1・復習も予習も出来ないもの (浦風 藤内)




後悔しても後悔しきれない。最初の、初めの、出会いを僕が引き合わせてしまった。

「藤内くん」

僕を呼ぶのは、最近来た事務員のお姉さん。
天から降ってきたというから、最初は曲者だと思って警戒していたときの自分を責めたい。
彼女は、運動というものが出来ない性質の人だった。
お姫様みたいに綺麗な顔に日に当たってない立花先輩にはる白い肌、
怪我が一つもない綺麗な手で、綺麗な顔が笑うと可愛いになるんだ。
日なたのような人っているんだと、このごろ僕は思うわけで、
彼女の、愛称さんの自分を呼ぶ声に振り向いた。

「なんでしょうか?」

「うん、あのね」

女に免疫がないということは分かっている。身近にいるのはおばちゃんとあのくのいちなのだ。
無害で可愛くて綺麗で温かい人だから、僕は密かに好意を抱いていた。
しかし、愛称さんの取り合いは過激で癖の強い上級生は全員彼女を好きだ。
だから、僕はそっと見ているだけで良かった。

「これ誰のかな?」

さっき、そこで拾ったの。と笑う。可愛いなと思いながらも、
愛称さんに渡された手帳をひっくり返して書いてあった名前に、ああと頷いた。

「知っている人ですよ。案内しましょうか?」

僕は諦めが悪かったのです。そっと見ているだけでいいなんて嘘で、
傍にちょっとでも長くいたいと思ってしまったのです。
あの時、僕が届けると言えば、終わりでした。
彼のことを嫌ってはいませんでした。寧ろ尊敬し敬愛し、
・・・・・・好きでもあったかも知れません。
だから、僕は彼をここまで落として傷つけるつもりなんてなかったのです。

六年長屋の彼の部屋は落ち着いていた。
彼は六年で一番周りから愛される先輩で、こんな静かなのも久しぶり。
いつも、ここは賑やかだから。
 』と一枚だけ掛けられた長屋を一度確認して、トントンと叩く。

先輩、浦風です。少々お聞きしたいことがあるのですが」

「うん?」

すーと音もなく現れたのは、先輩。先輩は、色素の薄い長い髪を結わずに流していて
さらりと流れた。黒目がちの目は僕をみてゆるりと緩められる。
相変わらず綺麗で色気のある人だと、少し頬を染めながらも思う。
先輩は、穏やかでいつも笑っている人だった。

「先輩、落し物をなさりませんでしたか?」

「うん。それがとても大事なものだから困っていて」

少しハの字になる眉毛。

「あの、これそうじゃないですか?」

後ろにいた愛称さんが笑う。
先輩は一瞬呆気に取られた顔になって、
差し出された手帳を見てばっととって一瞬顔色を変えた。
笑顔ではない先輩は初めてで僕は戸惑ったが。
先輩は顔をすぐさま変えて弱弱しい顔になった。
これも初めてで、先輩が言った大事というのがよく分かる。
髪を結う暇もないほどに、いつもはきちんと整頓されている部屋が散らかり放題なくらい。

「・・・・・・中身みた?」

「いいえ、見てませんよ。人のものは見ちゃ駄目なんです」

と言っても私が見ても分からないですけれど。とおちゃらける愛称さんに、
先輩はまじまじと彼女の笑顔を見ていた。
そして、ちょっと待っててというと、彼女と僕の掌に飴をくれた。

「・・・・・・拾ってくれて見ないでくれてありがとう」

僕は、そのときの先輩の顔を一生忘れないだろう。
人が人に恋する瞬間。

ああ、なんてことだ。

先輩は男だと言うのに、彼に告白をする男の人数は数知れない。
そのたびに、彼は本気の恋をしないじゃないかって、
女に興味がないんじゃないかってそんな思い違いをしていた。
予習なんて出来ない。復習しても、もはや意味なんてない。
僕はなんてことを、なんてとりかえしのつかないことをしてしまったんだ!!


先輩が愛称さんに恋してしまった。







2・愛しい手 (不破 雷蔵)


先輩が、愛称さんに惚れたという噂があった。
そんな馬鹿なと信じていなかったのだが、食堂で、中庭で、図書室で
色々な場所で先輩を見ていれば気づく。
先輩が無意識に目で追ってしまう人。
でも、先輩は見ているだけで、幸せそうに笑う彼女をみて
同じように幸せそうな顔をしているだけだった。
悲しい顔をしたならば影でそっと応援しているだけだった。
取り合いに参加せず、そっと見ているだけの彼に、迷いに迷って言うことにした。
僕は愛称さんを嫌いではない。寧ろ好ましいに入る人だと思う。
でも、先輩は一年の時から優しい手で僕の手を引いていってくれた人だから、
出来うるなら幸せになってほしいとそう願うのに。

「先輩、先輩は愛称さんが好きですか?」

質問に、少し頬を染めた。人がいない場所で良かった。
男色のものがいれば彼は直に餌食になってしまっただろう。

「いきなりだね。雷蔵」

「答えてください」

ずいっと乗り出して僕の目を見れば、先輩はお手上げという格好をして
いつもよりも、穏やかな顔をさせて言う。
年上だけれど、そのときの先輩は少女のようだった。

「雷蔵、僕はね、あんな笑顔で笑う人、久しぶりに見たんだ」

外では七松先輩が愛称さんに抱きついている。先輩はそれをくっと少しだけ顔を歪めた。

「彼らのように触れたいと思う。でも、僕の手を僕の体を見ればなんて汚いないことか。
だから、僕は彼女に触れることなんて出来ない」

それを笑顔で言うものだから、僕のほうが泣きそうになってしまった。
先輩は綺麗です。汚くないです。そう泣き叫んでしまいたかった。
僕は先輩に幸せになってほしいのに。なんて弱い自分の掌。
そして、優しい掌が僕の頭をゆるく撫でた。

「優しいね雷蔵。ありがとう」


笑わないで下さい。辛さを欠片も見せないように笑わないで下さい。
迷い癖のある僕の手を引いてくれたのは
いつも笑顔で優しい穏やかな怪我だらけの手でした。







3・黒い目 (鉢屋 三郎)


 は、一個上の先輩だ。
雷蔵が崇拝者のように彼を愛する理由がよく分からない。
ただ、そのために雷蔵が泣いているのが許せなかった。
5年生を集めて愚痴を言う。雷蔵が泣いて寝いいってしまったから、
他の2人と一緒に酒を飲みかわしながら。

先輩は男色だと思ってたけど、ちゃんと女好きだったんだな」

「おう、それは俺も思ってた。そういえば、先輩が男に告白されてんのは見たことあるけど、
男に告白してんのも、誰かと付き合ってるの見たのも初めてかもな。
ってか兵助。ちょっと前に先輩に、勉強教わったんだろう。なんか変わった点あったか?」

「そういえば、ちょっと細くなってたかもしれない。もともと細いのにそれと隈も出来てたかも」

「ってか触ったのか、その手は?でも、あの先輩がボロボロになるのはいい気分じゃないよなー」

「というかお前たち、私は先輩の愚痴を言いにきたのに!!なんでそんな話してるんだ」

二人で顔を見合す。そして、呆れた顔。なんだよ。

「理由。先輩は優しい。親切。勉強を教えてくれる。時々寒いからって服を掛けてくれる。
六年生の中で一番の常識人。前、豆腐の土産をくれた。上手かった。一番いい先輩だ」

「よく生物委員の脱走とか手伝ってくれるし。動物も懐いてる。
何よりも美人で綺麗。なのに、立花先輩とは大違いで。
まぁ、お前のいいところを上げるよりあるな」

なんだそれ!

「私は、その、いい人過ぎて、笑顔ばかりのところが、嘘くさいと言っているんだ!!」

あいつらとは話にならんと部屋に帰れば寝ている雷蔵。
呟かれた寝言は先輩。
目がすぅーと細められていく。
ああ、だったら俺がこいつらの目を覚ましてやればいい。
汚い所を見ればこいつらだって、分かってくれるはず。

その日、俺は先輩を呼んだ。
先輩は、確かに少しだけ痩せたかもしれないが、好きになっている道化かも知れない。
この人には用心しろと俺の何かが告げているんだ。

「先輩、なんで愛称さんにさっさと好きなり、奪うなりしないんですか?」

お前の面だったら傾くだろうに、目の前の男は、痩せていても綺麗なままで、
むしろ前よりも儚げさが強くなり色気が増している。
こう正面からまじまじと見るのは初めてだが、男でもいけると言わしめる理由がよく分かった。
やはり彼は笑顔で黙ったまま。遠くを見ていた。
なんだよ。私のことなんてどうでもいい存在ってか。それが無性に腹が立って、
もう一度大きな声で言おうとしたときに先輩の瞳とかち合った。
均整の取れた顔の中心より上にある黒い目。
覗き込むと、深く黒い。
人を化けるさい、私はその人物をよく観察する。
だから、私はこの学園で唯一この先輩の真似だけはできなかった。
なぜだか、俺は無意識にこの人が怖い人だと思っていた。
それがばれるのが怖くて嫌いな振りして近づかないようにしていた。
だというのに、自分から近づくなんて、馬鹿だ。自嘲も浮かべれない。
近づけば食われるそんな人物は、口を開いた。

「初めて僕に話しかけたね。鉢屋」

さっきまでの緊張感がふっと消えた。
その代わりに穏やかな雰囲気が彼から滲み出す。

「それはね、鉢屋」

彼は私がおかしいと思った笑顔のまま喋る。

「僕の家はね、遊郭なんだ。そして、僕は遊女ならぬ男娼だよ。
学園に入る前から僕は客を取っていた。
運よく、お客さんが僕にここをいれてくれたけれど、僕の帰る場所はあの場所なんだよ。
分かるだろう?鉢屋。
僕が好きだと言ってしまって、もしそういう関係になっても、
僕は彼女を幸せにできない。ごめんね」

誰に向けての謝りだったのだろうか。
彼の笑顔が嘘くさいことは正解だった。しかし私の思っている人物とは到底違う。
嘘くさいのは当たり前だ。彼はそれで生きてきたのだから。
この人の笑顔にはすべてが詰まっていた。
私の知らない色々な黒いもの汚いものすべてを隠して彼は笑うのだ。
それは、なんて。なんて。

「おやおや、君たちは本当に双子みたいだ。君も泣いてくれるんだね」

ああ、だから彼はこんなにも綺麗なんだろう。
優しく髪を撫でられたのは上級生では初めてで、でも嫌な気はしなかった。







4・なんて情けない (6年い組)



久しぶりに見た彼の顔は少し疲れた顔をしていた。



「どうしたの文次郎」

「・・・・・おまえ、どうしたんだその顔」

「君に言われたくないなぁ」

クスクスクスと笑われて顔を赤らめたが、

「バカモン!!忍びとは体をな」

「それ、文次郎に言われたくないよ。その隈、何徹したの?」

と、疲れきった顔でも大層綺麗な顔が
息が吹きかかるくらい近くてまたまた顔が赤くなる。

「お、俺は練習しに言ってくる」

「うん、頑張ってるのよく分かるけど。今日は寝ようか」

「な、なんで!お前が俺の布団に入ってる!!」

「文次郎の破廉恥ー。僕に言わせるつもり?」

と頬を染めた。普通なら男で気持ち悪いはずだが、こいつはあの なのだ。
ぐらりと気持ちが傾いた。頭の中に、可愛い色っぽいが占められている。

「・・・・・・なにをしようとしているのだ。文次郎」

ポタリと髪から雫が垂れて、柱に寄りかかっている仙蔵が俺を見据えた。

「ち、違うぞ。俺は別に・・・・・・練習行ってくる」

「あ、ちょっと、文次郎ー!!」

後ろから聞こえたの声は無視だ。ああ、なんていうことだろう。
可愛いのは愛称さんだというのに、潮江 文次郎一生の不覚。
でも、奴はマジで色っぽいんだー。


「あまり、あれをからかうな

「フフフ、だって文次郎は僕に落ちないでしょう?」

そうだろうか。私が来るのが遅ければ食われていたような気がする。
文次郎の布団で寝ているの顔に指を沿わす。
この男は私が認めるほど綺麗な男だ。
しかし、それを誇示するわけでもなくひっそりと立っている。
少し痩せたなとか隈が酷いぞとか言っても彼はご飯の量はあれ以上食べても吐くし、
睡眠も薬を貰ってこうなのだからしょうがない。
仙蔵?と下から声がした。
前までは好ましいと思っていた人の首を締め上げたくなるほど。
彼をそうさせる存在が煩わしい。
いいや、一番なのは、なにも出来ずに笑っている彼に笑顔を返す私だろう。
5年に言わなくてもいいことをなんで言ったとか、
もう、あの女(前までは愛称さんだったそれは時間と共に変わっていった)
を諦めろとか言いたいことは一杯あるのに、彼の笑顔は私にそれをさせなくする。

人のせいにするくらいしか出来ない私。
なんて情けない。私は立花 仙蔵だというのに。







5・女の子は愛されたいし確認したい (逆ハー主人公)


私、愛称は、最初ここがどこだか分からなくて泣きそうになった。
でも、ちゃんと自分が見れて周りが見れて悟ったの。

私は逆ハーの主人公なんだってね。
女の子はお姫様だから、一度は憧れる。みんなに愛されるの。
大好きって言われて、愛してるって言われて、私はただ曖昧な返事で笑う。
好意に鈍いって思わせなきゃ、長くみんな私を愛してくれないでしょう?
だから、一人に絞るのはまだまだ先。
恋愛ゲームでもじらしてじらされるのだから、ちょっと待っていて。

うん?あれ。でも此の頃愛の視線と他の視線を感じるのなんでだろう。
なんでだろう。それがちょっとずつ増えてきてる気がするの。
なんでだろう。

「愛称さん?」

「あ、何かな?」

「うん、これ、お土産買ってきたんだけど」

高くもない安くもないけど品のいいもの。私、彼好きよ。
だって、凄く綺麗なんですもの。
女の子は綺麗な人は好きじゃない。
でも、ちょっと嫌いよ。
だって、凄く綺麗なんですもの。
女の子は綺麗すぎる人は好きじゃないの。

でも、私は逆ハーヒロイン。だから笑顔でこういうの。

「ありがとう。大好きだよ。さん」

そういえば彼は私のことが好きだけど、私に言ったことがないわ。
言葉が欲しいの。証拠として。

「ねぇ、さんは私のこと好き?」

一杯の愛は一つ一つ証拠を貰わなくちゃいけない。
だって、不安なんですもの。だって、性分なんですもの。
それが女ってものでしょう?






さぁ、さぁ、踊れ、踊れ、終わりに向かって踊れ!!








6・いらないものは捨ててしまえ (斉藤 タカ丸)


「恋に溺れるな。それが僕の掟です」

そういって笑った人はとても綺麗な髪をしていた。
とても綺麗な顔をしていた。とても綺麗な・・・綺麗な人だった。
時々訪れる彼らの場所で彼は一線を画していた。
にごった掃き溜めの中でシャンと背筋を伸ばして、前を見据えていた。
僕は彼の髪に触れることなぞ出来ずに、いつも見ているだけだったけれど、
忍術学園で彼を見つけてどうにか頼み込んで常連になってもらって
ようやく聞けたこと。

「どうして君はそんなに綺麗なの?」

髪を結いながら彼は少し笑った。
僕の口説きに似た言葉は言われ慣れているのだろう。
さらりと流され、クスクスと笑った。

それはね。


今、目の前に彼がいた。とても細い体はもっと細くなって、
ご飯を食べても吐いてしまうのだと笑った。
隈が酷くなって、眠ることがなかなかできないと笑った。
髪だってボロボロで、それでも笑う。

「ごめんね。タカ丸くん。もう綺麗じゃないでしょう」

そう言われるたびにツーンと鼻の辺りが痛い。
掟を破ってしまったんだ。でも、それがあの人でいいわけない。
そんな思いが廻って、愛称さんの髪に触るたびに嫉妬しかわかない自分がいる。
彼女の髪は大層綺麗だというのに。
こんなにいい子だというのに。

けれど。

「ねぇ、さんは私のこと好き?」

「・・・・・・好きだよ」

それを聞いて笑う彼女に、女だということを忘れて殴りそうになった。
彼がずっと言えなかった言葉、言ってはいけない言葉を無理やり言わせた。
酷い酷い女。
もうこれ以上にないくらいにさんを追い込んで、とうとう彼を最後まで追い詰めた。
あれがいなくなった後、さんが音もなくその場で倒れた。
僕は慌てて彼を保健室に運ぶ。なんて軽い体。
忍術学園に来て間もない僕でも持てる重さ。
ああ、あれはなんて酷い酷い。
いい子じゃない。彼女はもういいでしょう?
全然綺麗じゃない。彼女はもういいでしょう?。
もういらないでしょう?
大丈夫。僕なら彼をもっと上手に愛してあげるから。

いらないものは捨ててしまおう。







7・大丈夫、守ってあげる (善法寺 伊作)


僕が彼があまり好きじゃなかった。
完璧だから、僕みたいな落ちこぼれをあの綺麗な顔で見下されていた気がしたから。
でも、保健室に連れられてきた彼からは、睡眠不足に栄養不足で、
綺麗な顔はやつれてあまり綺麗とは言いがたかった。
泣きながら連れてきたタカ丸さんを帰して、他の心配で来る人たちを帰して、
僕と彼の二人っきり。
ぽちりと目が覚めた彼は自分がどうなったか分かっていない様で。

「愛称さんに会ってその後、倒れたんだよ」

「・・・・・・伊作」

「栄養不足に睡眠不足、君らしくないな」

「・・・・・・僕らしいって何かな」

よろっと起き上がった彼は、そのまま保健室から出て行こうとする。
僕は慌てて彼を引き止める。

「そんな体で帰ってどうするの?」

「伊作は僕のこと好きではないでしょう」

核心をつかれた。彼は痩せこけた顔で笑う。

「だから、僕のためなんかに寝ずの番とか、いらないよ。
僕の自己管理の甘さが招いたんだから」

「・・・それでも、僕は保健委員長だ」

「それは同情?それ僕一等嫌い」

笑顔がふっと消えて無表情になる。6年間近くにいたけれど初めてみる顔で、
胸の中にじんわりと広がっていく。
僕は彼が人間味などなくてだから、人じゃないとでも思っていたのだろうか。
ポスリと布団に顔をうずめてこれ以上顔を見られないようにしている彼が、
人ではなくてなんだとういうのか。

「あっち、行ってよ。もう、疲れた」

僕はこれ以上何も言えなくて何も出来なくて、そっと外にでれば、
くぐもった泣き声が聞こえる。
僕は、どこかで彼があの子に恋しているのは嘘だと思っていた。
だって、彼は綺麗で優秀で優しくて失敗なんてしない完璧な人だから。
ボロボロになった姿をみても、目で追っている姿を見ても、
苦しそうな表情や嬉しそうな表情を見せてもいつもの笑顔で覆い隠してしまうから。
まさか、本当に彼が恋をして、そして完璧がポロポロ崩れていくなんて。
髪の毛はポサポサ、隈だって酷いし頬だった痩せこけている、もう綺麗な彼ではない。
でも、僕はそんな彼のほうがもっと綺麗だと思うんだ。

「な、んで、いるの」

なんでかなんて分からない。好きじゃないという気持ちはまだあるというのに。
でも、背中を合わせて彼の片方の手をぎゅっと握り締めたら、
彼は押し殺すこともせず泣き始めた。
子供のようにわんわん泣く彼は同年代よりも幼くて、泣き方を初めて知った子供のようだった。
子供の時からずっと我慢してきたのだろう。
僕は彼が好きじゃない。だったら、この感情をなんて言っていいのか分からない。
お腹の中に重い鈍痛が走って、体の芯から痺れるような、甘くて苦くてどうしようもなく苦しい。
何年間分を泣いたかのように疲れて彼は静かにすーと寝ている。
その頬に残っていた涙を拭う。

大丈夫。

大丈夫だよ。

「伊作、それ以上手を出すな」

「仙蔵、が起きちゃうじゃない」

「5年と4年、あと3年」

仙蔵の後ろにいる文次郎が、長次のように静かに呟く。
言っている言葉は、理解できた。
ちらりと、をみて僕を見る。

「彼には特製の睡眠薬入れたし、このぶんだと一日は寝ているよ」

にやりと笑う。僕らは忍び。忍ぶもの。
さて、作戦を練ろうか。

大丈夫。僕らが君を守ってあげる。







8・愛されたい (逆ハー主人公)



いつもの昼下がり。いつもどおりの日常。
髪はばっちり、綺麗。服だってちゃんときっちり。
笑顔は鏡で練習。可愛い。綺麗。
うふふ。今日はどの子で遊ぼうかなって、昨日くんから貰った簪を挿してご飯作り。
今日はおばちゃんがいないから、私は頑張って食事作り。
おばちゃんが下準備してくれたから煮るだけだけどね。
コトコト煮込んで愛を注げば、彼らは笑顔で私を愛してくれる。
うふふふ。

今日も超満員。ぎっしり。けど、ちょっとおかしいわ。皆に笑顔を見せても、
彼らは返さず無表情?どうしたのかな?気分が悪いのかな?
だったら、近くにいた伊作くんに聞かなくちゃ。

「ねぇ、伊作くん」

「どうかしました?愛称さん」

うん、やっぱり笑顔は笑顔で返されるべき。あれ、でもなんか違和感。

「今日みんな調子悪いのかな?」

「そうですか?ほら、斉藤さんも不破も鉢屋も仙蔵も文次郎も
久々知も竹谷も浦風もみんなみんな笑っているじゃないですか」

本当だ。いつもと変わらない。あれー?疲れてたのかな。おかしいなあ。
目をコシコシこするけれど伊作くんの言ったとおり。あれー??

「愛称さん、僕お願いがあるんですけれど叶えてくれますか?」

「う、うん何かな」

ダン。私はその時何が起こったのか分からなかった。分かったのはちゃりんと落ちた簪。
赤い簪。落ちてった。

「ねぇ、愛称さん今、承諾してくれましたね。うん。と言いましたね?
じゃぁ、僕のお願い一つでも間違わないでください。間違ったら分かりますか?」

目の前で笑っているのは誰だろう。
笑顔で伊作くんの顔をしているけれど、偽者に違いない。
横にはひんやりクナイが刺さっていた。頭が冷静になって、周りに助けを求める。

「助けてー、伊作くんが変なの」

だけど、みんな笑っている。クスクスクスと、笑顔でこちらをみて笑っている。
なに、これ。なんなのよー。

「無駄ですよ。みんな僕と同じ気持ちですから」

さぁ。貴方に踊ってもらいます。
と伊作くんはやっぱり笑顔だった。
どこかで見たことがあるなんて考えられた私はまだ冷静なのかも知れない。
私は逆ハーの主人公なんて勘違い。
私は誰にもちゃんと愛されていなかったのね。

いまさら遅いけれど、一人だけを愛していれば良かった。







9・終焉まじか (みんな)


良かった。ようやく終わる。
僕は最初の、初めの出会いをさせて以来ずっと気になっていた。
先輩がやつれる様に、何度涙したのか。
僕が泣いていれば、みんなが心配してくれてそのたびに申し訳なくなる。
ようやく事情を話せば、みんな先輩のことが好きだから、手を取り合った。
仙蔵先輩が教えてくれた作戦に、みんな手伝ってくれる。
ちゃんと予習もばっちりだ。だから、成功する。いや、失敗なんてしない。
みんながいるのだから。

僕はとてもいい仲間に出会えた。


ようやく終わる。でも、最後まで注意しないと、最後の最後で彼女が裏切るかも知れない。
これ以上、伸ばしていたら先輩は死んでしまう。
あの日僕らに話してくれた。彼ならば僕らがいたことなど気づいていたのに、
隠しておきたい内容なのに彼は笑って穏やかに、そこに存在していた。
先輩。先輩は汚くないです。
先輩が汚いなら相手が綺麗というならばそれは逆なんです。
だから、安心してください。

綺麗な先輩をこれ以上汚さないように、汚いものをふき取ってみせますから。


ことは動いた。まぁ、当然だよね。あの子いらないもの。
みんなから愛されいるなんて痛い子だよね。
一番辛いときに誰が君を助けてくれるというの?
愛されていたのは、逆だよ。
人、一人でこんなにも動かす彼のほうが愛されていた。
君の罪は愛されているものに愛されたこと。愛されているものを傷つけたこと。
でも、4年のみんなが分かっているのもビックリしたな。
ああ、そういえば彼らはみんなプライドが高いもの。
最初は周りと同じだったけれど、自分だけを愛してくれないと駄目な子達だから。
それか、それを上回るほどの・・・・・・尊敬・愛情・親愛色々な情が無いとね。

彼と彼女の差はそこにあった。







10・さぁ、踊れ、踊れ。舞台が終わるまで。踊れ! (立花 仙蔵)


くん、来て欲しいところがあるの」

「はい」

と笑顔なを連れいく。
私たちが考えた一番が傷つかせず、なおかつ後を引かない終わり。
傷ついても私たちが癒してみせる大丈夫だ。
優しい終わりを優しい君にあげよう。


さぁ、踊れ、踊れ。舞台が終わるまで。踊れ!


儚げに彼女が呟く。

「私、もうそろそろ帰るんだ」

「えっ」

の言葉を切って、明るい顔をして笑顔で言う。

「私ね、本当はね。皆の好意知ってたの。でも、私には帰る場所と愛しい人がいるから」

本当は帰りたかったの。

「だから、みんなのこと大好きだけれど、その人のために帰りたい。
ごめんね。くん。簪壊しちゃった」

はい、と渡す。笑顔の彼女。じっと簪を見つめたままの

「親切にしてくれて嬉しかった。ありがとう。さようなら」

彼女は霧の中、消えてなくなった。天女だから、天へと帰っていきました。


めでたし、めでたし。







11・物語の終焉と終わり 





とそろりと近寄れば、
消えてしまった彼女の方向を見ながら、彼はただ呆然と立っていた。
肩を叩こうとした手をそろりと下ろそうとしたけれど
彼がこちらを向いて微笑んだ。

「帰っちゃった」

と三度呟いて、足を学園のほうへ向ける。
その途中に逢う人に彼は笑顔を見せる。

色々な人々が彼女が天に帰ったことを悲しんだ。
そして、私たちは片時も彼から離れずに彼の様態が前と同じになってきた頃、
彼は言った。

「みんな、僕を騙したね」

一瞬、全てがばれたのかと。肝がひやりとした。意外と嘘が上手い伊作でさえ、
顔を歪めた。しかし、彼の続けた言葉で場が暖まる。

「最後に、僕のところに連れてくるなんて君たちが頼んでくれたんでしょう?
愛称さんは僕のことちっとも好きじゃなかったもの。
みんな彼女のこと大好きなのに、僕を最後にしてくれて、ありがとう」

笑顔が痛んだ。しかし、私は笑みを作る。周りも笑う。

「もう、大丈夫だよ。これも、いらない」

そういって、大事にしていた簪を投げた。
簪は音もなく、綾部の穴に入っていって、彼も笑うのだ。前より自然に。

「みんながいればいい。みんな大好きだよ」


みんなが笑顔になりました。
それが、この物語の終焉。
でも、終わりは違います。彼女の終わりは。
彼女は霧の中を走った。一瞬、宙に浮いた体。
そう、本当の終わり。霧に隠れて崖だと気づかなかったのです。
海が見えました。穏やかな波深い黒。それを見たとき、
最後にみた人を思い出しました。
さようなら。と小さな声で笑顔を見せた彼は、ああ。そうだ。
私は、彼を好きになれなかった理由。

笑顔が伊作くんのあの笑顔にそっくり。

簪は土の中に埋められて墓標のようでした。



踊りつかれたなら、お休みなさい。










2009・11・11

【第三弾・長いが、まだ続く次は主人公サイドで】