僕の『白神 悠』は本当の名前じゃないんだよ。
どっかのおっさんが勝手に付けた名前。
人は生まれてすぐに名前で束縛されてしまうから。
だから、僕ほど自由な奴はいまいはずだよ。
さぁ、踊って舞台の上で滑稽で哀れなほど面白い。
長ければ観客は帰ってしまう。短ければ物足りない。
丁度いいあんばいが難しい。
ああ、でも今回は、僕も舞台に立ってあげる。
さぁ、一緒に踊ろうか?
僕は生まれてすぐから人の気持ちに敏感だった。
特に、色に関しては生きてきた年数が倍で遊んだ数が倍な男よりも上だろう。
生まれもあるけれど、教えてくれたのだ。夜の街、遊女の住む都で。
「悠ちゃん、恋はね溺れたら駄目。特にあたしらみたいのは溺れちゃ駄目なのよ」
幼い子供だった僕は、綺麗に着飾ったその都で姉さまと呼ばれた人に、
目の前で壊れていく女をすっと指して言われた言葉に返したのは、
幼い喋りかたとかけ離れたもの。
「姉さま、僕が恋などに溺れるようにみえますか?」
その時の姉さまの顔なぞ見てなく、僕の本日のお客様に笑顔を浮かべる。
そうしないと、僕はここで生きてなぞゆけなかったのだから。
だからといって、別段生まれを呪ったり、憎んだり、嫉妬したりはしない。
寧ろ、僕にとって一番あってたんじゃないかな。それに得るものも多い。
だからかな。天の城から落とされてしまった可哀想な女の子。
通称『天女様』。本名・愛称ちゃんに興味の欠片もなかった。
6年生という最上級生で周りの仲間達が陥落していく様を、
面白いと上からみて笑っているだけだった。
僕は、学園内でそこそこ愛されていた。
いや、愛されるように仕組んでいた。
僕が怒っている姿を人は見たことがないと言われるほどいつも笑顔で。
怒るのならばそうとう酷いことをされたと周りが怒るほどの愛されようだった。
でも、彼女が来てから僕の周りに人はいなくなり、静か。
別に、僕は去るものを追う趣味はまったくないので彼らなぞ捨て置いても構わない。
なぜならば、僕を愛している人はここだけではない。
もういらないと思うほどでも、つい愛されるようにしてしまうのは
長年染み付いた癖のようなもんだ。
ふわーとあくびをする。考えてみれば休日が出来たようなもの。
彼らの僕像を演じなければいけないのはそうとう疲れる。
と、いうものの僕はなにが元の僕か分からない。
もはや、彼らの演じている僕が僕であるかのように。
寒いなとふっと、暦を見れば、ああ、なるほど。
簡素なカレンダーにはある日だけに丸が書いてある。
もう、そんな時期か。
そこで僕は、ピーンときた。
今年はこれにしよう。あなたへの贈り物はこれにしよう。
最大の理由は暇。
だから、時間を掛けて僕自身をも掛けて贈り物を製作。
フフフ笑いが止まらない。
不幸で可哀想な人、幸せをあげましょう。
あなたが欲しがっているものを山ほどあげましょう。
それは、心底、狂うほど、泣き叫ぶほどの重い愛を。
幸せをあげましょう。それの見返りの不幸はいかほど?
始まりはそうだね。この手帳。
赤い赤い手帳。これは本当に僕の大事なものだから。
でも、読んでもちょっと悲しくなる内容。
彼女が通るその道を、部屋も散らかして、あーあ面倒くさいな髪解けちゃった。
やっと到着。うん、配役は藤内くんか。当たりだね。
彼は真面目だから、彼は潔癖だから、さぁ、君の僕像を壊してあげる。
それは君にとって何よりも苦痛だろう。相談するだろう。
だったら、噂は簡単に広がる。人は面白い内容が大好きさ。
でも、君は僕を最後の最後まで裏切ることがない。
君が僕に抱いているのは、崇高で汚れることのないただの憧れさ。
でも、年月をかけた憧れは、ちょっとやそっとじゃ壊れない。
だから、君が最初に一番適していた。欲望も支配欲も簡単に終わってしまうからね。
ほうら、君の顔が歪んだ。
君の事は嫌いじゃないから、飴をあげよう。
さぁ、歪んだ顔を戻して?じゃないと天女さまにばれてしまうよ?
君の心が彼女から離れた。
次は、君か。
君はとても複雑だね。藤内と同じ憧れが、上まで登って信仰レベル。
けれど、なんてパラメーター。君を騙せるほどの僕の演技力。
君は僕の事をよく見ているから、大体の人は騙しているようだ。
噂もなかなかな広まり具合。
フフフ、参考は一杯あったから、簡単に出来るけどね。
触れること?うん、出来ないね。汚いから。体も手も。
でも、触れただけで汚れるほどの人ってなんなの?
僕はね、一緒に堕ちていって欲しいよ。
あの人は、僕を堕とそうとしなかったけれど。
雷蔵くんが泣けば、双子よりも絆の強い君が来るとは思った。
君の観察眼は、いつも僕を見ようとはしないから、好都合。
鉢屋、君の失敗は、僕を嫌いだといいながらも、存在を認めてしまったこと。
フフフ、雷蔵くんが近くにいるから仕方がないけれど、
でも、君の感じている違和感も!!
認めてしまったならば、徹底的に観察するべきだった。
そうすれば、君は僕の真実に近づけたはずなのに。
家は遊郭。確かに帰る場所はそこだけれど、
帰る場所であって、そういう仕事をするかは別なんだよ。
だって、僕は忍びとしてのスキルを持っているもの。
もう、前とは違うのに。
ああ、でも僕の真実を聞いて泣く君は僕よりも汚れてはいまい。
ごめんね?
気づかせてしまったようだね。
君は僕に恋をしていた。
色々な僕の本質を本能で見分けれれる君は稀有な存在だったけれど、
君の目はどこか縋りつく目で、でもそれを拒否していた。
だから、気づかせないように君に近づかないようにしていたのに。
とっても小さな最初の恋。僕みたいのに恋させてごめんね?
気づかせるのも罪だと僕は知ってるから謝るね。
僕は愛したのは一人だけだよ。もし、君のような間違い。
そう、僕がまた帰って男をとる様になったとしても、あの人とならば幸せになれた。
体が問題ではない。ようは心だと、臭い事言えるほど僕は愛している。
暇だから、文次郎をからかいにきた。
あーあ、徹底的に体を細らせるのってキツイ。
あーあ、寝ないのもキツイ。よくできるよね、文次郎。
僕は駄目。もう、この布団で寝そう。
この方法はこれっきりだね。これが、終わればさっさと寝ちゃおう。
あーあ、恋に溺れるのって結構体力いるよね。
うん?駄目だよ。文次郎。僕はその体力はもうないから、
だから、君は僕を助けに来るんだろうね。仙蔵。
彼らはやっかいだ。特に仙蔵はやっかい。
文次郎は真っ直ぐ。仙蔵のも真っ直ぐ。
ただ、方向と太さが違う。
文次郎は思春期で仲間。
仙蔵はきっと年がら年中で、持続性が強い独占欲。寧ろ依存性?
作法委員はみんなその傾向が強いよね。
綾部も時々こちらに来て凄い顔して、乗っかからなくなったのはいいけど。
凄い目で天女さまを睨んでいる。
表情がでないって言われてて良かったね。僕には丸分かりだけど。
彼らがいつ勝手に天女さまを殺すのか冷や冷やする。
まだ、駄目なのに。
だから、笑顔で制する。
ここまで僕は頑張ったんだから、余計なことはまだするな。
さて、ここで天女さまこと愛称さんについて観察してみよう。
彼女は痛い女の子である。全員が全員自分を好いていると思い込んでいる。
神様でも嫌われるというのに、全員なんてと笑うが、僕はそんな子嫌いじゃない。
全員が自分を殺しに来ると思っているよりはまし。
そんな彼女は、なかなか勘が鋭い。
勘が鋭くて頭が良ければ、今どうなっているかなんて気づいたんじゃないかな?
良かった。彼女が賢くなくて。
賢かったら、愛されているという根底を否定することが出来たし、回避も出来た。
そして、馬鹿すぎたならば、僕を愛し返すこともあったのだ。
中途半端が一番使いやすい。
罠は仕掛けた。ここ何ヶ月の成果はそろそろ実を結ぶ。
間に合いそうだな。あの人への贈り物。
にぃと笑った顔は誰にも見られることがない。
赤い簪。貰い物だけど。僕これ趣味じゃないんだ。だから、あげる。
彼女は笑って、この物語の一番の鍵を口にした。
あはははは。
さぁ、さぁ、踊れ、踊れ、終わりに向かって踊れ!!
ねぇ、君はそこにみえる金色が見えてないの?
ふふふ。
「・・・・・・好きだよ」
好き。愛している。こんな言葉、何十回はいたことか分からない。
でも、彼はそれすら許せない。彼は幼い頃から僕を見ているから。
馬鹿だな。タカ丸さん。
本当に愛しているなら僕は愛をとてもじゃないけど口に出来ない。
君は分かっているのに、だって、
現に僕に軽く言うことは出来ても直接愛を言うことなんて出来ないだろう?
ああ、彼を見ていると昔のことを思い出した。そして体がぐらついた。
僕の体は大層僕のことが好きらしい。
彼の前で倒れるとは、いい・・・仕事をす・・・る。
深い闇の中、死のような暗闇で光を見つけた。
「悠ちゃん、恋はね溺れたら駄目。特にあたしらみたいのは溺れちゃ駄目なのよ」
姉さまと手を繋いでいる。
溺れるようにみえますか?なんて嘘。現在進行中で溺れています。
でもそう言わなければあなたは僕の手を離してしまうでしょう。
あの時、まだ子供だった僕はあなたの手を離せなくする方法など知らなかったのです。
だから、僕は堕ちたいと願ったのです。あなたと共に一緒に。
汚いならば、一緒に汚れてしまえばいいと本当に思ったのです。
たった一人愛している人がいました。
その人は女でした。だから、僕は女を愛すのはそれが最後だと思ったのです。
僕が演じているのは愛した人。
目を開ければ、ほのかに炎が見える。
おきた瞬間に見えた茶色の髪。
彼は僕が苦手だ。それは、そうだろう。僕は彼がそうなるようにした。
全員に愛されるのはとても異常なことで、それはいつか決壊する。
彼女はそこが分かっていない。
いいや、違う。
僕はそんなことを言わなくては彼に嫌われなくてはいけない理由があった。
彼の髪と目の色と雰囲気があの人に似ていたのだ。
それなのに決定的に違うその姿、生き方。
それが、とても僕を追い詰める。何年経っても受けいられないものがあるなんて。
ぽつりと呟いて、体が弱ると心も弱るとは本当だね。
本来ならありえないけど僕は泣きそうだった。
あの人と彼が重なって見えるほど弱っていた。
同情しないで、哀れまないで、あなたにそうされたら、生きてなどいけないでしょう?
ツーンと鼻が痛い。僕は泣きそうなのだ。
「あっち、行ってよ。もう、疲れた」
君の顔は見たくない。そっと部屋に出て行ったのをみて、僕は泣いた。
そしてここからが、ここまで苦労してきた全ての結果があの人への贈り物なのだ。
伊作は、めっぽう優しい男であった。一つ懐のなかへ入れてしまえば認めてしまえば
彼は、必ず。
僕は知りたいことが一つだけあった。
愛しい人がどうやって死んでいったのか僕はそれが知りたいだけで、
そのために誰かが泣こうが知っちゃこっちゃない。
だって、僕が泣きたいときに誰が泣かせてくれたというの?
僕はいつだって笑顔だったでしょう?
伊作は、必ず傍にいてくれることは分かっていた。
だからこそあの日、僕とあの人の最後の出会いの再現が出来た。
僕は姉さまが呟く言葉を傍で、そして一番遠い場所にいた。
背中を合わせて反対方向で、彼女は泣いていた。
綺麗な長い髪を振り乱して泣いていた。僕は何も出来ずに・・・・・・。
ああ、伊作そこまで、真似しなくてもいいのに。
どうすれば彼女を留めておけたのか。
どうすればのその答えが知りたかっただけなのに。
知りたくなかったことも知ってしまった。
彼女側を体感している僕の体に激流が流れ込む。
ははは、なんだこれ。なんだそれ。
なんてことだ。
あなたは、僕を愛してくれていたのか。
だからこそ、僕は同じように泣くんだ。声を抑えず泣くんだ。
あなたが死んだとき、僕も死んでしまいたかった。
僕の全てだった。僕のなにもかもだった。
そこに当たり前のように存在したありえないほどの奇跡に、いつも向こう側の最後を恐れていた。
幸せは長く続かないというなら、あなた以外の不幸を被り続けても構わなかった。
あなたが傷つかないように、僕は頑張った。
春に桜。夏に花火。秋に紅葉。冬に雪。
春夏秋冬。
あなたのためだけに色々なものを貰ってきた。
あなたが溺れてしまわないように、あなたが壊れてしまわないように、
あなたが明日を忘れてしまわないように。
けれど、終わりはきた。ゆっくり静かに穏やかに。
赤色は嫌いだ。それなのに、あなたに一番似合っていて。
捨てたいのに捨てきれない色。
あなたが死んで僕は少しだけ幸せになった。
望んでいなかったのに、不幸でも構わなかったのに。
あなたが傍にいてくれれば・・・・・・それで幸せだったのに。
あなたは僕を愛してはいなかった。しかし、愛していた。
なんて矛盾をかかえた愛だったのか。
愛していないから、僕を連れて行かなかった。
愛しているから、僕を連れて行かなかった。
愛していないから、胸元で泣かなかった。
愛しているから、背中越しで泣いた。
愛していないから、僕の気持ちを知りながら忠告した。
愛しているから、春も夏も秋も冬も年中僕の手を引いていた。
声が枯れるほどの泣き声は、打算もなにもないもので、
あなたの気持ちがようやく分かった。
僕の贈り物は、恋に溺れるなと教えてくれた恋に溺れてしまった人への愛。
贈り物は受け取ってもらったから、最後に残ったゴミを始末しよう。
僕はなにもしなくてもいい。もう動いている。
久しぶりの睡眠を貪りながら、久しぶりに温かい夢を見た。
しかし、それは姉さまだけじゃなかった。
踊れ、踊れ!僕の手の中で演じ手だということを忘れて狂うほどに踊り遊べ。
天女さまは僕のところへ訪れた。ちょっと青い顔をしながら。
どんな脅され方されたんだろうね。
脚本は仙蔵かな。こういう手のもの意外と好きだから。
赤い簪はカタカタ震える手で渡された。
さようならと、言われたので僕はちょっとだけ、役者の顔を脱いで笑った。
ねぇ、ちょっとした間の匂いに、長い間をかけた蜜にずっとい続けた彼らが、
どちらをとるかなんて分かりきったことでしょう?
でも、僕がここまで愛されていたとはちょっとした誤算だったけれどね。
さようなら。幸せな人。
幸せは味わえたでしょう?そのぶんの見返りは貰っておくね。
さようなら。
みんなが幸せそうに笑うからちょっとだけイタズラ。
「みんな、僕を騙したね」
ふふふ、その顔最高だね。
胸元にあるそれはもういらない。実は最初からいらなかったけれど。
僕の舞台は長い。彼女が退場してもまだ続く。
「みんながいればいい。みんな大好きだよ」
嘘も打算もなにもない。真実にして一番の凶器。
さぁ、舞台の幕は終わった。
僕は、ふわーとあくびを押し殺して、布団へ向かう。
疲れたから、お休みなさい。
2009・11・12