【紅家の思い・失踪後】
分かっていた。それなのに手放してしまった。
私は父親失格だね。
その日は穏やかな日で、のんびり時を過ごしていた。
秀麗が奏でる二瑚の音を聞きながら、
もう一人の少女を思い浮かべていた。
あの子は薔薇姫が死んでから、自分から何かすることもなくなった。
あの子は似ていた。自分の弟に、けど、どこか違っていた。
どこかへと消えそうだった。
だけど、繋ぎとめ方が分からなくて。
その日いつまでも帰ってこない我が子に。
なぜだろう。ずっと予感していたことなのに。
子供とは思えない流暢な字で書かれた手紙を見て。
涙が止まらなかった。
ごめんね。。
分かっていたのに。止めることが出来なかった。
私は、本当に駄目な父親だった。
もっと愛してあげたかったのに。
帰ってくるだろうか?帰ってきたら今度こそ。
静蘭にとって守るべき人がいた。
その中に、あの少女もいたのに。
時がたち。お嬢様も立派に育った。
一生懸命に働く姿に、此の頃涙が誘われる。
生まれも育ちも良いのに・・・・。
休日。お嬢様が弾く二瑚に心が現れるよう健やかな気持ちでいると。
決まって。もう一人のお嬢様を思い出す。
彼女は、聡明だった。
人には理解されないような頭の構造をしていた。
秀麗お嬢様が『動』なら、彼女は『静』。
『太陽』なら『月』といった正反対な二人だった。
はじめは、苦手だった。
彼女は私の全てを見通された感じがして。
だが、彼女が去った日の前に、言われた言葉。
私の正体もたぶん分かっていただろう。
その上での言葉、
『せいらん。あなたはここにいるべきだ。』
なぜか、すべて許された気がした。
『ときがくれば、あいたいものにもあえる。』
そういって去っていく彼女に私は何も出来なかった。
思えばあれは彼女なりの別れの言葉かもしれない。
静蘭は手を握りしめた。
もうすぐ十年になる。
彼女は、帰ってくるのだろうか?
そのとき私は、どうするのだろうか?
二瑚の音は緩やかに奏でられていた。
私から見てもあの子はとても賢かった。
体が弱かった私はいつも動き回っているあの子が羨ましくて。
健康になってからは、あの子の賢さに嫉妬した。
私が何十回でやっと出来たものを数回ぐらいで出来てしまった。
いつも自分の出来の悪さに悲しくて、この醜い思いが悲しくて。
悔しかった。憎かった。羨ましかった。
だから言ってしまったあの一言を。
あの子は私の醜いその姿を言葉をただ「そうか」といって何も映さない顔で背を向けた。
怒って欲しかった。悲しんで欲しかった。
それすらしないあの子に、
・・・・・いなくなって欲しかった。
私の願いは数日後に叶えられた、あの子があの時何を思ったのかさえ分からずに。
あの子はいなくなった。
私たちの前から。
。ごめんなさい。
私は貴方が恐ろしかった。羨ましかった。
けど、今は今なら少しだけ貴方に歩みよれそうなの。
だから帰って来て。
。