が考えるより先に彼女の喉仏にクナイと差し込んでいた。
なんで殺したのか。この女は対象外だったのに、と語りかけても
私に答えは出ず、彼女の着ていた薄桃色の柄が目に入った。
その柄は、見覚えがある。
これは、私の。
そう思った途端に世界が桜色に染まった。
さらさらと上から桜の花弁が振ってくる。
真っ暗な世界から急に色づいた世界は、私にとって恐怖のなにものでもなくて
意味もなくクナイをブンブン振って、ヤメロ!と初めて叫び声を上げた。
つぅーと自分も女と同じように涙が流れてきた。
女の魍魎が自分に取り付いたに違いない。
私は産まれたときから忍びであったから、それ以上のものなどないから、
こんなよく分からないものなど不要だ。
と乱暴に目をこするが涙は、止まることを知らずポタポタと地面に雨を降らした。
狂いそうなほどの奥から産まれる激情をどうしていいのか分からず、
どう解決して良いか分からずに、自身の体を掴み、地面に足をついた。
涙はまだ止まらず、地面には大きな染みが出来ている。
ふっと影が出来上を向くと、太陽の逆行で顔が見えない少年が、私に何かを差し伸べた。
私はそれをどうしていいのか知らず、その手を睨みつけることしか出来ないでいたら、
彼が後ろを向いた。
その時の思いを何と言って良いのか。
待っていかないでと母を思う子のような言葉を言いかけて口を閉じれば、
彼は、かたつむりが動くほどのゆっくりとした速度で、地面に落ちていった。
地面には、私の涙の跡と彼の血の跡。
どちらもなじみ深いものなのに、私にとって日常であるはずなのに、
カタカタと体は振るえ、体温はじわりと温度を失っていく。
彼の名前を震える声で呟けば、彼は少年から今の姿に変わって、
「泣くな」と私の涙を拭い彼は目を閉じた。
もう、彼は二度と目を開けることはないんだなと、理解しているのに、
自分の服をちぎって、彼の背中から切られた傷を塞ごうとしている。
血はドクドクと溢れ、彼の体温は失われていく。
「なにかおかしいことをしたか?」
上を見上げれば、口元を覆う布を外して、こちらを見下している目に、能面な顔。
彼はとても見覚えがあった。いいや、ないはずはない。
私の大切な愛しい人を殺したのは。
「私は、忍びだから、任務をまっとした。お前にこんな感情必要ないだろう?」
彼は、私であった。
私は私に飛び掛ったが、彼はひらりひらりと交わしていく。
「ほうら、みろ。余計なものを作るから、お前は弱くなった」
分かっている。事実私に「鬼」と呼ばれたころよりも腕が落ちているのを。
何もないあのころは、その後を「お帰りなさい」を楽しみにしている今よりも
強かったことを。だけれども。
「だけれど、私は」
【鬼の涙】
ぱっちり。と目を開ける。
見知った天井に、横を向けば見知った気配。
なんだ。全て夢だったのかと思えば。
「篠神、大丈夫か?ほれ」
と言って渡された手ぬぐいに自身が汗をかき、そして泣いていることに気づいた。
彼は、居心地が悪そうに視線を逸らし、私の目の前に甘味を置く。
彼はとんとんと話題を振っていく、私の泣いたことに触れずに。
彼は時々とても男前だ。
「ねぇ、くん。抱きしめても良いですか?」
「・・・・・・今日だけだぞ」
そういって、なにも聞かずに抱きしめさせてくれる。
ぎゅーと力強く抱きしめた彼には、女の弾力性も柔らかさもなにもない。
だけれども、甘味よりも甘い彼の匂いに囲まれて、胸に溢れる心地よさが産まれる。
だけど、私は愛を知りました。
強いことよりも、忍びであることよりもそっちのほうが何十倍も価値があるんですよ。
命を消す忍びが命を愛する矛盾を背負って、私はようやく笑えるのです。
私は、昔、鬼でした。
人なぞ信じず金だけを愛した鬼でした。
鬼だから人の心なんぞ持ってません。
このごろ分からないものだらけで困ります。
くんに触れられないのは困ります。
くんの甘いものが食べれないのも困ります。
くんに会えないだけで無性にやるせないです。
ときどき、くんが夢のなかで死にます。
私は守る術がなくて、
誰が死んでも誰を殺しても何も感じなかった私が、
君が死んだときは、生きている理由を失うような気がするんです。
くん。
私は、まだきっと鬼です。
君が誰か違う男に口説かれているときに、生徒とか関係なしに
どうやって始末しようか考えることが多いです。
君は強くて丈夫だから、なかなか死なないと分かっているのに、
君に知られず万が一の可能性を潰している私がいます。
なんでこんなことするか自分でも分からないんです。
時々夢で見る腹の内側から這い上がっていく底なし沼に飲まれる気持ちを
なんていうか分かりません。
夢から覚めて君を抱きしめたときに、生きてると分かったときに感じた気持ちを
なんていうか分かりません。
でも、君なら教えてくれるでしょう?ねぇ、くん。
この後、お尻をもんだら、くんにしこたま怒られました。
なんだよ。人がせっかくとぶつぶついうから、
私は最近覚えた言葉を口にします。
「くん。愛してますよ」
彼は無言で顔を真っ赤にして座布団を投げてきました。
「そんな顔でいうのは卑怯だ!!」
そんな顔とは、とよく分からないから鏡を覗けば、
それはまるで、父親母親に囲まれて微笑んでいる少年のような。
中睦まじく手を繋いで歩く恋人のようなそんな顔。
それを「幸せ」だとはまだ私は知りません。
2010・1・29
【リク2段。やや切甘系になった。篠神はオリキャラだけあって、書きやすいなぁ。
一条 昴さんが気に入ってくだされば幸いです。】