彼は大変、美しかった。
何が美しいかと言うと、容姿ではなく、存在そのものが美しかった。
美しかったから、人ではなく、人魚だと思って、つい攻撃をしてしまった。
彼は俺の攻撃をひらりと軽く交わすと、くすりと笑みを残して、
そのまま海の中に消えていった。
どうやら、彼は本当に人魚のようだ。
彼は、海のもの。
だけど、誰のものでも、欲しければ奪え。
なんて、海賊じみたことを思ってしまったと拳を握ったが、
自分が海賊であることを思い出してほくそ笑んだ。
自分は、いい海賊では、なかったようだ。

欲しいものは、どうしても欲しい、だから、しょうがない。
なんて、そう、思ったのは人生で一回だけ。



左目の上に、バツの傷があり、下にはホクロがあり、
茶色のクセ髪を、黄色の手ぬぐいを頭に巻きつけている男と、
右頬に傷があって、細長く釣り上がった目と、赤茶色の髪を、
緑のてぬぐいをこれまた、頭に巻きつけた男が二人で、
賑わいをみせる街の商街を。歩いていた。

「と、いうわけで、大将の誕生日を祝うために、俺とお前がいるわけだが、
こういうのは、年下の仕事じゃない?」

と、茶色のクセ毛を風に遊ばした男・義丸は、
横にいる、つり目の男・舳丸に話しかけた。

「義さん、しょうがないじゃないですか。
陸酔い組は待機だし、網問に、金渡すと余分なもの買ってくるし、
重と東南風と航は、料理と部屋の準備、他の皆は大将にバレないように、
ちょっと遠いお出かけしてるんですから」

紙にかかれた商品と、今手にある商品を一点、一点確認しながら、
舳丸は、答えた。

「まぁ、そうだよね。俺とみよが、一番適任って奴だ。
あ、あの子、可愛い」

「・・・・・・義さん」

可愛い女の子を見かけると、そのたびその子を追いかけて、
どこかへ行ってしまいそうになる義丸を、
しっかり掴んでいる舳丸は、ため息を吐いた。
ため息の原因を知ってか知らずか、義丸は、舳丸の持っている白い紙を覗きこんで、
シワを寄せる。

「と、いうかさ。大体の食料は買えたけど、このボーロっての、売ってるのかい?」

「忍たまから借りたレシピで、材料があれば作れる、といいましたけれど、
正直、彼らが作れるとは、考えにくいですね」

「そうだろう?だから、」

義丸は、店を指した。

「ちょっと、休憩といかない?」

年上で先輩である義丸の誘いを断り切れず、茶店に座る舳丸は、
湯のみを強く握った。早く、帰らなければ、食材を待っている彼らと、
飾り付けの材料を待っている彼らに悪いのだが、隣の義丸は、
フンフンと鼻歌まじりに歌を歌っていて、ご機嫌だ。
フンと、歌が終わると、義丸は、手を上げた。
ようやく、会計をして、帰るのかと思ったけれど、
義丸は、着た茶店の女の子をの手を取って、微笑む。

「ねぇ、お嬢さん、かわいいね」

「え、可愛いだなんてそんな」

「いや、謙遜しなくてもいい。あなたは、真珠よりも美しい」

豚に真珠ってことか?
確かに、茶店の女の子は、可愛いと言えなくない容姿をしていたのだけど、
急いでいた舳丸は、イライラと二人の会話を聞いていた。
ペラペラと出てくる義丸の賛辞の言葉に、女の子はうっとりし始めた。
それだけではない。確かに、義丸の容姿は整っており、
ナンパされても困ることのない人物。むしろ、お願いしますな、容姿をしていた。
最後に、義丸は、少女の手に唇を落とすと、上目遣いで少女をのぞき込んだ。

「私は、とても困っていることがあるのだけど、優しく美しいお嬢さんは、
惨めな私を助けてくれるかい?」

真っ赤な顔をした、彼女は、一ニもなく、色よい返事をした。

「ボーロですか?」

「そう、ボーロ。売ってるか。作れる人を探しているんだけど。
お嬢さんは作れる?」

そういうと、彼女は、暗い影を落とした。
その表情だけで、彼女は使えない。さっさと行きますよと、言おうとしたときだった、
彼女は、思い出したかのように、話し始めた。

「お役に立てなくて、すいません。だけど、近頃、評判の甘味屋に、
なにやら不思議なお菓子をつくる少年がいると聞きます。
南蛮のものでも、なんでも、お手の物らしいです。
彼ならば、あなたをお助けしてくれると信じてます」

「そう、本当にあなたは美しい人だ。
では、あなたと離れるのは、名残惜しいけれど、私はいくしかないようだ」

「あ、あの、次はいつ会えますか?」

「お嬢さんが望めば、いつでも」

と、きざなセリフを聞き流して、舳丸は立ち上がった。
茶店の子に言われた処にくると、列をなしている。

「うわー、混んでるなぁ」

と、義丸が、手を頭にかざした時だった。

「すいません。今回はこれで完売になります。又のお越しをお待ちしております」

そう言って、のれんから、微笑む少年。

「お、どうやら、あの子らしい。行くか。みよ」

その言葉、舳丸の耳に届かなかった。
彼は、目を大きく見開いて、固まっていた。

「なにしてんだ」

と、強い力で引っ張られた方向に、抵抗もせずに、ついていった。
これが、彼と、二回目の出会いだった。






【欲しいものは奪ってでも手に入れろ 上 】






「おーっと、そんなに急がなくてもいいじゃないか?まだ、月もでてないぜ?
名前は、なんていうの」

って、俺が言ったら、今、目の前で料理を作っている少年は、
怖がることもなく、微笑んだ。自分でいうのもなんだが、
獲物を目にすると、俺の目つきは悪くなり、悪党面になる。
けど、他の奴らよりもましだ。特に、大将とか。あれは、素顔で悪党面。
いやに、肝っ玉がでかいヤツだなと思えば、微笑はフェイクだったようで、
そのまま凄い速さで、逃げた。しかも、米やら食材やら重そうなものを持っているのに、
それを物ともせず、そりゃもう、凄い速さで。
俺とみよ、二人とも体を、鍛えてあるというのに、少年に敵うことはない。
逃がしたかと思ったものの、俺たちは、ついていた。
走った先には、山賊を負かしている少年。
その荷物から、山賊に襲われたらしいが、
追いかけただけで、俺たちは、息が切れているというのに、少年は平然と、
最初からそこにいましたよとばかりに、綺麗な面して、
向かってくる山賊を、米俵で、打ち負かしていた。

すべてすんで、歩いてどこかへ行く少年をそのまま連行したわけだ。
強硬手段は無理だから、理由も話して、お金も出すし、ちゃんとした
身分証面もあるよというと、彼は目を大きくした。

「なるほど、兵庫 第三協栄丸さんですか。
今日が誕生日で、じゃぁ、お金とか必要ないですよ。
むしろ、いつもお世話になってますから、
行ってくれれば、すぐに作りにいったのに」

「大将の知り合い?」

「ええ、料理を作り研究しあう仲です」

と、花がほころびそうな笑顔で今回のボーロづくりを引き受けてくれたわけだ。
それから、色々聞き出すと、彼は忍たまの5年生で、 というらしい。
なるほど、だからあんなに早いし強いのかと感心すれば、
いやー俺なんては組なんで、下ですよ。下と笑った。
うーん、彼で下なら、忍たまの上は、途方もなく強いなー。
ボーロが焼ける間暇なのでと、料理も手伝い始めたに声をかける。

「ごめんね。無理やり、つれだしちゃって、だけど、こっちも切羽詰ってるわけよ」

「はは。だけど考えてみれば、
俺をさらうほど俺には、価値がありませんしね」

「いーや、価値がある。ありまくりよ。
俺が言うんだからそのとおりでしょう?なぁ、みよ」

横を見れば、ぼーとしている舳丸の顔の前に手を振る。

「みよ?」

「あ、はい。そうですね」

そう言って、またぼーっとなった舳丸の視線を辿れば、
他のヤツらと、食事を作っている
まったく反応せず、岩のような舳丸を、俺は、横目で見た。

・・・・・・もしかして。











2010・4・12