人は生きていれば必ず別れがある。
一時の別れ。若かりし自分との別れ。
そして永遠の別れ。
冬になった。
その年は例年にないくらい寒い日で野宿だけでは暮らせなくなった。
しかし、金がない二人は誰も住んでいないあばら小屋を見つけ、そこで冬を越そうとした。
だが、
絵描きの体調が悪化した。
最初は大丈夫、ただの風邪だと言っていたが、だんだんひどくなっていった。
は金を稼ぎそこから環境のいい場所に移ろうとしたが、絵描きは拒否した。
は問い詰めた。その答えに絵描きは言った。
「変わらないよ。これは治るものではないんだから。分かっているでしょ。
。君は大人数の病人を診てきた人なんだから。」
そう笑いながら言った。
は分かっていた。
それが、治らないものだと、不治の病だと。
「だからね。。ここでいいよ。君がそばにいてくれたら、それだけでいいよ。」
「・・・分かった。」
もって一ヶ月。そう判断した。
でも、諦め切れなかった。
母のときの何も出来ない子供ではなかったのもあった。
医術を志しているものの技の向上もあった。
なにより自分にとって初めての感情の兆しでもあった。
はもてる全てを試した。
そう全てを。
だが、は人間だった。神に与えられた才があっても人間だったのだ。
その日シンシンと雪が降っていた。
何も聞こえない空間で絵描きは思い出すかのように語り始めた。
「。昔話をしよう。」
食事も間々ならなくなってやせ細った顔で絵描きは言った。
「僕はね。昔から商業を営んでいる家に生まれて、でいいとこの坊ちゃんだったんだよ。
昔から体は弱くて家から出してもらえなかったんだ。
おいしい料理。一流の先生。美しい音楽。
やりたいこと欲しい物なんでも手に入った。
でも、いつも満たされないで不機嫌顔ばっかり。
今の僕とは大違いさ。
で、僕がこうなったのはね。一人の家人が僕のことを思って
一枚の風景の絵を買ってきてくれたんだよ。
それは見たこともなくて美しくて感動して僕は生まれて初めて満たされたんだ。
そっから。
そっからこ〜んなふうになっちゃたの。ははは。笑える?」
「・・・・どうして家を継がなかった。そうしたら今みたいなことは起こらなかった。」
「そうだね。でもず〜っと満たされないままさ。
それじゃ。生きている意味ないでしょ?
人生楽しく面白くを目標として生きてるから。ここで死んでも悔いはないよ。」
「・・・・・」
「あ〜嘘嘘。やっぱ、あるわ。」
「なんだ。」
「のことだよ。君一人じゃとてもじゃないけど生きていけないし心配だな。
って思ってたんだけど、一人でも意外と大丈夫で・・って何いってんだろ。」
「・・・・。」
「あ〜もう言うつもりなかったんだけどな。
。僕君のことが好きだよ。」
「・・私は・・。」
「言わなくていいよ。なんか今聞いたら、どのみち後悔のこるから。」
「・・・私のどこが好きなんだ。」
「まず、天然なとことか。真っ直ぐで得ようとするものには貪欲で、そのくせ他の事に無欲。
そして優しい。」
「私に優しさなどない。」
「あるさ。自分では気づいてないだけだよ。
じゃなきゃ、そこらへんに倒れている人を無料で助けないし、
僕を見捨ててさっさとどっか行っちゃてるよ。」
「私は自分のためにしか行動しない。
技の向上や、自分の知るべきことのために行動しているに過ぎない。」
「それでも、救われてる。けが人も病人も僕も。」
「・・・・・。」
「それに、」
絵描きは胸元に入れてあったくしゃくしゃになった絵を取り出した。
それはあのときが捨てたものだった。
「それは・・。」
「僕、この絵を見て好きになったんだ。
真っ白で無垢で君自身を描いたこの絵がとても愛しいと思った。」
「その絵には何もない。私は何もない。
おいしいと思うことも何かに感動することもない。
辛いとも悲しいとも楽しいとも嬉しいとも思うことがない。
お前が死に掛けているというのに涙すらでない。
愛という意味すら分からない。
・・・私は異端だ。珍しいだけだ。それは愛ではない。」
「・・・。」
細い指がの頬を撫でた。
「いいんだ。急がなくても、ゆっくりでもいいんだよ。分からないなら知ることは出来る。
君は異端じゃない。ただ少し持ってきたものが足りなかっただけ。
この世の中は広い。いつか必ず分かるようになる
だから自分まで否定するな。
そして僕に愛されていた事実をなかったことにしないで。僕は確かに君を愛しているのだから。」
「・・・私はそれに答えることも出来ない。」
「愛されてたってこと覚えとくだけでいいから。二重マルでさ。はははは。
僕は君に会えてよかった。世界がもっともっと色付いたし、
何より楽しかったし。・・。手握っててくんない?」
は絵描きの手を握った。
「温かい。ああ、僕死ぬんだ。でも幸せだ。
一人じゃない。君に出会えた。愛を知れた。
あのとき外に出なければこんな素晴らしいこと分からないままだった。
ありがとう。。最後まで傍にいてくれて。」
そういうと絵描きは最後まで笑ってゆっくり腕の力を抜いた。
の握っていた手はするりと抜けて床へと下がった。
死に顔は痩せこけてはいるものの幸せそうな顔だった。
は少しの間そのまま動かずにその顔を眺めていた。
その顔はにとって世界で一番美しいものだった。
そして暖をとっていた薪が燃え尽きたとき
は異能の力を使い一瞬にしてその遺体を燃やし灰をビンに詰めた。
残ったのものは絵描きの使っていた商売道具だけ。
それを背負いは外に出た。
外は雪がやんでおりキラキラと太陽に照らされていた。
は生前絵描きが好んでいた桜の木が一本だけある場所に行った。
そこからはこの町全体が見渡せた。町も白一色に色どられていた。
雪が終わったことで人々がちらほら見えた。
あるものは食事の準備をしあるものは寒さに耐えながら走っている。
は詰めたビンを取り出しそれをまいた。
風によりそれは飛ばされ空に舞い散らばった。
死んだら空になりたい。そういっていた絵描きの言葉を思いだしながら。
「今日は変な日だ。晴れているのに雨が降っている。」
の頬には一筋の水滴が流れていた。
後には絵を描くこととなる『』として、
それは自分を愛してくれた人物の一文字と自分の一文字を合わせたものだった。
2007・3・16