この感情がつらくても、叶わなくても、
なぜだろう。そう思うことを諦めることが出来ない。


その日は、雪の降る日で空気が澄み雪の降る音だけが静かに奏でられいた。


龍蓮とは洞窟の中静かに各々のことをしていた。

龍蓮は笛を吹き、は雪の降る光景を描いていた。


しばらくすると、

の古びた簪がするりと取れ、地面に落ちた。
龍蓮は吹くのをやめ、は紙と筆をおいた。

一本でしか結われていない長い黒い髪は、サラサラと流れた。
龍蓮は流れてきた髪を掴んだ。
絹のような美しい髪はさわり心地がよく、が簪を拾い結い上げようとすると

「私は、下ろしているほうが好きだ。」
龍蓮は髪を離さずそう言った。

「下ろすと色々な弊害がある。」

「例えば。なんだ?」

「絵を描くときとても邪魔だ。風が吹くたび直さないといけない。それと・・。」

「それと?」
龍蓮は髪を手からはずしを見た。
はっきりというには珍しく何かに詰まっているように言葉をとめた。

「・・・・それと、これが使えなくなる。」
そういっては髪を古びた簪一本で結い始めた。

結い終わり龍蓮がに尋ねた。

「そういえば、はいつもそれを使っているな。」

「そうだな。」

「もう、ボロボロではないか!買わないのか?」

「・・・・。」

はなにか思案するような顔をしそっと簪に触れた。





あれは、極貧生活で、絵描きと一緒に旅をしていたとき。

生来食が細いだが、こう何日も菜ばかりではな。と思い始めていた頃。

絵描きが嬉しそうにの元へ来て

。じゃじゃ〜ん。はい。これ!」

「・・・・・なんだこれ。」

「あれ、分かんないの?もぉ、簪だよ。か・ん・ざ・し。」

「・・見れば分かる。なぜこれを?」

この食うものにも困っているときに、簪?
本当に理解できん。

「もっと嬉しそうな顔しなよ〜。ほれ笑え。」

頬っぺたを無理やり抓られたは、そのまま絵描きに問うた。

「だからゃあろうしてこれふぉかってきたんら?」
(だからどうしてこれを買ってきたんだ?)

「ははは。最高。ぇ〜。ははははぁ。ろうしてかぁ〜ははは。」

ようやく離されたはただ笑い転げる絵描きの笑いが収まるのを待つしかなかった。
どこが面白いんだ?と思いながら。

「はぁ〜笑った。もう。僕を殺すつもり?」

「・・・・。」

自分からしたんでは?その投げかけをすることもなんだか面倒になっていた。

「ろうして、ぷっ。いや、どうしてかぁ〜。」

「ああ、なぜだ?」

「やっぱり覚えてない?今日は特別な日なんだよ!」

は言われて頭を総動員して働かせた。
生来記憶を忘れることないでも、今日の日がなにか特別な日だということが分からなかった。

「・・・・なんだ?」

「あ〜覚えてないか。今日はね。なんと。」

絵描きは間をいれ、体全体を使って表現した。

「僕らがであって一年だね!結構長く一緒にいたね。これからもどうぞ宜しく!記念だよ。」

は、思い返した。
確かに今日の昨年。お前に声はかけたが、

「・・・・祝うことか?」

「祝うことだよ!」

「・・・・・・そうなのか。」
こうしてに変な知識が加わった。

「私は用意し忘れた。」

「へっ?何言ってんの。君からもう貰ってるけど?」

「?あげたか?」

「そ〜う。分かったら言ってね。」
そう言って、思案し動かなくなったを尻目に絵描きは言った。






その時は分からないままだったが・・・・今なら少しだけ分かったような気がした。

そんな謂れがある、簪を優しく触りながら。

「買わない。これは大切な記念とやらだからな。」
は柔らかく儚く微笑んだ。

それは、生まれて初めての笑みだった。


龍蓮はその微笑みにしばらく惚け、一瞬だけ辛そうな表情をしてから、いつものような表情に変わり

は、笑えるんだな。」

「・・・私が笑った?」
はその言葉に目を見開いた。

「ああ。笑っていた。」
龍蓮はそんなを柔らかく見つめながら答えた。

「・・・そうか。私が笑ったか・・。」

そう呟きなにか考えるように上を向きそしてまた絵に向かった。

その姿を目を細めて眺めそして目をつぶると龍蓮もまた笛に向かった。


まるで何かに耐えるかのよう。忘れようとしているかのようであった。



噂を聞いた。
私の家族の話。

姉様が、王様へ嫁いだらしい。

・・・・・・裏があるな。
姉様の性格上変わってなければ、まだ結婚しない。
頼まれたか、仕組まれたか。
けど、父様が許したわけだし・・・・・高尚な人物に頼まれたっというとこか。
だが、私の家には静蘭がいる。
姉様が行くことのついでに護衛かなにかに必ず城にいれる。
まったくどんな人物が仕組んだか知らんが、はた迷惑な。
・・・・・・・茶家が動くか。

私もそろそろ行かなくてわ。



その夜。
また野宿をしていた二人は、各々好きなことをしていた。

ふっと
が顔をあげ龍蓮を見た。

「なんだ?。」

龍蓮は笛を奏でることを止めて自分を見たまま動かなくなったに声をかけた。


そのときはまったく容姿も性格も違う龍蓮と絵描きがダブって見えた。

絵描きの癖。
夜空を見上げ美しいと笑う。
似ていたのだ。
自然を愛すること。自分の料理をおいしいと言ってくれること。

は、なぜ自分が龍蓮にそろそろ行くことがいえないのか唐突に理解した。

「・・・・。」

は、悲しそうにでも懐かしそうにその名を呟いた。


。それが簪をもらった人物か?」

はっと我に返ったときには龍蓮に押し倒されていた。

「なにを・・。」

「・・・は、その男を愛しているのだな。」

つらそうに顔を歪めた龍蓮の言葉をは反芻した。

「私が、を愛しているだと?」

「ああ。。お前は、その男を愛している。」

龍蓮はの目を見ながら言った。

そんな筈がない。私は、私は・・・・・・・・。

「私は、愛なんて知らない。」

それなのに、なぜか、頬に水がつたわっている。
なんなんだ。これは。胸が苦しい。痛い。なんなんだ!
痛みを知らない悲しみを知らない愛を知らない少女は初めて理解した。

「これが、愛か。」

流れてくる涙を止めることは出来なかった。
龍蓮はその姿を優しくどこか辛そうにの涙をぬぐった。



龍蓮はの頭を撫でながら言った。

「行くのだろう?。」

「分かっていたのだな。龍蓮。」

「ああ、行くなとは、言わない。また出逢えるのだから。」

「・・・・そうだな。」

そういって立ち上がりは荷物を背負った。
もう空は暗くなく太陽が昇り始めていた。

「またな。龍蓮。」

「ああ。またな。」


龍蓮はがいなくなると静かに涙した。

初めて絵を見たときから、惹かれていた。
一緒に旅をし色々なことを知っていくうちに愛していた。

がどこか自分に誰かの影を重ねていると分かってても愛すことを止めれなかった。

に感情を与えられる人物が憎かった。
このまま一緒にいたらいつか壊れてしまいそうになる自分が怖かった。


離れれば、何か見えるだろうか?
を忘れることが出来るだろうか?


自分は何もしなかった。
でも何かこの旅で自分が変われたならば今度こそ、貴方に伝えよう。

私は貴方を愛していると。












2006・3・26